鬼畜魔王ランス伝

   第43話 「強襲! 闘神都市Β(ベータ)」

 番裏の砦Bから出撃した8万もの魔物軍に魔導砲の洗礼を浴びせた闘神都市ベータは、そのままサーレン山の南側を低空で西進していた。
 目指す目標は、もちろん魔王城。
 およそ5ノットの速力(時速9kmぐらい)で空中を行く闘神都市は、傍若無人な前進を続けていた。高空を行く事もできる移動要塞が地上近くを飛ぶ理由、それは、闘神都市の武器があまり高い高度から運用するようには出来ていない為だ。
 魔導砲は小さな街なら一撃で破壊するほどの威力があるが、ほぼ直下にしか撃てない上に射程距離はそんなに長くない。しかも、目標までの距離が開けば開くほどに照準が狂ってしまう危険……つまり誤爆の危険が増える。
 また、闘神都市の主力兵器“闘将”やその補助戦闘ユニット“魔法機”は、あくまで陸戦兵器である。揚陸艇で輸送している最中に飛行系の魔物に狙われる危険を考えたら、とても高度を高くできない。魔人戦争時の損害で、防空を担うドラゴンがわずか7頭にまで減らされてしまっているからである。
 そんな訳で、彼は低空を進んでいるのである。
 もう少し魔力や時間に余裕があるなら、途中で遭遇した魔軍の真ん中に魔導砲を1発撃ち込むだけではなく、闘将たちを下ろして残らず抹殺するところである。
 だが、今回はそんな余裕はない。
 闘神都市に対する対処手段を講じられる前に、敵本拠を奇襲で叩く。
 最低でも自分に注意を引きつける事で、味方がゼスという魔法王国……人類最後の国家に到着するのを援護する。
 それが、彼……闘神都市Β(ベータ)の今回の任務だ。
 聖魔教団を裏切った蛮族が魔軍に蹂躙されたとて、自業自得というものだ。
 魔軍を黙って見逃す手もないので魔導砲を撃ったが、再度の砲撃が可能になるまで進撃を止めると作戦の成否に関わりかねない。
 魔王の城まで、現在の速力でおよそ5時間。
 彼は、未だ完全稼動していない自分の身体……闘神都市の機能の復活と闘将たちの再起動に出来うる限りの努力と魔力を注いだのだった。


 それに先行する事50kmあまり。
 サーレン山の北回りのコースを採った闘神都市Ω(オメガ)は、そろそろ魔王城の近くにまで達していた。
 Ωの速力はおよそ10ノット(約18.5km/h)。元々最速の闘神都市になる予定だったのだが、マリアとホーネットの協力によって元々の予定以上の性能になっていた。これで機関部が8割程度しか稼動してないのだから恐ろしい。
 しかし、機関部以外の施設は最低限の防御シールドぐらいしか出来ていなかった。
 ランスはここでサイゼルとハウゼルから大変不機嫌になる情報を聞く事になる。
「何だと! 闘神都市が復活しただと!」
 ランスの剣幕に負けじとサイゼルが食ってかかる。
「そ〜よ! 悪かったわね! でも、手遅れだったんだからしょうがないじゃない!」
 その目の真剣さから、姉の横で困った顔をしているハウゼルに確認を取る。
「本当か?」
「はい。私達が現地に到着する前に闘神都市が移動していました。フリーク殿から聞いた場所がいくつも巨大な窪地になっていましたから間違いないでしょう。」
「うむむむむ、そうか。」
 ハウゼルの説明に唸るランスだが、それを見て面白くない表情をする者がいる。
「あ〜! 何でハウゼルの時は納得するのよ〜!」
 それは……サイゼルである。
「手遅れだっただけじゃ状況がわからん。ちゃんと状況を説明してくれないと俺様が納得できる訳がないだろ。」
 しかし、理屈の通ったランスの反論で沈黙させられた。
「う……」
 確かに説明不足だったのは認めざるを得ない。感情的な反発は多少あるが……。
「がはははは、ご苦労。」
 と言って肩をポンと叩いたランスに、俯き加減のサイゼルの表情が変わった。視線を戻す間に、ランスはもう片方の手でハウゼルの肩を叩いている。
「えっ……」
「俺様に貴重な情報を持って来たのは二人ともだろうが。それとも仕事は妹に任せてサボッてたってえのか?」
 意外そうな表情をしているサイゼルに、ランスが心底不思議そうにつっこむ。
「そんな事はありません。……ありがとうございます、魔王様。」
 それを見て、絶妙なタイミングでフォローを入れるハウゼル。
「ご苦労ついでで、もう一仕事してもらう。」
「はい、何なりと。」
「しょ〜がないなぁ〜。」
 しょうがないなどと言っている割には、サイゼルの頬は緩んでいる。ちゃんと評価してくれたのが嬉しいのだろう。それを見ているハウゼルも何となく表情が柔らかい。
 が、しかし、それも
「俺様は出かけてくるから、あのデカブツどもがこっちに来るようなら足止めをしとけ。何なら倒してもいいが、俺様が良いと言うまでドラゴンには攻撃するなよ。」
 と命令されるまでであった。
「難しいですね……」
 一転して厳しい表情に変わったハウゼルが呟く。無敵の魔人といえども一切の攻撃抜きでドラゴンと対するのは少々難儀である。
「ちょっと……何考えてるのよ、そんな面倒臭い事。」
 嫌そうに言うサイゼルと困惑気味のハウゼル、だがランスの次の言葉は彼女らの疑問を氷解させた。
「ヤツらに“忠告”と“警告”して来るだけだ。上手くいけば連中と戦わなくてすむ。」
 そこで、サイゼルはランスが何処に行くのか気が付いた。
「わかった! 翔竜山ね!」
 その声を後ろに聞きつつ、ランスは闘神都市各部を結ぶ転送装置を利用して外へと移動した。
 一刻も早くするべき事を行うために。


「つつつ……あんな兵器があったとはね。」
 地面に投げ出され、泥に汚れた眼鏡を拭きながら、クリームは空を仰ぎ見た。
 そこにあるのは巨大な浮遊都市。
 自分達の上空から去りつつある敵を見やりつつ、彼女は矢継ぎ早に指示を下した。
「至急司令部に連絡を。それと、各部隊ごとに点呼を始めて。」
 何事もなかったかのように立ち上がる姿には、余計な力みはなかった。
「態勢を立て直したら、我々は当初の予定通り暴徒の鎮圧と住民の保護に向かうわよ。」
 そう命令する口調にも、感情の揺らぎは表れていなかった。そう、
『悔しいわ。飛行可能な兵が1000もいれば、むざむざ見逃しはしないのに。』
 という内心は。
 3万もの兵が魔導砲の一撃で失われた。
 しかし、それでもクリーム・ガノブレードの戦意と冷静さを折る事は出来なかったのであった。


 クリーム将軍の連絡を受けて、魔王城からサイゼルとハウゼルの部隊が急遽迎撃部隊として派遣された。率いる兵は偽エンジェルナイトが500と小勢だが、これは大陸全土に散らばせてある部隊を召集している時間がないだけである。
 この部隊が上空から接近して行くと、闘神都市側はドラゴン7匹を対空部隊として発進させた。恐らく防空圏内に入ったのだろう。
「しっかし、しけた歓迎ね。あの時はこの4〜5倍は出て来たのに。……出し惜しみしてるのかな?」
 隣を飛行する愛しい妹に話しかけるサイゼル。
「外見からして損傷が激しいようだから、恐らくそれだけしか残ってないだけだと思うけど……姉さんはどう思う?」
 その言葉通り、上から見た闘神都市ベータは酷い有様だった。いくつも巨大な亀裂が縦横に走り、居住区である4つの塔は無残に折れて瓦礫と化している。浮遊力の源たる中央部の塔のような建物“浮力の杖”にも細かいヒビが幾つも見受けられる。どこからどう見ても魔人戦争中の傷跡が修理されないまま放置されてるとしか思えない。
「ん〜、ハウゼルがそう言うんだから、そうなんじゃないの。」
 妹を信頼しているのか、難しい事を考えるのを放棄しているのか判断が難しいアレだったが、ともかくもそういう方針で対策を練る事になった。
「どっちかが部隊を率いて囮になって、もう一人が突入。うん、これっきゃないか。」
 作戦はサイゼルの提案であっさり決まった。簡単な作戦だが、決まると効果は大きい。
「じゃ、ハウゼル。後お願いね〜!」
 さっさと言い置くと単独で部隊を離れ、回り込もうとするサイゼル。
 だが、そんな彼女の行く手を1体のドラゴンが塞いだ。
 やむなく離脱軌道を取るサイゼルにドラゴンの吐く炎が追い討ちをかける。
「うわっちっちっちぃ! く〜、やったわねぇ。」
 竜の吐く炎から脱出し、両手で保持している魔導ライフル“烈氷砲”で素早くドラゴンの額に狙点を定めた姉にハウゼルの焦った制止の声が届く。
「駄目!! 姉さん、魔王様の命令を忘れたの!!」
 間一髪、引金にかかっていた右手の人差し指の動きが寸前で止まった。どうやら、本当に忘れてたらしい。
「ちっ、運がいいわね。覚えてなさい。」
 悔しそうに捨て台詞を吐くと、サイゼルは一目散に退却した。ハウゼルとその部隊もそれに続いて何とか退却する。大きな損害を受けながら。
 魔人であるサイゼルとハウゼルはともかく、率いてきた偽エンジェルナイトは好き勝手放題に攻撃してくるドラゴンのせいで31体しか残らなかった。
 堂々の惨敗である。
 まあ、それもこれもドラゴンへの攻撃を封じられていたせいなのだが。
 二人は残った部下を纏めると、一目散に魔王城に退却した。


「おい!! KD!!」
 翔竜山の山頂。そこに飛来した魔王は、開口一番ドラゴンの王を大声で呼ばわった。
「なんニャー。」
 お昼寝を邪魔された猫のような不機嫌な声で応じたKD。だが、しかし、彼の眠そうにパチパチとまばたきを繰り返している瞳は、次の瞬間一杯に見開かれた。
「闘神都市が復活した。至急配備されてるドラゴンを呼び戻せ。」
「そんなの聞いてないニャー!!」
 全身から振り絞るように叫んだKDの驚きの声に、流石のランスも数歩たたらを踏むハメになった。
『ちっ、誰か情報操作したヤツがいるな。面倒臭い。』
 誰か周到なヤツが翔竜山のKDに情報が伝わらないように工作したと考えるのが一番納得がいく。真の力を自ら封じているにせよ、ここまでの存在を誤魔化す存在というと……連中しか思い浮かばないが、根拠はないので今回は置いておく。
「俺様が嘘を言ってるというのか?」
「そうは見えないニャー」
 ランスの顔を見下ろすように覗き込んだKDが、そう感想を述べる。まあ、元々KDの方が25cm以上背が高いので当然の構図なのだが……。
「とにかく、さっさとしろ。でないと連中を片付けなきゃならなくなるぞ。」
 ドスの効いた低音で脅すところをみると、どうやら気に入らない状況らしい。KDも只事ではないのを再確認して、慌てて返答する。
「わかったニャー。全部引き上げるのに3時間欲しいニャー。」
 その返答に渋い顔をするランス。それが自分の皮算用よりも大幅に多い時間だったからだ。
「せめて2時間にしろ、2時間に。」
 値切り交渉を持ちかけようとするランスに対するKDの返事は、どこか申し訳なさそうな語調を含んではいたものの、内容的にはいささかの妥協もなかった。
「駄目だニャー、最低でも3時間かかるニャー。」
「ちっ、仕方ない。」
 KDの態度に妥協しようのない事態だと見て取ったランスは、舌打ちをしつつ仕方なく引き下がった。口論をしている時間も惜しいのだ。
「がははははは、3時間たったら容赦無く攻撃するから覚悟しとけよ!」
 と言うのは忘れはしなかったが。
「わかった、任せるニャー。」
 冷や汗をかきつつ答えたドラゴンの王の諾意を聞いて、ランスは空に飛び上がった。
 上空から現在の状況を見定めるために。
 闘神都市ほどに大きなものならば、きっと目立つに違いない。
 そう、判断して。
 

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 ドラゴンと結んだ相互不可侵。この協約をランスが遵守しようとしてるのは……守っておいた方が後々得になるだろうという計算からです。
 敵に回したら手強くて厄介で、勝っても得する訳じゃない……なら、無理に戦うのは損ですしね。
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