鬼畜魔王ランス伝

   第71話 「輻湊する旋律」

 いきなりだが、ハンティは追い詰められていた。
 原因は、隠れ家周辺にモンスターが多数、急にどこからかやって来た事である。
 ま、それが聖女の迷宮を追い出されたモンスターたちであるとまでは、彼女には知る由も無ければ知る気も無いだろうが……。
 勿論、隠れ家にいるのが彼女だけであるなら、別にたいした問題ではない。
 また……もしも、隠れ家にいるもう一人の男パットンの身体が本来の調子を取り戻しているならば、むしろ鈍った身体を鍛え直すのに丁度良いぐらいだ。
 しかし、現実はというと……
 パットンは怪我で本来の実力の半分も出せないし、下手に戦闘などやらかしてしまうとせっかく良くなってきた怪我が悪化して寝たきり生活になりかねない。
 その上、このアジトを放棄してしまっては行くアテもない。二人とも特徴が有り過ぎてヘルマン国内に潜伏するのは不可能に近かったからだ。ステッセルがヘルマンを仕切っていた時期と違って、彼ら本来の支持層である民衆や軍部の硬骨漢たちの大半が離反してしまっていたし、AL教の蜂起に協力した旧来の特権階級にはパットン達の方で頼る気もない上に、頼った所で彼等の保身に利用されるのがオチである。
 それでも、ここでむざむざ殺されるよりはずっと良い。
 当座の荷物をまとめた二人は、ハンティの魔法で瞬間移動した。
 とりあえず、自由都市地域へと向けて。


 リーザス城の一角、ここでは急ピッチである施設が建造されていた。
 転送施設である。
 この装置があれば、遠く魔王城からでも(闘神都市Ω(オメガ)経由で)ほとんど時間をかけずに物資や人間を行き来させる事ができるのだ。非常に有用な設備であるのだが、それだけに一週間ちょっとの短期間で建設するなど無茶も良い所のペースであった。
 いくら基幹部分は闘神都市Ωで予め製作されていたものを供給されたと言っても、このペースは些かならず異常である。
 この尋常じゃない建設速度の大元の理由は……これが、リアの望みだからである。
 ランスとマリスの間で交された『新年になる前に転送施設が稼動状態になっていれば、ランスが年始の期間をリーザス城で過ごす』という約束は、マリスが普通の手順であれば無理だと断言する急な工期の工事を可能ならしめていた。
 つまり、最初から全く手段を選んでいないのだ。
 費用についても、採算性などと云う単語には全然考慮が及んでいない。
 王宮工事を請け負うエリート中のエリートである建設班。通常であれば王宮内の工事には携わらないが充分な能力がある建設業者。内部に設置される機器の調整を担当する多くの魔法研究者たち。通常はこういう仕事には携わらないマリアの弟子であった者達。更には、軍の工兵部隊までもが24時間体勢で続けられる工事の為に働いていた。
 身を粉にして働けば特別ボーナス。協力を拒めばクビや許認可取り消しや援助の打ち切りも有り得る。……とあっては、民間の方でも協力せざるを得ない。
 とは言っても、莫大な利益を得られるかもしれないチャンスをフイにするほど馬鹿な商売人はそうそう居ない。人、物、全ての面における最高のモノが惜しみなく投入された。
 結果として民間の全面的な協力を得る事に成功したマリスは、多大な国家予算を費消したのと引き換えに当初は不可能と思われた完成期限に間に合わせる事に成功する。
 ただ、後に工事を急ぐのを最優先した為に必然的に起こらざるを得なかった工事中のセキュリティの甘さを後悔する事態が発生する……が、それについて語るのは後日という事としよう。

 なお、シャングリラでの工事はここまで無茶なペースではない事を付記しておく。


 聖女の迷宮跡。
 ガレキの山(と言ってもガレージキットの山ではない)の上にかろうじて残っていた廃墟の塔から、怪しげな紫の光が漏れていた。断続的な破裂音、更なる閃光、何かが崩れる音が追い討ちのように目をちらつかせ、見る者の不安感を誘う。
 が、しかし、それを確認しに行く事はできなかった。
 調査に赴いたゼス軍外人部隊2000の前に、闘将や魔法機などの機械化部隊5000あまりが展開していたからだ。不運にも、比較的損害が多かった上に指揮官が不在で再編成がはかどらなかった魔法使い部隊をイタリアの街に置いて来た為、闘将に対して命令を下せる人間が軍中にはいなかったのだ。
 ゼス軍外人部隊は、自分達の接近に備えて陣形を整えた後、人形のように突っ立ったままで動こうとしない闘将や魔法機を前に不本意な対峙を続けていた。
 迂闊に刺激する訳にもいかず、さりとてロクな成果も無しに帰還する訳にもいかない。
 どうにも手詰まりっぽい無言の対峙は、廃墟にそびえる傾いだ塔が本格的に倒れ出した事で終わりを告げた。……いや、正確には塔の残骸から悠然と歩み寄って来た人物が機械化部隊に「待機」と一言告げた途端に、敵対行動をするどころかピクリとも動かなくなったのだ。
 その人物は、この頃の彼女にしては非常に珍しい事に、デフォルトの仏頂面では無く、満面の笑顔をハウレーンとラファリアに向けて言った。
「出迎え有難う。さあ、行きましょ。もう、ここには用はないわ。」
 黄金のオーラに包まれた女魔法使いは、鉄の兵士を下僕の如く従えて、悠然とイタリアの街へと歩み去っていった。
 事情を良く理解できない2人の同僚にそれ以上構わずに。

 調査の為にラファリアの隊を残し、余計な摩擦が生じるのを防ぐべくハウレーンが魔想志津香を追ったのは、当然の成行きであった。
 その後、伝説級にまで上がった志津香の魔力と闘将達への絶対的な統率力、ハウレーンが気疲れで2kgも痩せる程に連日激しく続けられたゼス上層部との折衝の結果、闘神都市Φ(ファイ)に元々配備されていた機械化部隊は外人部隊に編入される事になったのであった。


 魔王城へと帰還する魔物の軍、およそ2000は、その規模の軍としては明らかに不似合いな数のうし車を連れていた。もし、これ全部が輜重部隊(軍需物資を運ぶ部隊)であるならば、10万の軍でも養えるだろうという程の数だ。
「あの……メナド将軍……」
 魔人になっても気弱さが滲み出ているかのような小さな声は、かろうじて目的の相手には届いたようだ。
「なにかな?」
「リーザスの方は、それで全部なんですか。」
 メナドの軍が連れて来たうし車は、アールコート部隊の連れて来たうし車より少ない。
「うん、そうみたい。ヘルマンの方はずいぶんと多いね。」
 アールコートの軍に帯同していたうし車だけでは無く、後から来るクリームやキサラの軍列にある車もどうやらヘルマン側のものであるらしい事を考えると、ヘルマン側からのうし車は少なく見てもリーザス側からの2倍以上はあった。
「はい。どうやら空爆のせいで犠牲者が思いのほか増えたみたいで……」
 話しの内容が内容だからだろうか、アールコートの声は沈んだものであった。
 彼女らが運んでいるのは物資ではない。
 うし車から漏れ聞こえる押し殺した苦鳴が、外部にそれを伝えていた。
 では、それが何かと言えば……
 怪我人であった。
 それも、軽くても半身不随や四肢切断といった類の重傷者である。植物人間と化して生命維持装置で生かされている者までいる。
 なんだかんだで6000人以上が、本人や家族の同意を得てこうして移送されていた。
 では、それが何故かと言えば……
 彼等を“闘将”にする為であった。
 魔人フリークが従来のように闘将に絶対服従の洗脳を施すのではなく、志願した兵士を闘将にする事でより強力な部隊を編成する構想を立ち上げた事がその原因である。
 その素体として現代医学では治しようの無い重傷者を採用したのは、闘将化の儀式が結局のところミイラ化であるからだ。つまり、対象を殺さねば闘将化は行えないのだ。
 勿論であるが、本人の意思や家族の意思で闘将化の処置を断る事も可能であり、そうした者も少なからずいる。そうした者は今までと同様な治療を続ける事ができ、特にこれといった不利益を受けずにすんだ。……こうした点の配慮はランス(マリス)の施政の巧みさである。
 ともあれ、彼女ら3人の魔人は魔王城に向かうのであったが……事態は徒歩でのんびりと行軍という訳にもいかない程に疾走を始めていく。
 しかし、未だそれを察知している者は少数であった。


 戦場では、しばしば種族維持本能を持て余した兵士の乱暴狼藉が起こる。
 自らの危険に際して自分の血を残しておこうとする本能に振り回された行動であるのだが……どうやら、殺戮にしか興味が無いとも思えた凶剣士小川健太郎にも、この一般原則は当てはまったようだ。
 今の彼は、手足を折って捕まえた女の子モンスター数匹の胎内に、彼女らにとっては猛毒である白濁液…人間の精液…を注ぎ込む事に夢中になっていた。
 そう、健康な青年男子であれば誰もが持っている本能『性欲』。それに振り回されているのだ。もしかしたら、魔剣カオスから流入する昏い衝動を抑え切れないだけかもしれないが、不幸にも健太郎に捕まってしまった女の子モンスターたちにとっては、理由などに意味は全然ない。
 案内役であり、目付け役でもあるエンジェルナイトのニアは苦々しく見守り、周囲を警戒しているが、行為自体は一切止める気はなかった。何故なら、今行われている行為そのものはルドラサウムが喜ぶ類のものだったからだ。彼女としては、任務の成就に支障がないのならば奨励しても良いぐらいである。
 ここではあまり関係のない事であるが、魔王になったランスのモノは人間であった頃とは違って女の子モンスターに対する毒性は無くなっている。と言っても、人間に対して毒になったという訳ではないが……。まあ、これは余談である。
 それはともかく、ここには健太郎の暴走を止める人物はいない。
 本能が、躰の中を駆け巡る黒い衝動が命じるままに荒々しく腰を振り、下半身でたぎり狂う熱い液体を撃ち込む。
 その行為を邪魔するモノは、誰もいなかった。

 やがて、ダンジョンの冷たい床に転がる白い液体に塗れた白い肢体の全てが冷たい死体に変わった頃、彼は立ち上がる。
 健太郎の目は爛々と不気味な底光りを見せ、ヤる前よりかは幾分かスッキリした表情で凄惨な笑顔を浮かべた。夜道でなくても出会った子供が泣き出してトラウマにしそうな笑みを。
「待たせたね。さあ、行こうか」
 女を抱く時でさえ手から離さなかった魔剣の柄を握り直し、空々しいほど爽やかな声音で傍らの天使に話しかける。その天使は、いつもより二歩も三歩も無意識に離れた位置から召喚主の顔色を窺いつつ軽く会釈した。
「はい、健太郎様。」
 どうやらニアにとっては幸いな事に当座の性欲は解消されたようである。しかし、彼女は健太郎と同行する事によって生じる身の危険に、新たな項目を追加する必要を感じていた。


 その頃、魔王城では……
「なにぃ!! カラーの森がゼス軍に攻められてるだとっ!」
 メナドとアールコートの帰還軍に先だって報告に戻ってきた魔人かなみが、予想通りランスの激怒に晒されていた。
 自分に向けられている訳ではないが、ランスの激怒は堪える。無意識に放たれる気の重圧が丸っきり無関係な衛兵代わりのバルキリー達の膝を着かせているほどだ。恨みがましい視線がそこここからかなみに集中するが、そんな事にかまってはいられない。報告を遅らせたりしたら、その怒りはかなみに集中するに決まってるからだ。
「で、どうするのランス。ケッセルリンクさんに任せておく?」
 かなみの質問は、ランスの頭を多少冷すのに役立った。
「いや、俺様も行く。ホーネット、メガラスに1万持たせて追いかけさせろ。」
「はい、わかりました。それで、魔王様はどのように……」
「俺様は先に行く。後は任せたぞホーネット。」
 矢のように玉座から飛び出し、毎度割られるのは勘弁なので自動で開くように仕掛けが追加された大きな窓からランスが飛び出したのを見送って、ホーネットとかなみは期せずして大きな溜息をハモらせた。
 ケイブリスの城から伝令が届いたのは、その20分後の事であった。


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 ……カラーの森がどうなったかって?
 ん〜、聞こえんなぁ〜♪(笑)
 てのは、冗談として。後でちゃんと書きます。そうしないと我が身が危なそうですから(笑)。
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