鬼畜魔王ランス伝

   第83話 「偽りの服従なれども…」

 骨の森から魔王城へと飛行魔法で移動している最中、
「ところで、『カクさん』というのは本名か?」
 ランスは小脇に抱えた少女の耳に息を吹きかけるように問うた。
「いえ。『カクさん』というのはガンジー様が付けて下さった呼び名で、本名はカオル・クインシー・神楽と申します。以後、お見知り置き下さいませ。」
 素晴らしく良い眺めにも、落ちてしまうと問答無用で死ねそうな高度にも、必然的に密着している相手の身体の感触にも眉一筋動かさず、カオルは新たな主への挨拶を事務的に告げた。
「がはははは、そうか。じゃ、なんて呼ぼうかな……。」
「どうぞ、カオルとでも呼び捨てて下さいませ。」
 代々ゼス国王の警護役を務めてきたクインシー家に生まれ、ゼス王家への忠誠心を徹底的に教え込まれて育ったカオルであったが、ガンジーと出会った事で忠誠心を信仰に近い域にまで昇華させていた。
 そのガンジーが付けてくれた愛称なだけに、この新たな主…魔王ランス…から同じ呼ばれ方をするのは気が進まなかった。
「じゃ、カオル。」
 それに気付いていたかどうかは判らないが、カオルの意見を容れて呼び捨てで呼ぶ事にしたランスは、
「魔王城に着いたら早速相手して貰うから、その前に俺様の命令を伝えておく。」
 笑みを含んだ声で囁いた。
「一つ目は、死に急ぐなって事だ。カオルが生きて俺様のものでいる限り、あのおっさんを殺さないようにしてやる。休戦期間が終わった後でもな。」
 せっかく苦労して手に入れたのに、自ら死を選ばれたら大損である。
 この条件を提示された事で、カオルはランスに一生を捧げる決意を固めた。
「二つ目は、魔王城から外出する時は必ず誰かに言ってから出掛けろ……って事だ。ゼスに行くのも別に構わんが、もう俺様の女になったんだから気をつけろよ。」
 この条件を聞いた時、カオルの目の前は真っ白になった。
 牢か何かに監禁されて慰み者になると信じて疑わなかった彼女の認識は、今まさにガラガラと音を立てて崩れ去ったのだ。
 ゼスでは魔王城に連れ去られたと認識している人間が受けている待遇の実態が確認されていない事と、歴代の魔王が積み重ねた所行から起きた誤解である。
 当然ながらランス側の公報など全く信じていないが故でもある。
「本気……ですか?」
 かすれた声で返すカオルの問いは、
「がはははは。ま、あれだけの人間の目の前で『魔王の女』になると承知した娘が戻って来た所で、どれだけの人間が信用してくれるか分らないからな。下手すりゃ命に関りかねん。」
 論点のズレた答えが返って来た事で、言外に語られていた。
 裏の意味を読めば、すぐに自分を心配していると知れる答えにカオルは内心ほのかに暖かな温もりを感じ、心地好さそうに目を薄く閉じた。
 しかし、ランスがカオルの耳に
「三つ目は、あのおっさんがお前とカオスの交換を断った場合でも、俺様はカオスをくれてやるつもりだったって事……その事の意味を良く考えておけって事だ。」
 最後に吹き込んだ“毒”によって、カオルの目は一気に見開かれた。
 もし、ガンジー様が見抜いていたのなら……自分は“魔王を斬れる剣”ではなく、“魔王の心変わりを防ぐ保険”以下の価値しか認められていなかった事になる。
 だが、見抜けていなかったのなら……『ガンジー様は絶対に正しい』という認識が間違っているという事になる。
 カオルとて相手が言った言葉の真偽を見分けられる程度には諜報活動についての訓練を積んでいる。その感覚は、ランスが嘘を言っていないと明快に告げていた。
「嘘……」
 それでも、口は否定の言葉を弱々しく紡ぐ。
「がははははは。あそこでカオスを渡さなかったら、連中の手強さが減って、俺様の楽しみが減るじゃないか。そんなもったいない事する訳ないだろ。」
 だが、ランスの返事は容赦無く逃げを封じる。
 明け透けに言い放たれた言葉が『魔王が虚言を吐いている』という、カオルにとって最も望ましい答えに到達できる道をしっかりと塞いでしまっているのだ。
 視界に魔王城が見えて来るまでむっつりと黙り込んでいたカオルは、
「本当に、私が生きている限りはガンジー様のお命を狙わないと約束して頂けますか?」
 口の端からポツリと零した。
「おう。俺様にとっては、キミのようなかわいこちゃんの方が数万倍大切だからな。カオルの頼みなら、ガンジーのおっさんの命を狙わないようにしてやろう。」
 本音であるだけに説得力が甚大な保証に、カオルはやっと愁眉を開いた。
 そして、魔王城の魔王の部屋に着くなり始められた行為で、ランスのハイパー兵器を胎内に受け入れさせられながら“偽りの服従”を口にした。
 内心慕う唯一の主であるガンジーへの忠誠心に、小さな毒草の種を仕込まれて。


 強行軍を続けた結果、6000近くにまで減ってしまった魔王軍のカラー警護部隊への援軍は、魔王城進発から数えて30時間かけて、ようやくラボリ郊外にまで到達した。
 陸路のみ。徒歩という条件からすると脅威的な行軍速度であったが、その代わりにモンスター兵の誰もがへろへろになるほど疲れていた。
 既に夜半になっていた事もあって、部隊を指揮していた魔物将軍は、すぐに野営の準備を始めさせたのだが……
 まるで、そうなるのを見計らったかのように彼等に襲いかかる軍勢があった。
 剣や槍で武装した謎の軍勢は、手当たり次第に疲労で動きの鈍ったモンスター達を殺しまくった後、整然とラボリの街中へと立ち去っていく。
 かなり一方的な夜闇の中の殺戮劇で、モンスター側の生存者はほとんどいなかった。


「ランスおにいちゃん。あそぼ。」
 カオルの意識が全身を覆う気だるい疲労感に沈没してしまってから程無く、ふわふわもこもことした犬のカタチの雲みたいなモノに乗った可愛い女の子が不意に現れた。
「がはははは。ワーグか。」
 が、ランスは動じない。
「うん。ワーグやくそくどおり、おしごとしてきたよ。だから、あそんで。」
「いいぞ。ちょうど時間も空いたしな……朝までだけどな。」
「え〜。もっとあそびたいよ、おにいちゃん。」
「遊んでやりたいのは山々なんだが……俺様がやらなきゃならない仕事もあるから、今回はそれが限度だな。」
「うう〜。」
 膨れっ面で上目遣いに睨むワーグであったが、
「俺様も今夜一晩徹夜してワーグと遊ぶ時間作るんだから、これで勘弁な。」
 すまなそうに頭を撫でて来た事と、話の内容に込められていた誠意から
「わかった。ワーグいいこだからがまんする。」
 今回は、それで手を打つ事にした。
「良し。がはははは。ところで、何して遊ぶ?」
 ワーグが事情を分かってくれたので、ランスの口元も自然とほころび、
「うん。しりとりがいいな。」
 それに応じてワーグの顔も満面の笑みに変わる。
 ベッドに並んで腰掛けて、真夜中の二人遊びが始まった。
 同じベッドの片隅で裸体を毛布に包んでぐったりと気絶している娘にそぐわぬ、夜遊びだと言う事を除けば至極健全な遊びが。

 柔らかな朝日に誘われて無防備に抱き合って眠る男女…ランスとワーグ…をカオルが見たのは、次の日の朝の事であった。
 ランスだけじゃなく、ワーグまでもが寝入ってしまっているのはランスの腕の中が余程に気持ちが良いのだろう。まさか『小さな女の子にまで魔の手を伸ばしているのか!?』と、思わず誤解しそうになったが、良く見たらそうではないらしい。
 カオルが正しい解答に到達したのを見計らったかのように……勿論、そんな事はないのだが……ドアをノックする音がした。
「失礼します。」
 ノックの音から正確に30秒後、目も眩みそうなほどに怜悧な美貌の女性が開いた扉の向こうに現れ出でた。
「魔王様、朝でございます。」
 外見から受ける印象にそぐわぬ硬質な声音が、朝の爽やかな空気を一層引き立てる。
 だが、そう感じない者もいた。
「ん……ホーネットか。もう少し寝かせろ。ぐう。」
「そういう訳にはまいりません、魔王様。」
「あと5分……」
「駄目です。」
 毅然とした取りつく島も無い態度。
「そこまで強硬だと言う事は……キスでもして欲しいのか?」
 しかし、その鉄壁の装甲板も一言であっさりと貫通されてしまう。
「ままままま魔王様っ…」
 が、うろたえるホーネットの手を取ってベッドに引きずり込もうとした時に、ランスは腕に別の重みが乗っている事に気が付いた。すやすやと寝ているワーグだ。
「ちっ、今日はお楽しみは無しだ。仕事は何時から始めなきゃならん?」
 焦って火照った顔をどうにか平常に戻すと、ホーネットは中々治まってくれない動悸を手で押えながら答える。
「あと1時間ほどなら、どうにか遅らせる事はできますが……」
「じゃ、それで良い。ところで、お前はもう朝メシは食べたのか?」
「はい。」
「それじゃ、俺様は今動けないから朝食を3人分運ばせろ。」
 この時、ホーネットは朝食を済ませてからランスを起こしに来る習慣を後悔したとか言う噂がまことしやかに囁かれたのだが、それは後の話である。

「カオルは料理が口に合わないとか言うのはないか?」
「あっ、はい。美味しいです。」
 カオルは味よりも食事の内容に驚いていた。厳選された素材を使い、腕の良いコックが作ってはいるのだろうが……何の変哲も無いただのサンドイッチである。
 飲み物も乙女の生き血なんてものじゃなく、単なる紅茶であった。
 寝ながら飲み易いようにと、ランスが飲む分はカップじゃなく吸い口の付いた入れ物に入れているところなんかは気が利いているが、ただそれだけである。
「ところで……魔王だからって特別な食べ物とかは必要無いのでしょうか?」
 あまりに普通な食事にかえって不審さを覚えたカオルは、何の情報も無しに独りで考えても正解に辿り着けそうもないので直球ストレートに聞いてみる事にした。そう、情報収集の基本中の基本「まずは直接聞いてみる」である。
 言葉を濁すようなら、後ろ暗い事情を隠していると睨んで間違い無い。
 都合良く飾り立てた言葉も、後で調査して裏付けを取る必要があるだろう。
 しかし、ランスの返事はカオルの気構えを、ごく当たり前のように無視していた。
「ああ。普段でも2〜3日に1回は生き血が要るかな。大きな仕事した時なんかはもっとたくさん要るな。」
 そう。あっさりと認められてしまったのだ。
「ま、それで女の子を倒れさせたり、死なせたりするのは嫌だから、1回に吸う量を抑え目にするとか、同じ娘から連続で吸わないとか色々気をつけているんだが……」
 苦笑しつつ頭をポリポリとやりながら、
「たまに忘れるかもしれないから、カオルも気を付けとけよ。」
 と注意されるに至っては、何をか言わんや。
「はい、承知致しました。」
 としか返す言葉がなかったのであった。

 美味しそうな御飯の匂いに釣られてワーグが起き出したのは、そんな会話が交されてから3分後のことであった。
「ふぁ…おにいちゃん、おはよう。」
「がはははは。おはようさんだ。」
「わぁ、おいしそう。ワーグももらっていい?」
「おう。ワーグの分はあっちにあるぞ。……紅茶は入れ直して貰った方が良いな。」
「では私が…」
「カオルはまだここら辺のことはわからんだろうから、誰か呼ぼう。」

 サイドテーブルに置いておいた呼び鈴の音を聞きつけてやって来たエレナの給仕で朝食も終わり、いよいよランスも仕事に出張らなくてはならない時間となった。
 3人の娘の前だと言うのに恥ずかしげも無く下着までを脱ぎ、濡れ手拭いで全身を手早く清め、クローゼットから出した洗濯済みの着替えを着込んでいく。
 鎧の下に着る厚手の生地を使った服までならば換えはあるが、鎧自体や魔剣シィルに換えは無い。ランスが自分を清めている間に、簡単にならざるを得ないが手早くエレナが目立つ汚れを拭き取る。
 そして、手渡された各部の防具を装着していくにつれて、ランスの雰囲気はキリリと引き締まっていく。最後にランスが腰の金具に魔剣を提げた瞬間、カオルは訳も無く圧倒されている自分に気がついた。
 勝てそうに無いのだ。
 特に何がどう及ばないというレベルな問題では無い。敢えて言うならば……存在そのものの“格”が違うとでも言おうか。威圧感も何も出していないハズのランスの存在自体の持つ迫力に押されて立っているのすらやっとという状態になってしまった。
 同室にいる他の人間が何も感じていないにも関らず、カオルが勝手に自滅しそうになっているのは、多分ランスに対する敵意を払拭できていないからであろう。自分でも意識しないランスへの敵意を感じた瞬間に、生存本能が激しく警鐘を鳴らすのだ。
 ヒシヒシと感じる畏怖に、カオルは独り震えていた。
 ランスが部屋を出て行ったのすら気付かぬほどに。


 魔王城の謁見の間。
 そこは、魔王軍の重要な決定が発表される場所でもあった。
 作戦などはホーネットやアールコートやクリームを呼んでランスの寝室で…特にベッドの上で…立てられる事も多かったのは事実である。
 だが、それでも発表には謁見の間を使うのが通例となっていた。
「がはははは。これから俺様が考えた配備を伝える。耳をかっぽじって良く聞けよ。」
 とは言っても、ここに揃っているのは魔王軍の将帥の全員では無い。
 夜のうちに闘神都市Ω(オメガ)とチューリップ5号が帰還してはいるが、何だかんだで魔王城にいない魔人だけでも9人もいる。
「まず、ゼスの西国境を睨む位置にはカイトとフリーク爺さんの両名を置く。カイトは現状のままとして、爺さんは闘神都市をカミーラの城の上空に移動してくれ。」
「わかったぞい。」
 対闘神都市戦の即応性を高めるという意味では有効な手ではある。今まで通り魔王城の近くに浮かべていては、いざと言う時に間に合わない危険が高いと判明した事と、カミーラの城が破壊されてしまって再建のメドが立たない事が理由であった。
「ゼスの東国境を睨む位置……パラパラ砦にはリックとレイラさん。」
「はっ。」
「わかりました、ランス君。」
「俺様の目が届かないからと言って、鍛錬サボッてイチャイチャしてるんじゃないぞ。」
 いたずらっぽく言ったランスの言葉に
「は……」
「な……」
 真っ赤になって言葉を失う二人だったが、
「あと、ナギとミルはこっちに呼び戻すから、連絡よろしくな。」
 何事もなかったように続けたランスの態度でレイラが落ち着きを取り戻す。
「わかりました。」 
 だが、リックの方はと言えば、自らが着用している鎧の色と同じ真っ赤に茹ったまま、なかなか戻って来る気配がなかった。
「JAPANは五十六、リーザスはマリス、カラーの警備はケッセルリンク、シャングリラは怪獣王子が担当だな。」
 ここら辺は全く変更がないので、この場にいない連中の人事とはいえ、ことさらに改めて連絡するまでもない。
「ヘルマンは誰に担当して貰おうかな……良し、取り敢えずクリームちゃんにやってもらおう。」
 パットンがいれば話は簡単だったんだが…と頭を捻っていたランスは、ヘルマン軍出身であるクリームを据えるという無難な所で手を打つ事にした。
「取り敢えず、ですか?」
 しかし、クリームの方は場繋ぎ扱いの如く言われては面白いはずもない。返答には多分に険が含まれていたのだが……
「おう。クリームちゃんが良いと思ったヤツをビシバシ鍛えて使い物になるようにしてくれ。リーザスはまだ一線級の将軍が幾らか軍に残ってるが、ヘルマンの方は俺様がかなり倒しちまったからロクに残ってないハズだしな。」
 次に出されたランスの指示に隠された言外の意味を読み取って、途端に態度が友好的になった。つまりは、ヘルマンの将軍が育ったら呼び戻す気だからこそ『取り敢えず』という表現を使ったと悟ったのである。
「承知致しました。ふふふふふ。ビシバシとしごいて3ヶ月で一応の使い物になるようにして見せますわ。」
 ピッと背筋を伸ばし、眼鏡をキラリと光らせて怪しげな含み笑いを漏らす美女は、ただひたすらに怖かった。魔人たちですらもいささか引いてしまうぐらいに……。
「政務の方はマリスが見るだろうから、軍の方だけ見てていいぞ。」
「御気遣い有難う御座います。」
 礼の言葉もそこそこに頭の中の構想立案に戻るクリームは、さっそくヘルマンの軍制や軍学校の改革を考え始めていたのだった。
「後の連中は原則として魔王城に配備だ。ゼスの連中には2年の期限をやったが、その間にちょっかいを出して来ないとも限らんし、別な連中が何かやらかすかもしれないからサボるんじゃないぞ。」
 ランスの締めの台詞に応えて、謁見の間に集まった面々から口々に声に出された諾意と共に、今回のセレモニーは終了した。

 だが、そう言ったランス当人でさえも、今まさに“何かをやらかしている連中がいる”とまでは読めていなかったのである。


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 今回は、カオルとワーグが一応のメインだったりします。ゼスとの戦争は終わったはずなのに、何やら不穏な空気が漂っていたりしますが……ま、それについては後々の話でと言う事で(笑)
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