鬼畜魔王ランス伝
第１２８話 「魔王様の戦闘訓練」 自分の心臓が立てる音がバクバクと聞こえて来る。 魔王城から少し離れた場所に設けられた練武場にも差し込む陽光が、ジリジリとぼくの肌を炙っている。 「がはははは。さあ、どっからでも来い！」 王様が一見隙だらけに見える構えで木刀をぼくに向けている。 でも、ぼくは知っている。 ぼくには見えている。 下手に打ち込んだら、あっさり返り討ちになってしまう事を。 「うん、王様！」 でも攻めあぐねてるだけじゃ、せっかく相手してくれてる王様に申し訳無い。 隙が無いなら…… 隙が無いなら、抉じ開けるまで。 「いくよっ！ バイ・ラ・ウェイ！」 「なんのっ！」 練り上げた闘気で上がった身体能力の限界近くまで加速した横薙ぎの斬撃が、王様が半歩踏み込みながら振り下ろしてきた木刀に阻まれる。 でも、必殺技のバイ・ラ・ウェイがただの木刀の一撃で止められるはずが…… 「え！？」 構わず押し切ろうと振り切った剣が妙に軽くなって、右手がジンと痺れてる。 あれ？ 気付いた時には、ぼくのあごに王様の木刀の切先が突き付けられていた。 肌を刺すように強い闘気の焔が木刀の刀身から揺らめいているのを感じて、ぼくは自分の失策が何だったかを知った。 「がははははは、闘気を込めた剣に真正面からぶつかっても通用するわけないだろ？」 リック将軍も使ってる“バイ・ラ・ウェイ”は、練り上げた闘気でスピードとパワーを高めた斬撃を連ねて相手を滅多斬りにする必殺技だ。 敵手の対応限界を超えた飽和攻撃は、王様の必殺技“ランスアタック”に比べて全部当たった時の威力も命中率も上なんだけど……でも、武器に闘気を込めてる訳じゃないから剣が耐え切れずに折られてしまいかねないって事をすっかり忘れてたんだ。 「王様っ！ もう一回！ もう一回お願いします！」 今の攻防で王様の一撃がぼくの剣を折った理屈は分かった。 多分ランスアタックを細かく制御して、溜めた闘気を一挙にじゃなくて少しずつ炸裂させてるんだ。 それならそれで、ぼくの方にも戦いようはある。 「後でな、後で。」 「えーっ！ そんなこと言っても良くすっぽかすじゃないか、王様って。」 思わず頬を膨らませるぼくに王様が向けた笑顔は、笑顔は笑顔でも苦笑だった。 「……後ろの連中を説得できたら良いぞ、メナド。」 「……あ。」 王様が指した指を追って振り返ると、そこには順番待ちをしている魔人や使徒やモンスター達がぼくを恨みがましくじっと見詰めている。 「ご、ごめん！」 それもそのはず、もう一回もう一回とついついせがんだ結果、３回も連続で王様に稽古をつけて貰っていたんだから……。 非難の視線に追い立てられるようにぼくが下がった替わりに王様の前に出たのは、金髪なのに着物に薙刀って格好だけど不思議と違和感が無い女性だった。 「あの……よろしくお願いしますね。」 確かリズナとか言ったかな。 「がははは、さあ来い！」 こう言われてるって事は、この人も王様にとっては格下なんだろうな。 だって、王様は守りじゃなく攻めの方が強い人だから。 「がんがん、ふよふよ。」 え？ 今、リズナさんは何をしたんだろう？ 攻撃じゃないみたいだけど、何か力が……多分、魔法を使ったのかな？ 「かたかた、ふよふよ。」 まただ。 「がははは、そう来るか！ 面白い！」 攻撃魔法じゃないって事は、能力強化用の付与魔法かな？ 「それなら、ライトニングレーザー！」 い、いきなりそれ！？ 王様の目の前に浮かび上がった４個の光る球体から伸びた緑色の雷光が、４本の光線になってリズナさんに命中する。 「はっ！」 でも、雷撃魔法なんて全く意に介さず薙刀の間合いに踏み込んだリズナさんには全然ダメージが無さそうで、逆に攻撃魔法を撃った直後の僅かな隙を狙われた王様は後ろに飛び退って避けるのが精一杯みたいだ。……どういう事なのかな？ アレを食らっても大丈夫な手が分かれば手加減抜きの王様に勝つ手掛かりになるかもしれないけど。 「エンジェルカッター！」 「甘いっ！」 間合いを取ろうとした王様にリズナさんが光の攻撃魔法を追い討ちで放つけど、すかさず翻った王様の木刀が魔力で生み出された光刃を綺麗に両断してしまう。……あれってどうやってるんだろう？ 今度ぼくも教えて貰おうかな。 「あっ！」 その後も剣の間合いまで踏み込まないよう慎重に攻めてたリズナさんだったけど、健闘もそこまでだった。 何度目かの振り下ろしを狙って上段から穂先に叩きつけられた木刀で薙刀を地面に食い込ませ、返す刀で逆袈裟に切り上げる王様。 それを咄嗟に薙刀から手を離して転がって避けたのは見事だけど、起き上がろうとした目の前に王様の木刀が突き付けられる。 ……勝負あった、かな。 「がはははは、俺様の勝ちだな？」 「はい、ランス様。」 素直に負けを認めて、王様の出した左手に捕まって立つリズナさん。 ぼくみたいにもう一手ってせがむ事も無い。……少し自己嫌悪。 「じゃあ、次だ！ 誰かいないか？ いないなら終わりにするぞ。」 わ、待って、ぼくがもう一度…… 声に出して立候補する前に、大きな針のような武器を持った小柄な女の子が王様の前に無言で進み出た。 あれは確か…… 「がはははは、復讐ちゃんか。よし、来い！」 「ではいく。」 待ち針に酷似しているけど１００倍以上は大きい武器でレイピアみたいに素早い連続突きを繰り出してくるのを、王様は体を捻ったり木刀で弾いたりして逸らし続ける。 これも好勝負になるかなと思った次の刹那、復讐ちゃんの両腕は巨大待ち針を持ったまま王様の左腕にがっちりと抱え込まれてしまった。 「がははは、俺様の勝ちだな。」 わざと懐に飛び込ませた王様の作戦勝ちかな。 「やめろ、頭を撫でるな。」 ああは言ってるけど嬉しいんだろうな。だって王様の右手で頭を撫でられてる時、ほんの少しだけど目が細くなって頬が赤くなってるんだもん。 「さて、次だが……」 今度こそぼくが……勇んで立とうとしたぼくより先に王様の前に出たのは、順番待ちの列の先頭に居たヤツだった。 ……まあ、そうだよね。王様が凄いからって尻込みするような人って、そもそも相手してもらおうなんて思わないよね。 「男モンスター？ いや、下級悪魔か。何の用だ？」 「魔王軍に雇って貰いに来たんですよ。無論、上の許可は取ってます。」 角があって四本腕でマントみたいなモノを着た姿をしている下級悪魔……カースだ。 玄武城とか言う異次元からリズナさん達と一緒に来たカースは他のモンスターとの混血らしいけど、今ここにいるのは純粋な悪魔みたいだ。……下っ端だけどね。 「いらん、帰れ。」 「美女１０人を献上すると言ってもですか？」 こいつ、王様の性格を知ってる。 こんなこと言われたら、王様は許可するに違いな… 「がはははは、じゃあその１０人を直ぐに連れて来い。気に入ったら考えてやる。」 あ〜あ、やっぱり。 手回し良く連れて来ていた女の子を品定めしていた王様は、得意顔のカースに向けてニヤリと笑った。 あれは、意地悪な事を考えてる時に良く出る顔だ。 「まあ、悪くない。が、無条件でお前を採用するほどじゃないな。ちょっとばかりテメエの実力を見せて貰おうか。」 そう言って王様が無造作に繰り出した突きは、カースの目の前でピタリと静止するはずだった。端から見てて間合いが少し足りないように見えたし、アイツもそのつもりで避けも目を閉じもしなかったんだろう。 ……それが大きな間違いだと気付かないで。 「いきなりランスアタック！」 王様が叫んだのは、もう木刀に溜められていた闘気が炸裂し始めた後だった。 完全に不意討ちされたカースは闘気の爆発をモロに受けて敢え無く吹き飛ばされ、練武場の仕切り壁にぶつかってグシャリと嫌な音を立てる。……多分、即死だ。 「ちっ、くたばりやがったか。これで生き残るなら、ちょっとは考えたんだがな。」 王様は男には厳しい。 でも、無用に厳しくも無い。 「復讐ちゃんはワーグを呼びに行け。あと、黒竜姫は御側役に事情説明して人手を借りて来い。」 きっと、避けるか防ぐか耐え切るかして生き残れば採用したんだと思う。 魂の一部どころか全身丸ごと経験値に換算されて王様に吸収されて消えてゆくカースの身体を見ながら、ぼくはそんな事を思っていたのだった。 一方その頃、ゼス王国では…… 「なんと！ 天使や悪魔には魔人の無敵特性は通用しないと言うのか！？」 聖魔教団が３０年もの戦争で遂に知り得なかった魔人を傷つける方法について画期的な方法がアレックスからガンジー王に伝授されていた。 「はい。そこで使役するなり武器に封じるなりして天使や悪魔に攻撃させれば、魔人の無敵属性を破る事が可能だとホ・ラガ様に教えていただきました。」 そこでアレックスが取り出したのは２冊の本。 どちらもホ・ラガの塔で渡されたものだ。 いや、本と言うより儀式道具と言った方が良いかもしれない。 どちらも消費アイテムで、一度使ったら焼失してしまうような代物だったからだ。 そして、問題はもう一つあった。 「大賢者様がか！？ ふむ。ならば、早急に高位天使や上級悪魔の召喚法を調べねばならんな。」 神魔を武器に封入する方法や使役する契約を結ぶ方法については本に書かれていたのだが、肝心の天使や悪魔を召喚する方法については書かれていなかったのだ。 下級天使や下級悪魔の方が扱い易いのは確かだが、それでは絶対的なパワーの問題で魔人に対抗できない危険も高い。 必要ならば封印されている禁断の知識をも投入する決意を固めながら、ガンジーは高位存在を封入するに相応しい武器の候補を脳裏に幾つか思い浮かべたのだった。 身の程知らずの下級悪魔が各地から誘拐してきた１０人の女性達に厄介な罠が仕掛けられてたりしていないのが確認された後、ランスは仕方なしに政務処理に勤しんでいた。 検査の都合もあって今はぐっすり寝ている女性達が起きる前に仕事を片付け、お楽しみの最中に邪魔が入る危険を少なくしておこうと言うつもりなのだ。 「ちっ、それにしても馬鹿な問題起こす奴が多いな。少しは俺様の都合も考えやがれ。」 ぼやきつつも机に山と積まれた書類を決裁しているランスに声をかける者がいた。 「……なんだ？」 いや、声をかけるべきかどうか迷ってる者がいた。 「少しお時間よろしいでしょうか、ランス王。」 遠慮がちに跪いたのは、ゼスから帰参したばかりのカオルである。 「がはははは、カオルなら問題無い。……で、何の用だ？」 丁度良い息抜きだと椅子ごと振り向いたランスに向け、今にも平伏しそうな勢いで下がるカオルの頭で黒髪と桜色のリボンが揺れる。 「おかげさまでゼス国内の様子を見て来れたのですが、思った以上に軍事を優先していて弱者への福祉が後回しになっておりました。」 声音に溢れていたのはランスへの感謝とゼスの現状への不満。 「まあ当然だろうな。」 そして、その原因となった男への微かな…本当に微かでカオル自身も気付かない反感。 「そこでお願いがございます。」 しかし、カオルはあくまで礼儀正しく真摯に頼み入れる。 「なんだ？」 「ゼスで政府の目が届かない貧しい民衆を救済する活動をしている団体に支援を願いたいのです。」 真の王者と見込んだこの人ならあるいは……と期待をかけて。 「良いぞ、何が欲しいんだ？（ふむ。ここでそいつらを助けておくとゼスを占領した後で役に立つかもな。）」 その期待は今回も報われ、カオルの内心でのランスの評価を更に押し上げる。 かつてのガンジーに向けていたよりも更に数段高い評価は、既にして忠誠と言うより信仰の域にも似た位置にまで達していたのだ。 「当座は資金援助だけでも大丈夫でしょうが、場合によっては物資の援助も必要になるかと思われます。あと、人的支援についてはできる限り控えた方が良いかと。」 「……そんなとこだろうな。取り敢えず１０００万用意させる。」 ゼス国の貧しい民衆を残らず助けるにはとても足りない金額ではあるが、それでもかなりの大金には違いない。 「ありがとうございます、ランス王。」 他国の民草を救済するのすら躊躇せず即答したランスにカオルは心から頭を下げ、内心芽生えたささやかな反感は芽吹く前に根こそぎ一掃されてしまう。 「ところで関係無い話だが。」 だから表情を一変させたランスが言い出した事を、カオルはほぼ何でも受け入れるつもりだった。 「なんでしょうか？」 例え全裸で魔王城を練り歩けと命ぜられたとしても粛々と従っただろう。 「ちょっとここで寝てけ。」 しかし、命令は意外も意外なものであった。 「……はい、ありがとうございます。」 「がはははは、そうか（ありがとうだと？ 俺様はやりたかっただけなんだが、さてはカオルもやりたかったのか？）。」 自分がここを退出したら積もり積もった疲労と寝不足も省みずゼスにとんぼ返りしかねないと気遣ってくれたと誤解して感激したカオルが、長椅子に横になるなり眠りの園へと落ち込んでいったのにランスが気付くまでには十数秒はかかったのだが…… 「ちっ。」 実に幸せそうに眠っているカオルを何故か起こす気にもなれず、ランスは当座の仕事を片付けるべく再び卓へと向き直ったのだった。 「くそっ、とにかく急ぎの仕事を片付けてからだ。」 カオルやカースが連れて来た美女達を味わうのはそれからだと悪態を吐きながら。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 久しぶりのメナドです〜。久しぶり過ぎて色々忘れてるかも（汗）。 |
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