鬼畜魔王ランス伝

   第73話 「黒竜魔人の戦い」

「ちっ、もう戦闘が終わってやがる。俺様の女達は無事なんだろうな……」
 カラーの森の南側に出来てしまっていた大きく地に穿たれた見慣れぬ破砕穴を見て思わず呟いたランスは、急いでカラーの村がある位置へと向かった。
 魔王城から敢行した瞬間移動の直後にも関らず思い切り急いだ為、ランスは文字通り一息でケッセルリンクの城館の前まで到達した。
「ぜえぜえぜえ……おい! ケッセルリンク!!」
 かつての瀟洒な外観は見る影も無く、ボロボロになった無残な姿をさらしている城館の外を警備していた魔物兵たちに呼びかけると、魔王の放つ威圧感と語勢に脅えた女の子モンスターたちの間に黒々とした霧がどこからともなく集まって来て人の形をとった。
「お呼びでございますか、魔王様。」
 深々と一礼した眼鏡の紳士、魔人ケッセルリンクの登場である。
「おう。パステルは、俺様の娘は、カラーたちは……そして、お前のメイドたちは無事なんだろうな。」
 とてつもない無形の圧力がケッセルリンクの心臓を鷲掴みにする。声一つ出すのにも全身の気力を振り絞らなければならないほどのプレッシャーに逆らいながら、何とか言葉を搾り出す。
「はっ、勿論でございます。」
 その言葉が口に出された瞬間、周囲を圧していたプレッシャーは嘘のように消えた。ペタンと座り込む者、深い溜息を長々と吐き出す者などが続出するが、ランスもケッセルリンクもあまり気にしていない。いや、ケッセルリンクは自らが密かに流した大量の冷や汗を悟らせないように平然を装うのに忙しく、ランスの方も安堵で注意力が若干落ちているのであった。
「それで、皆はどうした?」
「館は見た目ほどダメージを受けていませんので、中の避難シェルターにおります。森周辺の外敵掃討が終わったら出ていただく予定でございます。」
「がはははは、やっぱり避難シェルター作らせて正解だったな。」
「はっ。」
 どうやら、最悪の事態は免れたようだ。
 今報告した事がでっち上げであれば絶対にただでは済まないだろうが、幸いな事に今回は事実である。避難シェルターの発想はランスのモノであり、ケッセルリンク自身は自分の館の中にそういう無骨な施設があるのを好んでいなかった。
 しかし、今はシェルターというアイディアを提供してくれた主君に感謝している。
 今回の敵…ゼス軍…の襲撃に対しては、地下室として設けられた避難シェルターがなければカラーたちやメイドたちに被害が出たのは確実であったからだ。
「ところで、話がある。忙しいんじゃなければパステルのとこまで案内しろ。」
「わかりました。では、メイドを…」
 ケッセルリンクが片手を挙げてメイドを呼ぼうとするのをランスが制した。
「いや、お前にも話があるから案内はお前がやれ。別に俺様に“ご馳走”してくれる訳じゃないんだろ?」
 口元に浮かんでいるのは意味ありげで邪な笑いではあるが、ケッセルリンクは不思議と嫌悪感を感じなかった。多分、立場に任せて無理を押し通そうとしていない……つまりは冗談であるとランスの目が語っているからだろう。
「はっ……。こちらです。」
 それでも、新たに流れ出る冷や汗を抑制する事はできなかった。

 光量を抑えた、それでも物を見るのには不自由の無い魔法の灯りが照らす室内。
 その部屋の頑丈な扉を叩く者がいた。
「がはははは。おい、俺様が来てやったぞ。」
 声に応えて何人かの娘が慎重に外の様子を窺い、予想通りの人物の姿を確認して扉のロックを解除していく。
「おーい、まだか?」
「もう少しお待ち下さいランス様。」
 ほどなく、ドアを開ける為のハンドルが開かれる。
 このシェルターのドアは、中からロックした場合は外からは開けられない構造になっており、ドアを破壊でもしなければ通る事ができないのだ。しかも、ヘルマン製の丈夫な鋼鈑に魔法の硬化処理まで施してある特別製のドアであり、破城槌の攻撃にすらしばらくは持ち堪える事ができるぐらい堅固な代物である。
「がはははは、大丈夫だったかパステル。」
 ランスは入って来るなり、ランスを出迎えようと近くまで来ていたパステルをいきなり抱き締めた。
「ラ…ランス……他の者が見ています……やめて下さい」
 頬を染めて恥らう姿に目尻を下げるランスであったが、ふと少女のような彼女には少々不似合いかもしれないものを背負っているのに気がついた。
「ところで……」
 ランスの視線を見て、何事が言いたいのか理解したパステルは皆まで言う前に答えた。
「貴方と私の娘、リセットです。」
「ぱ〜ぱ〜、きゃっ」
 何が面白いのか判らないが、ランスと視線の合った幼児はニパッと満面の笑みを浮かべた。
「しかし、前見た時はサルみたいだったってのに……本当にカラーって成長が早いな。」
 生まれてからわずか1日で成人するモンスターよりは遅いが、それでも生まれてから一ヶ月少々で人間の3歳児ぐらいにまでは成長している。
「ああ、ところで話がある。」
「何でしょうランス。」
「この森を離れる気はないか?」
「ランス! 私にみんなを捨てろと言うのですか!?」
 いきなり大きな声を上げた母親の声に脅えたリセットが泣き出す。それにつられてシェルターのあちこちで子供の泣き声の大合唱が起こる。
「ち、違う。違うから泣き止め、な、おい。」
「何が違うというのですか!?」
 うろたえて愛娘を一生懸命あやそうとするランスを睨み付けるパステルに心持ち気圧されながらも、ランスはパステルの疑問に答えた。
「俺様は、今の状況じゃこの森を守り切れないから皆で避難する気はないか……と、聞いているんだ。」
「え、そうなんですか?」
 言葉の意味を理解したパステルの視線の圧力が激減した。
「おう、そうだ。パステルちゃんが女王としてみんなを守りたいのは俺様も良く承知してる。本当なら俺様がここにいて、パステルちゃんたちに手を出す連中なんてパパッてやっつけてやりたいとこなんだが、そうもいかなくてな。」
 ランスの口元には苦笑の色がある。地上最強になったといえども、ままならない事がたくさん転がっている事に、多少はうんざりしているのだ。
「ランス……」
 決断がぐらつくパステルに客観的な判断基準を与えようとしたのか、ランスは後を付いて来ていた眼鏡の紳士に質問をした。
「ケッセルリンク。敵が今回以上の規模の襲撃をしてきた場合、現状位置での防衛にどれぐらいかかる?」
 ケッセルリンクは、パステルに軽く一礼した後、淀み無く問いに答えた。
「はっ。敵が今回と同規模の軍勢を差し向けた場合、この森に被害を及ぼさないようにするには人間の領域に出城を設ける必要があります。戦力としては最低でも魔人3人と2万の軍が必要です。」
「なっ……」
 予想以上の試算結果に、パステルは絶句した。
 一つには、まだ外の被害状況を自分の目で確認していないため実感が湧かないのだ。
「別に、この森でなきゃ生きていけないって事はないんだろ? 魔王城の近くにでもカラーの住む場所を整備させるから、連中が片付くまで避難すりゃあいい。」
「わかりました。」
 ランスの目が嘘を言っていないであろう事、ランスの魂が未だに魔王の呪縛に屈していない事を見て取ったパステルは、ランスの提案に首を縦に振った。
「移送中の護衛は……ケッセルリンク、お前がやれ。」
「承知致しました魔王様。」
 そこまで言った所で、パタパタとメイドが駆け込んで来た。
「ケッセルリンク様、ランス様大変でございます。」
「何事かなエルシール。」
「先程魔王城から伝令が着きまして……健太郎がレックスの迷宮で発見された為、美樹様とホーネット様と日光様が現地に向かわれたとの事です。」
 落ち着き払っているケッセルリンクとは対照的に、血相を変えて立ち上がったのはランスだ。
「何だとっ!!」
 ようやく泣き止んだ子供達が、また泣き出すのにもかまってはいられない。
 ……何故かリセットだけは、まだ笑っていたが。
「後は任す。全員無事に届けろよ。」
「はっ、承知致しました。」
「じゃあ、またな。パステル、リセット。」
「はい、ランスもお気をつけて……」
 その声を聞くやいなや、一陣の疾風の如くランスは部屋を出ていった。
 視界内に父の姿が無くなったのに気付いて泣き出したリセットの泣き声に後ろ髪を引かれつつ……

 その後、引越し準備をするべくケッセルリンクの館を出たカラー達は、見渡す限り薙ぎ倒された森の木々と爆風と倒木に潰された村の家々の姿から、ランスの言葉の意味を嫌というほど思い知ったのだった。
 勿論、それはパステルもであった。


 ブラックドラゴンの魔人ガングは、直属のドラゴンナイト部隊1500と共に、遂にレックスの迷宮の最下層である地下50階に着いた。
 チリチリと肌を刺す莫大な闇の力に導かれるように迷宮を進むと、そこには闇そのものを全身に纏った剣士がいた。
 右手の禍々しい剣に纏う闇は黒々とした瘴気と化しており、闇の中に隠れているはずの眼は殺気で不気味なほどに黒く光っている。
 濃密な“死”の気配が周囲を不自然な静寂に包み、抵抗力の弱い者達は手を下すまでも無く命を奪われていく……。
「お前が健太郎か?」
 黒き竜の魔が問う。
「そうだよ化け物。ちょうど良いから実験台になって貰うよ。」
 黒き死の闇を纏う剣士が言う。
 互いに落ち着いた口調。
 吸い込まれる“息”。
 練り込まれる“気”。
 長い長い刹那の時間の果てに、
 “それ”は解き放たれた。
「ブラックブレェェェェス!!」
 黒き竜の吐く漆黒の炎は、ドラゴンナイト達のブレスと混じり合って更なる火力で健太郎に襲いかかった。
「カオスインパルス!!」
 かつてロナの命を奪った技、ランスアタックを元に健太郎が独自に編み出した必殺技の高密度に練られた気の刃が一直線にガングへと伸びていく。
 そして、刃は炎を切り裂いた。
「グォォォォォォォ!!」
 それでも健太郎に届いた火勢の余波は、健太郎が纏った闇の闘気が全て弾いた。
「あれ、まだ死なないんだ。さすがドラゴン。前に殺した魔人ならあっさり死んでるぐらいの攻撃だったのにね。」
 辛うじて右翼と右腕が切断されただけに被害を止めたが、戦力ダウンは免れない。
 それに引き換え、敵は無傷。
 それでも、ガングの戦意は衰えていなかった。
 何故ならば……
『我が役目は、味方が……魔王様が来るまで敵を足止めする事。我が管轄下でこれ以上ヤツの好きにはさせん!』
 と、内心決意しているからだ。
 一撃で1000体近くまで減ってしまったドラゴンナイト達が総攻撃を開始する。
 だが、剣どころか炎の吐息でさえ健太郎には触れえない。
 逆に縦横無尽に振り回される魔剣が一閃する度に十数体もの命が消えていく。
 見る見る減っていく部下達であるが、それはガングに僅かな勝機を見せていた。
 気付かれぬよう密かに息を整える。
 必殺の瞬間を見極める為に。
 そして、部下を切り殺すのに夢中になって自分から注意が逸れた瞬間を狙って、凶剣士へと渾身の炎の吐息を吹きつけた。
 迫り来る漆黒の吐息は、今まさに斬られたドラゴンナイトの身体をも高熱で蒸発させながら健太郎を包み込んだ。
 完璧なタイミング。
 防御姿勢がとれなかったのは確実だ。
 幾分かの戦果は期待するものの、それでも間髪入れずに飛びかかる事を選択した。
 炎の吐息は強力だが、連発はできない。
 相手が体勢を立て直す前に追い討ちをかけるには、肉弾攻撃が一番だ。
 巨体を生かして黒煙も晴れない場所に体当たりを敢行したガングは……
「ランスアタック!」
 体勢を崩しているのではないかと期待していた敵から放たれた完璧なカウンターによって進行方向と反対側の壁まで吹き飛ばされてしまった。
「ヌグォッ!!」
 その黒々とした闘気の爆発が吹き飛ばした黒煙の中からは……禍々しい魔剣を振るった凶悪な剣士と、それを庇うように聖なる光の防御力場を身体の前面に展開している天の御使い…エンジェルナイト…が現れた。
「健太郎様。この程度の敵など手助けなしで倒していただきたいものですね。」
 苦笑するニアであったが、
「あんまり煩い事言うと……殺るよ。」
 と言われた途端に押し黙った。どれだけ恐れられているか判ろうというものだ。
 戦場でまだ生き残っている者たちに、熱心に止めを刺しながら、いよいよ今回のメインディッシュの所まで辿り着く。
 その健太郎に、未だ戦う力を残していたガングの左腕の爪が襲いかかる。
「おっと、まだ動けるんだ。それじゃ、念入りに止めを刺しておかないとね。」
 いっそ朗らかとでも表現すべき表情ながら、余程に鈍感な者にでも悪意と殺意しか感じさせない笑みを浮かべて、両手持ちの大剣である魔剣カオスをペーパーナイフの如く軽々と扱ってガングを生きながら捌いていく。
「さっきは驚いたからね。できるだけ苦しむようにやってあげるよ。」
 そう言って微笑んだ。

 美樹と日光、そしてホーネットがレックスの迷宮のエレベータを降りたのは、健太郎が見る者を不快にさせる不気味な微笑みを浮かべた時から数えて2分後の事であった。


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 ようやくここまで漕ぎ着けました。さて、これからどう動くかな、健太郎君は(笑)。
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