鬼畜魔王ランス伝

   第87話 「悪意ある罠」

 RC1年12月31日の朝。
 現在のところ、魔王ランスの寝室に居るのは、ランス本人と枕もとにいつも置いてある魔剣シィルを除けば、大きなベットの上でぐったりと気を失っている二柱の女神…ウィリスとミカン…だけであった。
 他の女の子はウィリスたちを呼び出す前に部屋から出していたし、フェリスは例によってどこやら分からない場所にでも待機しているのだろう。
 ともかく、部屋の中に居るのは彼等だけであった。
「がははははは。さて、始めるか。」
 ドロリとした白い粘液に塗れた女体を見やってニヤリと笑みを浮かべたランスは、
「フェリス! 水晶球を持って来い!」
 元悪魔の部下で下僕の魔人フェリスを呼び出した。
「はい、マスター。これでしょうか?」
 うやうやしく差し出した水晶球は、占いなんかで使われるような大きな球であった。下手をしなくても子供の頭ぐらいの大きさはありそうな大きさだ。
 が、
「いや、こんな大きいのじゃない。大きさは、せいぜい拳大もあれば良い。ただし、完全にまんまるで、キズ一つない水晶の珠を持って来い。」
 ランスのお気には召さなかったようだ。
「わかりました。ただいまお持ち致します、マスター。」
 すぐさま御前を辞去して調達に走ったフェリスは、ほどなく戻って来た。
「こちらの品で宜しいでしょうか?」
「まあ上等だな。褒めてやる。」
「ありがとうございます、マスター。」
 この頃と時を同じくして、リーザス地方にある宝石店の在庫から時価にして100万GOLDもする水晶珠が消えるという事件が発生したが、この件と関係があるかどうかは不明である。
「次は……シィル! この二人をお前の使徒にしろ。」
 顎でしゃくり示す先には、
「はい、ランス様。」
 未だ肉欲の見せた夢の世界から帰還していない女神たちがいた。
 シィルは、この場面でいきなり自分が呼ばれたのに驚きながら、愛しい主人が自分を手に持つ時を待った。
 彼女の使徒は、ランスの力を借りなければ生み出す事ができないのだ。
「がはははは。起きろ。」
 そのランスはと言えば、シィルに手を伸ばすのは後回しにして二人の女神を優しく撫で起こしていた。ランスが具体的にどこを撫でているのかと言うと……まあ、あちこちだ。
 度重なり極めさせられた絶頂に朦朧とした意識のウィリスとミカンがやっとの事で身を起こすと、目の前に赤い液体の付いたピンク色の刀身がぬっと差し出された。
「舐めろ。」
「……ぁ……はい……。」
「……うん……。」
 明らかに目の焦点が合っていない二人がチロチロと舌を走らせて、液体を言われるまま飲み干すと、
「ああっ!」
「ふわわっ!」
 まるで悲鳴のような絶叫を上げて、二人とも布団に顔から派手に突っ伏した。
 尻の下に敷かれたシーツを噴き出した液体で濡らしながら、また夢の世界に送り返された女神たちの顔には、確かに幸せそうな微笑みが浮かんでいたのだった。


 大陸のどこか。
 恐らくは地下深くにあるどこかの空洞で、
 プランナーは一人ほくそ笑んだ。
「魔王は、やはりあのアイテムを使ったか。予想通りの展開だな。」
 健太郎が万が一ランス抹殺に失敗した時の為に、彼に与えられた3つのアイテムにはランスに対する罠が仕組まれていた。
 “邪悪なる強さの石”には、残念ながらあっさり見抜かれてしまったが、ランス個人の自我を“魔王の血”が速攻で侵蝕する罠が仕掛けられていた。
 また、“暗黒神の鎧”には、魔王が装備すると死ぬまで指から外れないという仕掛けが施されていた。この指輪は使用者の身体にある気脈のリミッターを全解放する効用があるだけに、結果として魔王の力が封印されるのを阻止する事ができる。つまりは、ランスが魔王の力を封印して己の自我を保つと言う対処法を妨げる罠なのだ。
 そして、最後のアイテム“神勅の腕輪”に秘められた機能とは……
 ランスと神の間に交された契約を通じて、ランスの内にある破壊神ラ・バスワルドの意識侵蝕力を強めようと言う策であった。
 事実、魔王ランスの意識内では、ほぼ完全に封じ込められていたバスワルドの意識が封印を破るべく蠢き始めている筈である。
「だが、契約を結んだのが下級神二体だけでは少々足りないな。これだけではバスワルドが封印を破るまでに数十年以上かかってしまう……。」
 ただ、プランナーの計算違いは、ランスが二人を“使徒”にしてしまった事にあった。
 それにより、封印を破るのに必要な神力の供給量が、当初の目算を大幅に下回る結果となってしまったのだ。
「まあ、いい。あれらが神界に戻って来たら細工をすれば良い事だ。」
 そう。神が本来住んでいる世界“神界”に戻って来た神に手を加えるのは、ルドラサウムが定めたルールには抵触しないのだ。
 プランナーは、神界を管理する同僚にして兄弟神たる超神ハーモニットをどう説き伏せるかを検討しながら、下級の女神如きの帰還を本気で待ち受けていたのだった。


「さて、これからが大仕事だ。」
 ランスはシィルが唱える治療魔法での手当てを受けながら、流れた自分の血と女神たちの愛液を用いてシーツに複雑怪奇な紋様を描き出した。
『……すずめちゃんには後で怒られるかもしれんがな。』
 ポリポリと右手で頭を掻きながら、魔剣シィルの剣先を筆の代わりに用いて描き上げたものは、まごう事なく魔法陣である。
 その中心に当たる場所に水晶球を、魔法陣内の所定の位置に女神たちの身体を置く。
 もう、怪しげな儀式が始まるのは明白だ。
「がははははは。さあ、始めるぞ。」
 即席の邪教の祭壇と化した魔王の巨大なベッドの上に、
 魔王が唱える怪しげな呪文が朗々と響き渡る。
「我が下僕ウィリスとミカンよ、我が命に従いて、ここなる宝珠を汝らの住処とせよ!」
 小半時も後に儀式の締めとなる呪言を吐き終えると、
 女神たちの身体は霞と化して水晶に吸い込まれていく。
 そして、ウィリスとミカンが一つの水晶球に一緒に封じられると、そこには赤とオレンジ色が混じり合ってマーブル模様になった珠が生み出された。
 縞模様が流れるように変化する宝珠が。
『これで大丈夫なはずだが……。大丈夫かな、あいつら。』
 ちょっとだけ心配になったランスは、手っ取り早く呼び出してみる事にした。
 何か支障があるなら、呼び出してみればハッキリするであろうからだ。
「出て来い、ウィリス。」
 ランスが呼ばわると宝珠は紅く光輝き、
「私は、偉大なるレベル神ウィリス。お呼びでしょうか、ご主人様。」
 ランスの眼前に艶やかな変貌を遂げた女神が召喚された。
 ぬるぬるのぐちゃぐちゃにヤられた痕跡は着衣などには残っていない。だが、媚びを含む声音や秋波が、彼女の明確な変貌を証し立てていた。
「がはははは。俺様がくれてやった住処の居心地はどうかと思ってな。ちょっくら聞いてみようと思っただけだ。」
 その宝珠は、今はオレンジ色の輝きだけを宿している。
「そうなのですか……。問題はございません、ご主人様。」
 微妙に残念そうな呟きを漏らしたが、ウィリスは即座に言われた事に答えた。
 より詳しくランスが状態を聞くと、どうやら宝珠に封じられている間でも意識や神力はほとんど損なわれる事無く発揮できるようである。
 身だしなみの方も、その神力で整えたらしい。
 京姫や健太郎を封印した方法とは封印の質が違うのが良かったのか、封じている間も神力が発揮できると云うのはランスにとって嬉しい誤算であった。
「じゃあ次は……出て来いミカン。」
 呼ばわる声に応じて宝珠はオレンジ色に光輝き、
「レベル神のミカンちゃんだよ〜。何の用かな、ランスおにいちゃん?」
 身に薄物だけをまとった幼顔の女神が登場した。
「ただ呼んだだけだ。」
「な〜んだ、残念。」
 なお、宝珠は、現在透明な輝きを取り戻している。
「じゃあ……戻れ、ウィリス。」
「それでは、また。」
 ウィリスは光になって消え、宝珠が紅い輝きを宿す。
「おお、こうなるのか。中々面白いな。」
「面白いの。」
「じゃ、ミカン。お前も戻れ。」
「はーーーい。」
 ミカンの姿も消えると、宝珠は元の流れるような縞模様を取り戻す。
「さあて、シィル。」
「はい、何でしょうランス様。」
「これを大事に保管しておけ。失くさないように、いつも身に付けておけ。」
「はい、ランス様。」
 シィルは剣の形態から人のカタチに戻り、ランスが無造作に手渡す水晶の宝珠を受け取ろうとするが、その手は強く引き寄せられて唇に柔らかいモノが触れた。
「…ん……んん……」
 口の中を味わい尽くそうとでもするかの如き舌の動きに、シィルの目蓋はうっとりと閉じられた。まだ充分濡れていない下の口にハイパー兵器が捻じ込まれるのにも、目尻に涙を浮かべながらも微笑んで受け入れた。
 腰を激しく動かすのは(ランス自身も痛いから)避け、髪から尻まで何度も何度も撫で下げる優しくやらしい手の動きに、シィルはたちまち熱い迸りを溢れさせた。
 抜き挿しがスムーズになるに従ってランスの動きは激しくなり、どうしても短くならざるを得ない交わりを最大限味わうべくスパートをかける。
 その柄の先に新たに神の棲む宝玉を抱いたカタチに変化を遂げた魔剣シィルは、3分弱の短い交合の最後にハイパー兵器から放たれた熱い弾丸に、剣の姿に戻った後も内側から心地好く身体を焼かれていたのだった。


「そういう手を使うか……。やはり、あの魔王はあなどれんな。」
 プランナーがウィリスとミカンを改造する為の計画をほぼ完成させた頃、ランスはその二人を封じた宝珠から代わる代わる呼び出してはエッチな行為を楽しんでいた。
 本来であれば宝珠の機能テストが目的の“呼び出し”なのだろうが、それを行なっているのがランスだとエッチが主目的に感じられるのが面白い所である。
 ランスが二人を宝珠に封じたのは『“自分の女”にしたからには、神界なんかに戻すのではなく手元に置いておきたい。』と言う願望からの行為であった。
 しかし、それはプランナーが打とうとしていた次なる手を、未然に木っ端微塵に打ち砕いてしまっていたのだ。
 とはいえ、
「だが、どうせこのままでも……長くて数十年もすれば魔王は我が駒に戻る。」
 ほどなく声音は感嘆から嘲りに変わり、驚きは落ち着きに取って代わられた。
 ランスという魔王の精神がランスのままである限り、下級神2体の力を加えたバスワルドの意識を完全に封じ切る事は不可能である。いずれ破壊神の意識が魔王ランスを乗っ取るであろう事は確実であった。
 かと言って、破壊神に乗っ取られるのを防ごうと魔王としての力で封印を強化したならば、ランスの精神は“魔王”に侵蝕し尽くされて、プランナーの目的…計算不能な動きをするランスという個人の排除…は、やはり達せられる。
 イレギュラーがただの人間ならばともかく、大陸の覇者である魔王に計算外の動きをされてしまったのでは、地上の管理を何くれと行なっているプランナーの負担は馬鹿にならないほど増えてしまう。
 他にも理由はあるが、それが“ランス”の排除を目指すプランナーの動機であった。
 もっとも、自分でも意識しない処で直感的にランスを警戒しているのかもしれないが。
 超神と呼ばれる存在にしては、ランスに対していささか度が過ぎる対応をしていると云う自覚はプランナー自身薄々持ってはいた。が、それを正当化する合理的な理由を自分で挙げる事がどうしてもできない。……元々は、自分の作品である魔王を他人に思うように扱われるのが気に食わないのを端に発している反感なだけに、ランスが危険な存在であると断じた根拠を自分では突き詰めて考察する事ができなかったのだ。
 しかし、彼の上司であるルドラサウムはイレギュラーが大好きである。
 おかげで、気に食わない奴といえども正面切ってランスをなんとかする訳にもいかず、こうして謀略めいた罠を仕掛けているという訳なのだ。
「どうせなら、ヤツがもう1体か2体下僕を増やしてくれれば、こちらが苦労する時間が今少し短くなるのだが……」
 苦笑めいた波動が暗い地下空洞に満ちるが、
「今からヤツの身辺に天使を新たに派遣したりすれば、こちらの思惑が見透かされる恐れがあるな。」
 すぐに気を取り直して、性急な対応策を打つのを取り止めた。
 罠の性質に気付かれてしまえば、プランナーが思いもよらぬ封じ手を打たれてしまう危険も無いとは言えないのだから。
「まあ、良い。ヤツの栄華も、あと僅かに過ぎん。」
 神にとっては、たかが数十年間など瞬きの如き時間に過ぎない。
 千年から千五百年ある魔王の寿命にとっても、数十年間程度であればそれほど長い時間とは言えないであろう。
 好き勝手やられ放題やられた後の始末は大変だろうが、その程度の時間で致命的な事態になる事などプランナーには考えられなかった。
 よしんば致命的な事態になったとしても、大陸に棲んでいる全ての生物を抹殺して、一からやり直しすれば良いだけだ。
 そう開き直ったプランナーは、上機嫌で“ランス亡き後の大陸秩序”についての考察を始めた。
 ルドラサウム好みの争いと悲惨さに満ちた世界を演出するシナリオ作りを……。


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 魔王を倒す為の暗殺者(健太郎)の装備で安易にパワーアップさせてくれるほど、プランナーはそんなに甘くないですよ〜って話です。
 なお、もっと問答無用な罠を仕掛けないのは……それをやると観客(ルドラサウム)の怒りを買って、自分の身が危ないからという理由です。
 あと、この87話の見直しを手伝って下さった辛秋さん。色々と参考になる意見をいただきまして、どうもありがとうございました。
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