鬼畜魔王ランス伝


   第123話 「移りゆく舞台」

 泣く子も黙って卒倒する絶対者、魔王が棲む宮殿。
 魔王城。
 大陸の過半を制し、魔物だけでなく人類の3分の2以上をも足下に平伏させた魔王の高笑いが、今日も謁見の間にこだまする。
「がはははは。で、次は何だホーネット。」
 高笑いと言うより馬鹿笑いと言う方が相応しいほど大口を開けて笑いつつ、ランスは次なる報告を急かす。
 仕方ないから面倒な政務をやっているとは言え、元々地道な仕事は嫌いなランスであるから、さっさと当座やらなくてはならない仕事を終わらせて遊びに行きたいのだ。
「フリーク殿から野良聖魔法体の回収作業について新方式を開発したとの報告が来ております。要請通り回収担当者を増やしてよろしいでしょうか?」
 野良聖魔法体とは、遥か昔に聖魔教団の長たるM・M・ルーンから与えられた最終指令を果たすべく好き勝手に徘徊し続けている闘将と魔法機の事を指す。
 その最終指令とは事実上の『人類抹殺』……魔法が使えない人間達と、それに味方する人間達の消去指令である。
「その新方式とやらについて報告書に詳しく書いてるのか?」
 国王が魔法使いであり国の要職にある者も魔法使いであるゼス王国なら回収した闘将や魔法機を特に改造しなくても自軍の兵力として利用できる。だが、元々の敵である魔王軍側は今のところ闘神の魔人であるフリークの指揮下に置くか相応の魔力を持った魔物が無理矢理支配下に置くしか手がないのだ。
「いえ、詳細については書かれておりません。」
「なら、そいつを聞くまでは保留だ。……ったく、面倒臭い。」
 予定外の仕事が増えたと嘆きつつも、あのフリーク爺が内容をわざわざ伏せて知らせて来た事にランスは若干の期待を抱く。
『まあ、あの爺のことだから…かわいこちゃんに関係することじゃないだろうがな。』
 口元に苦笑を浮かべるのまでは止めようとはしなかったが。
「他に俺様が聞いとかなきゃならん用事はあるか?」
「あ、はい。カオルさんが魔王様にお会いしたいと申し出ておりますので、控えの間に待たせてございます。……お会いになられますか?」
 次の案件を求める魔王に、ホーネットが謁見の申し込みがあると告げる。
「がははは、無論だ。可愛い女の子が俺様に会いたいと言ってるのに、俺様が会わない訳無いだろ。……忙しくて会う暇も無いって状況じゃないしな。」
 すると勿論ながらランスは即答で快諾した。
「承知致しました。」
 ホーネットがさっそく控えの間に連絡を入れると、ほどなく着物姿の黒髪の娘がしずしずと謁見の間に現れ、ランスからおおよそ10歩ほどの床に膝をついて礼をする。
「拝謁をお許し願いまして恐悦至極にございます、ランス王様。」
 髪をまとめている大きな赤いリボンが目立つほど深々と頭を下げたカオルに、ランスは玉座に腰掛けたまま声をかける。
「ああ、堅苦しい挨拶はせんでいい。肩が凝りそうだからな。で、わざわざ俺様に会いたいって用事は何だ?」
「はい。実は……ゼスの様子を見て来たいのですが、御許可を頂けますでしょうか?」
 それはランスが以前カオルに言った『魔王城から外出する時は必ず誰かに言ってから出掛けろ』と言う指示に沿った許可申請ではあったのだが、別の意味もあった。
「何か用意する物とか人とかはあるか?」
「いえ。お気持ちはありがたいのですが、既に準備は出来ております。」
 それはランスが果たして本当に許可を出す気があるのかどうか確認すると言う意味なのだが、どうやらそれは取り越し苦労だったらしい。
「がはははは、そうか。じゃあ、気をつけて行って来い。なんならシャングリラから行けるよう手配しといてやろうか?」
 頭を上げぬまま慇懃に受け答えるカオルに、ランスは気軽に寛大な処置を出す。
「では、お言葉に甘えまして。お願い致します。」
 そう礼を言って早々に退出したカオルの耳には、ランスがエッチな事を命じるタイミングを逸して舌打ちする音が聞こえる事は無かったのだった。
 ……腹いせ混じりでホーネットに甘い声を上げさせている音も。

 そして、魔王城から東へと向けて出立した後、
『追っ手も監視もいない。……やはり、ランス王は王の中の王とも言うべき器の御方なのですね。』
 公言通り自分を追跡してくる者がいない事を隠密としての感覚で見抜き、カオルは改めてランスの器の大きさを再認識して喜ばしく思ったのであった。



 その頃、オクの街とジオの街を結ぶ街道では、薄茶色の髪をした優しげな風貌の美青年魔法使いと赤毛の美中年戦士の2人組が襲撃してきたモンスターを蹴散らしていた。
「ライト!」
 後列から冒険者風の魔法使いが放った矢の如き光の塊がうさぎ耳とうさぎの尻尾がついた女の子モンスター…きゃんきゃんに突き刺さるが、一発では致命傷に至らない。
 逆に安物の武装に身を固めた戦士が繰り出す一閃一閃は、ヤンキーやザコと言ったモンスター達を一体一体確実に仕留めて行く。
「これであらかた片付きましたね。……大丈夫ですか?」
 青年がきゃんきゃん1体を倒す間に残る6体のモンスターを葬り去った年嵩の戦士…ブリティシュが周囲への警戒を解かぬまま訊く。
「……はい。」
 1500年ぶりの実戦に勝利したブリティシュは身体が思い通りとまでは行かぬまでもそれなりに動くのを知ったおかげで表情が明るかったが、最弱級モンスターすら一撃で倒せないほど魔力が弱まっている青年魔法使い…アレックスの表情は暗かった。
「すみません。足手まといになってしまって……。」
「いえ、こちらこそすみません。恐らく、私を助ける為にレベルが下がってしまったのでしょうから。」
 ブリティシュをコンクリ詰めにしていた強力な呪いを解くには解呪の泉で汲んで来た水だけでは足りず、アレックスの精気をも大量に吸い取ってようやく開封できたのだと悟らされたのはついさっき…襲って来た雑魚モンスターの群れをアレックスが得意呪文のライトボムで吹き飛ばそうとした時だった。
 “ライトボム”どころか“エンジェルカッター”も使えなくなるほど大幅なレベルダウンを喫してしまった今のアレックスに使える呪文は光輝魔法の基本中の基本である“ライト”ぐらいしか無くなっていたのだが、その威力も前述通りの有様でとてもゼスの四天王とは恥ずかしくて名乗れないほど弱体化しまくっていたのだ。
「鍛え直すなら私も付き合いますよ。長いことコンクリートに封印されていたせいか、身体のキレが今一つなので。」
 モンスターの血脂に汚れた長剣を軽く拭って鞘に納めたブリティシュがようやく警戒を解く。いや、特に注意しなくても周囲の気配を察知できる程度の技量と勘は残っているのに気付いて緊張を緩めたのだ。
「いえ。お気持ちは有り難いですが、ここはやはりゼスへ急ぎましょう。鍛え直すのならゼスに着いてからでもできます。」
「分かりました。では、行きましょう。」
 それでもせめて道中に襲撃してくるモンスターなどで経験値を稼ぐべく、乗り合いうし車を使わずに徒歩でゼス王国を目指す2人組であった。



 濃緑の深海。
 ヘルマンの西南にあるラボリの街から見て南。
 そこにクリスタルの森と言われる秘境があった。
 かつて多くのカラーが住んでいた事が名の由来ではあるが、本来の主達は西方の魔物の領域へと去り、その代わりに無骨で無粋で残虐な人間達と縛られて荷車で運ばれてる子供達と…恐ろしげな化け物達が森の道を闊歩していた。
「ヒャヒャヒャヒャ。ワシの作ったバーサーカーがいれば、森に棲む化け物なんぞ恐れるに足りんわ。そうじゃろ、ばーさん。」
 頭の真ん中だけ綺麗に禿げ上がった小柄な老人…オールハウンドは丸い玉のような猫という外見の生物に自慢げに話しかける。
「にゃー」
 オールハウンドの言葉を証明するかのように、ラボリを脱出したヘルマン解放軍1600名余りと荷車に乗せられて運ばれている600人ほどの子供達は、400体ほどの大柄な化け物に護られて魔物が出没する森を犠牲者を出す事無く進んでいた。
 いや、犠牲者はもう出ているし、これからも出る予定だった。
「ひゃひゃひゃ。カラーの村までは半日。そこからゼスまで行くのに今日を入れてもせいぜい2日じゃろう。それなら材料も充分持つだろうて。のう、ばーさん。」
 今、彼らを護衛しているバーサーカーは、子供を人質にして化け物になってしまう薬を飲むよう強要した母親達であり、荷車で行き来できる南限であるカラーの集落跡まで子供達を運んだ後は子供達も母親達の仲間入りをさせるつもりなのだから。
「にゃー」
 ヘルマン最凶にして最狂の科学者オールハウンドと彼の禍々しき作品達。
 それが、ヘルマン最強を自称していた十字軍の正体であった。


 一方、とりあえずラボリ郊外に陣を構えて、ラボリの街の制圧とカラーの森へ逃げたヘルマン解放軍を追撃する体勢を整えているヘルマン軍……いや、それを率いるクリームの元に偽エンジェルナイトの伝令が魔王城から訪れた。
「追撃中止ですって!?」
 クリームが求めた追撃許可申請に対するランスの返答を携えて。
「はい。『連中が戻って来るか、カラーの森に住み着いてちょっかい出して来るならともかく、ゼスに行きたいって言うなら好きにさせろ』だそうです。」
「そう。ランス王の指示じゃ仕方ないわね。私達が今から追っても、彼らに追いつく頃にはゼスの領土内に逃げ込まれている公算が高いわ。」
 正式な命令書まで用意されていてはクリームに否やは無い。
『……決して手持ちの戦力で勝てない相手じゃないけど、確かに高くつき過ぎるわね。』
 ここで逃がすと厄介な事になるとの見通しについては追撃許可申請の伝令に伝えておくよう厳命してあった。だが、ランスは寧ろゼスとの全面衝突が魔王軍側の責任で発生する可能性の方を嫌気していると伝えて来たのだ。……恐らくは相互不可侵条約の期間内限定なのだろうが。
 ならば、クリームとしても命令に従うのに不服は無い。
 戦略的見地ではなく政略的見地からだと魔王城からの指示も妥当ではあるのだから。
「斥候を出して。最低限、彼らの行き先だけでも調べておく必要があるわ。」
 もっとも、命令から逸脱しない範囲内で最善を尽くしておくつもりではあるが。
 しかし、クリームは未だ知らなかった。
 ラボリの街から人が消えてしまっている、その理由を。
 二度に渡ってヘルマン軍を苦しめた化け物の集団が、この街ラボリの住人のなれの果てだったと言う事を。
 魔王城に報告されていればヘルマン解放軍への対応はまるで違った処置になったであろう、残酷なその事実を。



 かつてカミーラの城があった窪地に雨水などが貯まってできた湖の上空1qに、魔王軍が誇る空中要塞…闘神都市オメガは浮かんでいた。
「がはははは。画期的な新方式って何だ? くだらん内容だったら爺さんを燃えないゴミの日に出しちまうぞ。」
 其処に性懲りも無く転送器でやって来たランスは、さっそく城主にして部下たる魔人フリークの研究室のドアをバタンと開け、中に踊り込んだ。
「口が悪いのは相変わらずじゃな、ランス王。じゃが、話が早くて助かる。実は聖魔法体の制御魔法式を完全上書きする方法を開発したんじゃが……」
 挨拶もせずにいきなり本題を切り出した魔王に心の中で苦笑しながらも解説を始めた鋼鉄の巨体は、従来問題となっていた懸案事項が解決可能になったと告げる。
 つまり、魔王軍が回収して再利用している闘将や魔法機を常時魔法使いの管理下に置いてなくても寝返りや離反などを恐れずに運用できる方法が見つかったのだ。
「これが相手を行動不能にしないと使えない呪文でな。そこで回収作業の人手を寄越して欲しいんじゃよ。」
 ただし、少しばかり面倒な条件も混じってはいたが。
 機能中枢を壊さぬよう気をつけて行動不能にし、自己修復してしまう前に呪文を相手に接触して打ち込まなくてはならないのだ。
 しかも、戦闘中に使うのが難しい複雑な手順を要する呪文を…である。
「がははは、なるほど。壊し過ぎないように動けなくしなきゃならんのがちょいと面倒だが、確かに便利そうだな。良し、俺様にも教えろ。」
 それでも単体戦力が大きい闘将や魔法機が完全に忠実な兵と見込めるようになる利点に比べれば、さして問題にならない程度の欠点であった。
「ランス王にか? この呪文は結構複雑なんじゃが……大丈夫かのう?」
「がははは、俺様のグレートでスーパーな頭脳に不可能は無い!(いざとなればシィルに覚えさせりゃ良いことだしな、うん。)」
 ……いざとなってしまったのは、まあ言うまでも無いだろう。
 それはさておき、
「で、増員の方はどうなるんじゃ?」
 本題に関する質疑を進行するフリークだったが、
「魔人2〜3人とその部下を交代でって事で良いか?」
「充分過ぎるぐらいじゃが、こっちにそんなに寄越して良いのかのう?」
 ランスの返答は期待していたものより遥かに良かった。
 魔人1人に部下がつけば良い方で、下手をすれば一般兵士を増兵する手配だけで終わりかねないと踏んでいたからだ。
「がははは、問題無い。魔人全員を臨戦体制に置かなきゃならんほど切羽詰まった用事は今のトコ無いしな。2〜3人ぐらいはどうって事無い。」
「なるほどのう。」
 ただ、確かに言われてみればその通りで、大きな戦争などが起きなければ魔人の一部を聖魔法体の回収作業に割いたところで魔王軍の屋台骨が揺らぐ気遣いは無い。
「あ、この呪文を教えるのは魔人の連中だけにしとけよ。下手な奴に教えると後々面倒なことになりかねないしな。」
「うむ。」
 悪用されれば強力な私設軍を作れる呪文なだけに運用に注意しろとの要請にフリークも骸骨にも似た己の首を縦に振る。
「がはははは。じゃあ、またな爺い。」
 それを見届けるが早いか、ランスは一陣の風となって研究室を去ってしまった。
 付近にある集落で、視察にかこつけて遊ぶ為に……。


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 アレックス…嫌いって訳じゃないけど、好きでも無いキャラです。ヘルマン解放軍は相変わらず暴走してます、本当にどうなるんでしょうかねぇ?(作者が言うな)
 ……ま、ランスに関しては相変わらずって事で(笑)。

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