鬼畜魔王ランス伝

   第72話 「堰を切る雨」

 薙ぎ倒された木々が、
 地面に開いた大穴が、
 そこで起きた爆発の凄さを物語っていた。
 爆心地近くにいた両軍の兵は、あまりの熱量に蒸発し、あまりの爆風に粉々にされ、あまりの魔力に消し飛ばされ、もう誰も残っていない。
 倒れた木々の間から、倒木に潰されてしまったカラーの家の残骸から、クレーター状と化した大穴の一角から命からがら起き出してきた3人の魔人を除いては……
「う〜〜、酷い目にあったわ……ケホッ。」
 溶けて壊れた魔道ライフルを投げ捨てながら、何とかサイゼルが立ち上がった。
「ふう、でも魔人に対する殺傷効果まではなかったようですね。」
 それに続くように、折れて前半部を失った魔道ライフルを持ったままハウゼルも立つ。
 制御されない魔力が暴走しただけであるので、意図的に爆縮されたよりも被害は少ないし、幸いにして死の灰を含んだ黒い雨が降って来る様子もなかったが、ゼス軍5500名と迎撃側のカラーの森守備隊8700、援軍の偽エンジェルナイト1000は跡形も無く全滅していた。
「これほどの被害になるとは……あの時止めなければどうなっていた事か……」
 ケツセルリンクは、レンズが砕けて役に立たなくなった眼鏡を懐に仕舞い、援護に来てくれた二人に礼を言うのも後回しにして、ミスト化までして自分の館へと急いだ。
 流石にここまで爆発が酷いと館の被害が心配になったのである。 

 これは、魔王ランスが魔王城の謁見の間で忍者魔人見当かなみにカラーの森が襲撃されそうだという報告を受ける数時間前の出来事であった。


 ゼス王宮の北西に当たる位置にそびえ立つ四天王の塔。
 それは、塔の主の名から『千鶴子の塔』と呼ばれていた。
 その一室のベッドに、ミイラ男か透明人間かというツッコミをしたくなるほど包帯でグルグル巻きにされた人間らしき物体が寝かされていた。
 ……いや、点滴の設備がベッドの脇に用意されている事から、どうやら怪我人という事らしい。ここまで包帯で包まれていては見た目で誰かを判断する事は不可能だが。
「千鶴子様っ! 大変ですっ!」
 と、その時、千鶴子の弟子であるアニス・沢渡がけたたましく駆け込んで来た。なお、彼女はカラーの森遠征の時には千鶴子が持っていた杖の魔力供給源としてこの塔に新設された動力室の魔法球に取り込まれていた為、全くの無傷である。
「傷に障るからドタドタ入ってきちゃ駄目だって何度言ったらわかるのよ!」
 頭に手をやりながら、『アニスよけ』を設置する訳にもいかない自室を見て溜息をつく千鶴子。何故なら、彼女の躰には当分医療的な処置が必要であり、各種の罠を設置した部屋に入って来る医療技術の持ち主の心当たりなど一人しかいないからだ。そして、その一人…パパイア・サーバー…の手で治療される事など死んでも御免だからだ。それこそ何をされるか解ったものではない。
「それで、今回は何の用なのアニス。」
 それでも、そのアニスの大声で誘発された頭痛の慰めにもならない。苦虫を杯一杯噛み潰した声で来訪の理由を問う。くだらない用なら、魔法で吹き飛ばすのを堪えるのに苦労するんだわ……と、筋違いな腹立ちを覚えつつ待った返答は千鶴子の想像を超えていた。
「ガンジー王様が千鶴子様に会わせろと言って来ていらっしゃいますが……」
「え、ガンジー様がっ! くっ、いつつつ。」
「具合が思わしくないようですから断って来ますね。」
「ま、待ってアニス! お会いしますってちゃんと言って来なさいっ!」
 思わずベッドから身を乗り出した当然の代償として、全身を遠慮無く駆け巡る激痛に襲われるが何とか意識を繋ぎ止める。
 集めた魔力が制御不能になって爆発する直前に塔へと瞬間移動を試みたからこそ九死に一生を得たが、爆心地近くだった事も災いして大怪我、大火傷、凍傷、感電、腐食などを免れる事が出来なかったのだ。
 その負傷も癒えないうちに……実際、世色癌も効かない大怪我を負った日のうちであるのだから、意識があるだけでも凄いのだが……躰を起こすなんて無茶をかませば激痛が走るのは当たり前だ。むしろ、これだけの怪我であれば激痛がする方がマシなぐらいだ。千鶴子も“当事者でなければ”相手にそう言うであろう事は自分で良く判っている。
 それ故に怒りのぶつけ所が無く、
 ミドリの里跡地での森林戦の演習までは当初の予定通りだったが、カラーの住むクリスタルの森への襲撃は千鶴子の独断であった。
 それ故にガンジーと今会う事は怖かった。
 勝手に行った作戦に失敗した上、率いていった部隊5500名が全滅し、自分だけ逃げ帰ってきたのだ。いかなる処分が下されても文句の言えない立場であった。
 いや、違う。
 千鶴子はガンジーから低い評価を下されてしまうのが怖かったのだ。
 千鶴子のそんな逡巡にはお構いなしに、ドスドスと床を鳴らす音が千鶴子の部屋の前で止ま……らずにドアをバタンと開けた。
「千鶴子っ! 勝手に軍を動かしてカラーの森を攻めるとは何事だっ!」
 怪我に響く大音声で、千鶴子を叱り飛ばした巨漢は、勿論ゼス王ガンジーである。
「これで、こちら側の戦力が整わんうちに魔王軍と戦端を開かねばならなくなったではないかっ!」
 案の定どころか予想以上に悪い状況に青ざめるが、全身を覆う包帯の為に自分以外の人間に気付いて貰う事は困難である。
「儂は、儂は、そんな風にお前を育てた覚えはないぞ!」
 一喝するガンジーの怒声に、千鶴子の双眸からハラハラと水滴が零れ落ちる。
「ご、ごめんなさいガンジー様……あの時は、これが一番良いと……」
 そんな様子を見てバツが悪くなったのか、ガンジーの声がトーンダウンする。
「まあいい。そんな傷では戦闘はしばらく無理であろう。……ゆっくりと休めよ。」
 そう言い残し踵を返して部屋を出て行くガンジーを追おうと立ち上がろうと……いや、身を起こした千鶴子は全身を襲う激痛に声すら出せずに悶絶した。
 点滴の針がこの騒ぎでも奇跡的にどうにかなっていないのが、唯一の救いであった。


 ケッセルリンクの館は見た目に酷い有様であった。
 優雅なバルコニーは無残に壊れ、篭城に備えて閉ざされていた窓木も南面のあらかたが何らかの損傷を受けていた。壁面にも派手なひび割れが幾つも走っており、爆発の凄さを物語っている。
 なお、カラーの村で無事な家は一つもない。
 ケッセルリンクは、閂をかけていたにも関らず手で押すと簡単に割れ落ちた門扉を開くと、見る影もなくなった自分の館へと足を踏み入れた。
 内部は、外見から心配されたほどには損害を受けていなかった。
 篭城組に回された女の子モンスターたちの一部が怪我をしているみたいであるが、それも救護班の黒衣の天使たちが手当てを始めている。
「おかえりなさいませ、ケッセルリンク様。」
 そんな彼に声をかけた者がいる。
「ただいま、ファーレン。それで、状況はどうだ。」
 メイドたちのリーダー格であるファーレンである。
「はい。カラーの皆様は他の娘達と一緒に地下の避難シェルターに避難したおかげで完全に無事です。お館の警護部隊の方々は軽傷者が327名、死者と重傷者はいません。」
「ご苦労。それで今後の方針だが、周囲にまだ敵が潜んでいるかもしれない。引き続き篭城の態勢を整えておくように。」
「はい、わかりましたケッセルリンク様。」
「それと……お客様2名をお迎えする用意を整えておいてくれ。」
 そう微苦笑するケッセルリンクの背後には、怒りのオーラをたなびかせるサイゼルと、事と次第によっては姉の手綱を放つと無言で主張しているハウゼルがいた。
 ケッセルリンクが館に残していた部隊の半数である魔物兵500を率いて、すぐさま残敵掃討に出撃したのは、必ずしも敵に対する怒りやカラーの森の守備を任された義務感だけが理由でない事は、その場にいた全員が悟っていた。
 が、敢えてそれを追求する者もいなかった。


 魔王城。その謁見の間で、ホーネットはケイブリスの城からやって来た急使の報告を受けていた。
「レックスの迷宮に健太郎殿が……。ご苦労様です。もう下がっても構いません。」
 ホルスの伝令兵は許しを貰うとすぐ逃げるように退出した。ホーネットの眼光が鳥を射落とせるぐらいに鋭くなったのを見て怖気づいたのだ。
「ふう。仕方ないですね。誰か、伝令にこの事をカラーの森に居る魔王様に連絡させて下さい。」
 ランスの不在を狙ったかの如き健太郎発見の報に、ホーネットは軽い頭痛を覚えた。だが、これは序の口であったのだと未だ彼女は気付いていなかった。ランスを探して謁見の間近くに来ていた美樹が、偶然ホーネットの台詞を聞いてしまっていた事に。
 しかし、それもすぐに判明する。
 何故なら……
「ホーネットさん! 健太郎君が見つかったって本当ですかっ!」
 聞いてから1分もしないウチにホーネットの前へと駆け込んで来たからだ。
「本当です。ですから、今魔王様に報せようとしている所です。」
「お願い! 会わせて、健太郎君に!」
「危険です、美樹様。そのような行動は…」
 何とか諭そうとするホーネットの言葉は、美樹の強い口調でかき消された。
「王様は会わせてくれるって言ったもん! 今じゃなきゃ、健太郎君と王様が戦う前じゃなきゃ間に合わないかもしれないんだもん!」
 美樹の真剣な目と声は、怜悧な美貌から冷徹と見られる事が多いものの本来は人情家で甘い理想家なホーネットを動かした。
「わかりました。では、私も同行します。誰か、リック将軍とフリーク殿に後を任せると連絡して下さい。」
 逡巡無く、指示を下す。その判断の早さは流石とも言える。性格的に向いていない事を除けばホーネットは万事に渡って一流と言える力量を発揮できるのだ。
「レックスの迷宮へは、チューリップ4号で行きます。現在すぐに使用可能な4号があるかどうかマリア博士に確認を取って下さい。」
「はっ。」
 ホーネットと視線が合ったバルキリーが、急いでマリア研究所へと走って行く。
 また、別のバルキリーがホルスたちが良くいる溜まり場へと急ぐ。
 その背中を見送った美樹とホーネットと日光も、駐機場へと走った。
 5分後、レックスの迷宮へは魔王城の防空用に用意されていたチューリップ4号改ヴィントの量産型のうちの1機を利用して行く事に決まった。
 それが現状で一番早い手段であったからだ。……なお、マリア専用のチューリップ4号改シュトルムが改装の為に分解されていて使用できないのも、間が悪いと言えば言えるのかもしれない。
 ともかく、3人を乗せた4号は南へと飛び立った。
 不安と僅かばかりの希望を翼に託して……


 レックスの迷宮の地下46階。
 ドラゴンナイトで編成された直属部隊1500のみを率い、ガングは迷宮内を最下層に向かって急いでいた。
 急いでいたといってもガングの巨体ではエレベータを使う訳にもいかず、迷宮内のモンスターの案内で通れそうな場所を選んで進んでいた為、残念ながら迅速な移動とは言えなかった。
 回り道も多ければ、通れない事が判って迂回路を探った事もある。
 しかし、確実に敵には近付いてはいた。
「まだ温かい……近いな。」
 階を降りる毎に、死体に残された体温が生前の体温に段々近くなってくる。
 それこそは、敵がこの場を立ち去ったのがそんなに前ではないと云う事を意味しているのだ。
 しかし、もう既に“敵”が目的のモノが安置されている場所へと到達していた事など彼等には知る由もないのである……。

「で、これがその“暗黒神の鎧”かい?」
 健太郎がわざわざ魔剣カオスの剣先で指し示した小さな箱の中には、光を吸い込む如き見事な黒さを見せる闇色の宝石…黒瑪瑙…を嵌め込んだ見事な指輪がある。
 健太郎が、ここまでの案内をしたエンジェルナイトのニアに向ける獰猛な笑みの理由の大半がそこに集約されていると言っても過言ではないであろう。
 しかし、今回のニアは前回のモスの迷宮での時のように取り乱してはいなかった。
「はい、そうです。」
 これが、実際に目的のブツだったからだ。
「ふ〜ん。じゃ、指に嵌めれば良いのかい?」
 全く怯まないニアの態度を見て、健太郎はそれが嘘ではないだろうと判断し、魔剣の切れ味をニアで試すのはひとまず延期して、問題の指輪をゲットする事にした。
「はい、そうです。でも、使用中は躰に負担がかかり過ぎるので、普段は外しておいた方が賢明です。」
 無造作に宝石箱から指輪を摘み出す健太郎に注意を促すニア。
 だが、勿論、健太郎はそんな注意など聞いちゃいなかった。
 何となく左手の薬指に指輪を填めた時、ニアの視界は暗黒に包まれた。


 その頃、巨大な空中要塞“闘神都市”6基が人間と魔物の世界を隔てる境界を乗り越えて、下部主砲による爆撃を開始した。
 忍者による先行偵察のおかげもあって、開戦後10分あまりで骨の森と引き裂きの森にあった魔物達の居住地の3割が住民ごと焼き払われ、魔王軍の前線部隊が消滅させられてしまった。なお、この爆撃の誤爆によって“トッポス”が親子共々殺されたりなんかもしたが、まあ細かい事である。
 この事態に魔王軍の方でも闘神都市Ω(オメガ)、チューリップ5号が迎撃の為に魔王城を発進した。
 しかし、魔王城と前線を隔てる距離の壁は大きい。
 いくら通常の闘神都市の倍以上のスピードを誇るΩと、それ以上の速力を持つ5号でも元ケッセルリンクの城であったカイトの城、そしてカミーラの城を救えるかどうかギリギリな線である。ましてや、今繰り広げられている一方的な虐殺を止められるかどうかというと……否、と言わざるを得ない。

 第二次ゼス攻防戦、その本格的な開幕であった。


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 ううう、また題名考えるので苦労してます。
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