鬼畜魔王ランス伝

   第39話 「ゼス王国包囲網」

 それは、いとも簡単に受諾された。
 まるで、喫茶店でコーヒーでも注文したかのようにあっさりと。
 魔王ランスがリーザス女王リア・パラパラ・リーザスと王室付き筆頭侍女マリス・アマリリスに突き付けた無条件降伏の要求は、要求した本人が拍子抜けするほど気軽に二つ返事で承知されてしまった。
 しかも、こういう事態を想定して占領政策もいくつかの案が書面に起草済みなんていう手回しの良さは有能を通り越して異常とも言える。まあ、彼女が絶対視するリア女王のランスへの傾倒振りを考えれば、当然考慮しておくべき可能性であるとも言えるが。
 “無条件降伏”受諾という回答に納得する者、しない者。
 謁見の間に集まった諸将の感慨はどうあれ、リーザス王国の方針としては降伏と決したのだった。


 その頃、ケッセルリンクの城の近くにある地下迷宮のメイド墓地では……
 地下16階にあった宝箱から出て来た「じゅごん」をカオスでバラバラに斬殺して、その肉を生で食らった健太郎が食あたりで苦しんでいた。
 それでも、地下20階まで地道に進み、モンスターの壁を切り破っていった。
 下る腹で……


 それは、降伏勧告なんかより遥かに承服し難い事であった。リアにとっては。
 いとしのダーリンが沈痛な語調で彼女に告げた事実は。
「あ……その……なんだ……言い難い事なんだが……」
「なあに、ダーリン。」
「リアには俺様の魔人になる適性がない。」
「…………」
 リアは恐々ダーリンの顔を覗き込んだが、その顔にも眼にも嘘の気配は読み取れなかった。それでも、訊ねずにはいられない。
「ダーリン。悪い…冗談よね。そうよね。そうに違いないよね。」
「悪いが本当だ。」
 ランスの返答は取り付く島も無い。
「リアがおばあちゃんになってもダーリンは若いままなの?」
「そうだ。」
「リアがそのまま死んじゃってもダーリンは若いままなの?」
「そうだ。」
 ランスの返答はにべもない。しかも、冷厳たる事実であるだけに数段タチが悪い。
『がーん がーん がーん がーん』
 案の定リアは放心状態で固まってしまった。
「何とかならないのですか? ランス王。」
「う〜む。まあ、“魔人になる”という選択肢さえ捨てれば方法は無いでもない。」
 マリスの問いに、首を捻りながらも、これを言っても良いものかどうか迷っている風なランスの態度が妙に気になった。
「“使徒”になるって方法だ。」
「使徒? なにそれ?」
 どうやら、耳寄りな情報を小耳に挟んだので復活したらしい。現金といえば現金な反応だが、リアもマリスも……ランスでさえもあまり気にしてない。
「まあ、簡単に言えば魔人の部下だ。魔王と魔人の関係に近いが、魔人から力を分けてもらってなる存在なんだが。」
「魔人の……」
 リアの返事は複雑だった。
「俺様直属の魔人はシィルに命じて作らせている。シィルの魔人になるか?」
 腰のピンク色の剣を外してリアに見せる。それに対する返事は即答だった。
「あんな奴隷の部下になるなんて御免よ!」
「リア様……」
「それに、ダーリンにならともかく、他の人に命令されるのなんて嫌!」
「リア様……」
 激高するリアをなだめるマリス。だが、次にランスが発した一言はマリスの動きと言葉と思考を同時に止めた。それはもう見事に。
「じゃ、お前が魔人になるか、マリス。」
 絶句するマリスに更に言葉を重ねるランス。
「それで、リアを使徒にすれば問題は無いな。」
 すこぶる魅力的な提案に、本来は優秀なマリスの頭脳も分泌された脳内麻薬で麻痺したのかもしれない。それとも、瞬時に損得計算を終了させたのかもしれない。リアの意志を尊重したまま彼女を使徒にするには、リアを庇護するにはそうするのが一番良いと。
「はい、ランス王」
 気付いた時にはそう答えていた。
「マリスのバカ〜〜!!」
『がーん がーん がーん がーん』
 リアの絶叫で我に返ったマリスは、そのまま放心状態で固まってしまった。
 マリスの硬直は、リアがランスに説得されるまで回復しなかった。
 リ−ザス王国の命脈が断たれた日、リーザス中央政府は行政能力を喪失した。
 政務の要であるマリスと、リーザス王国の象徴であるリアが、揃って魔王側に押えられた事によって。
 そして、翌日からは魔人マリスの下で旧ヘルマン地域と旧リーザス地域(自由都市群を含む)が管理される事に決定したのだった。


 マリスを魔人にしたランスは、その日のうちにゼスへの降伏勧告を終わらせるべく、日光を伴って(て、言うか抱き抱えて)ゼス宮殿へと向かった。
 だが、そんなランスを阻むモノがあった。
 四天王の塔が展開している結界である。
 ゼスの幹部でなければ通る事も開ける事もできないこの結界は、魔王の力をもってしても簡単には無力化する事はできないほどの代物であった。
「どうする日光さん。あの塔の一つ二つはふっとばす気があるなら通れん事もないが。」
 それは、日光にとっては結界を通れないと言っているのと同義だった。
「ランス王、この結界を通らずに何とかする方法はございませんか?」
「う〜ん、そうだな……よし、念話を使おう。」
 ある程度の実力がある魔法使いならば受信できる精神感応による通信魔法。それが、念話である。念波を飛ばすのはある程度の実力がないとできないが、受信の方は波長さえ適切に合わせる事ができれば魔法ビジョンなどでも不可能ではない。

「がははははは! よく聞け愚民ども! 魔王ランス様がキサマら愚民どもに生き残るチャンスをやろう。今すぐ俺様に降伏するならキサマらは殺さないでやろう。いいな。がーはっはっはっ!」

 どう聞いても挑発にしか聞こえない内容と語調の念話に、こうなると分かっていたハズの日光でも思わず溜息が漏れる。とはいえ、これは正真正銘の降伏勧告である。
「ラ……ランス王。貴方には本当に講和する気があるのですか?」
 日光が眼光鋭く問い詰める。返答によっては一戦も辞さない覚悟で。
「連中が本気で降伏するならな。」
 それに対するランスの答えは明快だった。
「まあ、でも降伏はしないだろうな(今されても予定が狂って多少困るし)。」
「どうしてそう思われるのですか、ランス王。」
「連中が求めてるのが魔物退治……つまり、俺様を殺すか無力化するって事だからだ。」
 吐き捨てるような口調で辛辣な内容を断定的に話すランス。
「ランス王……」
 そのランスに、日光は返す言葉を見つける事ができなかった。
 ゼスから要求を拒絶する旨の返答があったのは、それから5分後の事であった。


 日光と交した約束のうちで、予めやっておくべき事は全てやり終えたので、ランスは約束した報酬を受け取るべく魔王城に帰還した。
 ランスはそのへんの草むらかなんかでも別にかまわなかったのだが、それは日光が嫌がった事と美樹の様子を見に行く必要がある事などの理由もあって、いったん帰る事に決まったのだった。

 日光の主となる為の儀式を終えたランスは、小規模な遠征の準備をするため、ホーネットの目を盗んでマリアに会いに行った。
「おい、マリア。4号は使えるか?」
「ひゃあ!?」
 甲冑を着けたままにもかかわらず音も無く後ろに忍び寄ったランスがマリアの耳元で囁くと、マリアは文字通り飛び上がって驚いた。
「つつつ。もうちょっと静かに驚け。痛いじゃないか。」
 マリアが手にしていた金槌がすっぽ抜けてランスの額にぶつかって血がどくどく出ている。まあ、傷に気付いたシィルが治癒魔法の詠唱を始めているから大事にはならないだろうが。
「ごめんなさい、ランス。でも、いきなり後ろから声をかけられても……」
「がはははは。まあいい。どうだ?」
「うん。概ね大丈夫。多少の改良もしたから自動操縦も出来るようになったわよ。」
「おう、そりゃいい。どうだ、ちょっと一緒に来ないか?」
「う〜ん。どうしようかな〜。戦艦の方ももうちょっと詰めたいし……」
 本気で迷っている。ランスの誘いと研究が天秤にかけられてユラユラ揺れている。4号改の試験飛行もしたいし、いまだに満足な性能を出せてない戦艦用システムの再設計もしたい。
 しかし、やはりランスの一言が決め手となった。
「フリーク爺さんに闘神都市に案内してもらうつもりなんだが。」
 闘神都市。
 失われた古代魔法技術の精髄で建造された超兵器。
 そこでなら、多分ヒントが得られる。
 そう感じたマリアは、快諾した。
「わかったわ。で、いつ出発するの?」
「あと何人か連れてくるから、それからだ。」
 その台詞を聞いたマリアの表情は幾分か沈んだものになった。
「うん、わかった。」
 マリアはかぶりを振ると、慌しく出発の準備を始めた。
 探索に出発するのなら、予め用意しておかねばならない事は山ほどある。
 がっかりなんてしてる暇なんてない。


「メリム、探索に行くぞ。付き合え。」
 ランスは遺跡好きの眼鏡っ娘、考古学者志望のメリム・ツェールに声をかけた。
「わーい、メリム幸せ。」
 にこにことした顔は、心底幸せそうだ。
 ここしばらく探索に出る暇がなかったので、喜びもひとしおなのだろう。
「マリアの所で集合だ。荷物まとめたらすぐ来い。」
「はーい。るんるん。」
 スキップしそうな勢いで自室に駆けて行くメリムを見送って、ランスは他に連れて行くべきメンバーの考慮に戻った。
「リックは……駄目だ。あいつは今特訓中だ。」
 お化け嫌いという弱点を克服するため、赤将のヘルメット無しで魔物兵の真ん中に放り込むという荒行をさせているのだ。魔人だから怪我はしないし、ちゃんと話も通じるようになっているので大丈夫だろうが……大変なのには違いない。
「サイゼルとハウゼルは……連絡要員で残しとかないとマズイな。」
 いきなり膨張した領土の通信網の確保や偵察のために奔走している偽エンジェルナイトの元締めを連れて行くのは少々問題がある。同じ理由でメガラスも無理だ。
「シルキィやサテラも連れて行っても研究が遅れるだけだろうし。」
 サテラはあの後鹵獲した人間用の鎧を研究してガーディアンに最適な鎧の形状を模索するといった研究をランスの指示で始めている。
 シルキィの生命工学の方も、キメラの子供がキメラになるかどうかの実験にかかっており、とても余計な事をやれる余裕などはない。
「ガングやカイトはゼス国境から外す訳にもいかんし。」
 今では唯一の敵対国ゼスに接する旧魔人領の国境を守る2人の魔人はどう考えても動かせない。同様の理由でリーザス・ゼス国境に移動して守備に当たる事になっているミルとナギも動かせない。
「アールコートはヘルマン地域、メナドはリーザス地域、キサラは自由都市群の治安維持からは外せんし。」
 暴動や叛乱が起きる可能性のある地域に駐留する魔人は、事態が落ち着くまでは必要だろう。兵となる魔物を統率し易いように比較的小人数の部隊での駐留になるが。
「ケッセルリンクはカラーの森、五十六とかなみはJAPANから当分動かせんから、今回はメンバーにできんし。」
 密猟者が増加してきているカラーの森の守備を空ける事はできない。また、未だ抵抗を続ける地方豪族を多く抱えるJAPANからも人材を引き抜けない。
「ワーグは……役に立つかもしれんが、探すのも面倒だしな。」
「よんだ? おにーちゃん。」
 空中から唐突にワーグが現れた。ふわふわの犬型の雲のようなラッシーに乗って。
「がははは、良い所に来た。いっしょに来るか?」
「どこに?」
「ヘルマンの北の方だ。」
「いかない。さむそうだもん。」
 即答だった。子供だけに言葉に容赦とか遠慮とかいうものがない。
「そうか、じゃな。」
「え〜、おにいちゃんあそんでくれないの?」
 身体中で不満を表明するワーグに対して、ランスは困った顔をした。
「今、俺様は忙しいからな。また後でな。」
 なんとか宥めようとするランスに、ワーグは頬を膨らませながらも渋々承知する事にした。なんだかんだ言っても、ランスはよく遊んでくれたりお菓子をくれたりする優しいおにーちゃんなのだ。ここは聞き分け良くしていた方が良い。
「ぶう。いこ、ラッシー。」
「わふ。」
 それでも不満気な雰囲気を隠せないのが、子供子供した外見とあいまって微笑ましい。
「う〜ん。まあ、そんなとこか。お、美樹ちゃんも連れてこう。向こうに長居する事になっちまったら、いちいち様子を見に戻って来るのも面倒だしな。」
 いそいそと美樹の部屋に向かおうと振り返るランスの眼前に、にっこりと笑っている絶世の美女が立っていた。
「どちらに行かれるのです、ランス様。」
 満面に微笑みを浮かべているが目だけは冷たい光を湛えてるホーネットに、ランスは一歩後退りした。
「ランス様でなくては決裁できない書類が色々と溜まっているのですが、どちらに行かれるというのでしょう。」
 後退りするランスの動きに合わせてホーネットの足も前に出る。左手にゆっくりと闇魔力が集まっていくのも中々に見応えがある光景だ。……当事者でさえなければ。
「ま、まあ、落ち着けホーネット。」
 冷や汗を流しながら後退を続けるランスが、ホーネットの目に『何故、自分の名前は挙げて貰えなかったの!』とでも言うべき怒りを湛えているのを見て取った時、この絶体絶命のぴんちを逃れる唯一の上手い方法に思い当たった。
「お前は連れてくつもりだったからな。言い遅れたが。」
 後退を前進に変えて踏み出し、そのまま腕の中に収まったホーネットの耳元で囁く。そのまま正面から抱き合う体勢に……
<ドンッ>
 ランスの背中に回されたホーネットの腕が闇魔力をぶつけてしまったのは、その直後の事だった。
「うおっ! く〜っ、いつつ。」
「すみません。すみません、ランス様。」
 平謝りするホーネット。まあ、呪文として構成が完了する前とはいえ、スーパーティーゲルの直撃は痛かろう。魔物将軍程度なら身体に風穴が開いてもおかしくないぐらいの魔力の直撃は、魔王といえども流石に無視できない。
 いや、魔王でなければ死んでいただろう。
 急いで治療用アイテムを起動しようとするホーネットを、ランスが止めた。
「まあいい。どうせシィルが治癒魔法をかけてる最中だからアイテムを使うのはもったいない。」
「そう……ですか。」
 当然のように言うランスの表情を見て、ホーネットは治癒アイテムを懐に引っ込めた。
「それより、さっさと自分の荷物をまとめろ。急ぐからな。」
「わかりました、ランス様。」
 後ろ髪を引かれながらも自分の部屋に戻るホーネットを見送ったランスは、何とか立ち上がると当初の予定通り美樹の部屋に向けて歩きだしたのだった。


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 ふう。やっとここまで書いた。さて、次はどうしよう。
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