鬼畜魔王ランス伝

   第44話 「寄り道」

 高度3000mの高空にまで上がったランスが見たものは……
 真っ赤に焼けるヘルマンの領土だった。
 おそらく、闘神都市の魔導砲の直撃を受けたであろう幾つもの都市が、煙を上げて燃え盛っていた。そこで暮らしていた人々だったモノを燃料として。
 加害者である10基の闘神都市群は、南下を続けているように見える9基がそろそろヘルマン領を過ぎて砂漠地帯に差し掛かっており、それと全く異なるコースをとっている1基がサーレン山の南側を西進していた。
「あれは……」
 遠目で見ても一目で気付くほど真っ直ぐに魔王城に向かう闘神都市にも不快の念を禁じえなかったが、それよりも9基の闘神都市のうちの1基の軌道の方が気になった。
 激しい砂嵐で良く見えないものの、シャングリラオアシスに向かって一直線に進行しているように見えたからだ。
「俺様の女って訳じゃないが、恩は売っといた方が良い相手だな。……それに、シャングリラが焼け落ちたなんて聞くとシャリエラが泣き出しかねないしなぁ。」
 一瞬、弱ったなという顔になるが、すぐに気を取り直す。
「がははははは。と、いう訳で行くぞ!」
 声高らかに宣言すると、右手にシィル、左手に日光を構えて飛んだ。
 フェリスに、ランスが目視で発見される事がないように目くらましをかけろと指示しておいてから。


 闘神都市Β(ベータ)は番裏の砦の城壁を越えて、魔物の棲む領域に突入した。満身創痍ながらも。人間が走るよりもゆっくりなペースで、歩くよりも早いペースで。
 闘神都市は動いていた。その体内に“死”を携えて。
 闘神都市は動いていた。魔軍の注意を味方からそらす為に。
 闘神都市は動いていた。敵の本拠を叩く為に。
 闘神都市は動いていた。魔族の支配から人類を解き放つ為に。
 眼下に散らばる魔軍のモンスターどもを無視して。
 目指すは、ただ魔王城のみ。


「鬼ぃ畜ぅぅぅぅアタッ〜〜ク!!」
 上空から勢いをつけて突進したランスの急降下攻撃は、遠い過去の戦争ですでにひび割れていた闘神都市上部の地面を断ち割った。その反動で勢いを殺したランスは、闘神都市の上部中央区の床に降り立った。
「どうだ? 日光さん。」
 左手に持っている日本刀に話しかけるランスの声に、苦しげな声が答えた。
「だ、大丈夫です……少し休めば……」
 その声にいつもの張りや冴えがないのを確かめたランスは、日光を鞘に戻した。
「何故です、ランス王。」
「昔、俺様には合わんと言っていた事があったが、アレは本当だったんだな。」
「あ……」
 ランスが魔王になるだいぶ前、カオスと健太郎を交えた会話を思い出した。確かにそういう主旨の発言をした覚えがある。
「あの馬鹿剣でさえ、これくらいの攻撃なら充分耐えるハズだ。日光さんも耐えてるといえば耐えてるが……どうも無理してる感じだな。」
「それは……」
 実際には、ランスの気の質や信条が聖刀日光の性質に若干合わないのが原因である。性格的に同類で相乗されたパワーを発揮できる魔剣カオスやランスの補佐こそが生きがいの魔剣シィルに比べれば、日光の評価が多少厳しくなるのは仕方が無い。大本の能力差ではなく、使い手との相性が他の2本に比べて1歩も2歩も劣っているのだ。
「てな訳で、日光さんは休んでろ。代わりにシィル! お前がその分働け。」
「はいぃぃぃ、頑張りますぅ。」
 嬉しそうに答えるシィルをチャキッと構え直すと、奥の方や転移装置から現れた闘将や魔法機の大群に突入して行った。
『二刀流ってのも格好良くていいかなと思ったんだが、日光さんがこれじゃ考え直さないとな。』
 魔神状態になった時の対策として聖刀日光を予備として確保する策を考えていたランスは、思惑の修正を余儀無くされていた。普段の状態の時に撃った鬼畜アタックでこうなるのならば、魔神状態では怖くて使えないからだ。
『そうなると、どうするかな。男にやるのはあまりにもったいないし、女の子に使わせるというのも……難しいな。』
 聖刀日光の継承儀式を思い出して思案顔になるランスだが、闘将を2〜3体ずつまとめて片付けながら思い直した。
『そういう事は後だ後。それより今はこいつを何とかする方が先決だ。』
 闘神都市の基本構造は同じである。そこで、かつてイラーピュ……闘神都市イプシロンでの冒険で地図書きを担当していたシィルの案内で廊下を奥に駆けて行く。群がる敵を斬り破りながら、ランスは闘神都市の弱点を幾つか思い出していた。
 その弱点の一つを突く為に、ランスは駆けていた。
 闘神都市の心臓部のひとつである、上部動力区へと向かって。


「な……」
 己のレベルアップの為に古代遺跡に潜っていたアリオスは、生活必需品を補充するべく外に出てきて……絶句した。
 古代遺跡は無事だったが、最寄の街であるアークグラードが燃えているのだ。
 だが、呆然としている暇はない。アリオスは自分にそう言い聞かせると、眼前の街へ向けて走り出した。被災者の救援など、自分にも出来る事がまだあるハズだと信じて。


「ちっ、こっちはスカか。」
 すでに破壊され尽くした上部動力区の施設群を見て、ランスは渋い顔をした。4階層下にある予備の動力施設……下部動力区に行く必要が出来てしまったからだ。
「まあいい、とっとと行くか。」
 魔法機エレファントが放つ攻撃魔法をかいくぐり、ランスは正面を塞ぐ1機を叩き潰した。後ろで注魔室の割れた魔法球が砕ける音がする。
「どうして早く闘神を破壊しないんですか。今のランス様なら正面からでも倒せるハズなんじゃ……」
 余計とも言える回り道を敢えて行っているランスに、シィルが質問する。
「がははははは、闘神都市の動力源は魔法の使える女の子だ。ブスだったらともかく、かわいこちゃんだったらもったいないじゃないか。そんな簡単な事もわからんのか。」
『素直に人助けって言わない所がランス様らしい……』
 いかにもな答えに内心微笑んだシィルは、下部動力区への階段へと案内した。まあ、闘神がいると思われる下部司令室へ行くならば、たいした回り道にはならないのでそんなに問題はない。
 (ランスにとっては)紙のような抵抗を軽々と打ち破って、大型モンスターでも余裕で戦える広さの通路を常人には不可能な速度で爆走した。飛行魔法を応用した高速機動戦闘に対応できるほどの能力を持った守備兵がいなかった事もあって、わずか5分で下部動力区に辿り着いたランスは、そのままの勢いで魔気柱室の魔気柱を残らず叩き折った。
「がはははは、これで良し。あとは女の子を救出すれば万事オッケーだ。」
 魔力を蓄積しておく魔法装置である魔気柱を折ったランスは、意気揚々と魔力を魔気柱に注ぎ込むための魔法球がある注魔室へ向かった。そこでランスが見たものは、ランスの想像を絶する“物体”だった。


「酷い……わね、これは。」
 ローレングラードに着いたクリーム率いる5万の魔王軍が見たものは、瓦礫と化した街並みと未だ燃え盛る街並み。そして、無気力に立ち尽くす住民達であった。
 問答無用で突然で抗いようも無い攻撃によって、家族や知己や恋人を喪った住民達の顔色は一様に暗かった。たまに独力で救助活動をしている人間もいたが、それは組織的な活動にはなっていなかった。
「第5大隊、第8大隊。瓦礫の下にいる人達の救助と氷系魔法による消火活動を。あと、我が軍の備蓄から当座の糧食の配給の手配をすると同時に、本国とマリス殿に物資などの救援要請を。」
 キビキビと指示を出す。
 そして、1万の兵を救援活動のために残すと、残りの兵を率いてラング・バウへ向けて出発した。

 クリーム部隊やアールコート部隊、それに旧ヘルマン軍の救援活動とマリスが手配した救援物資のおかげで、被害は最小限に食い止められた。それでも、シベリア、コサック、パス、スードリ17という4つの都市が消滅し、アークグラード、ローゼスグラード、スードリ13、ポーン、スードリ10、マイクログラード、ローレングラード、ラング・バウに大きな被害が出た。
 街を支配していたのが魔王軍かAL教徒か関係無く放たれた魔導砲の被害と、魔王軍の別け隔てない救援活動によって、皮肉にもヘルマン地域でのAL教徒の叛乱は下火になっていったのであった。たまたま通りかかったテンプルナイトの部隊が救助活動を拒否して立ち去ったり、AL教の教会の多くが救援物資の供出を拒んだ事が民衆に知れ渡ると、もはや民衆はAL教を弱者の味方とはみなせなくなってしまったのだ。
 甚大な被害と、それに対するAL教幹部の自業自得とも言える対応によって旧ヘルマン地域での確固たる支持基盤を作り上げたランス陣営。
 だが、それが形をなすまでには、今しばらくの時間が必要であった。


「こんな……こんな“モノ”の為に俺様が苦労したってのか、許せん。」
 腹立ち紛れに放ったランスアタックで魔法球ごと砕けて原型を留めていない赤い血だまりは……おせじにも容姿が優れてるとは言い難い中年女性とおぼしき女性のなれの果てであった。
「ランス様……」
 ちょっとだけ悲しげなシィルの呟きにランスが戦闘しながら反論する。
「こいつらは闘神都市を復活させて多くの人間を殺した大悪人だ。だから、俺様が成敗しただけの事だ。何の問題ないぞ(うはうはな美女や美少女なら別の成敗の方法もあったんだが、あんな妖怪なんぞ願い下げだしな)。」
 そう言い捨てると、瞬く間に下部司令区の司令室まで突破する。この事態に対する理不尽な怒りも後押しして、ランスの攻撃は何時にも増して異様に素早く容赦ない。
 そして、司令室の扉を開けたランスは、10mもの間合いを一瞬で0にするとすかさず切り下げた。
「いきなりランスアタック!!」
 身も蓋も無い一閃は、ただの一撃でその闘神Ρ(ロー)の上半身を爆散させた。胴体部はあまりの高圧の気に融け去り、頭部が天井に、腕部が両側の壁、下半身に当たる移動ユニットは床にめり込んだ。かつて戦った闘神Υ(ユプシロン)に比べて、あまりに手応えがなかった闘神Ρに腹が立ったランスは、魔王の力を全力解放して更なる容赦無い攻撃を加えた。
「さらに消えちゃえボム!!」
 腹立ち紛れに全身から放出した魔力の爆発は、部屋の中に集結していた闘将を全滅させただけではなく、闘神を喪って“死んだ”闘神都市の中央部区画を吹き飛ばした。都市全体の崩壊が始まっていた為に、ランスの下にあった部分が圧力で押されて崩落してしまったのだ。
「脆い……って、マズイ。ドラゴンどもを助けておかんとな。」
 破壊した下の大穴から外に出て、外周部から手当たり次第に壊しまくっていると……ランスが壊した破口を通って中からドラゴンの群れが脱出して来た。そして、脱出を手伝ったランスに感謝するどころか攻撃を開始したのだった。
 ひときわ大きい緑色のドラゴンを中心とした13頭のドラゴンの攻撃をあしらうのに苦労しているランスの前にKDが現れたのと、崩壊した闘神都市の最後の破片がシャングリラの手前1kmに落ちたのは、その5分後の事であった。
 今回の戦闘で死んだドラゴンがいない事を確かめたKDがランスに深く謝った事で、事態は終息した。
 そして、ランスとKDは改めてそれぞれの目的地に向けて飛び立ったのだった。
 ランスは魔王城、KDは他の闘神都市に向けて。


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 具体的には、被害都市は経済力と防衛力が−3、戦闘域が+500されてます(ゲームデータ的に)。
 大陸を武装して他の大陸に攻め込む戦艦にしたり、JAPANを改造して空中要塞にするアイディアもあったんですけど……あまりに使い難そうなので没にしました(笑)。
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