「ひぃ・・・ひぃ・・・はぁ・・・」

久しぶりだと男は思う、此処まで必死で汗をかき、這いずり回るように逃げ続けるのは。そう、吸血鬼になる前に経験してからこの方、無縁の物と化していただけに新鮮ですらあった、命がかかっているのに喜ぶべき事では無いと思うが。

後ろを振り返り振り返り走り、かれこれ30分は逃げ続けただろうか? 仲間は、例の虐殺劇から逃げられた仲間、一体何人残っているのだろうと思った所で足に限界が来た。幾ら吸血鬼とは言え全力疾走を其れだけ続ければ疲労もする、限界が無い訳ではないのだから。

壁に手を付き体をくの字に曲げて荒い息を整えようと止まる。そしてふと気付く自分へ向けられた殺気に気付く、何処だ、何処から近付いてきてる、早く気付かないとこのまま死ぬ・・・何故だ? 男は酸素の行き渡って無い脳で考える、アンデッドと化したこの脳が酸素を未だ必要としているかどうかは分からないが、気の持ち様だと思う。

其の脳が訴える、何故? 何故? 何故、この空間には自分一人しかいないのに影が二つある? 此処はビルの谷間で自分以外はいない筈、なのに影が1つ多い、おまけに・・・大きくなってる? ずれていた頭の歯車がかちりと音を立ててはまる、本当に音を聞いたのかも知れない。

「上からかよおおぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」

軋みがちな体を叱咤して起こした目に映ったのは自分に向けてまっ逆さまに落ちて来る少女の姿だった、御丁寧に何か叫んでいるようだが。だがそんな物聞いていたら間違い無く次の瞬間には地獄の門を叩いている、起こしかけた上半身を再び倒し、其の勢いを持って前へ転がる。正直言って、かなり無様な姿だろうが消滅するよりはマシだ、そして転がった所で受身も取れず、背中から湿った地面に落ちた所で背後から轟音が響き、其れに遅れて土や何やらの破片が殺人的な速度を持って飛んで来た。

其れを適当に手で弾きながら爆煙の中へ視線をやる、気を抜いたら間違いなく死ぬのは自分だ、ならば抜く訳には行くまい、数秒後、何とか煙は晴れ、中から。

「おい、マジかよ・・・」

地面にしゃがんで、拳を地に付けている先程の落下して来た少女が一人、男を睨み付けていた、彼女の足元は何かとてつもなく重い物を受けて耐え切れなかったかのように抉れ、数メートルのクレーターが出来ている、信じ難いが其れを作ったのは其の中心にいる少女らしい。

「逃げるなって言ってるでしょうが!! どうせ逃げたって何時かは私に殺されるんだから、私の為にさっさと自分の首へし折って死ぬ位の気遣いはないの!?」

「ある訳ねぇだろ!! 寝ぼけてんじゃねえぞクソアマ!!」

口を開いたかと思ったら飛び出すのは無理難題、男は少女が未だ立ち上がってないのを見ると再び逃走を謀り、其のビルの谷間の奥へ奥へと歩を進める、が。

「行き止まりだとぉ!?」

其処は不思議な空間だった、三方をコンクリートの壁に囲まれながらも剥き出しの地面から生えた雑草が男の後ろから吹く風になびき、真上から射し込む月光に其の面を濡れるように光らせている、なんとも場違いだが神秘的だ、そう彼は思った。

「ふぅん、アンタの終着駅にしては洒落てるわね、覚悟は出来た? 私も早く帰ってシンジとデートなの、余り邪魔すると死に方がどんどん酷い物になるわよ」

「ま、待ってくれよ、なあ、そう言わずさ」

男は後ろからけられた声に返事をしながら後退り、其の空間入り口とは反対側にある壁へと背を向け、寄りかかる。間も無く少女も其の空間へと入って来た、栗色の髪に少々垂れ気味な目、美少女と言っても差し支えない其れは、今はただ不機嫌に歪んでいた。

「此れ以上は待たないわよ、言ったでしょ? デートだって、此の侭じゃ良い所を全部マユミに持ってかれるじゃない、そう言うのは御免だから」

コッチだって死ぬのは御免だと思いながら男はそろそろと手を背中へと回す、少女に気付かれないようゆっくり、慎重に。

「アンタにだって悪い話じゃないぜ? ヘルシングだって掴んでない俺達組織の隠し麻薬倉庫、其の場所知りたくないか?」

後数センチ、もう少し、もう少しで。

「マジ? そんな物あったの? もう全部突き止めたと思ってたのに・・・」

良し届いた、後はタイミングを見計らうだけ。

「ああ、トン単位で保管してる奴がな、場所、知りてえだろ?」

「そりゃ勿論ね、でもただでは教えないんでしょ?」

「まあな、この場を見逃してくれるだけで構わねえよ、あんた等に迷惑をかけない所で生きていくからさ、な?」

「う〜ん、どうしよっかなあ・・・」

良し! 上を向いた、今だ!! 男は背中に隠していた奥の手を引き抜き少女へと向けた。

「嘘に決まってんだろ! 全部手前等に没収されたよぉ!!!」

そして引き金を引く、法儀式済み銀弾頭使用の拳銃の引き金を。弾は容赦なく油断をしていた少女の心臓と頭部に。



『第参夜、死ハ始マリ』



今や戦況は決していた、いや、終結と言い変えても過言ではない。吸血鬼となり、ただでさえ凄まじい其の筋力を用いた初号機の攻撃に、使徒は耐える事すら出来ず、ただ引き裂かれて行く。

そして局面は新たな動きを見せ始めた。四肢をもがれ、目と思われる部位を潰され、あらゆる反撃の手段を奪われた使徒、其の姿は其れを屠る事を使命とするネルフの関係者から見ても哀れとしか言い様が無く、気の弱い者は先程から目を逸らしていたが、其の使徒に向けて初号機が再びユックリと近付いて行く。

使徒も身悶えする、恐らくは初号機から遠ざかろうと、逃げようとしているのだろうが悲しいかな、少しも動く事は出来ない、良く目を凝らすと使徒の胴体全体を薄オレンジの光が包んでいる、初号機がATフィールドで拘束しているのだ。既にこの初号機、シンジの意志で動いているのか、自身の意志で動いているのか、全く分からない。

其の初号機が遂に使徒に達した、其のまましゃがみ、右手一本で使徒の顔と思われる部分を掴み、持ち上げ、自分の上へ持ち上げる。左手で更に足があった部分を掴み、ユックリと自分の口元へと持って行く。其れと同時にユックリと開く初号機の顎、其処に至ってやっと初号機の意図に気付いて慌てるネルフ。

「シンジ君!? 何をする気なのシンジ君!! 止めなさい!!」

「駄目です!! 回線遮断! 通じません!!」

「プラグを射出して、早く!!」

「其れも駄目です! 此方からの信号を一切受け付けません!」

ミサト、マヤの奮闘空しく初号機の顎は使徒に達し、そして。

ぞぶり、ずぐ、ぶちぃ、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ

「使徒を、食って、る?」

「う、うぉえ・・・」

食っているだけではない、肉を食い千切り、其処に開いた穴から垂れてくる血液と思しき液体もまた、美味そうに喉を鳴らして飲み干していく。其処で遂に使徒も最後の抵抗を見せた、其の残された肉体を丸め、初号機に絡み付こうとする。

「絡みついて・・・まさか、自爆!?」

驚きの声を上げるミサトの前で使徒は初号機を完全に覆い尽くそうとしていた、最後の力を振り絞って。だがもはや其の程度の攻撃、初号機にとっては無駄以外の何物でもなかった。貼り付いている使徒にまだ覆われていなかった左手を当てる、軽く当てただけである筈の左手、しかし其処から信じられない物が飛び出す。

「ぱ、パイル!? まさか第三使徒の攻撃? !?使徒の能力を取り込んだと言うの!?」

驚愕のリツコ、其の目の前で事実として其の事象は発生した。初号機左、掌から飛び出したパイルは貼り付いていた使徒を少し浮かし、間に隙間を作る、そしてそれでもう十分だった。其の隙間で光がなにか瞬いたかと思うと次の瞬間、使徒は其の丸まった体を吹き飛ばされ、数百メートル転がってやっと止まる、初号機が目から光線を発射し、其処まで吹き飛ばしたのだ。

転瞬。

使徒は初号機を巻き込む事叶わず、その場で自爆して果てた。初号機の方にも爆風が来たが意に介した様子も無く静かに佇んでいる。爆風も収まり、静寂が第三を支配したかと思われた時、其れは始まった。

「・・・初号機の様子が変です、何か・・・」

マヤの首を傾げながらの報告に全員の視線が画面の初号機へと向く。先程と変わらず佇んでいるだけのように見えるが違う、全身が何かこう、震えるように、いや、鳴動している様に?

『グ、グ、グルルルル・・・ゴワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

再び天高く向けて吼える初号機、異変は直ぐ始まった。先ずは腕からだった、腕を被っている紫色の装甲に皹が入り、少しずつ、やがて大胆に、そして最後には全ての装甲が剥がれ落ちて行く、其れを追うように足の装甲も、胴の、腰の、全身の装甲が剥がれ落ちて行く。先ほどの初号機全体を包んでいた震えのような物は此れだったのだ、初号機が震えていたのではない、装甲が限界寸前まで内側から圧力を受け、軋み、悲鳴を上げていたのだ。

『グッ、グゥ、グルルルルルルル・・・』

そして最後に。

『ガルルルルル・・・グハァ』

パイルを受け、砕け散っていた頭部装甲右側の割れている端に手をかけ、残りを角ごと毟り取る。此れで初号機が纏っていた装甲は全て無くなった、素体のままのエヴァ、その使徒と間違ってもおかしくないほどの異形が呼吸しているかのように上下にユックリ揺れている。

「こ、此れがエヴァの本当の力? いえ、吸血鬼と化したエヴァの・・・」

「完全に此方の手を離れたわね、もうどうしようもないわ」

「そんなリツコ、冗談でしょ?」

「冗談? アレが冗談に見えるのミサト?」

「!!先輩! 大変です!」

「如何したのマヤ!」

衝撃から逸早く立ち直ったかに見える二人、だが会話から見てどうしようもないと言うのは手に取るように分かる、其処に響くマヤの悲鳴にも近い叫び、視線を向けたリツコに映った物は。

「何ですって!? エントリープラグが圧壊寸前!?」

画面に並ぶ、プラグ関係の数値の後ろに全て『DANGER』がついて赤く点滅していた、『ALERT』を既に超え、臨海に達していると言う事だ。初号機筋力の異常増強に加え、恐らくゲンドウの指示で行われたのであろうプラグ構成材質の悪質材化、二つのリツコが想像していなかった惨事が今、シンジを中にいれたプラグに襲い掛かっている。まさに棺桶、助け出す手段は無いのか。

「マヤ!! もう一度、もう一度よ! プラグ排出信号を送って、早く!!」

「駄目です! 矢張り受け付けません!!」

「諦めないで! もう一度試して!」

必死になる師弟の横でミサトも黙っていた訳ではない、無意味かもしれない、しかし何かせずにはいられなかった。手元にあるマイクを引っ掴み、エヴァの近くにある街頭スピーカーへ繋ぐ、此れで向こうへ此方の音声が届く筈だ。通じるかどうか分からない、しかし相手もこうして活動している以上、意志があっても差し支えない筈・・・そう考えてミサトは息を大きく吸い込み、そして。

「こおぉんのおぉぉ!!! 糞エヴァァァァァァァァァ!!!!!! さっさとシンジ君を放しなさぁぁぁぁぁぁいいいいぃぃぃぃ!!! 聞いてんのかコラアアアァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」

絶叫、第三全体に響くほどの絶叫、発令所にいる人間も思わず耳を塞ぐほどの大絶叫だった。その声が聞こえたかどうか、いや、聞こえはしただろう、これほどの大声だ。問題は理解できたかだが。

だがミサトは見た、エヴァが、初号機が画面越しに此方を見てニヤリと哂ったのを。リツコ辺りに言っても否定するかもしれない、でもミサトには初号機が自分に向けて哂ったとしか思えなかった。それほどに目を細め、使徒の血に濡れる口元を歪めて・・・初号機は哂った、そして。

ぐしゃり

「プラグ・・・完全、に・・・圧・・・壊・・・」

リツコ、マヤ必死の努力も、ミサトの叫びも空しく、シンジを乗せたままエントリープラグは初号機の筋肉に飲み込まれ、潰され、完全に消滅した。

「・・・如何するのミサト」

過ぎてしまった過去はどうしようもない、壊れた物は元に戻らないし帰って来ない。

「兎に角・・・エヴァの動きを止めるわ、話は其れからよ! 使徒捕獲用ワイヤー射出!」

それ故に今は前を見なければ、さもなければ今に、そしていずれは過去に沈んでしまう、其れは避けねばならない、人類の未来の為に。

「了解! 射出!」

特殊鋼で編まれたワイヤーが無数に撃ち出され、その全てが初号機を覆う様に絡み付いて行く。それに対する初号機の行動は何も無い、ワイヤーに視線を向ける事も無く、暴れて動く事も無く、ただ先程と同じく体を上下に揺すっている。

「拘束完了!」

報告の通り、エヴァはもう動かず、ワイヤーは何重にもその巨体を覆っている、このまま、このまま何事もなく時が過ぎれば良いのだが。

「初号機、移動開始!! 前進しようとしています!!」

願いは聞き入れられず、人々の想いを無視して初号機は前進を開始した、ユックリと、足を上げ、手を振り、人が歩くように自然に。その動作には何の不自然さも無く、流れるように。当然初号機を拘束しているワイヤーが其れを阻もうとする。

「其れ一本でエヴァの巨体を支えられる程の強度を持ってるのよ? そう簡単に切れる訳ないわ! リツコ、エヴァに麻酔って効くかしら、如何思う?」

「そうね、生体部品で構成されてる訳だから全く無効、と言う訳では無いでしょうけどね・・・ただ問題は麻酔弾をどうやって撃ち込むか、ATフィールドはそう簡単に破れないわよ」

「零号機は? 戦闘には耐えられなくて良い、フィールドを中和してくれさえしたら、後はビルからの射撃で何とでもなるけど」

「中和程度ならレイを動かしても大丈夫だろうけど・・・問題は起動するかよね、いえ、したとしても零号機のフィールドであの強力な初号機のフィールドを中和出来るかしら? 力量的に如何考えても不可能に近いわ」

「やってみなけりゃ分からないじゃない!! このまま初号機ほっとく訳には行かないでしょう!? それとも他に何か代案はある? リツコ」

詰め寄るミサトにリツコは両手を上げて降参の意を示す。

「そうね、他に代案は無いわ。兎に角やれるだけやってみましょう」

「そうこなくっちゃ! 司令、零号機の起動を許可願います」

1つ頷いたミサトは三度、上を見上げ、問う、それに対してゲンドウは暫し考えた後。

「反対する理由は無い、やりたまえ葛城一尉」

告げる。其れを受けて発令所は活気を取り戻した、目標はただ一つ、味方である筈の初号機の活動停止。

「医療班に伝達! 今すぐ綾波レイを零号機ケージへ、すぐさま起動準備にかかって!! 急いで!」

「マヤ? 今直ぐネルフ中の麻酔薬と言う麻酔薬をかき集めさせなさい! 其れをGBU-28B DEEP THROAT 弾頭に詰めて装填、此れで何とかなる筈だわ」

「バンカーバスターですか? 先輩、そんな物使ったらエヴァが・・・」

バンカーバスター、地下塹壕を潰す為に開発された爆弾である。普通の手段では破壊出来ない地下施設を破壊する為の物で、強化コンクリートすら易々と貫通し、その後に爆発する、其処まで威力がある物を使う必要はあるのか? マヤの疑問はある意味まっとうな物であるかもしれないが。

「見なさいマヤ、通常の攻撃手段が此れに突き刺さると思う? 此方も腕一本吹き飛ばすくらいの覚悟が無いとね」

指差した画面では未だに初号機が前へ歩き続けようとワイヤーと牽引合戦を繰り広げている。当然、ワイヤーは初号機が進もうとすればするほどその肉に食い込み、減り込むはず、なのだが。

全く、全くと言って良い程、初号機に傷は付いてない、減り込んではいるが減り込んでいるだけ、肉に食い込み肉を割く事も無く、当然、出血も一切していない、つまりは初号機の強度は装甲無しで既に使徒を凌駕しているとすら思われるのだ。

「此れは・・・でも、そうなるとバンカーバスターだって・・・」

不安がるマヤの肩に手を乗せ、リツコは口を開く。

「ミサトも言ったでしょ? マヤ、『やってみなけりゃ分からない』って、そういう事よ」

「・・・はぃっ!」

元気良く頷くマヤ、手は先程から休む事無く動いていたがその動きも若干ではあるが早くなる。そう、答えなければいけない、私は先輩の信頼に。そう思って頬を軽く赤らめたマヤ、その視界で何かが点滅している事に気付く。

「何?・・・せ、先輩!!」

「如何したのマヤ?」

「此れ、これぇ!!」

自信を取り戻した筈の後輩の脅え、尋常じゃない其れにリツコも嫌な予感を覚えながら近付く。マヤが指差した先に目をやるリツコ、そして。

「な、なんて事!!」

事態は急変する。

「何、リツコ、準備出来たの?」

「ミサト、此れを見なさい!!」

「え? 私も忙しいのよって・・・リツコ・・・此れ、嘘、でしょ? ね?」

「・・・間違いはないわ、エラーも無い」

「そんな!! そんな訳ないじゃない!!」

信じられない、信じたくない、信じれば終わる。だが現実は常に非常にして残酷。

「此処まで、とはね・・・此処まで科学を虚仮にされると呆れるしかないわ」

彼女等の健闘を嘲笑うかのような点滅、其れに咥えて遂に警告音までが発令所銃に鳴り響く。音の出る原因を探す彼等の目に飛び込んで来たのは『LIMIT』との表示、何が限界? 何が? そんな、まさか?

『LIMIT OVER』



ぴぃん



遂に『其れ』に限界が来た、終焉が。先ずは一本張力ギリギリまで張っていた『其れ』は大きく弾かれビルへと衝突、多数のガラス片を撒き散らしながら遂には力尽き、堕ちる。そう、初号機を今まで拘束していた『其れ』、特殊鋼ワイヤーが。

初号機が特別な事をした訳ではない、ただ歩いただけ。ユックリと散歩でもするかのように、特に力も込める事無く優雅ささえ感じさせるように。

其れなのに、ただ其れだけなのに・・・一本でエヴァを保持出来ると豪語されたワイヤー数十本は、普通に歩いただけの初号機を止める事叶わず全て。

「全ワイヤー、切断かワイヤー保持機ごとビルから剥離!!」

全て、地に堕ちた。

「エヴァ移動再開!」

未だ急ぐ事もせず、ユックリとした歩調で進む初号機、もう止める手段は無いネルフは其れを黙って見ているしかない。

「一体どうする積りかしら・・・」

「其れこそ謎ね、無意味に散策している訳でも無さそうだけど」

リツコの台詞も尤もだ、初号機は先程から周りを見回す事無く、ただ一点を見つめて真っ直ぐに歩いている。目的がある者の歩みだ、決して迷っている者の其れではない。

「目的があるなら・・・リツコ、このまま真っ直ぐ行ったら何がある?」

「何があると聞かれれば・・・」

サブディスプレイに初号機の予想進路と第三の地図を重ね合わせ、示す。其の進路と重なる物は・・・あった。

「エヴァ射出口? つまり・・・初号機の目的地は、此処?」

「もしくは此処にある、何かね」

最悪だ、敵か味方かも判断出来ない、手に負えない魔獣が一匹、こちらの懐に入ろうとしている。そして其れを止める術を此方は全くと言って良い程に持たないのだ。

「ッチ、射出ルート閉鎖! 同時にベークライトを流し込んで、少しは時間が稼げる筈よ! リツコ、零号機起動まで後何分!」

「起動する可能性は低いけど・・・準備までは後、10分程度はかかるわね」

「ギリギリか・・・それとも手遅れか、まあ指銜えて見てるよりかはマシね」

出来る事をやって、少し余裕が出たミサト、辺りを見回しその視界にマユミを捉えた。此処で湧く疑問、何故彼女は何のリアクションも起こさないのか。

先程から目を瞑ってじっとしている、本来なら彼女のマスターの危機、其れ相応の行動と言う物があってしかるべきであろう、例えば私達に突っかかるとか、初号機の元に行って何かするとか、人頼みになってしまって情けないのは分かるが、今は何を利用してでも初号機を止めなくてはならない。

「えっと・・・マユミちゃん、で良いかな?」

「・・・ええ、構いませんよミサトさん、何か?」

少しの間を置いて目を開け、ミサトに顔を向ける彼女に、ミサトは疑問をぶつけてみた。

「何でそう冷静なの? シンジ君って貴女のマスターなんでしょ? その彼が初号機に潰されたのに騒がないのは何でかなと思って」

ミサトにしては尤もな質問、しかしマユミにとっては訳の分からない物だったらしい、首を傾げて聞き返す。

「ええと・・・如何いう事ですか? シンジさんが潰されたとか死んだとか・・・何の事です?」

「え、見て無かったの? 初号機が吸血鬼と化して」

「ええ、シンジさんが結果的に吸血しましたからね、初号機の血を。随分と強引ですが『曲解』が能力の今のシンジさんですから、予想の範囲内です」

「使徒をバラバラにして食べちゃって」

「手足は細くて美味しそうじゃないしと初号機が言ったみたいですよ、胴体の方は思ったよりいけたそうです」

「・・・全身の装甲が剥がれて」

「趣味に合わなかったそうです初号機の。もっと外連味の効いた奴が好きなんですって」

「・・・・・・ワイヤーも引き千切って」

「普通にねぐらへ帰ろうとしたのに何で引き止められるのか分からないって、ぼやいてましたよ」

話が噛み合わない、究極的に噛み合って無いように感じる。ミサトは思いきって聞いて見る事にした。

「ええと・・・もしかして」

「はい?」

「ぶっちゃけ、シンジ君は生きてて・・・初号機も此方のコントロール可能、って事?」

十数秒の沈黙の後、マユミが呆れ気味に口を開く。

「そうですよ・・・、まさか今まで何も分からずに、ただ暴走してるっぽいから攻撃紛いの行動してたんですか? 一言私に聞いてくれれば良かったのに・・・」

「はは・・・そうなんだ・・・吸血鬼ってテレパシーみたいなの使えるんだったわね・・・マユミちゃんがそんな冷静にしてる段階で気付くべきだったわね・・・」

ワイヤーは使用不可能に、ルートの1つもベークライトで固められて使用不能。ただ一言、マユミに聞いていればこんな事には・・・自分の判断ミスと取られて減俸にならないと良いけど、そう思うミサトの目の前で初号機が射出口の扉を抉じ開け、ベークライトを掘削しながら進んで行く初号機の姿が映っていた。





初号機ケージ、発令所にいた職員の一部が今、此処に来ている。ルート以外の防壁は全て開けてあるし、マユミを通じて此処に来るよう伝えて貰ったからもう直ぐ来る筈だろう、ミサトはそう思いながら待つ。

来た、その巨体からは信じられないほどに素早く、また、音も立てずにケージへと乗り込んで来た初号機。矢張り装甲無しの其れは生々しく、生理的な嫌悪感をもたらす、其れが巨大な吸血鬼と化しているのだから尚更だ。

そんな思いを余所に初号機は静かに其の身をケージ、LCLプールへと沈めた、水面は少し波立った位でミサト達がいるブリッジ近辺まで飛沫が飛んで来る事も無かった。

目を細め、低く唸る初号機、見た目はアレだがある意味愛嬌のある仕草だ、風呂に浸かっているオヤジみたい、そう考えたのはミサト、他に誰が考えるかと言う考えもあるが。

と、其の初号機の肩の辺りの肉が盛り上がる、人の大きさ位に大きくなった其れは、花の様に開き、幾枚かの肉で出来た花弁になり、静かに初号機の肉体へと戻って行った。それがなくなった後に妙なポージングをしながら其処に立っていた人物、誰であろう碇シンジ其の人であった、ただ。

「あれ、シンジさん、其の子供如何したんです?」

「む、此れかねマユミ〜嬢。まあ色々複雑な理由がありけれど!! 一言で言うなら拾った、ね」

「随分アッサリですね」

そう言葉を交わすシンジの左脇には小学生くらいの少女が抱えられていた。

「気付いたのは初号機ね、この子供が使徒と初号機の間に落っこってたよ。こいつが気付かなかったら今頃は挽き肉で今晩はハンバーグよ、マユミ!! お残しは許しまへんでぇ!!」

「カニバリズムも懐かしい忍者の卵ネタも結構です。でも私も気付かない内にそんな行動をこなすなんて・・・初号機もやりますね」

そう言いつつ見上げるマユミ、其の視線に答えてか初号機も低く唸る、此方の言う事を理解出来るほどの知能を、シンジの吸血により得たらしい。このマスターにしてこれ程のまともな存在になれるとは、初号機も運が良いと思うべきか。

「じゃあ其の子は此方で預かって、検査の後に親元へ帰して置くわ。シンジ君、渡して貰えるかしら?」

話が一段落付いた所でリツコがシンジにそう、手を差し伸べる。マユミが少し眉をひそめたがシンジの方は其れに気付かないように、アッサリと初号機から飛び降り、リツコに少女を渡す。リツコは、呼び出して置いた医療スタッフに少女を渡し、向き直った所でシンジに尋ねる。

「其れでシンジ君、貴方、どの様にして初号機を吸血、吸血鬼化したか・・・説明して貰えるかしら?」

聞かれた等のシンジだが、一向に答えようとしない、首を傾げ、捻り、折り曲げ、あらゆる手段をもって伝える、分かりませんと。まあこのシンジに説明を求めた自分が間違っていたのかと溜め息を1つ、リツコは視線をマユミへ向ける。向けられた等の本人も矢張りか、と言った風で苦笑しながら口を開いた。

「ええと、仮説みたいな物で確証は無いんですけど、良いですか?」

「構わないわ、是非お願い」

「では。先ず、エントリープラグ内に皹が入ってましたよね、ほぼ全体にわたって」

「・・・ええ」

少し視線を外しながら頷くリツコ、其れは恐らく彼女の予想通りなら登場者の父親が仕組んだ事、さもなくばああも簡単に罅割れる筈が無い。そんなリツコの仕草を気にしないのか、マユミは顔色一つ変えず説明を続ける。

「そうなるとプラグ挿入の為に初号機に開いている穴、其の内壁にも皹が入っていると見て良いでしょう。そして使徒からの苛烈な攻撃、初号機の内部器官、内臓があるのかどうかは分かりませんが、其れに類する物、ソレラガ内出血を起こした筈です」

確かに、外部からも相当量の出血が認められた、ならば内臓も其れ相応のダメージを負ってしかるべきではないか。

「つまり、此れで道が出来た訳です。初号機と碇シンジを繋ぐ道が、初号機の内出血がエントリープラグの皹から染み込み、其の血が時間が経つ内にシンジさんの口元に到達、そして・・・吸血・・・。此れが私の予想です、多分此れで合ってるでしょう。なお、普通の吸血鬼ならこの方法では吸血がなされたとは言えません、対象の肉に牙を突き立て、血を啜る、此れが本来行われる吸血行為でそれ以外は認められず、吸血鬼とは化さないでしょう、ただ・・・」

そう言って視線を移す。其の先では話に上がっている張本人が手持ちぶたさに初号機と会話していた、とは言ってもシンジが一方的に話し掛け、初号機が其れに相鎚とも取れる唸り声を上げているだけなのだが。

「彼、知っての通り通常の吸血鬼とは一線を画します、良い意味でも、悪い意味でも」

悪い、そちらの方に力が入って聞こえたのは気のせいだろうか?

「故にこの間接的吸血でもシンジさんにとっては吸血行為に値する、そう『曲解』したのでしょう。流石に今回の事は私も驚きました、此処までシンジさんの能力が出鱈目だったなんて・・・如何したんです? シンジさん」

説明を終え、視線を向けた先で彼女のマスターは何やら首を傾げ、唸っていた。

「ムハァ、マ〜ユ〜ミ、初号機がなんか変だと言うよ」

言われて初号機の方を見ると、其方の方も何やら首を捻っている、どうもおかしい、と言うよりは何か違和感があるように感じる、と言っても精々が背中がなんか痒い、この程度ではあるようだが。

「はぁ、何か違和感があるんでしょうか。背中でも痒いんですか?」

このサイズだと孫の手、何メートルのがいるんだろう、なんだか馬鹿な事を考えてるなあと思うマユミに初号機は首を横に振って答え、シンジに向かって低く唸る。唸り声は先ほどの唸り方と違う所から見て、一種の言語なのだろう、そして其れを理解できるのは今首を盛んに縦に振っているシンジだけらしい。シンジは其れを聞き終えてマユミの方へ振り向く。

「何でも肉体の中に自分以外の魂の存在を感じるとかウンヌンカンヌン、難しい事は分かりかねるがバス一人席に無理矢理二人座ってる感じ、みたいな? よって、如何にもこうにも不愉快とか何とか、仮にもマスターなので部下の問題は解決してやらねば! と、言う訳で如何しよう?」

結局人頼みなんですね。そんなマスターが情けなくもあり、また同時に可愛くもある。マユミは首を傾げ、魂の処理法を考える、抜き出して他の肉体に収める、でもそう簡単に代替の肉体なんてある訳ないですよね。考えるのが面倒臭くなったマユミは最も簡単な方法を提示する事にした、即ち。

「『食う』か『消す』か、どちらかにしたら如何でしょう? やり方は分かりますよね、吸血鬼になったのだから可能な筈です。歩くのと一緒、認識さえしてしまえばやる事は容易、そうでしょう?」

大きな幼子にニッコリと笑って方法を伝えるマユミ。初号機も目を瞑り、少しの間ジッとしていたがやがて目を開け、唸りながら頷く。如何やらやり方を認識したようだ。

「ならば此れにて一件落着! さあ初号機、その魂とやらを適当に料理して食っちゃいなされ。何、食ってしまえば同化してユーの一部になるからモウマンタイ! 一気にどう
「止めろおおおぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」らしいですぞ、ハイ」

ケージに響く悲痛な叫び声、初号機も交えての声の発生源検索は直ぐに終わった。ケージの上、強化ガラスに守られた一室、本来は其処から指示等を出すであろうその場所に一人の男が立って、いや、ガラスに貼り付いて叫んでいた。先程までの其の男の不遜さを思うとマユミですら驚愕を隠せない。

ただ一人冷静な、と言うか何も考えてないだけであろう者が口を開いた。

「はて、何ゆえ止めるのかテルミースーン!! 即ち初号機のパワーアップとも言えるこの行為を! さぁさぁさぁ!!」

「黙れ!! 貴様は私の言う事を聞いていれば良いのだ!! 私に従え!!」

この場で最も心乱しているであろう男が答えた、そう、碇ゲンドウが。口元を恐怖に歪めながら、答えた。

目を血走らせ、息荒く叫ぶ矮小な男。マユミは其の様子をつぶさに、そして冷静に観察した。彼女の能力は吸血鬼と成り果ててから得た物以外に、人として生きていた時期から持っていた物がある、其れが其の情報分析能力だ。

小さい頃から内向的な性格の為、本を友に生きて来た彼女だが数多くの本を読み進める内にある事に気付いた。初めて読んだ筈なのに既にこれからの展開、そして終焉までもがその脳裏に浮かんでいる事に。最初は子供向けの小説、似たような所があるから其の辺りから何となく推理したのだろう、そう思っていた。

だが其れも読む本が現代文学の傑作と謳われる作品を読むまでの話だった。これらの歴史的大作家が世に生み出した最高傑作でさえマユミは容易に内容を最初の一部分を読むだけで全て理解できるようにまでなっていたのだ。

この世は退屈、彼女はそう思い始めていた。其れはそうだろう、読む本全てが簡単に展開を予測出来るならそんな物、娯楽になぞなる訳が無い。そんな彼女の人生の転機とも言える出会いがある時起こった。

「奇譚本」、そう世の中で呼ばれている文学の異端児、其の一冊と偶然邂逅した事から彼女の人生は大きく変わり始める。著者不詳も珍しく無いそれら、ある物は人の精神すら崩壊させる為、ある物は社会を壊滅に追い込む為、其の過ぎた効果に恐れをなして闇に葬られた筈の本達だが好事家や政府の手によって密かに隠匿されていた物があったのだ。

マユミは狂ったかのように奇譚本の収集に明け暮れた。幸いと言うべきか彼女の父親は大企業と言っても過言ではない会社の幹部クラスにいた為、彼女の情報収集能力の代償に大金を払っても惜しく無いと考えており、彼女は望むままに本の収集を続けた。

彼女の分析に必要なデータは其の辺りのニュースやネット、一般人でも触れる事の出来る程度の物で十分な為、其の能力が表に出る事は無いと彼女自身は思っていた、だが其れが甘い予想だったと、油断だったと思い知らされる日が来る事になる。

奇譚本の類を保護の名目で集めている何処かの国の諜報機関、英国諜報部の一端だと後々知った事だがその時は知る由もなかった。本を渡すよう迫られたが彼女にとってもはや、それらの本は命、いや、命と比べるべくも無い位置にまで達していた。

拒否する彼女に遠慮なく撃ち込まれた銃弾。倒れ、瀕死の彼女の前で運び出される彼女の本、気が狂いそうになったのは当然だろう。だが此処で彼女にとっては幸運で諜報部にとっては最悪としか言い様の無い者が登場する、碇シンジだ。

実は本奪取に派遣された諜報部員は吸血鬼化した某組織のスパイであり、英国諜報部とヘルシングの協定によりシンジがその殲滅に向かわされたのだ。マユミの前で襤褸切れの様になって行く其の吸血鬼、彼女は死にかけた頭で分析し、自分がこの吸血鬼殲滅の囮に使われた事に気付いた、悔しかった、悲しかった、力のない自分が不甲斐無かった。

そんな彼女にふと、吸血鬼を塵に還したシンジが近寄り、囁いた。

『選択肢をあげるよマユミ、此処で死ぬか、僕と共に永遠に近い時を生きるか』

今思えばどの性格が自分にそう話し掛けたのだろうとたまに分析する事がある彼女、だが其の答えは未だ出て来ない、彼女の能力を持ってしても分からないのだ。兎に角、マユミは後者を選択し、本も手元に戻り新たな力も手に入れた。そして今はシンジの隣にいて彼のサポートをして入る。時に暴走する彼を御するのもまた楽しい、そして愛しい。

だから彼女は、マユミは今ある情報で分析する、彼を、碇シンジを助ける術を。

先ずゲンドウは初号機以外の魂を消す事を拒否した、つまり彼にとっては大事な魂(人)と言う事になる。彼の此れまでの行動の情報、大事に想う存在に該当するのは立った一人、つまりは彼の妻、碇ユイ。

彼女は死んだのではなかったか? いや、実験中にプラグ内で消滅とある、ならば魂まで消失せず今も初号機の中に留まっていたと、そういう事か。

初号機に人死にを出してまでシンジを乗せようとした、おそらくシステム的に肉親では無いと起動しない理由があったのだろう、しかししなかった、必要なのは親愛の情か? ならば今のシンジに母を慕う心を求めるのは無理と言う物では無いだろうか。

分析結果、消そうとしている魂は碇ユイの物、碇ゲンドウか彼女の為に今此処にいる、そして其の彼女の生殺与奪を握っているのは碇シンジ、私のマスター。

クスリと笑うマユミ、そう、そういう事、だから貴方は息子を必要としたんですね? 無理矢理出撃させたのもシンジさんが危機感を覚え其れを守る為に碇ユイが覚醒するのを狙ってですか、残念でしたね、もう少し今のシンジさんの事を調べて判断すべきでした、そんな事に使えるかどうかとか。

「では碇司令、取引しませんか? 勿論受けて頂けますよね、貴方の最愛の人がかかってるんですから」

極上の笑みを浮かべてゲンドウに言い放つマユミ、ゲンドウが叫んでから彼女がこの一言を漏らすまで実に5秒、其の分析能力恐るべしである。





「にしてもマユミ、容赦なかったね〜。マイ父、歯軋りと震えとグラサンキュピーンと光らせるのが止まなかったね」

「あの程度当然です、しかし此方が彼の大事な物を握っていると言う事が分かって良かったですね、これで無理難題を言われなくて済みますよ」

「如何考えても無理難題言ったのはユーよ、自覚してますか?」

「あら、此方が真に満たして欲しい要求以上の物を相手に突きつけるなんて、交渉の常識ですよ? しない方がおかしいです」

あの後、展開に付いて行けず呆然としているミサトと、何かとても怖い顔をしたリツコ、二人を置いてゲンドウとシンジ、マユミは冬月を交え、再度交渉と相成った。

ただ、シンジは口を開く度にど突かれるので中盤からは言葉少なになっており、殆どをマユミがこなしたのだが。認めさせたのは拒否権、契約金を払う、これから続く使徒戦に対しても給料を月給と言う形で支給する。

住居は此方で用意、使徒戦以外では吸血鬼殲滅が優先、訓練、検査、その他全て却下、この項では怒る者が出そうだがシンジ達には関係ないことだ。他にも細かい物を何個か認めさせたが特に語るような事ではない。

代わりに向こうが殆ど嫌がらせ的な意味合いで認めさせたのが、シンジ達に学校に通うよう言う物だった。名目はファーストチルドレンの護衛、現在入院中だが数週間後には退院するそうなので、シンジ達も授業を受けるのはそれからで良いという事だった。ならば其れまでは自由行動で好きにさせて貰おう、シンジとのデートもしたいし、そう思うマユミ。

大体が、シンジがどういう存在か会ってみて分かるだろうに、其れでも学校に行かせたいとは何を考えているのだろうと考えるマユミ。先述の通り、嫌がらせとしたらお粗末にも程がある、シンジの奇行によってネルフの評判に傷が付くというのは火を見るより明らかだろうに。幾ら秘密組織とてアレほど巨大なものを相手にしているのだ、今回の戦闘である程度観衆の目に止まったと見ても間違いはないこの状況で。

(まあ本当に頭に血が上っての結果かもしれませんけどね、如何なんでしょう? 此処まで愛されるってのも女冥利に尽きるんでしょうか?)

等と考えながらシンジの横をノンビリと歩くマユミ。既に夜となっている街を歩くのはとても楽しいもの、流石に本屋は開いてないが隣には好きな人、悪くない、実に悪くないただし。

「よっ、オ嬢ちゃん。こんな夜の一人歩きは危険だぜ〜、俺達がエスコートしてやるよ」

勘違いをした馬鹿がいなければの話だが。楽しさの余りに気が抜けていたといえば其れまでか、シンジと彼女は10人ほどの男達に囲まれていた。まあ格好から見て適当に探せば何処かからは湧いて来そうなゴキブリみたいな奴等だ、シンジ達を見た目通りの存在と勘違いし、襲うか何かする気でいるのだろう、目に欲望が渦巻いているのがありありと見てとれる。

「いえ結構です、ちゃんとしてくれる人はいますから」

そう言ってシンジと腕を組み、しなだれかかる。相変わらずシンジは妙な動きしか見せないが其れでも悪い気持ちはしない。

「・・・ああ、此れ? オイオイ、冗談だろ? こんなモヤシみたいな奴になに」

ゲラゲラ笑いながらシンジを馬鹿にした男、台詞を最後まで言う事無く数メートル吹っ飛ぶ。吹き飛ばしたのはマユミ、手にはシンジど突き用の本、普通の人間で此れを喰らうのは相当きついだろう。

「鎖骨の一本でも折れましたか? 私の愛する人を『此れ』呼ばわりしたんです、其の程度で済んで幸運だと思って下さい」

フンと鼻で笑い、マユミは本を元あった場所へ戻し、立ち去ろうとシンジと再び手を組もうとして、ふと視線を止める。其の先にいるのは未だ彼女を囲んでいるナンパ男達だ。一人ぶちのめせば畏怖から逃げるか、諦めるかだと思ったのに逃げもせず、未だ彼女を囲んでいる。

其の表情に共通する物は嘲り、と言うか敵意? はっと気付き自分が殴った男の方を振り向く、最後にマユミが見た光景は其の男が何事も無く立ち上がり、此方へと銃口を向けている姿だった。銃声、次に見たのは背中、誰の? 自分の前に立ち塞がって撃ち出された弾丸を其の未で受け止めた人。其れは誰? 自分のマスターであり、大事な人。つまり? 碇シンジ。

「し、シンジさん!? 大丈夫、で、す、か?・・・」

泣きたいのをぐっと堪え、自分の方へ倒れ掛かって来た華奢な其の体を受け止め、何とか地面へとユックリ降ろす。撃たれた箇所は8箇所、其の1つに手を当て、受けた激痛に慌てて手を引っ込める、銀弾だ、其れも法儀式を施した最悪の一品、其れが8発シンジの中に減り込んだまま、其の肉体を蝕み続けている。

「Oh、マユ〜ミ、無事で何よりです! つ〜か、メッチャ痛いです、ハイ」

何時に無く声に力が無い、当たり前だ、「喜」の時のシンジは身に受けるあらゆる事象を「曲解」する事によりあらゆるダメージを回避する事が出来る。だが此れはあくまで自分の身に向けられた事象に対してしか発動しない、つまり、彼以外の者を狙った弾丸の前に立てば其の弾丸は当然のように彼自身に減り込む、此れが「喜」の「曲解」の限界だ。

「すいません、すいませんシンジさん、私が浮かれて気を抜いたばかりに!」

「あは〜、そんな弱々しいユーを見たのは久々ね! まあ其れだけ、庇った甲斐、あった、ヨ」

ニヤッと笑った後、がくりと其の頭は垂れる、気絶しただけだがこのまま放って置いても良い事は無い、幾らシンジと言えどこのままにして置けば間違いなく、自然の理に倣う事になるだろう、つまりは塵は塵に還る。

「待っていて下さいねシンジさん、今直ぐ治療できる場所へ運びますから・・・」

だが其の前にやる事がある、マユミがシンジを運ぶとすれば彼等は阻むだろう、だがそれ以前にシンジを傷付けた彼等を許して置ける筈が無い、マユミは無表情なままの顔を男達に向ける。先程まで情欲ににやけていた其の顔には任務に対する忠誠が窺える、つまり彼等は・・・。

「吸血鬼、其れも人造吸血鬼ですね貴方達」

おかしいと思わないといけない所は多々あった、例えば現状、幾ら夜とは言え繁華街の中に自分達以外がいないのはおかし過ぎる、意識を鋭くし、探ってみると人払いの結界が張られている。此れだけ大規模の物なら一般人なら近付こうとすら思わない、いや思えないだろう。

「其の通りだ山岸マユミ。碇シンジと共に行動する際は油断がちになる、報告通りだな」

マユミの問いかけに発砲した男が答える、先程と掛け離れた真面目な表情と言い、銃の扱いと言い、相当な修練を、下手すれば軍関係者と言う事も有り得るか。

「それなりに調べているようですね、何処の組織です? 教えてくれたなら楽に殺してあげますよ」

「答えを望んでいるとは思えないな、其れに其れは此方の台詞だ。お前の戦闘能力は碇シンジ、霧島マナに比べると格段に劣る、先に貴様を狙えば碇シンジが盾になると、予想通りだったよ。今のお前達の戦力は我々以下だ」

一歩踏み出す男、気配から察するに全員が其の包囲を狭めたようだ、それにしても戦力が我々以下? 随分となめた事言ってくれますね。マユミは唇を吊り上げ、先程とは違う、黒表紙の本を取り出した、全体に金字を施した其の本、古そうな割には傷も無く、何か怪しげな雰囲気を醸し出している。

「戦力が無い? 其れは私が弱いと仰ってるんですか?」

「其の通りだ、貴様が買われているのは其の情報分析能力だろう、他に一体何があると言うのだ」

鼻で笑うかのように答える男。マユミは吊り上げた唇を更に吊り上げ、薄く開いた唇から鋭く尖った犬歯を覗かせながら哂い返した。他に何があると? 教えてあげましょう、知りたいのなら、貴方がたの魂を対価に。

男から視線を落とし、自分の手の中に収まっている本へと向ける、其れと同時に風も無いのに自然とページがめくれ、あるページを開き、止まる。其れと同時にマユミの口から言葉が漏れ始める、其れは歌の様であり、また同時に呪詛足り得るとも取れた。

「・・・彼は戦の後、冥府を離れ現世に住まい、

常人の女を娶り子をもうけるべし。

なれど神の使徒らよ、心せよ」

マユミの回りに風が舞い、黒い影のような物が其の足元から吹き出し、また風と共に舞い始める。

「呪わしき魔帝は二千年の後に縛めを断ち、

再び奇しき力もて現世を侵す宿命なれば。

其の昏き戦争にては」

驚き、ざわめく男達の前で其の形を持った影は其の在り方を人型へとして行き、

「スパーダのもうけし半魔の子こそ

我等が護り手たらん。

其の者の名、神の曲謳いし者の名で呼ばる」

其れは終には色を持った人型となる。年まだ若く、銀髪。紅いコート、其の背に大剣を背負ったがっしりとした体躯の男がマユミを庇うかのように立ちはだかった。

誰も動かない、まるで何かにピンで止められたかのように。其れを成すだけの存在感をマユミが呼び出したと思われる男は持っていた。気だるそうに首を回した彼はコートの裾を翻しながら振り返る、ゴツンとブーツがアスファルトを叩く音が大きく響き、我に帰ったかのようにマユミ達を包囲している人造吸血鬼達もまた手に手に武器を取り、何時でも飛び出せるようにタイミングを計る。

そんな事もお構いなしに、銀髪の男は口を開いた、其の声は低く、しかし強く響いた。

「Are you a client? lady.」

マユミもまた口の端に残虐な笑みを残しながら答える。

「Yes. Order is simple.」

「Haah what?」

「Kill.Them.All.」

「Ha! Those guys? It that making a cake!」

「Drop? or Call?」

そうマユミに問われ、男は懐から一枚のコインを取り出した。其れを少し手の上でもてあそんだ後、放り投げ、掌で受ける、何回転かして彼の掌に落ちた其れは、表を上に晒していた、つまり、契約成立。男はニヤリと笑い、マユミに言う。

「Ok,you’re lucky day,lady.」

「Thanks,Sparda’s son,Dante.」

そう言われて笑みを更に強めた男・・・ダンテと呼ばれた彼は身を翻し、吸血鬼達へと無造作に近付く、何の感慨も持たず、何の恐れも覚えずに。其れに彼等は激昂する。

「なめるなああぁぁ!!」

最初にマユミを撃とうとした吸血鬼が撃ち尽くした銃を捨て、ナイフを逆手に男へと飛びかかる。膂力凄まじい吸血鬼の其の攻撃をダンテは。

「Hey,slow down,baby.」

「な、何だとぉ!」

軽々と片手で受け止めた、そして抜き手も見せず抜き放った白い拳銃を吸血鬼の口へ突っ込み。

「あ、あが!?」

「Eat this.」



BLAM,BLAM,BLAM



三連射。喰らった吸血鬼の体は其の圧力で吹き飛び、当然のように脳漿を振り撒きながら他の吸血鬼の方へ飛んで行く、必死で避ける彼等の後ろのビルの壁へぶち当たり、其処で灰と化す。其の悲惨な最期に吸血鬼達は戦慄する、だが彼等はダンテから、魔の狩人から目を離すべきではなかった。

「Hey.Let’s rock,baby.」

声かけられた吸血鬼が其の声の主へ視線を向けた時は時遅く。

「ひ、いぎゃああああああああぁぁぁ!!!!」

銀の閃光、其れが通った所から二つに別れ、地に落ちる前に塵へと還る。其の塵の向こうに残った吸血鬼達は見た、右手に切り上げたまま上げている剣を保持し、禍々しく哂う狩人を。

「「「「「「うおおおおああああぁぁぁぁ!!!!」」」」」」

残った6人、全員による一斉射が始まる、弾頭は法儀式済み銀弾頭、幾らその狩人が強かろうとこの弾丸の雨の前には無力な筈。コンクリートを、アスファルトを砕き、土煙を上げる、幾らうろたえたとしても訓練の成せる業か時間差でのマガジン交換による止む事無い射撃は由に1分は続いただろうか。

生き残った中でのリーダーが右手を上げ、射撃は止む。辺りに立ち込める土煙のせいで視界はほぼ零に近い、しかしそんな事は吸血鬼である彼等に関係ない、動く者の気配、殺気、それらを感じ取るのは造作も無い事だから。

だが其れは。

「―――ッ!!」

幸運な事だったのだろうか? 

ほぼ同時に彼等は殺気の指し示す方を向く、其れは有り得ない事に彼等の真上からだった。だが有り得ないとしても、そして信じたくなくとも。

「な、何だ貴様はああぁぁぁ!!!!!!!!」

現実だった。

未だ其の右手には剣を構え悠然と佇むダンテ、しかし其の姿は先程の精悍な青年の物とは大きく掛け離れていた。2メートルは軽く越す身長、赤黒く染まり、紋様とも取れる線の奔った全身、そして何より、其の背から伸びる一対の翼。其れを軽くはためかせながら、彼は宙に浮いていた。

ダンテと思しきその異形は吸血鬼の叫びに答える事無く、両の掌を彼等に向ける。手の表面が盛り上がり、其処からガトリングの銃身とも取れる砲身のような物が迫り出して来る。

そして轟音と共に吐き出される弾丸の雨、吸血鬼達は成す術なく其の雨の前に一人、また一人と倒れて行った。

「くぅおおおぉぉぉ!!!」

それでも諦めない者が1人、ダンテの銃撃を受けながらもマユミへと襲い掛かる。シンジを抱え、護っている今の彼女には其の攻撃を防ぐ術は無いだろう。

「せめてええぇぇ・・・貴様だけでも連れて行くううぅぅぅ!!!!」

消滅は覚悟の上、ならばせめて怨敵の1人だけでも。その想いだけで其の吸血鬼は灰になりかけている体を動かし、マユミへと迫る。

「死いEEEEぃぃぃNEえええぇぇ!!!!」

後数歩、それで彼の爪は彼女に掛かり全ては終わる。しかし其れは永遠に成される事は無く。

「うぐ、は?」

重い物が空を裂く鈍い音、羽虫が立てるような音。其の音が彼の耳に到達したと思った瞬間、彼の体に鈍い衝撃が走り、地面へ投げ出される。見上げると彼を塵芥を見るような眼で見ているマユミの姿が直ぐ其処に、立ち上がろうとするが動かない彼の両足、何事かと見下ろした彼の眼に映った物は切り裂かれた腹から食み出た内臓、そして少し後ろにあって灰になり、散って行きつつある彼の下半身。

怨嗟を籠めて見上げる先にはダンテの姿、彼の背にも手の中にも剣は無く、其の剣は今も勢い良く回転しながら宙を舞っていた。ダンテの投げた剣がブーメランの如く飛来し、彼の胴体を真っ二つに。其の剣は彼の見ている前でダンテの手の中に戻る。其の凄まじい運動エネルギーを持った剣を軽く受け止めるダンテ、最初から勝負になどなっていなかったのだ。

ギリギリと歯軋りする彼を変身を解いて地に降りたダンテが掴み、マユミの方へと放り投げる。地面に叩き付けられ呻く吸血鬼にマユミが優しげに声をかけた。

「如何ですか? 私の能力、固有結界『劣 偽 造 士From Tales Worlds』は。身を持って体験した感想なんか聞いてみたいものですけどね」

「黙れ狗が!! 権力に跪いた貴様等にかける言葉は、グバァ!」

吼える吸血鬼の背中をダンテが踏みにじり、傷口から食み出る内臓、出血が更に増す。マユミはある程度そうやって黙らせ、息荒く反論する気力も無くなった所で吸血鬼に話し掛ける。

「では何処に所属してるのか、誰の差し金か、言う訳が無いから尋問拷問の類は無駄ですね。尤も、拷問が得意な存在を呼び出す事も出来る訳ですが」

愉しげに微笑むマユミにゾッとする吸血鬼、だが其れも束の間、余裕を少し取り戻した彼は急いで口の中で何かを噛み潰す。マユミがハッと気付いた時には遅く吸血鬼は一瞬にして炎に包まれた。

ダンテが主を護るように其の燃え盛る上半身を蹴り飛ばし、数メートル先に落ちた吸血鬼はゲラゲラと哂いながら其の身を在るべき姿へと変えて行った。

「やれやれ・・・何も聞き出せませんでしたね。自害する可能性も考慮しておくべきでしたか・・・。嗚呼、もう良いです、戻って下さい」

悔しがりながらも傍らに佇み続けるダンテにそう話しかける、ダンテは一つ頷くと黒い影の塊となり、そのままマユミへと吸い込まれて行った。

「あら? 此れは奴の血、でしょうか? まあ此れだけでも少しは何か掴めるかも知れませんね」

溜め息交じりに見下ろした自分の手に少量の血が付いているのに気付いたマユミは、其れが例の吸血鬼の物だと解釈し、其れを舐め取る。

「・・・此れ、は・・・拙いかも知れませんね」

舐め取った血は少量、得られた吸血鬼の記憶も断片的であやふやな物だったが其れでも解析能力の高いマユミにとっては十分であり、背景を知る事は容易な事だった、内容の深刻さが無ければもっと良かったのだが・・・。

「それで、だ。何か、其の、分かったのかなマユミ」

「は、はい・・・ってマスター!?」

唐突にかけられた声はマユミの腕の方から。慌てて見下ろすと先程までと違い、少し悲しげな微笑を浮かべたシンジの顔が彼女を見つめていた。性格交代が起こったのであろう、「喜」から「哀」へ。

「まあ・・・良いがね。さて、取り敢えずは其の、この身を回復した方が良い、のだろうな、うん」

そう言うとシンジは口の中で呪を呟き、手で軽く印を切る。其れだけの行為で通常の吸血鬼では命取りになる、シンジの体に減り込んだままだった法儀式済みの銀弾は煙と化して消滅した、其れと同時に出血も止まり、傷も塞がる。相変わらずのシンジの魔術能力にマユミは舌を巻いた。

「で?・・・何が、其の、分かったのかな、説明して、そう、貰えるかな」

「其れは良いですがマスター、出来れば支部へ戻るまで待って下さい。アズサ陸将補を踏まえた上でお話したいので」

「ほぉ。其れは其の、アレだ、そう、かなりの大事、危機的な何かと解釈して、其の、差し支えと言う奴は無い、のか?」

「はい」

キッパリと言い切るマユミに向かって一つ頷き、シンジは歩みだした。

「あの、マスター何処へ?」

「其の、アレだ、ウム、何と言うかな・・・この場合は、そう・・・拗ねる、そう、拗ねるとでも言うのか。マナだ、そう、彼女を回収しに行かねばなるまい。置いて帰ると、其の、後が、何だ、面倒だ」

「そうですね・・・はぁ、もう少し2人っきりでいたかったんですが・・・」

しょんぼりと呟くマユミにシンジは苦笑交じりに振り返る事無く声をかけた。

「あれだ、そう、我々は永遠に等しい物を手に入れている、だから、其の、機会と言う奴は、何だ、また来るさ、だから今は、まあ、何だ、行くとしよう」

マユミは眼をぱちくりさせる、彼がそういったフォローをするのは実に珍しい事だからだ。だから一瞬の後、満面の笑みを浮かべて頷いた。

「はぃっ!!」









「・・・死んだか? 死んだよなあ。ドタマと心臓ぶち抜いたんだからなあ・・・死んだな」

マナをまんまと出し抜き、銀の銃弾を浴びせた吸血鬼。彼はそう言いつつも銃を下ろす事無く慎重に地面に倒れたマナとの距離を詰めて行く。彼女は何と言ってもあのHELLSINGの一員なのだ、何か隠し技の一つくらい持ってると見て然るべきだろうし。

とは言え、霊験高い某化物殲滅機関からの横流しの品だ、高い金払って買ったのだから効果が無いでは意味が無い。後は其の効果の程を見届けるだけなのだ、本当なら今直ぐ逃げ出したい所だが周りの壁は余りに高く飛び越せないし、何より彼女から受けたダメージが相当に残ってるこの身では、余り派手なアクションは起こせそうにない。

そして唯一の出口とも取れる路地は倒れてる彼女の後ろだ、となると彼女の状態を確かめない訳にはいかないと言う訳だ。

「くっそ〜、面倒な事この上ないぜ。本当なら今頃は処女の生き血なんて飲んでいられたのによ〜」

マナの足元にまで近付き、靴先で彼女の足を蹴ってみる。反応は無い、だがワザとと言う事も考えに入れてもう少し近付いて見る事にする。

「知らねえだろ? 今処女の生き血が幾らするかなんてよぉ。高いんだぜ? しかも其れのRH−だぜオイ、ったくスゲエぼったくりだよな〜、最近のガキはなんも考えんとホイホイ純潔捨てっちまうしよぉ。馬鹿揃いだよ本当に、クソッ、クソッ」

寸前まで防御しようとしたのか顔と心臓の上に手を置いているので当たったかどうかの、判断が付かない。腕には自信があるので外れたとは思わないが、其れでも用心はすべきだろう、其のせいで彼のボスは悲惨な最後を遂げたのだから、反面教師とは良い言葉だと思う。

「あ〜、折角の御馳走だったのによぉ・・・オメェのせいでパーだぜパー、分かってんのか? ったくよ〜」

「知らないわよ、ンな事」

「へ?」

何と間抜けな声を出してしまったのだろう。しかし其れよりも今のは、でもまさか・・・そう思い彼はマナの顔へ眼を向け、そして・・・。

「其れより覚悟は出来た?」

其の血よりも紅く、獣より獰猛な瞳と眼が合った。

「私に倒される覚悟」

転瞬。

彼は其れを認識する間も無く吹き飛ばされた。きりもみしながら宙を舞い、法則に従い、地に落ちる。

「がぁはっ!」

自分は彼女に何をされた? 彼女は地に伏していて自分は立っていた、なのに今は自分が無様に地を這い、彼女が此方に近付いて来ている、何を、何をされた。

・・・嗚呼・・・簡単な事だった。

彼女が地に倒れた体勢のまま、足の力のみで起き上がり、其の勢いで自分の顔を殴り飛ばしたのだ。道理で吐きそうだし足が震えて立てない、手もだ、脳を揺らされたってのかチクショウ。

其処ではたと彼は気付く。つまり何か? 自分を攻撃して来たのは彼女で、其の彼女は無事? なんらダメージを負ってない、なんだ其れは、確かに自分は彼女を撃ち抜いたと言うのに。

「貴方が言いたいのは此れの事?」

そう声が聞こえたかと思うと彼の前に銀色に光る何かが2個、ポンと投げ出される。其れは彼女、マナの顔を可愛くデフォルメした銀細工の小さな細工物だった。だが問題なのは其処ではない、この細工を作った銀は、何処から来たと言うのか。

「ギリギリで間に合ったわよ、顔とか胸の上に着弾した瞬間にも操作できるけど服に穴開いたりして面倒だからね。そ、其の銀細工の元はアンタが撃った銀弾、其れをアタシが加工したの、其れが私の固有結界『鋼 融 貫 刑Metal Dominator』。金属であれば接触する事で自由に操れる、範囲を広げればそれだけ世界を侵食出来るけど疲れるしね、何より・・・」

男の頭を踏み付けながら続ける。

「アンタには勿体無いし、ね」


ぐちゃり



命乞いも悲鳴も上げる間も与えず、マナは其の頭を踏み砕く。砕けた肉片は小さな物から塵となって風に舞い、最終的にはその全身が服を遺して消え去った。マナはフンと鼻息荒いまま男が使用した銃を拾い上げ、マガジンを抜いて弾を点検する。銀は其れに籠められた法術が強力であればあるほど、自在に操るのは難しくなる。

先程喰らった弾丸はかなり高度な其れが施してあったらしく、正直な所、マナとしてもかなり焦ったのだ。其れにインパクトした瞬間に感じたのはどこかで其の法術に似たパターンを感じた事がある事も、マナは何となく気になっていた。

「ん〜、トこの感じは以前にどっかでアタシへぶっ放された気が・・・あ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」

思い出したようだ、嫌な思い出と共に。

「思い出したああぁぁ!! シンジとデートしてた時にメガネ司祭から黒鍵撃たれて! その時の法術パターンと同じなんだ!! あ〜も〜あの後ゴタゴタしてデートがうやむやに・・・あんのカレー女ああぁぁ・・・」

頭を掻き毟る、マユミ程では無いがかの司祭の事を嫌いになりそうだと険悪に顔を歪めながら恨み言を綴る。

「・・・で? 何時まで人の事眺めてんのよ? こちとら、デートはおじゃんでクソ吸血鬼のせいで服はドロドロ・・・好い加減ぶち切れそうなんだけど?」

「ふぅむ、気付いておったか。此れでも気配は消し去っておったのじゃがのう・・・いやいや、流石は彼の碇シンジの眷属よ、いや、其れでなくては面白味が無いとも、言えるの」

ひとしきり暴れた後、ピタリと動きを止め、一部の隙も無い視線を正面にある壁の頂上、即ちビルの屋上の端を見上げる、角度的に首がかなり苦しいのは秘密だ。

そしてその声に反応する、時代がかった中年男性の声、マナの視線の先には1人の男の姿があった。

「ふむ? 此れは失敬、我輩が上にいると主が苦しいな、暫し待たれよ」

そう呟くや、その声の主は屋上から飛び降りマナの手前数メートルに着地する。着地の際に巻き起こった音は半端ではなく、その足元が軽く凹んでいる事も彼の総重量が常識外れである事を示している

「へぇ? こそこそしてる割にはナイスミドルね、シンジも外見変わったらそうなるかな〜なんて思って見たり、で? 何なのアンタ」

率直に端的に核心を突くマナに、男は苦笑しながら口を開いた。

「はっはっはっは。中々に元気のあって良き事よ。良かろう名乗ろう、我輩の名はシュテル=フォン=マウザー、誇り高き三 騎 士Drei Ritterが一振り、そして・・・栄光ある

最 後 の 大 隊LAZTE BATTALION

の一員であり、少佐殿の意志の代弁者である」

「・・・っな?」

今、自分の前にいる奴は何と言った? 紅い裏地の黒いマントを纏い、その身を漆黒の鎧に包んだ時代錯誤な男、否、吸血鬼は一体・・・少佐と言ったのか?

「バ、馬鹿な事言わないで!! アンタが最後の大隊の生き残りとして! 少佐が生きている訳ないでしょ! アイツはアーカード様が滅ぼしてもうこの世にはいない!! 塵に還った筈よ!!」

「ふむ、其れが今の世の認識と言う奴か、碇シンジの眷属よ。されどこうは思わぬか? 主の言うアーカードが倒した者は、本当に真の少佐殿だったのか、とはの?」

「まさか・・・替え玉、影武者だったとでも言うの!? ふざけないでよ今更、そんなの信じられる訳ないじゃない!!」

口ではそう言い切った、だが心はそうは言っていない、心の奥底から吹きあがるこの不吉な予感は何だ、何と呟いている? 冗談じゃない、少佐は死んだ、其れだけが真実、それで良い筈だ。マナはそう結論付け、マウザーの方をキっと睨みつけ、宣言する。

「もう良いわ、アンタみたいなホラ吹きジジイ、この場で塵に還してやるわ!! くだらない戯言も終わりよ!」

構えるマナを前にマウザーはあくまで優雅さを失わない、さも困ったと言う態度を示しながら静かに口を開く。

「そうは言ってものう・・・此方としてはあれよ、ただの偵察よ。駒をぶつけて相手の力量を見定めに来ただけよ。よって戦う理由は無いのだがのう・・・」

だがそう言う口元は哂っている、今から恐らく始まるであろう事が楽しみなように、待ちきれないかのように。

「へぇ? あのチンピラ残党の隠れ場所をリークしたの、もしかしてアンタ? お陰でデートが潰れたのよシンジとの! 此れだけでもアンタをぶっ殺す十分な理由だわ、其れに?」

「其れに、何かの?」

マントの裏に手を突っ込みながら、あくまで優雅に哂いながら先を促す黒騎士に、マナは凄絶な笑みを浮かべ、瞳を紅くぎらつかせながら最終勧告を下す。

「私はHELLSINGでアンタは最後の大隊、此れだけで十分よね?」

其れが開始の合図、マナの姿が一瞬ぶれ、数瞬後にマウザーの直前に現れる、高速機動性を与えられた先の吸血鬼、ルーク=ヴァレンタインもかくやと言った速さだ。その勢いを持って突き出される拳、マナの能力は金属操作、ならば鎧は何の意味も成さない、だがマウザーは一瞬も慌てる事無くマントの下から手を引き抜く。

凄まじい激突音が辺りの空気を揺らした、肉と鋼の其れとは思えないほどの。マントから引き抜いたマウザーの手には一本の大剣が握られていた、刃も鍔も柄も一つの紅い金属で作られている無骨な剣、マウザーはその剣の平でマナの拳を受け止めたのだ。

その衝撃に顔をしかめるマナ、流石に金属を拳で殴りつけたのは少々、痛かったらしい。だがその顔は笑みに歪む、そう、彼女の能力からするとこの状況は好機、後はこの剣を操り、棘でも発生させて相手の心臓に打ち込めば一瞬で全てが終わる。

そう思い、念を籠めたマナの顔が驚愕に歪む、今度はその間が彼女にとって命取りだったマウザーの鎧に包まれた蹴りが彼女の腹にモロに直撃し、マナは抵抗する暇も与えられず後ろの壁まで吹き飛んだ。

「カッ、ゴホッ!!」

咳き込み、口元を血が汚す。立ち上がろうにも凄まじいダメージに足が立たない、受身を取れず頭を壁で打ち、脳震盪まで起こしたようだ、何たる無様か。

「主の能力は金属操作、そんな者を懐に飛び込ませるような愚考を務めるほど、我輩も愚かではないよ。罠、とは考えなんだかのう」

「思ったけどまさか、剣の方に仕掛けがあるとは・・・ぬかったわ、其れ、金属では出来てないで、しょ・・・」

苦しい息の下で何とか言い返す、其れにマウザーはふむと一つ頷き答える。

「然様、さりとてこの硬度、これもまた普通の剣では無いと言う事よ。どれ、一つ能力を見せてやるとするかの」

嬉しそうに剣を振りかぶるマウザーにマナは嫌そうに言い返す。

「結構よ、こういう時に言う事って決まってるし」

豪快な笑い、マウザーはひとしきり哂うと頷き、マナが思っていた通りの事を言う。

「かも知れぬ、では此れで幕としよう・・・主の命の駄賃に見せるこの剣の力、眼に焼き付けてステュクスの河を渡るが良い、では行くぞ

焼き尽くせ、世界を燃やし尽くせし剣L a v a t e i n

「え?」

マウザーが振るった剣から吹き出した焔はレーヴァティンとの銘を聞き、呆けた顔をしたマナを確実に巻き込み。

後ろの壁ごと大爆発を巻き起こした。



『第参夜夜明け、次の夜へ』


後書いてみる


マナ、此処に来て死亡とは唐突だな、いや、書いてて言うのもなんですが、ね


次回予告

マユミが語った事態が事実ならHELLSINGは存続の危機を向かえる事になる

とは言え今、自由に動けないシンジ達にとっては、其れはどうしようもない出来事

そして混乱の中も巻き起こる事件、解決に翻弄されるシンジ達

その地は歴史に呪われているが故に

次回第四夜『捻ジ曲ゲラレタ虚構』

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