鬼畜魔王ランス伝

   第40話 「探索隊出発」

 ランスが最後のメンバーである美樹を誘う事に成功してから1時間後。
 待てども来ないホーネットに焦れたランスが呼びに行こうとした矢先に、彼女はやっと待ち合わせ場所であるチューリップ4号改の前に到着した。
 すでに集合していた皆……魔王ランス、魔人マリア、使徒メリム、前魔王美樹というメンバーを絶句させるようないでたちで。
 そう、皆の前に現れたホーネットは、リボンのついた白い帽子に白いワンピースという格好の上、キャスター付きの大型トランクを重そうに抱えていたのだ。しかも、彼女の後ろに同様の荷物を両手に抱えたメイドさん(注:女の子モンスター)が10人も続いているという念の入れようである。どこからどう見ても深窓のお嬢様という風情の格好は、絶世と形容しても罰が当たらない美貌とあいまってランスのハイパー兵器にググッと力を漲らせた。
「おい、ホーネット。お前、どこに出かける気だ?」
 しかし、ランスの声には力がなかった。まるで、溜息のように。
「え、皆様でお出かけじゃなかったんですか?」
 心底不思議そうに問うホーネットに、ランスは自分の考え違いを悟った。
 ホーネットは探索ではなく、旅行に行くつもりなんだと。
「出かけるといえば出かけるんだが……俺様たちは探索に出かけるんだぞ?」
「え?!」
 呆れた口調で話すランスに、ホーネットの顔は真っ赤に染まった。
 自分の考え違いを知って。
「がははは、探索は初めてだろうから荷物の吟味を手伝ってやろう。」
 気を取り直したランスは、何やら意味ありげな笑みを浮かべると、ホーネットの腕を取って歩き始めた。……適当な空き部屋へ向かって。
 その遣り取りを黙って見ていたメイドさんたちも慌ててランスたちに続いた。その中には、これから魔王様が何をしようとしているか気付いている者も少なからずいた。だが、それに逆らえる者は……敢えて逆らおうとする者は一人もいなかったのだった。
「しばらくかかるから休んでていいぞ。」
 あとの面々にそう言い残して立ち去るランスの口元は嬉しそうに歪んでいた。
 まるで、新しいイタズラを思いついたガキ大将のように。

 その1時間後、ホーネットは戦場などでいつも着ているローブに魔法増幅用のオーブといった格好で集合場所に現れた。荷物も手荷物程度の適度な量にまとめられている。
 しかし、それに同行してきた男が妙にすっきりとした気持ち良さそうな顔をしているのは、必ずしも荷物の整理だけをやってきた訳ではないという事を雄弁に語っている。
 それが何を意味するかわからないのは、この場では美樹だけであろう。
「がははは。では、出発するぞ。」
「はいはい。」
 マリアの疲れたような返事が、美樹以外の待たされたメンバーとランスの腰に提げられた日光の心情を代弁していたのだった。


「そういえば……前回使ったヤツと違うんだな、コレ。」
 機上、ランスが発した質問はマリアの科学者魂を刺激した。
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました。さすがランス。」
「おう、がはははは。」
 単に、前回はランス以外に乗った人がいないだけなのだが。
 しかし、小型化されたヒマワリエンジン……ヒララ鉱石を燃料としたジェットエンジンが後方に向かって盛大に噴射炎を上げている図は、そういう技術に疎いメンバーにもそれなりの違和感を感じさせていた。この場でそれを感じてないのは異世界育ちの美樹ぐらいのものだろう。
「前回のは推進に従来式のエンジンでプロペラを回してただけだから、新素材で軽量化して出力強化してもせいぜい80ノット(時速148kmぐらい)しか出せなかったけど……今回のチューリップ4号改……“シュトゥルム”は、前回の“ヴィント”タイプとは一味違うわ!」
 マリアの眼鏡がキランと光る。それはもう不気味なほどに。
「以前イラーピュまで行った時に浮遊システムに使ったヒマワリエンジンを推進力として使った結果、何と巡航速度を200ノット(時速370kmぐらい)の大台にまで乗せる事に成功したわ!」
 拳を握って力説するマリア。その目には炎が燃えているように見えた。
「そのせいで風防ガラスとか、転落防止バーと四点式シートベルトのついた座席とか色々追加するハメになったけど……」
 ちなみに、4号改の座席は機長席+客席8人分ある。手すりしか付いてなかった初期型に比べて長足の進歩と言えよう。
「がははは。おい、巡航速度とか言ってたけど最高速度は?」
「早いわよ。」
 ランスは、マリアの返事に何か不自然な語感を感じた。
「俺様は具体的にどれくらい出るかを聞いているんだが。」
 心なしか、マリアの眼鏡が曇ったような錯覚を、その場にいた皆は覚えた。
「あ…あと、ねぇ。PG−Xとかに使ってたのと同系列の人工頭脳積んだから半自律制御も可能に……」
「俺様は最高速度がどれくらい出るかを具体的な数字で聞いているんだが。」
 説明を遮って再度なされた質問を耳にしたマリアの額からツツーッと冷や汗が流れる。
「あはは……計算では……全力出したら空中分解するぐらい。てへっ。」
 それを聞いた一同の顔は一様に暗くなった。特に、自力飛行する術の無いメリムと美樹はことさらに。
「大丈夫、大丈夫。今回の飛行では全力運転はしないから。」
「もしかして、俺様が指摘しなかったらやるつもりだったな。」
 マリアの冷や汗は、もはや誰の目にも明らかなほどになっていた。そんな彼女を救ったのは平板な合成音声であった。
「ピピッ……モクテキチ“ローレングラード”ジョウクウデス。」
「そう。着陸準備! スラストリバーサー、エアブレーキ用意! 皆は座席に戻って!」
 有無を言わせぬ迫力に、ランスまでがおとなしく座席に戻る。それを見届けたマリアの手が操縦舵のボタンの幾つかを操作すると、機体の表面の一部がめくれ上がって空気抵抗を増す。また、それと同時に、ヒマワリエンジンのノズル部が噴射炎を遮るカタチに変形して噴射炎を前方に向かって曲げる。……要するに“逆噴射”ってヤツだ。
 無茶な停止機動は乗員と乗客の心身にそれなりのダメージをもたらしたが、ごく短時間で空中停止を行なうといった設計コンセプトは無事に達成できた。
「着陸するわよ!」
 浮遊用魔法装置の出力を落とし、ゆっくりと降下する。なお、この装置はパイアールの浮遊艦エンタープライズに使われていた技術を応用した装置である。
 チューリップ4号シュトゥルムは、それまでの賑々しい飛行が嘘だったかのように静かに雪原に着陸した。
 何故か不思議な事に、女性陣からは今回の飛行についての不満が出なかった。絶叫マシーン大好きなメンツが揃っていたのだろうか。ともかく、女性陣がそういう調子ではランスも文句を言い続ける事が(格好悪くて)出来ず、仕方なく引き下がった。
 チューリップ4号改の量産型をプロペラ推進式の“ヴィント”にする事だけは、何とか承知させた事は言うまでもないが。


 ランスがローレングラードに寄ったのは、フリークとここで待ち合わせている為だ。
 残りエネルギーが僅少のために動くに動けなくなったフリークを、研究で魔王城を動けないマリアの元で何とかしようと後送されたのは昨日の事。
 エネルギーの節約のため……というより、既に都市間を移動する力さえ残っているかどうか怪しい闘神Ωのボディでは、とてもラング・バウから魔王城までの移動に耐えられないだろうと判断されて大型のうし車の荷台に載せて輸送されたのであるが、ランスの命令でマリアの方が動く事になってしまい、急遽ここで合流する事に決まったのだった。
 そのうし車が到着するまでの時間を利用して、ランスは以前の戦いで捕虜にした武将を説得する事にした。メンバーは、すでに解放する事に決定しているアスカを除いた、エレノア、クリーム、カフェの3人である。

「ランちゃん。元気にしてるか?」
「ええ。……ってランスさん?!」
 ランスは、まずは元カスタム市長で魔法戦士部隊長であったエレノア・ランが軟禁されている部屋にやって来た。
「がはははは。こんないい男が二人といると思ったか。」
 無意味に胸を反らしていばる彼は、ランの記憶にあるランスそのままの姿と態度で彼女の前に現れた。
「えっと……その……魔王になった…のよね、ランスさんは。」
「おう。俺様が魔王になったぐらいで変わるとでも思っていたか。がはははは。」
 その独特の笑いに……魔王になったにも関わらず全く変わらない笑みに、ランは自分が魔王と対面しているのだとは信じ切れなかった。
「全然変わってないようにも見えるんだけど……やっぱり変わってる。」
 その返答はランスの癇に障った。
「どうしてだ。」
 低いトーンの声。意図して出した訳ではないが、脅しつける調子の声にランの背筋は縮み上がった。
「ひっ。」
 脅えたランの様子に気付いたのか、幾分語調を柔らかくして再度問う。
「どうしてなんだ、ランちゃん。」
 そんなランスの態度でいくらか落ち着きを取り戻したのか、
「だって……やらせろ……とか言わないんだもの……」
 ポツリと呟いた。
「そうかそうかランちゃんは俺様とやりたかったのか。」
 喜色満面で近づいてくるランスを拒絶するかのように後退るラン。
「違う……そうじゃないけど……」
 その呟きが聞こえたのか、ランスは詰め寄る足を止めた。
「何だ、つまらん。せっかくランちゃんがその気になってくれたかと思ったのに。」
 残念そうにふてくされるランスを見て、ランはある約束を思い出した。
「もしかして、あの時の約束……覚えててくれてるの?」
「おう。ランちゃんに死なれたら寝覚めが悪いからな。」
 ポリポリと頭をかくランス。視線を逸らしているあたり、何か微笑ましい。
「ごめんなさい、ランスさん。」
「まあいい。俺様の女になるのが駄目なら、俺様の部下になるか?」
「それも……ごめんなさい。」
「そうか、じゃ仕方ない。」
 そうランスが言った直後、ランはこの部屋の気温が一気に5度ほど下がったような感覚に襲われた。身体が、舌が、自分の言う事を聞いてくれない。
「部下ともども解放してやるから、以後は俺様に立てつくなよ。」
 重い沈黙の2分間の後に、サラッとそんな台詞を吐かれたランは、ヘナヘナと崩れ落ちてペタンと尻餅をついた。
「気が変わったらいつでも来いよ。がはははは。」
 と、言いながら部屋を出て行くランスを、何か信じられないモノを見るような視線で見つめるランの口から、素直な言葉がこぼれ落ちた。
「ありがとう……ランスさん。」
 と。

 次なる捕虜はヘルマン軍の総参謀長を勤めていたクリーム・ガノブレードである。彼女は部屋に入って来たランスの姿を見ると、こう話を切り出した。
「完敗だわ。私の。」
「ほう、どうしてそう言える? 俺様の魔王軍と比べると数が違ったろうが。」
「それならそれで、それを考慮した戦いをしなきゃいけなかったのよ。自軍の魔物兵の寝返りも事前に計算しておくべき要素だったわ。」
「ふんふん。」
「それに……正直言ってラング・バウにこだわり過ぎたわ。本当言うと後方撹乱部隊を出して皇城に篭城したかったけど、あの皇帝のせいで出来なかったし。」
 悔しそうな表情を隠せないクリーム。そんな彼女にランスが言い放つ。
「まあ、なにをどうしたところで、あの時点では既にお前らに勝ちはない。番裏の砦が落ちていれば、物量差で必ず押し切られるに決まってるんだ。」
「ぐっ。」
 正論である。それだけに反論できない。
「飛行出来る連中に奇襲食らって陥落するような砦なら、魔族対策にはあんまり役に立たん。そんな砦を作った連中が悪いんであって、クリームちゃんの作戦能力が低かった訳じゃあない。」
「それはそうよ。でも、負けは負けよ。」
 一転して自分を擁護する発言に驚くが、ここで自己を正当化するのは彼女のプライドが許さない。それは、自分をあのネロ如きと同列にまで貶める行為だからだ。
「という訳で、クリームちゃん。俺様の女になる気はないか? 今なら大軍の司令官として迎えてやるぞ。」
 潔く自分の負けを認めたクリームに、ランスは勧誘の言葉をかけた。
「部下として……じゃなく?」
 自分の戦争における才能ではなく、身体を目当てにされるのは御免だと目で訴えかけるクリーム。だが、ランスの返答はクリームの意表を突いていた。
「俺様の軍で大軍といったら魔物の軍だから、魔人や使徒でないと統率できん。クリームちゃんがテイマー(魔物使い)なら別だが。魔人や使徒になるって事は俺様の女になるって事だ。……必然的にな。」
 美しい論理だ。一分の隙も無い。少なくとも、クリームには論理の破綻を見つける事ができないぐらいに。
「なるほど……ね。嫌だと言ったら?」
 クリームの探るような一言にも、ランスは迷い無く答える。
「その場合でも解放する。まあ、次に俺様に逆らったらどうなるかわからんがな。」
 クリームは計算した。自分の才能を十全に発揮するにはどうするのが一番かと。
 ゼスでは、魔法使い偏重主義もあって自分の言葉は軽んじられるだろう。
 抵抗組織を作って蜂起しても、鎮圧されるのは目に見えている。
 市井に埋もれるには、目の前の条件は美味し過ぎる。
 たっぷり30分に渡って考えた結果、クリームはランスの“女”になる事を承知し、魔人としての適性に乏しかった事が判明したのでシィルの使徒となった。
 そして、ローレングラードに引き上げてくる魔王軍10万余の指揮権を預けられる事となったのである。

 次なる人間に会った時、鞘に入れておいたハズの日光が人間態に戻ってランスの横に立っていた。
「おっ、日光さん。日光さんもカフェちゃんに会いたくなったのか。」
 冴え冴えとした美貌の女侍の日光と、そばかす顔のメガネチビの高位神官カフェ・アートフルは、かつての冒険仲間であった。
「その通りです、ランス王。」
「日光? ほんとに? 何で魔王なんかの剣になってるわけ?」
「それは……」
 日光は自分の状況を話した。ランスが人間界を自分からはこれ以上攻めない事を条件にランスの剣となった経緯について……をだ。
「何か……リーザス王って魔王らしくないわね。」
「ん、どうしてだ。」
「魔王って、むやみと残虐だったり、やたらと陰険だったりするじゃない。でも、今のリーザス王は、人間の王様だった時より紳士的に見えるじゃない。」
「確かに。何故なのですかランス王。」
 タイプは違えど魅力的な二人の女性に迫られたランスは、鼻の下を伸ばしながらも答えた。今にもよだれを垂らしそうな表情で。
「俺様の頭の中で声がする時がある、魔王になってからなんだが。」
 話してるうちに、段々ランスの顔が引き締まってくる。おふざけで言っているのではない事を無言で主張するかのように。
「たいした意味もなく殺せ……とか。無理矢理女の子を襲え……とか、色々な。」
 部屋の中はいつのまにかシンと静まりかえっていた。二人の固唾を飲んで見守る音が聞こえるぐらいに。
「可愛い女の子の頼みならともかく、何で俺様が俺様以外のヤツの命令を聞かなくちゃなんないんだ。って事で、俺様がその通りやると命令を聞いたみたいでムカつくから、そういう事はやってないだけだ。」
「それは別の人間の命令なんですか? 御自分の内心の願望とかではなく。」
 ランスの言葉の内容を不思議に思った日光が、その点について問い質す。
「くそくじらの腰巾着の声に似てたからな。まず俺様の声じゃない。」
 だが、その答えは日光とカフェの理解の範疇を超えていた。
「“くそくじらの腰巾着”……それ、誰のことを言っているの?」
 そのカフェの問いに対するランスの答えは、カフェの……いや、日光の心臓もあやうく止めそうになるほどのインパクトを持っていた。
「確かあれは……プ、プ、プ……プラ……。そう、プランナーとか言ったかな。」
 絶句して凍りつく二人。まあ、プランナーがどういう相手か直接対面した事のある二人なので、なおさらなのかもしれないのだが。
「あんまりうるさいんで、念入りに封印して聞こえなくしたら魔王の“力”までついでに封印しちまったらしくてな。全然使えないって事はないが。」
 静寂に包まれた5分間が過ぎた。いい加減しびれを切らせたランスが、ここに来た当初の目的について質問する。
「さて、カフェちゃん。俺様の部下になるか?」
 たっぷり1分にも及ぶ熟考の末、カフェはこう答えた。
「遠慮するわ、リーザス王。……ちょっと頭の中整理する時間が欲しくて。」
「がはははは、いいぞ。ただ、あんまり考える時間はやれんかもしれん。」
 わずかに苦笑が混じった馬鹿笑いに、カフェは眼鏡を直して再びランスの顔を覗き込んだ。
「えっ?」
「とりあえず、部下の連中と一緒に解放してやる。」
 しかし、次の台詞を口に出したランスの口の端には、すでに苦笑の残滓は残されていなかった。単なる見間違いだったかのように。


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 説明的台詞が多くて恐縮ですが、そろそろうちの魔王ランス君の性格付けの理由や力の制限なんかについても段々作中で明らかにしていますが、解り難いという方のために、後書きの場を借りてここで触れておきます。
 魔王としての“力”を振るう度に気力がそれ相応に減っていき、封印解除してる状態で気力が0以下になると完全な魔王に心が変質してしまう……といった具合の設定です。
 むろん“魔神”状態の気力消費は“魔王の力”全開時よりキツイです。
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読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます


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