鬼畜魔王ランス伝


   第125話 「ゼス王国のとある重要な一日」

 ゼス王都、現王の名を取りラグナロックアークと呼ばれる多層構造の大都市。
 その中心たるゼス王宮に、四天王のリーダー格である山田千鶴子が主君の指示を求めて参上していた。
「ガンジー様、ヘルマン解放軍への処遇をどう致しましょう?」
 ゼス国北西国境で拘束したヘルマンの反政府勢力への処遇を如何に計らうかである。
 四天王は政治関係にも大きな権限を持っているので独断でも処理しようと思えばできるのだが、微妙に過ぎる問題なだけに王の判断を仰ぐ方が良いと判断したのだ。
 ……もっとも、それを口実にガンジーの顔が見たいと言う本音もあるのだろうが。
「兵士にはムチ打ち10回、指揮官にはムチ打ち100回を行なってから外人部隊に編入せよ。」
 ゼス王国が広く人材を募っているとは言え、民間人の大量殺戮と上官殺害の罪を犯した連中を無条件で受け入れるほど甘い判断は下せないと判じ、ガンジーは指示を下す。
「分かりました、ガンジー様。」
 このガンジーの決断がゼス国にとって妥当だったかどうかは、今後の彼らヘルマン解放軍の構成員達の活躍次第で決まるだろう。
 ただ、殺された人間達にとって納得のいく罰でない事だけは確かな事であった。

 次の謁見希望者も四天王の一人…その中でも最も新参の青年魔法使いと、その随員たる一人の戦士であった。
「わっはっはっは、ご苦労だったアレックス。」
 玉座にどっしり腰掛けていた筋骨隆々な王は、そのまま階を下りて作法通り拝跪しているアレックスの隣りに立つ、見た目では自分とそう変わり無い年齢の戦士へと向けて軽く頭を下げた。
「お初にお目に掛かる。私がゼス国王ラグナロックアーク・スーパー・ガンジーだ。遠い所をわざわざ御足労願い、まことに済まぬ。」
「ブリティシュです。こちらこそ助けて頂いてありがとうございました。」
 ブリティシュの方も丁寧に礼を返し、
『レベルはほぼ互角……装備の差の事を考えると僕の方が若干不利かな?』
 同時に戦士としての本能で互いの力量を推し量る。
「ところでブリティシュ殿、我らがゼス王国にご助力願えないだろうか?」
 アダムの砦から届いていた通信でブリティシュが捜し求めていた“魔剣の担い手”であると知っているガンジーは短兵急かつ率直に協力を要請する。
「え? 協力とはどういう事です?」
 しかし、今の今まで詳しい事情を知らされず連れて来られたブリティシュにしてみれば藪から棒も良い話で戸惑うばかりであった。
「どういう事かと……なるほど、未だ事情をご存知無いのですな。では、付いて来て下され。会わせたいモノがいますでな、わっはっはっは。」
 自ら謁見の間を出て行き、客人に背を向け案内するのはやはりこの王ならではだろう。
 普通の神経なら暗殺などを恐れてもっと慎重に行動するものであるが、ガンジーは堂々とし過ぎていて却って手を出し難いのではないかとブリティシュは感じていた。
『いったい、この王は誰に会わせたいのだろうか?』
 ガンジーの後に続く自分の後ろに慌てて立ち上がったアレックスが付いて来るのを気配で察しながら。


 ゼス王宮の一室に、その剣はあった。
 柄の所に目のような模様がついた……いや、実際に目がついた意志持つ魔剣が。
「カオス殿! お待たせ致した!」
 そこに現れるは、筋肉達磨のおっさんことゼス王ガンジー。
「なんじゃ騒々しい。新しいカワイコちゃんでも見つかったのかのう?」
 部屋の中央に設えられたスタンドに立てかけられている大剣からの問いが返ると、
「……カオス?(何だか聞き覚えのある声だな……)」
 ガンジーの背後の方から怪訝そうな男の声が漏れる。
「新しい担い手候補をお連れ申した!」
 ガンジーの後に続くのは、美形の古強者らしき戦士に、美青年の魔法使いに、その青年魔法使いが帰参したと聞きつけて勇んで駆け付けたが微妙な距離を置かれて憮然としている美少女魔法使いであった。
『はて、どっかで見た事があるような……』
「久しぶりだなぁ、カオス。元気だったかい?」
 一行の一人に言い知れない既視感を覚えたカオスがそれが誰だか思い当たる前に、その本人が実に懐かしそうに語りかけてくる。
「だ、誰じゃ?」
「僕だよ、ブリティシュだよ。」
 にっこり笑いつつ改めて自己紹介するブリティシュに、カオスの目が丸くなった。
「うそじゃあ! 本物のブリティシュはコンクリ詰めになって変わり果てた姿を晒してるはずじゃ!」
 カオスとブリティシュは、以前にも出会った事がある。
「酷いな、カオス。幾ら本当の事“だった”からって……でも、ここにいるアレックス君に助けて貰って、今ではこの通り動けるようになれたんだ。」
 以前会った時のコンクリ詰めのトホホ親父と今のナイスミドルな美形戦士との余りの差異に思わず全力で否定したカオスに、ブリティシュは苦笑しつつ状況を説明する。
 今の姿の方が更に以前…かれこれ1500年ほど前にパーティーを組んでいた時のブリティシュのイメージには合っている事も手伝って、カオスは素直に説明を受け入れた。
「そうか……で、もしかしてお前さんが儂を持つのか?」
 ゼス王が担い手候補と言ったからには恐らくそうなのだろうと当たりをつけ、カオスの視線がブリティシュの視線と重なり合う。
「力を貸してくれないか、カオス。」
「止めとけ…って言っても持つ気か?」
「ああ。魔王や魔人を倒すには君の力が必要なんだろう?」
 ゆっくりと列から歩み出したブリティシュが魔剣カオスの柄を握り、スタンドから己が手中へと移動させる。
 途端、カオスから溢れ出して使い手の身体と精神を蝕もうとした魔的なパワーを、ブリティシュは眉一つ動かさず耐え切り、御する。
「ええぞ、力を貸そうじゃないか。」
 復讐の念に囚われ暴走していた健太郎にはできなかった事を成し遂げたかつてのチームリーダーを、カオスは自分の相棒だと喜んで認めたのだった。

「ブリティシュ殿、カオス殿、改めてお願いする。このゼス王国に力を貸して貰えないだろうか?」
 右手に抜き身の魔剣カオスを提げたブリティシュが鞘を求めて部屋の中を視線を巡らせたのを見て、どうやら無事に魔剣の主になれたと解してガンジーがブリティシュ達に頭を下げて助力を乞う。
「儂は剣じゃから、持ち主次第じゃ。」
「そうですね……私はもう国に仕える気はありませんが、ゼス王国にもアレックス君にも助けていただいた借りがあります。それを返すまでと言う事で良いなら。」
「おお! それで充分です! 共に人類を守り抜きましょう!」
 2者2様の返事を都合良く解釈したガンジーが目から涙を滂沱と流してブリティシュの手をガシッと握って感激している後ろで、若い魔法使いの男女が改めて互いを意識する。
「おめでとう、アレックス。」
「ありがとう、マジック。」
 アレックスが探索行に出かける前はとても自然な空気だったのに、今は何処かよそよそしささえ感じる会話のキャッチボール。
 そんな違和感を気の迷いだと強引に無視して、マジックはとうとう言ってしまった。
「えっと……アレックス。やっと婚約できるのね、私達。」
 既に約束されてしまっていた運命の扉を開く言葉を。
「ごめん、マジック。僕はもう君を愛する資格が無い。いや、愛せないんだ。」
 そう、破局の奈落へと続く地獄の扉を。
「え? ……ど、どういう事よ! 説明しなさいよ!」
「僕の身体はもう綺麗な身体じゃないんだ。それに、僕はもうマジックにときめきと言うか…そういうものを感じないんだ。」
 怒りに任せて襟首を絞め上げている元恋人にして主君の娘の怒気に圧されて、アレックスはそれでも言い訳の台詞を続ける。
「多分、マジックの事は妹か何かのように感じていたんだと思う。だから、強引なことをしてまで一緒になりたいとは思えなかったんだ。」
「どうしてそんな事が分かるのよ! ……まさか!!」
 乙女の直感は、時にはいかなる嘘発見器にも勝る。
「うん。好きな人ができたんだ。」
 襟首を掴む手の力の増し具合で悟られたと判じた青年は、残酷な真実を正直に答える。
 ただ、若過ぎる彼は気付けなかった。
 新しい恋のせいで以前の恋が色褪せて見えているだけなのだと言う事に。
 真面目で不器用だからこそ、それはそれだと開き直れないのだと言う事に。
「誰の事よ、それ?!」
「い…言えない……その人に迷惑がかかるから。」
「そんな事で四天王の権力使ったりしないわ。だから教えなさいよ!」
 相手が誰だろうと己が魅力で以って自分の方を振り向かせてみせると意気込み、聞き出すまで決して納得しないと目で脅すマジックに、遂にアレックスは屈した。
 屈して白状してしまうのだ。
 禁断の、その一言を。
「だって…その……人…は……男だから……」
 大賢者ホ・ラガと3日3晩を共に過ごした結果、そっちの道に開眼してしまった事を。
「なんですってぇ! 見損なったわよ、馬鹿っ!!」
 硬直してアレックスの顔色が真っ青になるまで首を絞めていたマジックは、我に返るや否や渾身の平手打ちをかまして憤然として駆け去った。
 青春時代の甘い幻想を振り切らんばかりに……。



 少々懐には厳しいが金次第である程度信頼できる情報屋2人から買った情報で、カオルはゼスの大まかな国内状況を確認した。
『教育と福祉に使う予算を切り詰めて軍備増強を最優先。概ね予想通りですね。』
 改めて再確認した情勢にカオルの口から思わず同情の溜息が漏れる。
 彼女のかつての主君ならば、こんな状況は不本意な筈だからだ。
『征伐のミトの活動は減り、アイスフレームは細々と活動を続けている…ですか。』
 彼女が魔王の下に移籍する前に腐敗貴族の勢力が大幅に削がれていたので、目に余る悪行を犯した者をガンジー自身がわざわざ正体を隠して成敗する必要は減ったのだろう。
 数多のレジスタンスが次々に解散し、最大最強の反政府武装組織であったペンタゴンまでもが政府に恭順した現在でさえも、アイスフレームが未だ活動を続けていられる理由は憶測しかできないが。
『これは……調べてみる必要がありますね。』
 カオルはアイスフレームの本拠地へと向かい、色々と調査してみる事に決めた。
 諸々の事をより詳しく見定める為に。



「馬鹿……なんでよ…なんでよぉ……」
 気が付いたら弾倉の塔にある自分の部屋へと帰りついていたマジックは、枕を濡らしつつ運命の不条理に絶望し、毒吐いていた。
「アレックスの馬鹿……」
 これは異論無く悪い。彼が心変わりさえしなければ万事丸く治まったのだ。
 乙女の怒りは更なる悪…怒りのぶつけ所を求めてフル回転する。
「私の馬鹿……」
 こうなってしまう前にアレックスと強引にゴールインしてしまっていれば、今回の事態は防げたかもしれない。
 だが、自虐の泥沼に堕ち込む前に、客観的で冷めた理性が水を注す。
 それでも同じ事態に陥ったかもしれないと。
「親父の馬鹿……」
 もしかしたら、親父がアレックスを探索行へと旅立たせなければ、こんな事にはならなかったのかもしれない。
 けれど、それは王としての見地から判断すれば決して間違ってるとは言えず、怒りの矛先は突き刺さるべき相手を見失い、新たな生贄を求めてさ迷う。
「魔王の…馬鹿……」
 そもそも魔王が人間の世界に攻め込まなければ、魔王を倒せる剣の使い手など探しに行かなくても良かったのだ。それなら以前のままの関係でいられただろう。
 それに、ランス率いるリーザス軍がアレックスの兄貴分であるサイアス・クラウンを殺していなかったら、今回のような探索には彼が行ってくれた事だろう。その場合でも、マジックはめでたく初恋を成就できたに違いない。
 更に御丁寧な事に、その魔剣カオスをゼスに渡したのは当の魔王ランス本人だ。
 しかも、ランスは魔王になる前は魔剣カオスの担い手であった。彼が魔王にならず魔剣の剣士として人間側に立ってくれてたら、少しは尊敬するし感謝もしただろう。
 しかし、現実はことごとく裏目に出ていた。
 全てはあの男、ランスのせいで。
「見てなさいよ、魔王。絶対、絶対にギャフンと言わせてやるんだから……」
 蒼白になった面を上げ、涙を枯らし血走った瞳で宙を睨むゼス王女マジック・ザ・ガンジーは、高圧の魔力で周囲を青白く帯電させながら嗄れた声で報仇を誓うのだった。
 国の重職に就いてる者にあるまじき、至極個人的な…故にこそ根深い怨恨で。


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 予定していたイベントなのですが、ここはこれしか言う言葉が無いです。
 アレックス君、ごめん!
 ……ある意味で彼の扱いが一番悪いSSかもしれませんね、このSSは(苦笑)。

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