鬼畜魔王ランス伝


   第126話 「南の森での1コマ」

 ゼス南部に広がる森林地帯。
 そこを旅している冒険者風の2人組がいた。
「なあ、ホンマにこっちの方に“パライソ”があるんやろか? 何か雰囲気が変なってきたで。」
 ……いや、そこを旅しているつもりだったが、今は道に迷ってる男女がいた。
「大丈夫。何かあっても僕が守りますよ、コパンドンさん。」
 黄色く塗られた鎧を着た長髪のハンサム戦士は、顔とは不似合いながら今ではすっかり馴染んだ武装付きのゴツイ義手を同行者に見せつけるようにガチャリと構える。
「さすが、大吉君は頼もしいなぁ。」
 そんなバード・リスフーイとコパンドン・ドットの前に森の暗がりの奥から現れ出でたのは、大柄な1体の影。
「敵かっ!」
 ずんぐりとした猪首の全身金属鎧が盾を持っているように見える姿の敵に、バードは左腕の義手に付けたボウガンを向け、素早く放つ。
 それにつられて一抱えもある御神籤箱を構えたコパンドンの顔が青くなる。
「アカン! そいつは“フォートラン”や! 早う逃げな!」
 見た目通りに硬くて分厚い装甲を持つ聖骸闘将フォートランは、並みの戦士では100人がかりでも返り討ちになってしまいかねないぐらい危険な相手なのだ。
 しかも、もし最近になってゼス王国側についたモノだとしても、既にこちら側から攻撃してしまっているので自衛行動に出て来るだろう事は想像に難くない。
「炎の矢」
 フォートランの盾を持ってない右手から吐き出された炎が、迫る。
「くっ!」
 そして、身を固くして着弾に備えているバードの左耳をかすめて森の奥へと消える。
「へ? なんやて?」
 威嚇なんて上等な行動パターンがプログラムされていたのかと誤解しかけた2人の傍を今度は森の奥から飛んで来た雷の塊が通り過ぎ、フォートランに見事に命中する。
「皆さん、かかって下さい。」
 謎の女性の声に応え、雷が放たれた方から現れたのは雑多なモンスター10体。
「は、挟み撃ちやて!?」
 自分達の方へ一斉に殺到して来るモンスターに向き直り、コパンドンは抱えている御神籤箱を1回空中に投げ上げ、地面に叩きつける。
「どやっ!」
 その卦は……
 凶
「何やて! んなアホな!」
 絶叫しても、もう遅い。
 定まってしまった運命に従い、コパンドンとバードの2人は迂闊にも踏んだ魔法地雷の爆発で吹き飛ばされたのであった。
 しかし、モンスター達は自爆で自滅した間抜けな2人組になど構わず直進し、フォートランへと襲いかかる。……そう、指揮官らしき女性の命令通りに。
 パワーゴリラZの拳が、おかゆフィーバーのパンチが、はっぴーの冷凍光線が、指圧マスターの秘孔指圧が、プロレス男のドロップキックが、サメラ〜イの双刀が、角くじらの放った雷の矢が、ぶたバンバラの携えた槍が、アカメの唱えた火爆破が、ねこつぼの鳴き声が、たった一体の聖骸闘将へと見事に炸裂する。
 しかし……
「ギギ…業火炎破」
 倒し切れてはいなかった。
 逆にフォートランが周囲に放った激しい火炎の波はモンスター達を薙ぎ払い、何とか生き残ったのはプロレス男とサメラ〜イ、それに角くじらの3体だけ。
 しかも、プロレス男は虫の息で今にも倒れそうだ。
 余り強くない種類のモンスターが多かったとは言え、流石な威力である。
「最後まで見てた方が良いかと思いましたが、どうやら私が出た方が良いようですね。」
 戦功を立てて使徒候補に推挙して貰おうと自ら志願したモンスター兵が返り討ちにされるのはともかく、自爆したとは言え戦闘不能になって倒れている人間が目の前で焦げて死ぬのは気分が良くないと、紫の髪を赤いリボンでまとめた男装の女性が進み出る。
「むにゃむにゃ……炎の矢」
 フォートランが再び放った火炎魔法は、新たに歩み出た女性へと見事に直撃する。
 しかし、服に焦げ痕一つ付けられなかった。
「炎のカードよ! 敵を焼き尽くせ!」
 何故なら、彼女こそが魔人キサラ・コプリだったのだから。
 キサラの手から投げつけられた魔力を帯びたカードがフォートランの盾と両足先に突き刺さり、当該部位を爆破する。
 それに続いてサメラ〜イ、角くじら、プロレス男の3連続攻撃が炸裂し、さしもの重装甲型聖骸闘将も耐え切れず前のめりに倒れ伏して機能停止した。
 並みのモンスター兵が相手ならばまだしも、魔人が相手では荷が勝ち過ぎたのだ。
「さて、どっちを先にしましょうか……」
 キサラとしては、せっかく致命傷を与えないよう手加減して倒したのだから自動修復が終わって活動を再開する前に命令の上書き処置をしてしまいたいが、焦げ痕も生々しい有様で気絶しているらしい2人組を放って置くのも気が引ける。
 結局、
「活動再開したら知らせて下さい。」
 生き残りのモンスター達に命じて闘将を監視させ、自分は2人組を手当することにしたキサラだったが、2人組のうちの1人の正体に気がついてあからさまに顔をしかめた。
『また女を騙して連れ歩いているんですね。本当にどうしようもない……』
 彼女にとって世界でも五本の指に入る嫌な男だったからだ。
 しかし、見知らぬ女性の方には恨みは無い。
 寧ろ気の毒に思って、キサラは気絶しているコパンドンを手当てするべく荷物の中から傷薬と包帯を取り出したのだった。



 アイスフレームの本拠地は琥珀の城から半日ほど歩いた所にあった隠れ里ではなく、更に南西の森の奥深くの小さくみすぼらしい集落跡にあった。
 人里近い森にあったので定期的なモンスターの掃討が行なわれる事となり、発見されるのも時間の問題だった旧本拠地は、先年行なわれた軍による魔狩りの際にモンスターに襲われて全滅した村に見せかけて破棄され、それ以来こちらに避難して来ているのだ。
 孤児院の子供達を入れたとしても50人にも満たないであろう小所帯で。
 残りのメンバーとは移転前に袂を分かったらしいとは、カオルが情報屋から仕入れた情報のうちの一つであった。
『これは……気の毒ですね。』
 かつて見たアイスフレームの隠れ里とは比べ物にならぬほど急ごしらえな掘っ建て小屋の数々も哀れを誘う。あれでは雨風も満足に凌げまい。
 また、原生林を開墾して作ったのであろう畑は痩せていて、ちゃんと手を入れたとしても満足のいく作物が取れるまでには、あと数年はかかるであろう。
 カオルはレジスタンスと言うよりは慈善団体と化しているアイスフレームの現状を1週間ほど身を潜めて観察してから、穏便に接触を取るべく一先ずは踵を返した。
 今ここで出て行くのは容易いが、それでは話がこじれてしまった時に面倒だからだ。
『今のうちにランス王に援助を頼んでおいた方が良いですね。私が独断で動かせる金額では高が知れてますから。』
 そして、彼らを手助けすると決まった時の資金などを確保する為に。



「気が付きましたか?」
 コパンドンが目を覚ましたのは、怪我の手当てが終わってしばらく経った頃だった。
「ここ……どこや?」
 起き抜けで霞んでいた目の調子が戻って来ると、周囲の景色で気を失った場所から移動していないらしいと分かる。
「引き裂きの森の南側ですね。」
 介抱してくれている黒い燕尾服を着た女性が親切にも教えてくれた現在地の地名は、コパンドンに苦笑と納得とをもたらした。
「なるほど。……あん時、間違うて魔王領側に行ってもうてたんか。道理でアンタみたいなのが出るはずや、キサラ・コプリさん。」
 自分達の方から魔の統べる地に踏み込んでしまったのなら、魔人と遭遇してしまったとしても不思議は無いと。
「え、私を知ってるんですか?」
 面識は無いはずなのにと何処かズレた驚きを見せる魔人キサラの姿に、コパンドンを疲労感が蚕食する。
「知ってるも何も……あんさんみたいな有名人をあたいが知らんわけないやろ。」
 何せ、キサラは一時期は自由都市の治安担当だった魔人である。自由都市地域の一つであり商人の町ポルトガル出身であるコパンドンが知らない訳が無い。
「あ、すみません。」
「ところで聞きたいんやが、あたいに何の用や?(調子狂うなあ……この娘、ホンマに魔人やろか?)」
 軽く頭を下げられて魔人に対して抱いていたイメージがガラガラと崩れてゆく心地のコパンドンだが、最低限これだけは聞いておきたかった。
 魔人が単なる親切で国境侵犯した人間の傷の手当てをするとは思えなかったからだ。
「あ……はい。そこの男、最低のヤツです。信用なさらない方が良いです。」
 しかし、キサラの台詞はコパンドンの予想の斜め上を明後日の方へ超えていた。
「は? 何言っとんねん、薮から棒に。んな事いきなり言われても、それこそ信用できへんわ(どういう意味や? あたいにバードの悪口を言って何の得があるんやろか?)。」
 忠告めかした悪口なのか、それとも純粋な忠告なのか。
 好意からなのか、打算からなのか判断のつかない助言にコパンドンの顔に困惑が浮ぶ。
「あと……魔王領から即刻退去しないと、しかるべき処置を取ります。」
 しかし、続けて告げられた警告の方は解り易かった。
 もっとも魔物の領分に勝手に踏み込んだ立場のコパンドンとしては、今回は警告だけで見逃して貰えそうなだけ穏便な処遇に思えるのだが。
「何や、その処置って。」
 それでも、その“処置”とやらは気になるところ。
 処置の内容が軽いものなら、この際良い機会だから魔王領でしか採れない珍しい品々を集めて帰ろうと心に決めていたコパンドンではあったが……
「女性は捕まえて魔王城送り、それ以外は八つ裂きにしてモンスターの餌です。」
「ちょ…捕まるのも八つ裂きも勘弁や。やけどなぁ……」
 キサラの態度を見て芽生え始めていた希望的観測よりも遥かに物騒な措置を聞いて、コパンドンは即座にお宝集めを断念する。
 だが、それよりも深刻な問題があった。
「なんですか?」
「実は、あたいら道に迷うとるんや。せやから、どっち行ったらええか分からんのや。」
 道が分からないので、さっさと魔王領から出たくても出られないって事だ。
 もっとも現在地すら不明だったさっきよりかはマシな状況であるが。
「でしたら、あっちに2時間ほど歩いた所がゼスの魔路埜要塞跡ですね。これ抜きでなら国境近くまでは送って差し上げても良いんですけど……」
 しかし、この問題も至極あっさりと何の苦労も無く解決した。
 余程上手く吐かれた嘘で無い限り見抜く自信があるコパンドンにとっては、見るからに嘘が下手そうなキサラが駆け引きの相手では役不足も良いところである。
 しかも、全く嘘を吐いてなさそうなだけ尚更に。
「ここでバードを見捨てるんも寝覚め悪いんで、連れて帰ってもええか?」
 国境まで送って貰うのは魅力的な提案だが、パーティを組んでいる相棒が傷付いて気絶しているのを放って帰るのは、コパンドンとしても流石に気分がよろしくない。
「はい。でも……気をつけて下さいね。」
 ここは最も無難に相手方の許可を貰うのが早道と頭を下げて頼んだら、意外にも……いや、予想して然るべきなほどあっさりと許可が出る。
「もしかして、バードに酷い目に遭わされた事でもあるんか?」
 それでもしつこく繰り返される忠告でピンときて、コパンドンは思わず訊ねてみる。
 すると……
「はい。……詳しくは言いたくありませんが。」
 途端に鋭くなったキサラの眼光と息苦しいほどの魔気と押し殺し切れない殺気をマトモに浴びせかけられ、背筋に冷たく嫌な汗を流しながら即座に後悔した。
 今ここで魔人の機嫌を更に手酷く損ねてしまった場合の自分達の運命が、まるで走馬灯の様にコパンドンの眼前を横切る。
「そ、そっか。……じゃあ、ホンマありがとな。」
 コパンドンが自身の安全の為にこれ以上触れないよう軽く流して不機嫌そうな渋面の魔人に頭を下げると、キサラの方も軽く会釈を返す。
「いえ、それでは。」
 一刻も早くこの場を離れたいのがバレバレな魔人キサラの態度に、コパンドンは自分が巨大な地雷を迂闊にも踏んでしまった事を改めて悟ったのだった。


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 今回はこの2人の顔見せでした〜。今回アイスフレームの面々が出ると思った人、ごめんなさい。幾ら何でも速攻で会いに行くのは怪し過ぎるもんで(笑)。ではでは〜。

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