鬼畜魔王ランス伝


   第132話 「公試開幕」

 旧ヘルマン帝国の首都ラング・バウ。
 寒風吹きすさぶ陰鬱な荒野に屹立する黒い石で築かれた巨大で厳つい城塞の一角に、場違いなほど明るく華やいだ空気が漂っている。
 いや、本来は王宮として建てられた建物なのだから少しぐらい華やかな方がそれらしい筈なのだが、尚武の気風が強く数々の戦乱を経てきた無骨で頑強な建築物には、年頃の娘達が醸し出す華やかさよりも完全武装の兵士達の物々しさの方が良く似合っていたのだ。
 過日、上空を通過した闘神都市から受けた爆撃の被害跡が未だ修復し切れずにあちこち残っているだけに無骨で実用一辺倒な威圧的雰囲気が尚更濃厚だった。
 ……王宮としても政府支局の庁舎としても決して褒められた印象では無いのだが。
「ちっ、計算外だ。まさかこんなに来やがるとはな。」
 ともかく、ランスがオーディションの為に借り切ったラング・バウ城の一角は、参加者と主催者側の要員を合わせて3万近い人でごった返していた。
 ……まあ、その人だかりのうちでも少なくない部分がモンスターや使徒や聖魔法体などの“人”とは言い難いモノ達で占められているのだが。
「がははははは、人気者は辛いぜ。しっかし、これだとオーディションの日程を延ばさないとやってられないな……」
 招待状を送った1000人の正式受験者だけでなく、その倍以上もの人数の飛び入り参加者が押しかけて来たせいで、主催者側が用意していた待合室は満員電車さながらのすし詰め状態となっていた。……参加者が女性ばかりじゃなければ、とうの昔に痴漢騒ぎがあちこちで発生してしまいそうな程に。
「……考えていても仕方ないな。ま、健康診断やってる間に少しふるい落とすか。」
 ともあれ、ランスはオーディションを開始するよう各方面に伝令を走らせたのだった。


 待合室の床に転がっていた生ゴミ…女装して参加者の中に紛れ込んでいた痴漢男だった物…が会場内警備を担当している魔王親衛隊のちゃぷちゃぷとうしうしバンバンに片付けられていた頃、書類選考を通過して来た正式受験者達は順番に健康診断を受けていた。
「いつ終わるのかな、これ……」
 似合ってはいるし結構可愛いのだが……何処か借り着めいて見える清楚な白い長袖のワンピースを着た茶髪の少女は、自分の前に並ぶ人・人・人の群れにいささかうんざりした溜息混じりの愚痴を漏らす。
「招待状を貰っている方々の健康診断は昼前までには、飛び入りの方々も夕方には終了する予定です。」
 と、それを聞きつけたのか、帽子に真紅の十字架が描かれた黒い看護婦姿の女の子モンスター“黒衣の天使”が少女に丁寧に説明してくれる。
「あ…ありがとう。」
 リーザス城内にある天才病院から選りすぐった女医10名と看護婦50名を招聘し、更に魔王城から医療系の技能に長けたモンスターまでもを大勢連れて来て500名からなる医師団を結成してあるのは伊達ではないのだ。
「は〜い〜、次の方〜ど〜ぞ〜」
 間延びした呼び出しを聞きながら、少女は魔王様……いや、ランスに会える時を革張りの長椅子の上でじっと待ち続けていたのだった。


 一方その頃、飛び入り受験者達は……
「がははははは、これから1次選考会をやるぞ! 10人ずつ連れて来い!」
 その魔王様自らによる選抜会場に充てられた会議室に、次々招き入れられていた。
『む……1番と10番は合格、3番と5番はちょっと惜しいから保留だな。2番と7番は論外だが、他の奴はどうしようか……。』
 1番から10番までの番号が割り振られた椅子に座った候補者の娘達を、名前を訊く手間すら惜しんで急いで品定めするランス。
 ランスが今回採った戦術は単純だ。
「がはははは、1番と3番と5番と10番は緑のドア、2番と7番は赤いドア、残りは青いドアに入れ。」
 つまり、性格や働きぶりなどの評価に時間がかかる項目は度外視し、先ずは見た目の好みだけで大ナタを振るって選別にかかる時間を最小限に抑える方策なのだ。
 簡単な説明をする時間すら惜しい為、ドアの向こうに待機させてる案内人が指し示す先にある部屋で処遇についての説明をさせる手筈となっているぐらいである。
「がははははは、次だ次っ!」
 ランス自身が考えた選考法ではあったが、この方法には唯一の難点があった。
『くっ、これだけ良い女がいるのに手を出すヒマが無いとは……。』
 息吐く間もロクに確保できないぐらい忙しい流れ作業の為、ランスが手を休めると全体の流れが滞り、予定通りに選別が終了できない可能性が大き過ぎるのだ。
 それでは結局、何の心配もなく好き放題に楽しめる機会が遠のいてしまいかねない。
 かてて加えて……
『もっとも、どんな病気を持ってるとも限らんし、まかり間違ってオカマだったりしたら目も当てられんからな。健康診断が終わるまでの我慢だ、我慢。』
 椅子の後ろに1体ずつ待機していた魔王親衛隊の女の子モンスター達に連れられて行く候補者達を見やりながら、ランスは半ば無理矢理に割り切って次にドアをくぐって迎え入れられた娘達の品定めを始めるのであった。

 そんな選別作業も早や数時間が過ぎ、
『あ〜面倒臭い。いっそ全員合格に……いや、それじゃ後でもっと面倒になるか。』
 飛び入り参加者の半数以上を捌き終えたランスが飽きてうんざりし始めた頃。
「あ〜、5番と8番と10番は緑のドア、3番と9番……6番は赤いドア、残りは青いドアに入れ。」
 一人の少女が8番と番号が割り振られた座席から憤然と立ち上がり、ランスを睨みつけながら抗議の声を上げた。
「名前も聞かずに番号で呼び捨てるなんて失礼にも程があるわ! 私にはマジックって立派な名前があるのよ!」
 厳寒のヘルマン地方に合わせて普段のゼス第一応用学校の女子用制服ではなく、毛皮で内張りされた厚手のジャケットとスラックスに身を包んだ少女は、立ち上がった勢いのままにランスに詰め寄ろうとする。
「マジック…マジック……うーん、どっかで聞いた事がある名前だな……。」
 が、その時点ではたと我に返ったのか額から次々と汗の雫が頬を伝う。
 停戦中だと言え敵国の王女がこんな所にいるなんて事を魔王その人に知られるのは、どう考えても拙い事態になってしまうからだ。
「私の名前はマジック……マジック・ザ…ザーンよ。ゼスの王女殿下とは同名だけど別人よ。」
 傍目からでも不自然なほどぎこちなく視線を泳がせたマジックの言い訳は5歳の幼児を納得させるのすら難しい代物だったが……
「うーん、なんか今取ってつけたような名前だな」
「(ギクッッ)ひ、人の名前に、文句あるの!?」
「がはははは、いや無いな。俺様が興味あるのはその可愛い顔と良い感じの身体の方だからな。」
 ランスにとってはどうでも良い事なので、マジックの方が思わず拍子抜けしてしまう程あっさりと流されてしまった。
「じゃあ、さっさと緑のドアへ行ってくれ、マジック・ザザーンちゃん。」
「マジック・ザーンよ!」
 偽名は偽名だが、変な名前で呼ばれては堪らないとばかりに訂正してから、指示された通りのドアへと向かうマジックの両肩は小刻みに震え続けていた。
『我慢よ我慢。いまさら命なんて惜しくないけど、犬死だけは御免だわ。』
 噴火寸前の激怒を抑え込み、即刻この場で怨敵ランスを討ち果たすべく襲い掛かるのを思い止まろうと努力し続けていたが故に。

 そして、その2時間ほど後……
「がはははは、終わった終わった。……さ、お前ら順番にケツを出せ。」
 魔王様が遅くなった昼食を食べる前に、さっきまで飛び入り参加者の案内役を務めていた親衛隊員の女性達を相手に子供の教育に宜しくない運動に嬉々として勤しんでいる頃。
 ラング・バウ城のとある一室では、
「皆様は残念ながら不合格になりました。」
 演壇に立つ小柄な美少女から厳しい現実を突き付けられた、赤いドアを潜った女性達からの激しいブーイングが飛び交っていた。
「今回の審査の為に拘束した時間分の給金として、皆様には10Goldずつが支給される事になってます。帰りに専用窓口で受け取って下さい。」
 ただ、口では大声で文句をがなり立てても誰一人として席を立って詰め寄ろうとする人がいないのは、演壇に立って説明しているのが“魔人”メナドだからであろう。
 メナドが完全武装なのも、演壇の両側をバルキリーと最強魔女が固めているのも、失格した者達の頭に冷や水を浴びせ、激発を未然に防ぐ役には立っているのかもしれない。
 その効力は、結局彼女らがすごすごと帰宅の途につくまで十全に発揮されたのだった。


 一方、青いドアを通った女性達が案内された会議室では……
「皆様は今回の人員募集には落選致しましたが、他の仕事でも良いなら採用試験を続けさせていただきます。仕事の内容と待遇についての詳細を聞いた上で御返答下さい。」
 演壇に立つ魔人キサラから告げられた選考結果を聞かされ、落胆と期待の板挟み状態で騒然としていた。
 しかし、魔人に加えて護衛役の雷太鼓とバトルノートに喧嘩を売るような無謀な人間が現れる事は無かったのだった。


 そして、緑のドアを通った先にある大きな集会室では、
「えっと…おめでとうございます。皆様は見事に第1次選考に合格なさいました。午後から実施される健康診断と並行して希望職種のアンケートを行ないますので御協力お願いします。」
 2000人近い飛び入り参加者の中から選ばれた美女、美少女合わせて567人が今後のスケジュールについて魔人アールコートから説明を受けていた。
「今回の選考会は明日以降14日間に渡って行なわれます。途中で合否が確定する事もありますけど、原則として最終日に採用を判断させていただきます。」
 この会場も騒然とした雰囲気になることも時々あるのだが、他の会場の様に一触即発な空気までに緊迫する事は全く無いので、護衛として演壇の脇に控えているソードマスターと神風の出番はどうやら無さそうだ。
「なお、今回の選考会には定員はありません。魔王様が合格だと判断した方全員を採用致しますので、くれぐれも足の引っ張り合いなどの無いようお願い致します。」
 果たして何処まで守られるのか分からない“お願い”が、実は採用条件の重要な要素の1つだと気付いた人間がどれだけいたのか。
「では、これより休憩時間です。13:00までにこの部屋に戻っていて下さい。」
 ともかく、言うべき事を言い終えたアールコートは傍目にもホッとした顔で、そそくさと足早に退室して行ったのだった。



『“魔王親衛隊に入隊希望の方は中庭の練兵場へ、魔王御側役を希望する方は大会議室へ集合して下さい。”』
 着ている白いワンピースのおかげか、それとも素地が良いのか清楚可憐に見える小柄な茶髪の少女は、無事に健康診断を終えた後で聞いた指示の内容を心の中で反芻しつつトボトボと廊下を右往左往していた。
『どうしよう……。やっぱり魔王親衛隊の募集の方に行こうかな……お手伝いさんの仕事なんてした事無いし……。』
 スカートをふわりとひるがえして中庭の方へ歩き出そうとして、ピタリと足が止まる。
『でもでも、あの時手下どもと一緒にリーザスから放り出されたって事は、盗賊風情は戦力外だって事だよね……。』
 リーザスが諸王国と同盟して魔王と戦うべく軍備を整えていた時期……一兵でも惜しいはずの時期に城から放り出されて野に下っていた過去が、重石となって足にのしかかる。
『兄ぃの足手まといになるなんてやだよぉ……。やっぱり予定通り御側役の方に行くべきかなぁ……。』
 提出した書類に記入した希望職種とでっち上げの経歴の通りに今度は大会議室へ向かう方へと振り返るが、やはり足は持ち上がらない。
『仕事でミスって不採用になったらどうしよう。家事なんてロクにやった事無いから分かんないよぉ……』
 いや、正確にはどうしても前に進もうとする気になれない。
『でもでも、あたしが何とか金を稼がないと……最近、警備の巡回が凄くて本業は商売上がったりだって兄貴がボヤいてたし。』
 それでも足を洗えそうな連中をあらかたカタギに戻したおかげもあって今の所は手切れ金じみた退職金で何とか遣り繰りできているが、このままロクに収入が無い状態が続けばジリ貧なのは自明の理だ。
「どうしよう……」
 溜息でできた白い雲が薄れて消えたその向こう、廊下の床に誰かの影が差す。
「がははははは!」
 いや、その特徴的な笑い声を聞くまでもなく、影だけで彼女には誰だか分かっていた。
『ランス兄ぃ……やばっ、隠れなきゃ! じゃなくて、演技演技……』
 慌てて取り繕って純情可憐で引っ込み思案なお嬢様を装おうと努力する。
「あ…あの……あ…わたし……ソーニャと……」
 が、
「ん? 何してんだ、ソウル?」
 その努力は一瞬にして無駄と化してしまった。
「どうして分かったんだよ、ランス兄ぃ!? バウンド兄貴はあたしがバラすまで全然気付かなかったのにっ!」
 被っていた猫が瞬時に剥がれ、あっさりと仕草も口調も素に戻るソウル。
「がはははは、俺様が天才だからに決まってる! ……そういう格好もなかなか可愛くてグッドだぞ。」
 もっとも格好は深窓のお嬢様風のドレスのままだし、普段は後ろで束ねている髪は下ろしたままだし、いつも腰に提げている剣も無いので見た目の方は随分と違うが。
「そ、そうかな?」
「俺様が言うんだ、間違い無い。」
「う…うん、ありがとうランス兄ぃ。」
 真顔で放たれた直球一本槍な褒め言葉に、ソウルの頬が淡く色づく。
「てな訳でさっそくやるぞ。」
 良い雰囲気に浸るのはそこそこで切り上げて、さっさと本番をやりたがるのはランスの悪い癖なのだが……
「ここで? ……兄ぃがどうしてもってんなら良いけど。」
 盗賊団の中で育ったソウルは、そんな事では気を悪くしない。
 と言うか、ロマンチックな雰囲気に浸るような趣味とは無縁の生活を送って来ているので気にしようとは考えないのだ。
「……そうだな、どっか適当な部屋でするか。ついて来い。」
「うん。」
 寒くて誰が通りかかるか知れたものではない廊下ではなく、ちゃんと暖かい部屋で抱いてくれると言うならソウルに尚更文句は無い。
 久しぶりに再会した二人の男女の姿は、ほどなく最寄りのゲストルームの中へと消えて行ったのだった。


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 掲示板で激励して下さった皆様、更新を首を長くして待っていた皆様、そしてチャットやメールで助言や感想を述べて下さった皆様、お待たせ致しました。
 ようやくギャルズーも一段落ついて、落ち着いて執筆を……う、まだできない(笑)。
 まだC++も冥色ver.2も残ってるしなぁ(苦笑)。
 と言う訳で、もうしばらく牛歩更新が続くでしょうが御勘弁を(滝汗)。

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