ドバン!!

半ば蹴破るようにして開けたドアから少年が一人、飛び出して来た。両手には食い物を抱え、零れ落ちそうだ、状況を鑑みてそれに対する対価は払っていないのは間違い無いだろう。後ろを振り向くのは店員を気にして事だろうか、其の彼の目の前で扉の磨ガラス越しに人の影らしき者がゆっくりと近づいて来ているのが見えた、店員だろうか?

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

走る走る走る、少年はただひたすら走る。止まる事は死を意味するから、だから走る、死にたく無いから。そして叫ぶ、喉が張り裂けそうに、叫ば無いと体が恐怖に凍り付いて動かなくなりそうだから。

両手に抱えた食い物を少し零しながらダッシュする少年、其の行く先には一台のタンクローリー、助手席側のドアを開けて少年の到着を待っているようだ。

「走れええぇぇ!! 坊主!! 直ぐ後ろまで来てるぞおおぉぉ!!!!」

「何気にプレッシャーかけてんじゃねえよおおぉぉ!!! トニイイィィィィ!!!!」

運転席から英語で激励の声が飛び、少年も英語で其れに返す。

「ぬぅりゃあああ!!!!」

最後の1メートルをほぼ飛び込むように助手席へ身を投げ込む少年、其の彼にトニーと呼ばれた男が少年の体を席に押し付けるようにして身を乗り出し、力の限り助手席側のドアを閉める。其れとほぼ同時に響く鈍い音、何か肉を鉄板に投げつけた時にするような、べシャっと言った、そんな音が。

「聞いたろ坊主、今の音。マジでお前の後ろ数メートルまで来てたんだよ、例の化物犬がな」

「うげ、犬の方か、其れはマジでやばかったな・・・っておい、トニー其の傷」

「ああ、ちっと燃料補給してたら後ろからがぶりとな、ま、脳天かち割ってやったがよ」

ガハハと犬か何かの噛み跡が見える筋骨隆隆の二の腕を曲げて、アピールする男、少年は其れに呆れつつも治療をする為に椅子の下から救急箱を出そうとしゃがみ。

「うわぁ!!」

バンッと強く窓を叩かれ、弾かれたように上体を起こし、窓を見る。目が、合った、外に、いる、何かと、決して、誰か、では、無い、何、カ、ト。

其れは数時間前までは人であったのだろう、そう、既に過去形の人では無い何か。スプラッター映画の中でしか見た事の無いような物が今、彼等の目の前で動いている。性別は男か、ステーションの店員だったのだろうか制服らしき物を血や脂や良く分からない薄汚い、液体で染め、顎の無い、白濁した目をした顔で、其れは確実に少年を見ていた。

目を逸らし、フロントガラスの方を見る少年、其処でまた何かと目が合う、気が付くと回りをその化け物のような存在に囲まれていたのだ。声を上げる事無く、ただ唸るだけ、其の集団が少年達の乗るタンクローリーの回りに集結していた。

「出せっ!! トニー!! カミさんに浮気がばれた瞬間のように迅速にだぁぁ!!」

ならばする事はただ1つ。

「俺はカミさん一筋だ!! ふざけた事ぬかすと放り出して奴等の餌にしてやるぞ!!」

逃走。

キーを回し、アクセルを床とキスするまで踏み込むトニー。エンジンは唸りを上げ二人を乗せたタンクローリーは数体の化け物を挽き肉にしながら道路へと、滑る様に其の巨体を走らせた。

「嗚呼もう嫌だ、こんな面倒に会いたく無いから不真面目に生きてきたのに・・・あんまりだっ!!」

「はん、そんな生き方してっからよ、神様がちゃんとこうして罰を与えてくれたんじゃねえのか? あ? 坊主」

少年が命がけでかっぱらって来た食い物を齧るように食いながらからかうトニーに、少年はジト目で返した。

「にしても大袈裟だろうが、其れに、好い加減、俺の事も名前で呼べよ!! 涼二ってな!!」

「おお、其の元気だ、おめえも食えよ坊主、ガハハ!!」

「く〜〜〜!! このクソ親父があああ!!」

言っても無駄だと悟った少年―――涼二と名乗ったか―――も取って来た一寸冷えているホットドッグに齧り付く。数時間ぶりの食い物は冷めていたとしても、其れは其れで美味い物だった。

そんな彼等を乗せたタンクローリーが標識の横を通り過ぎる、2人とも食う事に興味が行ってそれには気付かなかったが。



Welcom to Raccoon City 10 mile laterラクーンシティまで後10マイル



標識にはそう、書かれていた。





『Mission start:First selection』



目を覚ました彼女を先ず襲ったのは激痛。呼吸もままならない程の其れは体中から発せられていた。震えながら自身の体を見下ろしてみる、全身に点滴用針が刺さっていた、其れこそ腕から頭まで、刺して無い場所は無いという位に。

歯を食い縛り、長い投薬生活を強いられたせいか思い通りに動かない腕を動かし、全身からそれらの針を引き抜きにかかる。針が抜ける時に乱暴にしたせいだろう、肉を抉りながら抜けて行く為に新たな痛みが彼女を襲う。その全てを抜き終える頃には気絶するかと思った位だ。

深呼吸を続け、何とか痛みを鎮め、心を落ち着ける。其処で気付く、此処は何処だ。私は一体何をしている。薬のせいか記憶が曖昧で、更に繋がらない、混乱してるのが良く分かる、思考が変な方向へ行きそうになったので取り合えず、記憶の詮索は後にして部屋から脱出を試みる事にする。

先ず自分の足元の壁に填め込まれた大きな鏡の前へ、この部屋の意義を考えると恐らくこの後ろには監視部屋があり、鏡はマジックミラーだろう。彼女は目の上に手を被せ、影を作って中を覗こうとする、残念ながら見えるのは彼女自身の顔だけで、中は見えない。其処でふと気付く、自分が裸同然で立っている事に。

這いずる様な移動を再び開始する。自分の寝ていた診察台に近付き、血の跡が生々しい、自分に刺さっていた針をチューブから引き抜き、よろよろと出入り口へと近付く。鍵穴は無く、カードスロットがある、恐らくカードを其処にスライドさせる事で鍵の役目を果たすのだろう。

不意によろけた、慌てて壁に寄り掛かり、深呼吸をする、まだ体は完全ではないのだ、先ずは服、そして食料を探さないと・・・いや。其処まで考えて首を振る、先ずいるのは銃だ、武器、身を守る為の物、自身の勘が囁いている、外は危険だと。

だが何をするにもこのドアを開けない訳にはいかない、震える手で針をスロットに差し込み、慎重に下へと下ろして行く。何か引っかかるような手掛かり、あった、此れだ。其処で力を振り絞り、その針を抉るように回す。

数瞬の後、スロットは煙と火花を吐き、重い音を立ててドアの芯棒が外れ、ユックリと外側へ開いて行く。ドアから顔だけ出し、辺りを伺う、良し、動いてる影は無い。開いた隙間からするりと体を抜き出し、音をなるべく立てない様に廊下を歩いて行く。そこ等に落ちている白衣か何か、病院関係者が着るような服を拾い、身に付ける。

出口へと歩いて行くにつれて体も少しは解れて来たようで、何とか普通に歩けるまでに回復した。ユックリと、しかし力強い歩みを続け、正面玄関まで来た。覚悟を決め、玄関を抜けるとほぼ予想通りの光景が広がっていた。

血、壊れた車、点かない信号、散乱する紙、薬莢、上がる炎、でも死体は無い、無い? 当たり前だ、今この街に死体なぞ存在しない、存在し得る訳が無い。死体とはもう動く事は無いのだ、怪談で語られるような事など起こらないのだ、絶対に。

でも落ちている新聞にでかでかと書かれているのは『The Dead Walk死体が歩く!?』、死体な筈がない、動く死体などあって堪るか。彼女はそう考えながら足元に気を付けながら矢張り衝突してフロント部分が大破しているパトカーへと近付く。一台目、不猟、二台目、良し、何とか使えそう。

座席に無造作に投げ出されていたショットガンを手に取り、コッキングする。薬室へ薬莢が送り込まれる手応え、良し、弾は入っている。ではこれから如何しよう? 決まっている、この馬鹿げた不条理な街から脱出するのだ、企業は恐ろしい力を持っている、この程度の街、消滅させる事くらい造作もあるまい。

消滅? そう考えたのか? そう、私が考えた、そう経たない内に企業は此処を核攻撃する、後は原子力発電所暴走とでもでっち上げればそれで良い、国民は簡単に騙されるだろう。だが本当に此れは私が考えたのか? そうだ、この頭の中にあるのなら自分で考えたのだろう、それ以外の何だと言うのだ。

彼女は歩き出す、新たな武器を、何かを探す為に。だが彼女は気付いていなかった。血液の固まった下にある針の刺し跡が全て、完全に塞がっている事に。そして、針を刺す為に剃られた一部の髪が既に生え揃っている事にも。彼女は全く気付いていなかった。




彼は横目で助手席に座っている女を見た。長い髪をポニーテールにして来ている服もラフな物、活動的だと言う事が簡単に見て取れる。さっきも自分がダッシュボードの中を見ろと言って見つけた銃を、彼女は簡単に扱ってみせた。簡単な事情説明を聞いたが彼女の兄はこの街の特殊部隊隊員だそうだ、ならばその兄が彼女に面白半分に教え込んだのだろう、いや、彼女の方から教えを乞うたのかもしれない、寧ろ彼女には後者の方が相応しいか。

胸元にケースごと吊り下げられているコンバットナイフを見て此れは一寸法律に引っかかるんじゃないか等と考え、否定する。今はそんな事言っている場合じゃない、今必要なのは規則ではなく、己の身を守る強さだ、ならばナイフは見逃してしかるべきだろう。

それにしてもなんて酷い仕事始めだ、彼は心の中で愚痴る。折角、望み通りの部署へ配属されたと言うのに遅刻して慌てて来てみればこの有様だ。そこら中を人間じゃない何かが歩いている、映画の中でしか見た事の無いような何か、そう、ゾンビだな、まさしく。まさか自分があの映画の主人公のような目に遭うとは夢にも思わなかったが。

さて、これから如何するんだろう。彼は考える。兎に角警察署へ行ってみよう、何か情報が掴めるかも知れない、掴んだ物次第ではさっさとこの街から脱出、此れしかない。彼は頷き、アクセルを少し踏み込んだ。

だが彼は気付かなかった、後ろから確実に近付いている鋼鉄の狂気に。




彼女はコンテナの前で腕組みし、立ち尽くしていた。理由は簡単、中に人が入っているから。幾ら呼んでも、叩いても「出るもんか」の一点張り、仕方ないと言えば其れまでだ、こんな惨劇を見せ付けられて娘も恐らく死んだのだろうから、彼に同情するのは間違って無いと思う。

だが、今必要なのは同情でも後悔でもなく、前へ進む勇気、此れだけだ。彼の説得を諦め、せめて絶対に出ないようにとの忠告をしてコンテナの前から立ち去る。そうだ、この倉庫を探索してみよう、何かあるかも知れない。

外に繋がるだろうドアノブを回して彼女は舌打ちした、鍵がかかっている、恐らくこの倉庫の何処かにあるだろうが探すのは時間の無駄かもしれない、いっそ銃で鍵を吹き飛ばすか? いいや、今外で何が起こっているか、知っている彼女としてはそんな無駄弾は撃てない、撃てる筈が無い、一発の弾が生死を別けた、あの体験をした彼女にとっては。

万が一の為に銃を構え、静かに階段を登りながら彼女は考える、彼は如何しているだろうかと。もう企業の本拠地に着き、活動しているだろうか? それとももう既に命を落としたとか? 其れは無い、目的も果たさないままあの彼が死ぬ筈が無い、其れに何より、彼が妹を悲しませるような事をする筈が無いのだ。

他の隊員は如何したのだろうかと考えている内に上まで登りきる。突き当りのドアをそっと開け、中に飛び込み確認、良かった異常無し。

中をホルスターに収め、周りを見渡す、あった、壁に鍵が下がっている。彼女はその中のお目当ての鍵を取り、更に探索を続ける。

結果として探索は当たりだった、他にガンパウダーを数個、簡単なリロードツールがあれば新たに弾に詰める事が出来るだろう、消耗が死に直結する現状では有難い物だ。

それらを袋に収め、後にする。階段を再び下り、鍵のかかっていた扉を手に入れた鍵で開け、そっとドアノブを捻る。少し開けた隙間から外を見る、今の所、このドアの近くにゾンビはいそうに無い、出るなら今の内だ。一瞬だけ彼女はコンテナの方へ振り向き、ドアの外の世界へと身を移した。

だが彼女は気が付かなかった、たった今、彼女等を殲滅せんとする狂気の産物が、狩人がこの街に降り立った事に。




其れは意識がある事を認識した。

其れは立ち上がり、自分の周りを見渡してみた。

其れは自分の足元に何かが落ちているのを見付けた。

其れは落ちている物が何であるか、分からなかった。ただ、其れを如何すれば良いのかは知っていた。

其れは落ちている物を拾い上げ、弾が入っているかを確認する。装弾数一杯まで装填済み、マガジンも装備する。

其れは次の物を拾い上げた。金属製の巨大な筒、それ自体が何をしなくても凶器だ。

其れはその場に落ちていた装備を全て拾い終わるとその場に立ち尽くした。

其れは自分が何者か分からなかった。

其れはそれでも歩み始めた。

其れは「結果」は分からないが「過程」は分かっていた。

其れは今装備している物の扱いは分かっていた、分かってはいたが其れがもたらす「結果」までは分からない。

其れはただユックリと歩みを続けた。

其れは脳裏に何かが浮かび上がるのを感じた、一人の人間の写真だった。

其れは其の写真が何を意味するのかは分からなかった。

其れは其の写真の下に浮かび上がる単語を見た、其の単語の意味は分からなかったが何をすべきかは分かった。

其れは何をすべきか反芻した、写真の人物へ向けて、今装備している物の引き金を引けば良い、其れだけだ、意味は分からないがやる事は其れだけだ。

其れはもう一度、写真を見つめた、何か懐かしい物を感じた気がした。

其れは意味も無く、写真に書かれていた単語を読んでみた、其の行為に意味が無い事は分かっている、何の意味も無い行為、でも其れは叫んだ。

「RYO・・・ZI・・・RYOOOOOOOOOZIIIIIIIIIII」

其れは、歩み続けた。「過程」をもたらす為に、ただ其れだけの為に。




「・・・おいトニー、流石に一寸食いすぎじゃねえのか?」

「そうか? ン〜、なんかさっきから腹へってなあ・・・」

食べる、と言うか最早、流し込むと言った感じで食べ物を喉の奥へ送り続けるトニーを涼二は不安げに横目で見た。視線を腕へ移す、ゾンビ犬から噛まれたであろう傷、涼二が治療をし包帯も巻いたのだが未だ血は止まらず、じくじくと包帯を赤黒く染め続けている。

どんっ

「うぉっ!」

衝撃に前を向くとまた一体、ゾンビがタイヤの下へと送り込まれた瞬間だった。少し車体が持ち上がり、それだけ、魂持たぬ動く死体は、今度こそ動く事無い肉塊へと還る。既に20体近くのゾンビをそうやって潰して来た。

「幾らゾンビでもなんか気がひけるなあ、其れに車も痛むだろうから、程々にしとこうぜ」

「ああ・・・そうだな・・・」

「なあ・・・本当に大丈夫か? トニー」

「ああ・・・」

返事がどんどん短くなって来る、顔色も何処と無く悪そうなトニーに涼二は恐怖すら覚え初めていた。気を紛らわそうと前を向いた彼の視界に車、其れもパトカーの後姿が入る。運転されている車? ぼんやりとした思考で考えていた涼二の脳裏に閃光が奔る、つまり自分以外にも生きていた人間がいたって事じゃないか!

座ったままガッツポーズをして喜びを表す涼二、だがある事に気付く、このタンクローリー、パトカーに追い付きそうなスピードを出してるというのに全く徐行等の処置を取ろうとしてない! このままだと衝突してしまう。

「お、おいトニー、前の車見えないのかよ! さっさと避けろって!! オイ、聞こえないのかトニー!!」

「あ・・・う・・・?」

「オ、オイ・・・嘘、だろ? 冗談だよな? カミさん紹介してくれるんだろ? な? そうだよな? そうだって言えよトニー!!」

もう返事は無い、外からたまに入ってくる街頭の光。其れに照らし出されるトニーの横顔はどんどん青黒くなって行き、遂には彼等を追い回していたゾンビと全く変わらないまでに、どうしてだ、さっきまであんなに元気だったのに!

「う、うぉ・・・あ・・・」

もう運転もせず、ただ席に座って唸り続けるだけの存在に成り果てたトニー、其の首筋に涼二は見た、先程までタオルが巻かれていたのがずれ、その下から何かの生き物の噛み跡があるのを。恐らく、腕の傷を付けたのと同一の存在か、涼二に心配かけまいと必死で隠していたのだろう、其れが今となっては仇になったわけだが。

「う・・・ぅ・・・」

人を止め、化物と成り果てたトニーの視線が泳ぎ、遂に涼二の方を向く、もう其処に友情は感じない、絶え間なく襲い来る飢餓感を満たそうとする欲望、ただそれだけ。

「ち・・・クショウ!!」

このままでは間違いなく食い殺されるか、車の衝突に巻き込まれるかどちらかだ。ならば如何する? 逃げろ、其れだけだ!

シートベルトを外し、ドアを開ける。スピードとしては何とか飛び降りても無事でいられる位か。開け放たれたドアの窓ガラス越しに飛び降りるタイミングを見計らう、運が良い事に数十メートル先に広めの花壇らしき物が見えた、土の上ならば相当に衝撃を吸収してくれるだろう、後は飛び降りるだけだ。

其の涼二の肩に何かが触れる、ギョッとして振り向くと変わり果てたトニーがシートベルトを外す事なく、そのまま涼二を捕えようと右手を伸ばし、其れが当たったのだ。そんなトニーだった物に涼二は泣き笑いにも似た表情を浮かべ、左拳を握り締め。

「あばよ・・・トニー・・・」

顔面を殴り付ける。吹き飛びドアにぶつかったのを確認し、涼二はドアと車体にて足をかけ、準備を整える、今!!

「とりゃああああ!!!!」

叫び声を上げ、飛び降りる。地面と接触した瞬間、上手く土の上へ落ちられたとはいえ、相当な衝撃が涼二を襲う、肺の中の空気を出し切っていたとは言え相当な苦しさが襲ってくる、視界が狭くなり、意識がぼやけて行く。

「まず・・・い・・・」

其の狭くなっていく視界で、最後に見た物は轟音を立て、吹き飛ぶトニーのタンクローリーの最後だった。

「・・・う・・・」

数秒とは言え、気絶してゾンビの類に襲われなかったのは行幸と言えるだろう。爆発音のせいか、少し耳鳴りのする頭を振りながらユックリと立ち上がる。全身に触ってみて確かめる、何とか骨折や捻挫等の外傷は負ってない様だ。

「さて・・・如何しますか・・・」

武器になる物は何も持ってはいない、背負うリュックの中にも大した物は入っていなかったと思う。これからする事は間違いなく戦い、そして脱出だ、何にせよ武器は欲しい、何処か武器ショップでもあれば有難いのだが・・・、そう思う涼二。

「ん?」

上がる炎の向こうに誰か動いたような気がしたが、気のせいか?

「いや、気のせいじゃないな」

炎で分断される形で若い男女が何やら叫びあってるように見える、男は青い服に身を包み、背格好も良い所から見て警察関係者だろうか? 女性の方はピンク色のラフな格好がなんともボーイッシュな感じを受ける。

どうやら別れて移動する事になったようだ、炎で合流出来ないと思ったらしい。だが涼二から見た所だと、何とかどちらとも合流しようと思えば出来るだけの道は残っていた。

「さて、如何するか・・・」

どちらかに合流するか、でも彼等もトニーのようにゾンビとなるのかも知れない、其の保証は無い。一人でも危険は危険だがメリットも無い訳ではない。

「良し、決めた・・・取り敢えずは一人で行動、かな」

本当は誰かと行動した方が安心感もあるし、何より生存率も上がるだろう、だけど。

「トニー・・・」

目の前で友が化物と化していくのを見るのは耐えられないから、だから少しだけ、一人でいようと思った。其れが危険な行為だとは分かっていても。

「じゃあ先ず如何するか、確か地図が」

リュックを漁り、出発前に用意して貰ったラクーンの地図を広げる、田舎町を想像していたが予想以上に広い、福利関係も充実しており病院も数件、大学も複数存在している。

此れから何処に行くべきか、大きな建物に行くのがこういった場合のセオリーか、人も集まるし、救助の手も伸び易い。全滅しているかもしれないと言われたら其れまでだが、零では無い限り其れを信じて行くしかない。

(この近辺から一番の近場は第一ラクーン病院か・・・病院なら怪我人なんかが運び込まれてそうだな、其処へ向かうか。だが其の前に)

武器だ、今此処で生き残ろうとするのならば尤も必要な物。涼二は病院と現在地のほぼ中間点に武器の店があるのを地図上に見付け、先ずは其処へ向かうことにした。

「其の前に・・・と、あったあった」

辺りを見回し、目当ての物を見つける。おそらく何らかの建築材だったかもしくはそこらの看板から剥がれ落ちたか、長さ1メートル前後の鉄パイプを拾う。映画なら此処らで銃でも落ちているのだろうが、素人が行き成り標的に命中など、奇跡が起こっても有り得ない。数メートルかけ離れた所をあさってへ向かって飛んで行くのがオチだ。

其れよりも確実なのは鉄パイプのような棒状の物で突く、叩く、其方の方がまだ戦える、それに何より涼二は。

「コッチが得手だしな」

呟き、パイプを振る様はかなり様になっている、寧ろそれ以上と言って良い。そうしてる間にも店へ後数メートルと言った所にまで近付いた、しかし。

「・・・3体? 如何するかねえ」

店の前に人影が佇んでいる、その数3。其の異様な佇まいから容易に想像できる、彼等はもうこの世の者ではない、肉体だけが何らかの理由で動いている化物だ、自分にそう言い聞かせパイプを握る手に力を籠める。

ふと気付くと足が震えている、此処まで本気になったり、緊張したりしたのは何年ぶりだろう。初めて師匠に会った時だったか、其れとも親友と呼べる存在をやっと手に入れた瞬間だったか、そう考えている内に気付くと震えは止まっていた。呼吸を整える、心臓を落ち着かせ、集中する、大丈夫、行ける!

衝突して止まっている車を盾に気付かれぬよう、音を立てずギリギリまで接近する。車の窓ガラス越しにそっと覗き見るが此方に気付いた様子は無い、ならば行くまでだ、深呼吸、3,2,1

「ゼロオオオォォォォォ!!!!!!!!!!!!!」

雄叫びと共に車のボンネットに飛び乗り、其の上を駆けて端から勢い良く、ゾンビに向かって跳躍する。叫び声に反応し、涼二の方を向くゾンビ、其の真ん中にいる一体の脳天に振り下ろした鉄パイプが炸裂した。パイプは眉間の辺りにまで減り込み、腐った血肉を辺りにばら撒く。

其の腐臭に吐きそうになるのをぐっと耐えて振り下ろしたパイプを左端のゾンビへ突き上げる。下からの抉るような突きを顎に喰らい、ダウンしたボクサーのようにゾンビは膝を折り、倒れる。其の姿に安心したのも束の間、涼二の右肩に何かが当たる、ハッと右を見ると右端のゾンビが涼二の肩に手を置き、今まさに食い付こうとしていた。

「う、うわあぁぁぁ!!!」

もう技も何も無い、涼二は戻した鉄パイプを自分とゾンビの間に無理矢理割り込ませ、握っている場所の下の方でゾンビを押し戻す。ヨロヨロと体勢を崩した所に涼二の蹴りが炸裂した、倒れるゾンビ。

「こ、この野郎おおぉぉぉ!!」

何も考えず、いや考えられず恐怖の趣くままにパイプを倒れたゾンビへ振り下ろす。二回、三回、四回・・・八回、九回、十回。其処まで数えた所で鉄パイプが下の石畳を叩き、其の衝撃にパイプを取り落とす、ゾンビは既に動かなくなっていた。

「はぁ、はぁ、は、あ・・・やった、か」

荒い息の下、絞り出した声の何と細い事か。しかしともあれゾンビを全て倒したのだ、額を流れる汗を拭い、安心して店へ入ろうとした瞬間だった。

「うわぁ!!」

突然だった、涼二は右足を捕まれるのを感じ、振り向こうとする。だが振り向く前に凄まじい力で引っ張られ転倒してしまう。何とか日頃の賜物で背中から受身を取りつつ倒れたので痛みは少ない、だがそんな事は如何でも良かった、痛みなど、今涼二の置かれている状況に比べれば。

「た、倒れたんじゃなかったのかよ!!」

其れは涼二が顎を付き上げて倒したと思っていたゾンビだった、其れが這いつくばったまま涼二の足を掴み転倒させたのだ。呻き声を上げながら倒れた涼二へと近付くゾンビ、慌てて這いつくばったまま足と手を使って後ろへ下がりつつ鉄パイプの位置を確かめる、なんて事だ、だいぶ転がって数メートル先にまで行ってるではないか。

「く、来るなぁ!!」

叫びは聞き届けられずゾンビはユックリとではあるが確実に涼二へと近付き、遂に店の壁際まで追い詰められる。此処で立ち上がるなどの選択肢もあるのだが涼二は出来なかった、いや、思い付く事すら出来なかった、恐怖に負けて。

「い、嫌だ・・・死にたくない・・・まだ死にたくねぇってのにいいぃぃぃ!!」

叫びを聞く者はおらず、聞き入れない死人だけ。嗚呼、此処が彼の最後の地か、終焉なのか。



此処で終わってしまうのか。

「ヒィッ!」

ゾンビの顔が涼二の手前1メートルの所までに迫り、恐怖から顔を両手で隠す。後は其の瞬間を、死神の鎌が振り下ろされる瞬間を待つだけだった。

ずどん

唐突に死神の鎌は一発の銃弾によって砕かれた。何処からかもたらされた散弾がゾンビの頭を粉々に吹き飛ばし、其の体を地に伏せさせる。何が起こったのか分からず呆然とする涼二に其の声は静かに、しかし力強く届いた。

「気を付けなさい、こいつ等のタフさは尋常じゃない。死にたくなかったら一瞬でも気を抜いては駄目」

声の方を見る涼二、其処には未だ硝煙立ち上るショットガンを構え、ボロボロの医者が着る白衣を身に付けた女性が立っていた。

「え、あ、あの?」

目まぐるしく変わる展開に涼二は声も出ず唸るだけ、本来なら命を助けて貰ったお礼を言わないといけない所だが其れすらも思いつかない状態だ、それに何より。

(良く分かんないが・・・美人だ)

混乱しながらも其の事だけはしっかりと認識していた涼二。確かに今、静かに彼へと近付いて行っている女性はハッキリ言って美人だ、戦意に引き締まった其の表情からも野性的な色気すら感じるほどだ。

(ブロンドの髪に青い目か〜、良いな〜、スタイルは其れほどだけど白衣から見える白い足がまた何とも・・・)

其処で彼女が殆ど足音を立てて無い事に気付く、足元を見ると靴は履いておらず、ボロボロの布切れを巻き付けてその代わりにして来たようだ、おそらくそれらの調達すらままなら無い状況からこの武器ショップまで来たのかと思うと、自分よりも高いであろう生存能力に心

で舌打ちをする。

そうこうくだらない事を考えている間に彼女は涼二の手前すぐの所まで来て止まった。何事かとへたり込んだまま見上げる涼二に彼女は淡々と告げた。

「立って」

「・・・え?」

「良いから、早く」

「は、はぁ・・・」

言われて見れば座ったままと言うのも失礼かもしれない、何時かは立たないといけない訳だしとユックリと立ち上がり、彼女の前に立つ。少し見下ろすようにしながら涼二は彼女にお礼を言おうと口を開きかけて。

「っが」

ショットガンに添えていた左手を離し、其の手で涼二の下顎を掴む彼女、其のスピードに涼二は舌を巻く。

(俺が見えなかった!? 下手したら師匠の抜刀より速えぇ!?)

驚愕する涼二を余所に左手で涼二の顎を持ち上げ、首筋を観察する彼女、正面が終わったら左と右、順番に向けて左右も確認。顎を離し、そのまま涼二の体をまさぐり、振り返らせ、足元までつぶさにチェックする。男にこんな事されたら間違いなく病院送りにするだろう涼二も美人に触られるのは悪い気はしない、情け無いと言われれば其れまでだが男の性だ、どうしようもない。

「感染はして無い様ね、弾を無駄遣いせずに済んだわ」

何か物騒な事を言われたような気がしたが助けて貰ったのは事実だし、何かこの町の事情を知っている様子の彼女に失礼な口を聞くのは拙い。何より涼二はフェミニスト(女に甘い男)だ、「じゃあ何か問題あったらぶっ放す積もりだったんですか」との質問を飲み込み、彼女に問いかける。

「あの・・・貴女は一体? 其れからこの町は一体どうなってるんです?」

涼二の横を通り抜け、店のドアに鍵が掛かっているのを確認した彼女は其の問いかけに振り返り、簡潔に答える。

「兎に角今は武器の確保が最優先だから、質問は後で」

そしてドアと平行に立ったまま足を振り上げ足裏全体を扉に叩き付ける。其の一撃に扉は一瞬で音を上げ、勢い良く内側へ開いて行った。尤も?

「素足? 下手したら下着も?」

其の事実よりも彼女の白い太腿の方に目が行っていた涼二だった。

「時間が無いから簡潔に話すわ、アンブレラは知ってる」

「ええまあ、世界中の国の中で支部が無い国は無いと言われてる医療関係の大企業でしょ? 確か俺の家も提携してたと思いますし」

「そう、なら話が早いわ。結論から言うとこの事態を引き起こしたのは其のアンブレラ」

「・・・マジッすか!?」

そう語りながらも彼女は店内を物色し、武器、そして着衣を見繕って行く、その間、涼二に視線を向ける事も無く。だがもはやそんな事涼二にとっては如何でも良くなっていた。

「アンブレラはそう言った医療事業を隠れ蓑に兵器開発にも手を染めた、其の中でも力を入れたのがB兵器」

「B・・・BIO WEAPON、生物兵器!!」

とあるハンドガンを手に取り、構えて照準を確かめる、涼二にはどんな物かは分からないが彼女は気に入った様だ、同じ物をもう一挺取り、弾も棚から取り出す。

「そして開発されたのがT−ウィルス、筋肉系発達促進、新陳代謝の活発化、其の引き換えとしての脳神経系への異常電荷が掛かる問題点。此れによって脳神経が破損、理性も記憶も無い化物になる、外見がボロボロなのも新陳代謝が活発過ぎて劣化が進んでしまった結果」

「じゃあ・・・外にいたゾンビみたいなのは其のウィルスに感染した?」

次に選んだのはサブマシンガン、此れは涼二も知っている映画やゲームでも良く見る奴だ、確かMP5とか何とか言ったと思う。彼女は其の銀色の本体にマガジンを叩きこみ、コッキングする。

「だからさっき貴方を調べたの、感染したら完治させる方法は無い、ハーブやスプレーでは進行を遅らせるしか効果が無い。ワクチンも無い訳じゃないけど絶対では無い、空気感染から変異して体液感染になった事が唯一の救いかしら」

「ハーブ・・・ああ、ラクーン観光ガイドで読んだ、ラクーン地方でしか生えない三色のハーブで、混ぜ方によって色々な効果が得られるとか何とか」

続いてショットガン、涼二から見ても銃身が短いだろうと思われる物を選択し、弾を込める、其の動作に無駄な物は無い。

「良い、T−ウィルスに感染した生物に噛まれたり、引掻かれたりしたらもう終わりと思って。傷口から感染し、其の傷が脳神経に近ければ近いほど早く発病する、遠くても何時かは発病する。貴方が感染したら私は躊躇無く引き金を引く、覚えて置いて」

「・・・分かった」

全ての銃器に装填し、其れをテーブルに置いて彼女は涼二の目を真っ直ぐに見つめ、そう言い切った。涼二は其の瞳に相当の覚悟を感じ、本気だと理解する。だから聞き返す事も、反論する事も無く神妙な表情で言葉すくなに頷いた。其れを見て、彼女は薄く微笑む。

「一般人なら如何かと思うけど、貴方なら大丈夫、だって」

そう言うが早いか裏拳を涼二の顔へ叩き付ける、空を切り、唸りを上げて飛来する其れを涼二はギリギリ、顔面数センチ前で右掌にて受ける、裏に左手を添えてだ。尤も彼女は本気で当てる気は無かったらしく、何より先程の涼二の体を調べる際の速さよりも格段に落ちていたし、何より受け止めた所で力が完全に霧散して、後ろに押される事も無かった。恐らく涼二の反射速度を確かめたのだろう。

「やっぱり、貴方なにか戦闘訓練受けているでしょう、其れも実戦的な」

「まあ、当たってますけどね。何も本当に殴りかからないでも」

両手を軽く振りながら少しの非難を籠めて言うも、彼女は笑って受け流す。

「手っ取り早いでしょう、そうした方が。このスピードに付いて行けるならリッカー程度なら何とか相手に出来そうね」

「リッカー? 何です其れ、舐めて攻撃してくるんですか?」

「説明しなくても向こうから何時かは会いに来るわ、此れから相手にする生体兵器について説明するわ、良く聞いて」

続いて着る服を先程、大まかに選んだ物から選び始めながらそう彼女が切り出す。

「相手は手足を吹き飛ばした位では倒れない、這ってでも接近して来る。だから狙うのは頭部、脊椎、体の正中線を奔ってる言うなれば神経系統、此処を潰せば脳の電荷が体に行き届かず、動かなくなる。頭を吹き飛ばすか首を圧し折るのが手っ取り早いわ」

コートのような野暮ったい物は着る気は無いらしく、タンクトップ、網のようなシャツ、片方の足が無いズボン、無い方の足に履く積もりか涼二にはルーズソックスの名で知られるような物を選び、脇に置く。

「其れから人間相手なら手薄になりがちな上下からの攻撃、相手は平気で天井を這って移動して来るわ、前ばかり見てたら上から食いつかれるわよ、理解出来た?」

「ああ、生き残るのが凄まじく困難な事ってのは特にね」

はは、と引き攣った笑いを浮かべる涼二、其の彼に彼女が不思議そうに声をかけた。

「それで? 貴方何時まで突っ立ってるの? 自分の装備は自分で選んで、銃器の方はアドバイス出来るけど服装関係は分からないから」

言われて気が付いた、此処はもう誰かが何かを差し出してくれる日本とは違う、自分で掴み取らないと行けないのだ、自身の命ですら。先ずは服からと軍用コートの方へ近付く涼二に後ろから彼女は声をかける。

「銃は如何するの? そう言えば聞いて無かったわね、扱った事は?」

其の問いに諸手を上げて振り返り、一言漏らす、「I am Japanease.」。此れで全てを飲み込んだらしく、彼女はハッキリと失望の色を見せたのを涼二は見逃さなかった。確かに此れではただのお荷物でしかないだろう、しかし涼二とて戦う術を持ってない訳ではない。

「代わりにこっちは得手ですがね」

そう言って店の壁に立てかけて陳列されていたマシェットを手に取る、早い話が包丁がでかくなったような無骨な刃物だ、しかし其の店は良品揃いらしくその辺の通販で数千円で売ってるようなちゃちな物ではない、グリップも握り易いようラバーコーティングが成され、刃にも艶消しの塗料が縫ってある、光の反射も無く目に付き難いだろう。

其れを握り、軽く何回か振ってバランス等を確かめる。辺りを見回して手頃な獲物を探す、其の涼二の眼に映ったのは背の高い椅子、背もたれが涼二の身長ほどもある奴だ。其の前に立ち、呼吸を整えマシェットを腰溜めに。

一閃。

少しの間を置いて背もたれが斜めに両断される、切り口は最後の方になると流石に粗くなっているが其れを成した涼二の技は賞賛に値するだろう。

「・・・そのようね、接近戦には支障は無い、か。あいつ等相手だと近接される事が多いから却って良いわね」

彼女はそう頷いて服を抱え、部屋の隅へ行こうとする。

「私も着替えるから、貴方も着替えておいて。其の後、荷物を纏めてこのまま町を出るわ、長居は出来ない」

何処か寄って人を探さないんですかと聞こうと思った涼二だが、其れよりも速く彼女が視界から消えたので其れも出来なかった。と、此処で今更ながら彼女の名前を聞いていない事に気付き、苦笑する。後で聞こうと思い、自分の来ている物を見下ろしてまた苦笑。

此処に到着した後、直ぐに交換留学先の高校へ挨拶に行くからと世話役の男から無理矢理着せられた礼服に近い其れを。彼自身はジーンズにジャケット程度で良いだろうと言ったのだが頑として聞き入れられなかった、そう言った所もまあ彼らしいと涼二は懐かしみながらボタンを外し、脱ぎ始める。

上着を脱ぎ、シャツを脱ごうとした所でその胸ポケットに何か硬い物が入っているのに気付き、其れを取り出す。鍵だった、何処かコインロッカーか、其の程度の錠を開けると言った余り大きくない鍵が三つか四つ、金属製タグのキーホルダーに下がっていた。


『和則さん? 何です此れ』

『御守りです、きっと役に立ちますよ』

『御守りって・・・鍵にしか見えないんですけど』

『でも御守りです』

『いや、だから・・・』

『御守りなんですよ』

『・・・もう良いです、分かりました・・・』


そう言って訳も分からない内に押し付けられた鍵が此れだ。彼に言わせれば此れが御守りになるのだそうだが、涼二から見れば鍵はただの鍵だ、それ以外の何物でもないのだが。

「ま、和則さんが嘘を付く事は無いだろうから、何か意味があるんだろうけどね」

新たに着たシャツの胸ポケットに其れを直しながら一人事を漏らす。ズボンも厚手の物に変え、靴も軍用ブーツで脛辺りまで保護する物に、這いずって来たゾンビから引っ掻かれても其の身を傷付けられないよう。そして上に何処かの軍隊が採用しているのであろう軍用コートを羽織る、此れだけ着れば其れなりに防御力は上がるだろう、一応の安堵感を得て涼二は武器の選定に入る。

(主武装にマシェット・・・替えも入れて3本、いや4本は持っていた方が良いな。其れからナイフ、投擲用・・・意味は無さそうだから大型のコンバットナイフを4本、本当は脇差くらい欲しいんだけど其処までマニアックじゃないかこの店、残念。他には・・・って俺向けの武器ってこの程度しか無いじゃん、うわ〜、何か虚しい? あ、さっき拾った鉄パイプ、あれの先にナイフをテープか何かで固定すれば即席の槍もどきになるんじゃない? おお、俺って結構、余裕かも)

其処まで考えて溜め息、余裕と言うか恐怖を考える事で紛らわしているだけだ、師匠曰く『自分を常に意識して知っとか無いと、自分に裏切られるぞ』。ならばその様に、涼二は深呼吸をしながらマシェットを手に店の外へ出る。ドアから辺りを見渡したが動く者の影は無い、それでも緊張を切らさず、彼女のアドバイスも入れて頭上も気にしながらパイプの方へと近付く。途中に涼二と彼女が倒したゾンビの残骸が転がっている。既に凄い勢いで其の骸は分解して行っている、恐らく此れが彼女の言うウィルスの力、代謝能力上昇の副作用なのだろう、今、ウィルスは己の住処である骸を食っているのだ、凄まじい勢いで。

(そして最後は何も残らない、か。なんとも遣り切れないな)

幾ばくかの哀れみを覚えながら涼二はパイプを拾い、店へと戻る。中に入って早速槍を作ろうとする前にふと思い付く、そう言えばこのドア、彼女が鍵をフッ飛ばしたから閉まらないのだ。襲われる可能性は低いとは思うが、涼二は念の為に扉を閉め、中からダンボールを数個重ね、ドアの前へ置く。押さえにはならないだろうが、ドアを開けようと押したら箱がずれ、音を立てる、簡易的な警報装置だ。

それに少しの安堵を覚えた涼二は軍用ガムテープと紐を探し出し、パイプとナイフも持ってその場に座りこむ。鉄パイプの穴にナイフの握りを通し、ナイフのハンドガードの所で止まるまで中に落としこむ。因みに、ナイフの握りにはテープを巻き付け太さを増し、パイプの穴にぎりぎり通る位にまで増している。そして其のガードとパイプの先端に付いていた突起の部分を紐で固く縛り、一寸やそっとではずれないように固定する。

最後にナイフとパイプをテープでグルグル巻きにして固定、更にパイプ全体にもテープを巻き付けて滑り難くする。見た目は悪いがガッチリと固定され相当手荒く扱っても壊れる事は無さそうだ。刃渡りは30センチ、パイプの長さは90センチくらいか、全体的にそう長くないので狭い室内、廊下での戦闘にも対応出来るだろう。

武器は用意し終えたので続いて食料品を探す。幾ら直ぐにも町を出るとは言え数日分の食料を持つのは当然だろう、幸い此処の店は品揃えは良いらしく、軍用レーションが置いてあった。涼二はそれらを数袋、中身をぶちまけ中身を見てみる。肉料理の入ってるらしい袋、これはいらないだろう。その他、ケーキやらゼリーやらの嗜好品も抜かし、「Nutritious Booster Bar」と書いてある袋を手に取った。

「高栄養価バー?」

試しに破いて中から出たなんとも形容し難いチョコバーみたいな物を一口齧ってみる、ヌチャっとした独特の食感の中に生きているシリアルみたいな硬い物の食感が其れなりに美味い。一本食べてみて其れが相当に腹に溜まると気付いた涼二は他のレーションの袋も破り、このバーだけを取り出し、袋に詰める。30個ほど詰めただろうか? この位あれば数日はもつだろうと次に飲料水の確保を考える。

水を浄化するストローや、水に混ぜると泥水でも飲めるようになるという錠剤もあったがこれらの物でもウィルスに汚染された水を浄化出来るのかは不明だ、この点は後で彼女に聞くしかない。

「最悪、ペットボトルかな? 重いだろうな〜」

ブツクサ言いつつ、壁に掛かっていたリュックを下ろし荷物を詰め始める。食料、ナイフ、他にも役に立つだろうと自分の判断で入れた小物。外側の穴とマシェットの鞘に付いた穴を紐で結び、2本をそうやって固定する。有事の際には手を背にやればそのまま引き抜ける様にだ。

「ガンダムみたいだな〜ってな」

残りの2本はベルトに左右の腰に1本ずつ固定、ナイフの1本は専用ホルスターで左脇下に吊るす。良し、自分の装備は此れで完璧だ、後は彼女を待つだけなのだがと思った所で既に十数分が経過している事に気付く。女性の着替えとは言え無駄が嫌いそうな彼女がそう時間をかけるとは思えない、化粧をする訳でも無いし余りにも戻って来るのが遅すぎる。

「とは言え覗く訳にも行かないしな〜、やったら殺されるかも」

化物に殺されるのも嫌だが覗きでくびり殺されるのも嫌だ。とは言えほって置く訳にも行かない、涼二はそっと彼女の方へ近付き、聞き耳を立ててみる。衣擦れの音でも聞こえて来るかと思ったが、代わりに聞こえて来たのは荒い呼吸音だけだ、気分でも悪くしているのか? かと言って踏み込む訳にも行かないので涼二はそっと声をかけてみる。

「え〜と、大丈夫ですか?」

返事は無い、如何した物かと涼二は一瞬考えもう一言かける。

「・・・今からそっち行きますけど、問題あるならそう言って下さい」

・・・返事は、無い。涼二は覚悟を決めそっと覗き込む。

そして其の視界に映った物を涼二は驚きをもって認めた、彼女が倒れ荒い息の下で唸っていたのだ。

「ちょっ・・・大丈夫ですか!?」

慌てて左手で頭、右手で左肩を持ち上げ、上体を起こす。其の状態で汗の玉が浮いた額に右手を当てて、慌てて離す。驚くほどの高熱だ、さっきもこの熱を隠しながら自分を助け、説明してくれたのか? 其れは無い、涼二だって相手の状態くらい診る事が出来る、先程か確かに彼女の容体は普通だった、なら。

(服は着替えてる、つまり容体悪化したのはほんの数分前?・・・!? まさか、さっき彼女自身が言っていたウィルスに感染していた!? そんな・・・)

だとしたら最悪だ、頼もしいパートナーがこんな形で目の前で失われるなんて。彼女の言葉が正しければもう助ける術は無い、数分後か、数十分後か、其れは分からないが彼女は自分に喰らい付こうとする、その時、自分は彼女の首を刎ねないといけないのか?

(如何したら・・・如何したら良い!)

途方にくれ、彼女の汗を拭いながら対応を練るが全く、案は浮かんで来ない。

(もう、見捨てるしかないのか? そんな・・・女性一人助けられないなんて・・・)

力無く、汗を拭いていた右手が落ち、彼女の左肩に触れ・・・。

「っ――――――!!!!!!!!?????????」

熱い鉄に触れたかのように右手を引き離した。今、自分は何に触れた? 今彼女の左肩の皮膚の下、其処を芋虫の様に何かが這いずって行かなかったか? 気のせいか? 疲れてるんじゃないのか? そう自分に言い聞かせ、視線を其の左肩へ落とし。

「う、うわああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」

今度こそ絶叫した。確かに今、彼女の皮膚の下で何かが、そうなんとも形容し難い其れが彼の目の前で蠢き、また沈んで行った。

(な、何だ今のは? ウィルスに感染した時の症状の一種か? いや、そんな物じゃない、何か分からないけど、理由は無いけど、そんなレベルじゃない気がする。何だ、この人、何なんだってんだよ!?)

混乱する涼二の混乱に更なる拍車をかけるかのように何かの音がその耳に届く、ダンボールが床か何かに当たった時に鳴る音、と、言う事はまさか・・・。

「さっき、ドアの前に置いた奴か!?」

怒鳴ってハッと口を押さえる、さっきも悲鳴を上げてしまったがもしかしてそれを聞き付けて来た? だとしたら完全に自分のミスだ、歯噛みし悔しがるがどうなる訳でもない、涼二は辺りを見回し打開策を考える。目に付いたのが店の裏口、だが鉄製のドアの其れには丈夫な鍵と鎖が降りており、敵の正面突入までに抉じ開ける自信が涼二には無い。

(ん? チェーンまで降りてる?)

正面ドアにも鍵と共に鎖が掛かってた、千切れた其れが下がってるのを確認したから間違い無い。表にも裏にもチェーンは降りていた、窓も閉まってる、と、言う事は?

(この店の店主、もしかしてこの建物から出て、無い?)

最悪だ、振り向けば其処には二階への階段、今にも何かが降りて来る足音が聞こえて来るような幻聴に囚われる。其れを振り切り耳を澄ますが幸い足音は聞こえて来ない、まだ動き出す前か、其れとも感染したと知って、助から無いと理解して自分の頭を撃ち抜いたか。なんにせよ時間はもう無い。

(玄関にあいつ等が集まってる今、窓から飛び出せば逃げ切る時間はあるんじゃないか? 走る事も無いようだしダッシュで逃げ切れば・・・)

確かに普通に走れば追い付けないだろう、だが其のプランを実行した場合。

(彼女は・・・連れて行けない・・・)

今のプランはあくまで単独脱出案、彼女を抱えての窓から脱出、其れに繋がる走っての逃走も不可能だ。それを実行に移すなら彼女を切り捨てねばならない。

(何を迷う寛和 涼二! 彼女は間違いなく感染してる、もう少ししたらあの化物の仲間入りだ! そんな奴、助けた所で何の得がある!)

心に巣食う悪魔か、はたまた涼二の臆病な部分かがそう囁く、そうすれば彼だけは助かると。

「は、は、はは・・・そうだよな・・・其れが普通、だよな・・・」

何が可笑しいのかは分からないまま、そう哂い続け涼二は彼女をそっと床に置き、立ち上がる。後は荷物を抱え、窓から飛び出せば助かる、そう、間違いなく彼だけは助かる。彼だけは。

「そうだがなぁ・・・ふざけるなあああああぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」

其の言葉は誰に向けた者か、其れもまた分からぬまま涼二は絶叫する。彼女は言った、「貴方が感染したら私は躊躇無く引き金を引く、覚えて置いて」と。其れは涼二に向けられた物だが、同時に彼女が自身に向けても言った物ではないかと勘繰るのは考えすぎか? だが涼二にはそう思えて来た、「自分もそうなったら殺してくれ」と、彼女は涼二に言いながら同時に、彼に始末を頼んだのではないのか?

「そうじゃないとしても・・・一度救われた命、借りを返すのは当たり前だろう、しっかりしろ寛和 涼二! 此処で彼女を見捨てたら、間違いなく一生後悔物だぞ! 不真面目な人間なら不真面目な人間なりの」

歩みだしながら。

「誇りってモンがあるだろう!!」

叫ぶ。手にマシェットの握りを収めながら。展示ブースに戻ると思った通り、ドアに群がる5体ほどのゾンビ、前に積み上げたダンボールも残り1個、そして其れも執拗なゾンビの体当りにより涼二の目の前でずれ、其れによりゾンビが入れるだけの隙間が出来た。

(さあ如何する! 1対多数なのに部屋の中に入られたらお終い! ならば・・・)

其処まで思考し、ドアに走りよる涼二。走りながら先程作った槍を拾い上げ、構える。

(ならば! ドアから侵入される前に方をつける!!)

「りゃあああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

掛け声と共に一突、鋭い其の槍先がドアから進入して来ようとしていた先頭のゾンビの喉元を貫き、更に突きの衝撃をもろに喰らって後続のゾンビを巻き込み、倒れる。刺されたゾンビは其の一撃で脊椎を破壊され、立ち上がって来る事は二度と無い、残りは4体、涼二は其の4体が置きあがり、またドアへ殺到して来る前にと即席の槍を点検する。大丈夫、歪みもずれも見受けられない、しっかりと固定されてるようだ。

満足気に見やった涼二だが刺した刃の方から血が垂れて来ているのを見つけ、慌てて槍を払い、血糊を散らす。手に傷がある訳でもないがウィルスに汚染された物に触るのは、想像するだけでゾッとする。後で手袋を探そうと思う涼二の前で先ず、一体のゾンビが立ち上がって涼二の方へとフラフラと接近する。

「ふぅっ!」

軽く呼気を唇の隙間から鋭く吐き出し、槍をコンパクトに横薙ぎする。一瞬遅れてゾンビの首元に赤い線が生まれ、其処から沸々と血の玉が現れ、最後にドバッと凄まじい勢いで出血が始まり、涼二の足元を血に染める。血は少しブーツにかかったが完全防水の其れに染み込む事無く、虚しくてらてらと未だ生き残っていた街灯の光を受け、鈍く光っている。

攻めるのは、今度は此方の番だとドアから飛び出し、起き上がる途中のゾンビへ接近、まだ上体も起こしてない物の喉へ逆手に握った槍を突き下ろす。首の裏まで貫通した槍先を捻り、抉り、完全に脊椎を破壊して引き抜きついでに槍を振り、また血糊を飛ばす。

其の間に立ち上がったゾンビが2体、よろよろと手を此方に差し出しながら涼二へにじり寄って来る。今度はパニックを起こす事無く冷静に其れを迎え撃つ、横に並び、ほぼ同距離にいるので先ず左の方へ、左手の内で180度間転させ、石突を先にした槍でゾンビの胸板を突き、後退させる。

其れと同時に手をかけていた左腰のマシェットを抜刀し、其の勢いで目前まで迫っていた右側のゾンビの胴体に深い傷を負わせる。其の勢いに推され、よろよろと後退する所に元の様に穂先を先にした槍で一突き。そのゾンビも脊椎を抉られ二度と動かなくなる。残すは先程槍で突き飛ばした1体のみ。再び体勢を立て直さんとする其のゾンビの元へ槍を捨て、左手も其の握りに添えた涼二のマシェットが弧を描いて襲いかかる。

「シィッ!」

思い切り右足を踏み出して放った一閃。数瞬の後、コマ送りのようにユックリとゾンビの頭が首からずれ、ごどん、と重い音を立てて地に落ちた。

「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁ・・・取り敢えずは何とかなった、か」

荒い息の下で涼二は辺りを窺う。相変わらず、そこら中から形容し難い唸り声が響いて来る、だが其れだけだ、身近にはもういないらしい。

捨てた槍を拾い、後ろ向きのまま店の扉の方へとよろよろと下がる。どんっと音を立ててドア枠により掛かり、軽く勝利を噛み締める涼二、其の彼の肩にポンと置かれる手。

「あ、気が付きました? いや〜良かった、あのまま起きないのかと・・・」

振り返る涼二の目に映った物、白く濁った目、青黒く異臭を放つ頭、抉れて内臓が見えている腹、腐り落ちた左手。其れが涼二に口を開け、迫って来た。恐怖に固まり一歩も動けない、悲鳴も上げる間無く、涼二の首に生温い吐息がかかり・・・。

「気を抜くな、そう言ったでしょう」

其の首の横から白い腕が伸び、ゾンビの頭を鷲掴みにし、ごきりと鈍い音がした後、ゾンビは首を有り得ない方向へ曲げたまま崩れ落ちた。其れを見届け、安堵の息の下、涼二の視線の先には平然と立っている彼女がいた。

「えと、もう、動いて・・・大丈夫なんスか?」

疲労と恐怖から息荒くなる涼二に彼女は頷くと。

「まだ隙が目立つけど」

そう言いながら涼二の横から顔を出し、新たに動かない死体に仲間入りした4体に視線を向け。

「思った通り貴方、かなり強いわね。室内戦闘を避け、広い場所での戦闘を選択、切断する技術。悪くないわ」

そう涼二を評価し、室内へ戻る彼女の後姿に彼は慌てて声をかける。

「あの!」

「なに?」

振り返る彼女に何故か、涼二はさっき彼女の腕に現れた物について問いただす気にはなれなかった、だから代わりに有体な事を聞いて場を誤魔化す。

「なんかドタバタしちゃって自己紹介遅れたっすね、俺は寛和 涼二、涼二って呼んで下さい。えっと、貴方の名前も、良ければ・・・」

そう言う彼に軽い笑みを浮かべながら彼女は答えた。

「アリス、呼ぶならそう呼んで」


mission clear! go to next mission!



後書いてみる


遂に始まったバイオ小説、殺しまくりです死にまくりです抉りまくりです。

主人公は一切銃火器を使わないサムライボーイ、剣、槍、棒、近接武器のみで戦います、最後まで一切銃は使わないでしょう、此れって意外と異質じゃね?

まあ馬鹿な事言ってないで次回予告です。


脱出を目指してゲートへと急ぐ涼二とアリス、其の目前で教会へ逃げ込む数名。

合流しようとする二人の前で教会へ追うように入って行く異形の群れ、響き始める銃声と悲鳴の聖歌。

そして2人は突入を決意する・・・。

次回「Mission 1:Gospel in the Hell」


お楽しみに〜ではノシ

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読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます