鬼畜魔王ランス伝

   第45話 「魔王城絶対防衛戦」

「敵“闘神都市”速度5ノットで絶対防衛ラインに接近中。このままの速度だと、あと10分で到達いたします。」
 絶対防衛ラインとは……慣性や高度などの要因を考えた結果、たとえ撃墜したとしても魔王城への被害は避けられないという文字通りの阻止限界点である。
「飛行部隊の準備は完了いたしました。……でも、10分で敵の防衛網を突破するのは無理ですよ、魔王様。」
 偽エンジェルナイト、ホルス、ドラゴン女をはじめとする種々雑多な飛行可能なモンスターたちが魔王城近辺に集められている。それらは、全てハウゼルとサイゼルの指揮下に置かれていた。その数、実に8400体。だが、しかし……
「まだ敵は出て来ないか。」
「はい。敵揚陸艇もドラゴンも確認されておりません。」
 一応は味方の地上兵力6万も辺りに展開されてはいたが、今回は必要なさそうだった。
 未だに敵の揚陸艇が動いていないからだ。
 まともに運用する気があるのなら、とっくに降下を始めてなくては間に合わない地上部隊を下ろしていないという事は、それ以外の用途に使用していると考えた方が良い。つまりは主要部の守備に。いくら封印が解けた直後で戦力が減少していると言っても、飛行部隊だけで仕掛けては突破する事さえ難しい。ましてや10分では、無茶もいいところである。
「ちっ、やり難い。……そうだ。フェリス、依頼しといた調査は終わってるか。」
「はい、マスター。」
 魔王城の謁見の間の玉座に座るランスの影……すなわち、玉座の後ろの床から伸び上がるように現れたフェリスがランスの手に1枚の写真を載せた。それに、ちらりと目をやったランスは即座に魔力の炎で写真を燃し尽くした。
「フェリス。ヤツの動力源はこの写真の“物体”で間違いがないんだな。」
 いつもより1オクターブは低くなった声と微妙に震える語尾が、彼の心境を何より雄弁に語っていた。しかし、それに対するフェリスの返事にはいささかの感情の揺らぎも含まれていなかった。その場に居合わせた全く関係の無い部署の方々が気絶しそうな程に張り詰めた空気にもかかわらず……である。
「はい。その他にいる様子もございません。」
 前回の闘神都市Ρ(ロー)での失策から、ランスはフェリスに予めカメラを持たせて偵察に行かせていた。その写真に写っていた“モノ”は……ふくよかな、と云っては控えめに過ぎる雄大な横幅を持った、弛んだ肢体の持ち主であった。また、フェリスの返答はその他にランスが興味を持ちそうな人間がいない事を意味していた。
 余裕の無い迎撃作戦になる以上は、助ける必要を感じる相手がいないのは好都合なのだが……ランスは闘神都市を復活させた人物に対して理不尽な怒りを覚えていた。
『こういう時は、むちむちの美女が俺様の正義の制裁を受けたり、哀れにも生贄にされた美少女が格好良く助けた俺様にメロメロになるシーンだと相場が決まってるのに……。わびさびの解らんヤツはこれだから……』
 どこまでも果てしなく身勝手な理屈である。だが、こういう方針に沿って迎撃作戦が立てられるのだから、世の中というものはいい加減なものである。
「マリア、例のモノの用意は出来てるか?」
 耳に当てた円盤状の物から伸びる針金状の支持架の先に付いているマイクを使って、どこかしらに連絡するランス。どうやら、マリアはどこか別の場所にいるらしい。
「まだ、いくつか使えない機能はあるけど……もしかして、使うつもり?」
 微妙に気が進まないのが分かる口調だったが、ランスの返事はそんな事にはかまっていないように聞こえた。まあ、この男の場合は、かまっていても同じ返事を返しかねない人間なのではあるが……。
「おう。ここで使わずにどこで使うってんだ。」
 ランスがこういう断固たる云い方をした場合には、折れるのは大抵マリアの方と相場は決まっていたが、今回もその例に漏れなかった。
「わかったわ。正直言って気は進まないけど……」
 などと言いながら、マリアは既に最終フェーズを残して一時凍結していた発進準備を再開した。なんだかんだ言っても、こうなる事は予想の範疇内だったからだ。
「メインコンピューター、カンパン0117。現在の艦の状況を教えて。」
 マリアは、自力開発したカンパン型人工知能に種々雑多な改良を施して、艦の制御中枢に据えていた。
「はい。ヒララ動力炉内圧力正常、ヒララエネルギーの魔力転換率は誤差範囲内。浮遊機関及び推進機関の魔力消費量、想定より80%多いながらも稼動には問題なし。」
 どこからともなく聞こえて来た抑揚の少ない特徴的な声がマリアの問いに答える。
「おっけーっ! チューリップ5号……発進!!」
「発進。」
 対闘神都市用空中戦艦チューリップ5号は、マリア研究所に併設されていた特設ドックから垂直に発艦した。耳をつんざく轟音と噴射煙を巻き上げて。
 艦体上部甲板に段差を付けて設置された3基の単装砲塔が正面左側に位置する目標を指向して旋回する。
「魔力探信儀…機能正常、火器管制装置…機能正常、敵味方識別装置…機能正常、対要塞用チューリップ砲“2号クルップ”全基動作正常……いつでもいけるわ。」
 その報告を通信機のレシーバーごしに聞いたランスは、懐に入れてあった懐中時計を取り出して時間を確認した。
「あと2分か……」
 何が“あと2分”かと言うと、KDとの約束の刻限である。
 闘神都市に配備されていたドラゴンを引き上げる猶予時間の残りが“あと2分”なのである。この猶予時間が過ぎる前に攻撃を開始してドラゴンを死傷させたりしたら……後が怖過ぎる。無駄で泥沼な戦争に突入しかねないからだ。
「敵の闘神都市から小型機の発進を確認。数は6。」
 反応から見て、どうやら、敵もチューリップ5号の存在に気付いたらしい。なお、闘神都市Ω(オメガ)は今回の戦闘に参加しない旨を早々に受け取ると、動力部に組み込まれていたホーネットと美樹が魔法の使える女の子モンスターと交代した後で、北方にある悪の塔の隣に移動していた。ランスに、艤装もロクに施していないΩを戦闘に投入する気がなかったからだ。
「がははは。良し、空戦部隊に迎撃させろ。」
 こういう場合の対応手段として、飛行出来る魔物の部隊を用意しているのだ。敵の揚陸部隊を艇ごとまとめて叩き落すために。しかし、七面鳥撃ちになると思われた今回の任務は、いささか妙な雲行きになっていた。
 敵が対空砲代わりに闘将や魔法機をロープで外部に括り付けているからだ。それもかなりたくさん。それらの『砲台』が放つ攻撃魔法の弾幕が、攻撃しようと近寄る魔物たちに相応の出血を強いていくのだ。
 乱戦になってしまっては、5号の武器は強力過ぎて使えない。
 マリアは刻々と変化する戦場をじっと見守っていた。

 見守るといえば……、手元に目を落としていたこの男は遂にカウントダウンを始めた。
「5、4、3、2、1……砲撃開始!!」
 通信機ごしに聞いたランスの命令は、傍観者になりかけていたマリアの意識を現実に復帰させた。
「わかったわ。攻撃開始!」
 マリアの手が赤いボタンを押すと、艦前方の甲板に設置してある2号の1基から1発の巨弾が発射された。それは、綺麗な曲線……いや、この種の兵器としては異例な程近くで撃ったため、ほぼ直線コースで目標に着弾した。今回の攻撃目標は闘神都市中央部に位置する塔、浮力の杖である。
「よ〜〜〜し! どんどん行くわよ!!」
 1発目での命中に気を良くしたマリアが、連続射撃を指示するべく操作盤に指を走らせる。と、その時、2隻の敵が味方の防衛網を強引に突破して10時方向に現れた。
「来たわね……5連ロケット砲斉射!!」
 マリアの指が青いボタンを押すと、艦の左側面に設置されていた箱型砲塔が2隻の敵に向け5発のロケット弾を発射した。いや、弾体にPG−X用の人工頭脳を追尾制御用に載せているそれは、最早ホーミング・ミサイルと言った方が適当だ。元々は対ドラゴン用に開発された対空兵器である5連ロケット弾は、揚陸艇2隻を一瞬で火球に変えた。
 45口径40cmの破甲榴弾が次々発射され、都市上部の地形を変えて行く。
 しかし、中々致命的な損傷……浮力の喪失が起きない。
 その間に、敵の揚陸艇の残り4隻全部が沈められたが、それと引き換えに5215体の味方が撃墜されてしまった。地上戦と違い、些細な負傷が致命的になりかねない空中戦では、撃墜された殆どの兵が死亡してしまう為、痛い損害である。だが、背に腹は代えられない。魔王城が落とされた場合の損害が大き過ぎるのだ。
 懸命な努力の結果、闘神都市が落下を始めたのは阻止限界点ギリギリであった。
 眼下を落下して行く闘神都市を安堵で見送るマリアの目が見開かれたのは、次の瞬間の事だった。


 その頃、メイド墓地の地下50階では……
「くっくっくっ……見つけた! 見つけたぞ!」
 墓所に安置されていたメイド達の遺体を暴き、副葬品を漁っていた健太郎が1個の腕輪を手に奇声を上げていた。
 その足元には、きちんと保存処置が施されていたハズのメイド達の腐った遺体の部品が何人分もバラバラにされて転がっていた。彼女らの主人が心尽くしに供えていた装飾品のたぐいは、金目の物は奪われ、そうでない物は無残に斬り砕かれていた。
「健太郎様。そろそろ移動した方がよろしいのでは?」
 とうとうおおっぴらに出て来る事が可能になったエンジェルナイトのニアが、健太郎に忠告をする。が、返って来たのはこんな返事だった。
「いや、せっかく見張り役がいてくれるのだから、ゆっくり眠らせてもらうよ。」
 その意見ももっともだと認めたニアは、見張り役を引き受けた。
 この迷宮にケッセルリンクが配置したガーディアンの全てを滅ぼす覚悟で。


「いけない! 分解が早過ぎる! このままじゃ……」
 機能中枢の最重要施設の一つ、浮力の杖を失った闘神都市Β(ベータ)は、攻撃者たちの意図通りに一塊になった状態で落下するかに見えた。だが、突然に崩壊を始めて幾つもの岩槐に分裂してしまったのだ。空中都市の地面をまとめていた結合力が何らかの原因で消滅してしまったとしか思えない。
 細かく砕かれていく岩には、内部構造物の影響からか複雑な形状をしたものも少なくない。そういうモノは、予定より長い滞空時間を発揮する危険が……つまり、少なくない岩槐が魔王城を直撃する危険があるという事だ。
 とはいえ、現在のチューリップ5号の火力では対処のしようがない。40cm砲弾では岩を細かく砕く事は出来ても、その危険性を奪う事は出来そうに無い。
 そんな物思いも、わずか数秒間の出来事。
 次の瞬間には、ひしゃげて潰れる魔王城が視界を占領するに違いない。
 この情景を見ている敵味方のほとんどがそう確信した。

「「白色破壊光線!!」」
 いつの間にか魔王城の屋根に登っていたホーネットとサテラの呪文の合唱が巨大な白光の壁を岩槐に向かって伸ばし、その射線上にある破片をことごとく蒸発させる。
「「ヴォイドアタック!!」」
 融合合体して破壊神ラ・バスワルドになっていたサイゼルとハウゼルが放った虚無の力場が触れたモノ全てを消し去りながら破片の密集地点に撃ち込まれる。
 そして、虚空に忽然と出現した緑の鎧の戦士が、目に見えるほど全身に溢れる魔力を一点に集めて……解き放った。突き出した剣の延長線上に沿って。
「消えちゃえ…アタック!!」
 “消えちゃえボム”では全身から放出していた高密度で爆発的な魔力を、魔剣シィルに集束して放つ。ほんの思いつきで放った技だったが、その威力は絶大だった。
 度重なる広域破壊攻撃を受けた闘神都市の残骸は、対魔フィールドが消失していた事も手伝って、かなりの量が消滅してしまった。消失を免れた破片も、すっかり勢いを殺されて地上に力無くボタボタと落ちて行く。
 かくして魔王城は守られた。
 新しい必殺技のネーミングをどうしようか悩んでいる城主と、
 その忠実な臣下たちによって。

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 ふう。やっと登場です。チューリップ5号。
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