鬼畜魔王ランス伝

   第65話 「御前仕合」

 上品で楽しく平和な宴は、主人公不在のままだったがそれなりの味わいを見せていた。
 しかし、本来その宴の主人公と目されていた人物が登場した途端、宴は賑々しくも荒々しい御前仕合へと何時の間にか取って代わられていた。
 未だ酔い潰れていない客たち、いや、宴を主催する立場の者達までもが仕合見物へと雪崩れ込んでいった為、パーティーを中断せざるを得なくなってしまったのだ。
 ホワイトクリスマスを演出する為に分厚い雪雲を北風に乗せていたフローズンたちも手を休め、腕に覚えのある者……人間、モンスターを問わず……は、残らず魔王城の前の広場を囲むように集まった。
 クリスマスパーティーの提案者であるリアや実際にパーティーの用意を担当したホーネットも取るものも取り敢えず馳せ参じている。
 ホーネットは仕合会場の仕切りを行い、観客を安全な結界(と言っても魔王の本気の攻撃が直撃すると少々マズイ事になるが)の後ろに下がらせたり、客席の防御結界を支える要員を募ったりしていた。
 しかし、リアの方はというと、ちゃっかり客席の最前列に陣取ってお菓子片手に今か今かと開始を待ち侘びていた。
 ……この辺が両者の人望の差となるのであるが。
 勿論、マリスは手抜かり無くホーネットが気付かない事や手の届かない事の手配をさりげなく行ってリアへの批判をかわす手としている。……そう、マリスはリアの指示で自分が動いているとの体裁を整えているのだ。その辺は、さすがはマリスである。
 何はともあれ、魔王ランスと魔人リックの対決と聞いて、パーティーには参加していなかった者達までもが大挙して観客席に押し寄せた。
 この一戦を見る為に押しかけた観客は実に14万。
 突発的に発生した上、口コミだけのハズなのに物凄い動員数である。
 やはり、“言霊”や“ハミング”(注:両方とも女の子モンスター)に知られてしまったのが大きいのだろうか。
 最早、「宴」や「仕合」というよりは「祭り」に近い雰囲気になってきている。

 そんな中で、外野のあらゆる雑音は耳に入らないかのように、二人の戦士は静かに相対していた。
 ランスの手にあるのは刃を潰した模擬剣、リックの手にあるのはメナドから「やっぱりリック将軍の方が似合うから」と言って渡されていた魔剣バイロード。
 剣だけで言えば、リックの圧勝である。
 しかし、闇夜にも関らずリーザス赤軍の将に伝わる兜の着用を禁じられた不利をそれで補えるかどうかは微妙だった。
 一応、新規にリック用として作られた強力な赤い魔法鎧(ただし、外観的にはあまり変わらない)を着用してはいるものの、それで実力が出し切れるかどうかは……まさに修行の成果次第である。
 今までの特訓が充分に身になっていれば、例の兜がなくても問題がないハズである。
 ランスは、それを知りたくてこんな疲れる仕合を組んだのだ。
 リックの方としても魔王になったランスとは初対戦である。仕合をしてもらえるとあれば望む所であるし、特訓の成果を見せたくもあった。
 故にこそ仕合が始まったのだ。
 彼らにとっては、最初から外野などは関係がなかったのだ。
 呼び出したフェリスにウェンリーナーとシィルを預け、代わりに持って来させた模擬剣を受け取った時にも、
 屋内で戦うと被害が馬鹿にならないという理由で魔王城の外に移動する間も、
 連れだって歩く二人が何事かと質問された時にも、
 ランスの帰還を聞きつけてやって来たマリスにパーティーへの出席を要請され「後で出る」と素っ気無く答えた時にも、
 二人の間には微妙な緊張感が走っていた。
 互いに一足一刀の間合いには少々遠い距離を測ったように維持して歩き、広場に着いた途端に申し合わせたように抜刀した両者の雰囲気には、ただならぬものがあった。
 見る者が見たならば、既に戦いは始まっていると悟られるほどに……


 一方、ゼス王国ではクリスマス返上で戦備が拡充され続けていた。
 四天王の塔では、ゼス王宮を守る結界を古代魔法技術を応用する事によって高位の術者が付きっ切りでなくても維持ができるよう改良された。また、魔法機工場が新たに建設され、生産ラインの稼動に向けて急ピッチで作業が進んでいた。
 また、元闘神都市市長のYORAは、自分で作り出した助手のKASUMIと共に闘神都市の防空部隊の生産プラントの設計に取り掛かっていた。なお、既に実験プラントはパパイアとカバッハーンの協力で完成しており、そこで作られた試作体数体は詳細な性能試験を受けている最中である。
 “魔狩り”によって国内に潜在している敵……魔物……をほぼ掃滅し、そのために死亡した2万人の奴隷兵のうち死体が回収できた8500人あまりが闘将へと改造された。
 これによって、ゼス王国と闘神都市の通常戦力は大幅に強化されたのである。
 しかし、対魔人戦力については遺憾ともし難かった。
 ある筋の情報によれば、聖刀日光は魔王側の手に渡り、魔剣カオスは異世界の剣士である小川健太郎と共に消息を絶ったという。
 ガンジーがますぞえ戦で使った降魔の剣と吸魔の鎧は相手が攻撃魔法を撃ってこない限り役に立たない上、上手くいっても1回の戦闘で使用者本人も半死半生になるような代物である。
 頼みの綱の闘神も、強力な攻撃で魔人の足を止め、高い防御力と無尽蔵な回復力で相手が疲れるのを待って撃退するといった程度の事しかできないと判明してしまった。
 やはり魔王や魔人が身に着けている“絶対防御”……普通の攻撃手段では全くダメージを受けないという要素は大きい。
 他にも幾つもの計画が進行中ではあるのではあるが、そのどれもが魔王ランスに痛打を与えるには不足であるとガンジーには感じられてならなかった。
 7基にまで減ってしまった闘神都市の一つで伝説級の魔力に目覚めてから、ガンジーは己と魔王との間を隔てる絶望的な実力差を切実に感じていた。
 いや、途方もない実力の差を感じ取れる程度にはガンジーが強くなったという方が正解なのかもしれない。
 あの存在に生半可な力で挑んでも無意味。
 その冷厳な認識がガンジーの心を深く静かにかき乱していたのだった。


 無造作に模擬剣を構えているランスが一見して隙だらけであるのに対して、
 リックの構えには、まるで隙らしい隙がなかった。
 しかし、ある一定以上の技量の持ち主……この場ではレイラや怪獣王子など……は、どちらにも付け入る事が出来る隙など無い事に気付いていた。
「おいリック! せっかく俺様が“一人で”相手してやってるんだ。ちんたらやってるとこっちから行くぞ! 炎の矢!」
 初歩的な炎の攻撃魔法“炎の矢”がランスの唱えた呪文に応えて空中に現れてリックに向かって飛んで来た時、リックは自分の思い違いを悟った。
 ランスは魔王になる事で魔法戦士となっている。魔法が使えない自分の間合いの外から好き放題に攻撃ができるのだ。隙が無いからといって遠間で隙が出来るのを待っていたのでは勝ち目がない。
 こうなったら、無理にでも隙を作るべく間合いに飛び込むしかない。
 リックはバイロードで炎の矢を切り払いながら踏み込み、素早く斬り返してランスの胴を狙う。しかし、ランスは水平に振るわれたバイロードを剣でしっかりと受け止めた。突進の勢いも止められてしまったが、リックは剣に更なる力を込めて押し切りにかかる。
 鍔迫り合いになった。
 互いに剣を……剣に練り込まれた闘気を……押し込もうと微妙に体勢を入れ変え、剣の角度を変え続ける。
 しかし、刀身はまるで磁石ででもあるかのようにくっついて離れない。
 時には力を抜き、時にはここぞと力を強める。
 押し切ろうとする時もあれば、引いてたたらを踏ませようとする時もある。
 剣尖をそらそうとする時もあれば、構わず正面から行く時もある。
 目を引くような派手な動きこそ少ないが、一瞬の油断が死を招きかねない躍動感に満ちた静寂の攻防が繰り広げられていた。
 外野の観客席も、息を呑む音さえ目立つほどの静寂に包まれていた。
 刃金が擦り合わされる小さいハズの音が、観客全員に聞こえるほどに。
 その均衡が破れたのは、
「ランスアタック!」
 ランスが剣に込めた闘気を爆発させ、強引に鍔迫り合いを終了させた時であった。膂力と技巧でリックに追い込まれそうになったからである。
 強引な手段を使ったせいで崩れた体勢を素早く立て直して豪速の斬撃を振り下ろすランス。しかし、リックはそれを体を引いた右側に剣でそらし、返す刀で掬い上げるような一閃を走らせる。だが、それは素早く反応したランスの剣に阻まれる。刀身を擦り上げるように放つランスの反撃に一歩後ろに下がったリックは、肩透かしされて体が泳ぎそうになったランスの背中を狙う。が、背中側で地面と垂直になるまでに大きく振り上げられたランスの剣に止められた。斬撃を放つ勢いで剣を弾いたランスはそのまま袈裟懸けに切り下ろそうとするが、リックはランスの斬撃の外側に身体を逃れさせて難を避ける。
 互いに崩れた体勢を立て直して、正面から剣撃を打ち込み合う。
 手数はリックの方が多く、ランスの鎧に刻まれた傷に真新しい浅い傷を幾つも幾つも追加して行く。
 しかし、ランスの剣撃の重みは防ぐリックの手を痺れさせていく。そこで、受け止めた際に鍔迫り合いに持っていこうとするが、ランスが嫌って間合いを取る。
 二人の剣が正面から打ち合わされ、火花が散る。
 二人の剥き出しの闘気がぶつかり合い、大気が震えた。
 連続して激突が起こり、大気の震動は旋風となって地に積もっていた雪を吹き飛ばす。
 それだけではなく、剣の……闘気の……魔力の激突が生んだ熱が雪を溶かしてゆく。
 いつしか、かわす事などできない程にまで鋭くなっていた二人の剣撃であったが、一太刀振るう毎に更に鋭さを増していった。
 もはや、当たり所が悪ければ死ぬかもなんていう段階をあっさりと超え、かすっただけでも大ダメージは覚悟しなければならないレベルにまで達していた。
 剣同士がぶつかりあった余波で鎧に傷が増えていく。
 “吹き戻し”……剣をぶつけあう事による反作用が、ランスの……リックの手首や肘や肩や……とにかく全身を責め苛んでいく。
 それが致命的な段階に達する直前、両者はどちらからともなく距離を置いた。
 全身に気を巡らせてダメージを一時的に払底する。
 リックだけではなく、魔王としての力を暴走しないように抑え目にしていたランスにとっても、あと一撃出せれば良いぐらいの体力しか残っていない。
 ここぞとばかりに闘気を練り上げ、天を衝かんばかりに眩い光を放つ。
「バイ・ラ・ウェイ!!」「ランスアタック!!」
 闘気によって強化されたリックの突進はまさに赤い弾丸、
 それを迎撃するランスの一撃は青い爆光。
 瞬時に斬り返され放たれた3連撃と刀身に込めた闘気の爆発の激突は、
 両者を両者とも弾き飛ばした。
 その威力を無言で物語るかのように、地には両者が弾かれた際に長々と足を引きずった跡が残り、爆心地には大きなクレーターができた。おまけに、激突の余波を受けた客席を守る結界も遂にあちこちでほころび始めた。
「やめだ。これ以上はめんどくさい。」
 心底面倒そうな顔で、苦々しげに言い放つランス。勝てなかったのが悔しいのか、リックが予想以上に力をつけているのを喜んで良いのかという複雑な感情が窺える顔だ。
「キング……」
 一方、リックは突然の仕合終了宣言に戸惑い、口元に浮かんでいた笑みを消してまじまじとランスを見つめる。その彼の視線の先にはあまりの超パワーの激突に耐え切れずに融け折れた模擬剣があった。鋼の刀身は今は無く、気光だけが刀身を形作っている剣が。
 これ以上やれば仕合ではなく「殺し合い」になってしまう。
 それを悟って、リックは続行を求める言葉を喉の奥に飲み込んだ。
 剣士として白黒をつけたい気持ちもないではないが、ランスは仕合ということで自分本来の剣……魔剣シィル……を使わずに相手をしているのだ。
 ここで意地を張っても仕方がない。
 リックがバイロードの光を収めると、ランスも気光の刀身を消す。
 こうして、御前仕合は終わりを告げた。
 クリスマスイブも何時の間にか終わっていた。


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 はふう。疲れた。
 エネルギー出し尽くしてもうた。
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