鬼畜魔王ランス伝


   第118話 「勧誘工作」

「何の御用ですかな?」
 青と白の2色に塗り分けられたアメフト防具に身を固めたガタイの良いおっさんが、ヘルメットを脱ぎもせず訪ねて来た客に相対している。
「あなた様をゼスの戦略顧問として迎えに来ました。お受け頂けますか。」
 その客は、主人の異装を可愛く見せるぐらい怪しい口元以外を隠す仮面を着け、きらびやかな衣装を身に纏った聖職者であった。
 名を、サルベナオット。
 AL教の法王ムーララルーの代理人と言われる幹部である。
 彼は、自由都市の反乱のゴタゴタが治まるのを待って再度ハンナの街を訪れ、アメフト男を勧誘するべく自ら説得に乗り出して来ていたのだ。
「スカウトですか。悪いが、お断り…」
「運河さよりさん。」
 言葉だけは丁寧に固辞しようとした男の話を、サルベナオットはただ一言だけで強引に遮り、言葉を止める。
「何が言いたいのですかな?」
 胡散臭い相手を睨みつける目付きに変わった男に、仮面の聖職者は簡潔明瞭に告げる。
「彼女は今、魔王の手の者に囚われています。」
 嘘八百を。
「な、何だと〜〜!!」
「彼女は、魔王が経営するMランドと言う遊戯施設の園長をやらされ、一歩も外へは出して貰えない様子。我々の手のものが『救出』しようとしましたが、全て魔王の部下に阻まれてしまい……」
 それは、男の主観にとっては都合の良い情報であった。
「なんと、そんな事が……」
 だからこそ、人は信じたくなるのだ。
「もはや我々の手だけで彼女を救出する事は不可能です。そこで、あなた様の指揮で魔王を追い出して頂きたいのです。そうすれば、あなた様は彼女に感謝されるでしょうし、結婚も夢では無くなるかもしれないのです。」
 それは、稀代の軍師と言われし男でも……悲しいかな、例外では無かった。
「分かりました。そのお話お引き受けしましょう。ターッチダウン!」
 2時間後、荷物をまとめて地面に突き立てたアメフトボールの形をした自宅を、仮面を被った聖職者と共に後にした男。
 その男の名は、篠田 源五郎。
 かつて、世界最高の軍師として勇名を馳せた豪傑である。



 かつてヘルマン国と呼ばれていた地域の治安と軍事を任されている使徒クリーム・ガノブレードは、ヘルマン解放軍と名乗る無法者どもに占拠されたラボリの街を奪還するべくヘルマン地域治安維持軍のガドマン将軍に一万の兵を預けて進発させた。
 忍者の調査で敵の兵力は多くても二千を超えないと知っていた為、これでこの問題はカタがついただろうとクリームは推測したのだが、そうは問屋が卸してくれなかった。
「スードリ17跡でラボリ奪還軍が大損害を受けました!」
 息せき切って司令部に駆け込んで来た伝令が持って来たのは不吉の知らせ。
「詳しく説明しなさい。」
「は、はいっ。昨日、軍が夜営をしていましたところ、宿営地に魔物の一軍が攻め込んで来まして……迎え撃ったものの、730人が死亡、1562人が重傷、指揮を執られていたガドマン将軍も深手を負って重体です。」
「そう。ご苦労様(どう言う事? 迎撃態勢を整える余裕も無かったのか、それとも敵兵がヘルマン装甲兵すらも上回る戦闘力を備えていたのか……)。」
 思考に耽ろうとするクリームの意識を、
「あと、ガドマン将軍からの伝言で『十字軍に気をつけろ』だそうです。」
 伝令が一言で呼び戻した。
「十字軍!」
 その一言には、それだけのインパクトがあった。
 ヘルマン最強にして最凶の切り札。
「オールハウンドが向こうに付いたというの。確かに、それは計算外だったわ。」
 将軍一人だけで一軍に匹敵すると言わしめた独立部隊。
 それがヘルマン十字軍。
『面白くなってきたわね。』
 謎のヴェールに包まれた禁断の軍団であった。



 全身から発散されるオーラが、青白色の鎧をより白く光り輝かせる。
「はぁぁぁぁ! 三式…ヒエン!」
 練り上げた闘気で鋭さを増した斬撃を次々繰り出して、アリオスは押し寄せて来る50体あまりのモンスターを一気に切り伏せた。
「良し。どうやら三式はちゃんと出せるようになったみたいだ。」
 この域に達するまで、何度撃ち損なって敵に懐まで潜り込まれて難儀したか……アリオスは実戦と言う名の今までの特訓を振り返って溜息を一つ吐く。
 が、
「……どうやら、感慨に耽っている暇じゃない様だね。」
 直ぐに新手が寄せて来る気配を捉え、勇者の剣エスクードソードを構え直した。
 ここは、古代遺跡の地下327階。
 いかな勇者といえども単独で挑むには少々骨が折れるダンジョンの真っ只中であった。
 勇者アリオス・テオマンの戦いは、まだ終わらない……。



 ゼス王国を中心とした人類連合諸国の中で最も東に位置する都市国家ジフテリア。
 AL教は総本山に渡るルートの片方であるこの都市を自国の盾とするべく、信者から集められた資金と労働力を大規模に投入して要塞化を進めていた。
 また、兵力の方も常備兵が2400人、予備役が6000人と大幅に増強され、そうそう簡単には侵略できないように備えられた。
 と言うように、人類連合諸国の東側国境は難攻不落を謳われるアダムの砦とこのジフテリアの街で魔王軍の攻撃をがっちりと食い止める体勢を整えていたのである。

 それに対して魔王軍は、3個軍15000がいるアダムの砦を睨む場所に位置するパラパラ砦に魔人リック・アディスンとその使徒レイラ・グレクニーが率いるモンスター軍2000を駐留させているぐらいで、他の地域の国境については取り立てて警戒を強化していなかった。
 もっとも、元々各都市に配備された警備兵が最低限の警戒活動や治安維持は常日頃から行なっているし、一朝事あらば複数の手段で危急を知らせる態勢は抜かり無く整えられている。……そこが国境に近いかどうかに関係無く、だ。
 だから、ある意味、戦略上の要衝以外は同じぐらいの強固さで防備されていた……と称するのが正解なのかもしれない。
 魔王軍の軍備は現状の国境を維持する守りの態勢ではなく攻めを重視しており、要塞や街壁を堅固にするよりも可動兵力をより強くするのを優先していたのだから。



 で、そういう方針を決めた当の魔王様は、自室のベッドに腰掛けながら、6個の魔宝石を前にしてウンウンと首を捻っていた。
「う〜む。これを見てると何か思い出しそうなんだが……。」
 異世界“地球”の天使の力を宿した宝石。
 ……天使?
「そういや、俺様が留守してる間にカラーの部隊が解散されたとか言ってたな。確か、ソミータが突然いなくなったとか聞いたような……。」
 ニヤリ。
 ランスは、咽喉につかえた小骨が取れたかの如くすっきりとした顔で不敵に笑った。
「がははははは。もし、そうなら確かめてみる価値がある!」
 頭を掠めた考えが正しいか否か確認する為、ランスは手っ取り早く神勅の腕輪を頭上に掲げて叫ぶ。
「出よ、ソミータ!」
 プランナーが作り出したスーパーアイテムは、瞬時に条件に該当する天使を検索し、抗い難い呼び声を神界にいる対象へと届かせる。
 雲上人の如き存在からの最優先命令に等しき呼び声に逆らう術を、最下級の下っ端で新入りの天使が持っている筈も無く、白き羽根持つ天使が瞬く間に召喚された。
「え? ここは? ……ランス王!」
 その天使が召喚した張本人を見て目を丸くした。
 強制的に招聘されたのも驚きであるなら、それを成した相手がカラー族の恩人にして親友パステルの旦那であるなどとは思いもよらなかったからだ。
「がははははは。元気だったかソミータちゃん。」
「あ、はい。おかげさまで念願の天使になれました。ありがとうございます。」
 ペコリと頭を下げるソミータに、
「がははははは。存分に感謝しろよ。……で、だ。モノは相談なんだが……」
 ランスは口元に邪にも見える不敵な笑みを浮かべて、
「何ですか、ランス王。」
「ソミータちゃんは、俺様の所で働く気は無いか?」
 すぱっと本題を切り出した。
「え? ランス王のところで……ですか?」
「そうだ。俺様のところは人手が幾らあっても足りなくてな。」
 ……以前にランスの下で働いていた時にヤり損なったので、何とかそういう機会を設けようとする下心までは口にしないが。
「ですけど、天使としての仕事がありますので……。」
「それは俺様と契約すれば大丈夫だ。そしたら俺様に協力するのが仕事になるぞ。」
 天使や悪魔は『真の名前』を知る者に従わねばならないというルールがある。
 その規定を利用すれば、ソミータが天使としてランスに協力する事は可能なのだ。
「それはそうなんですけど……。」
「ところで、何でそう天使の仕事に拘るんだ?」
 ソミータの態度や受け答えから、単に天使になりたかったんじゃなくて、何らかの目的で天使になろうとしたのではないかと感じたランスは、その理由を問い質してみた。
「私、昔からの夢だったんです。天使になって、世の中の為に働くのが……。みんなが幸せに生きれる世界の為に…私のこの身体がどうなろうとかまいません。天使になれば、一つの民の為に戦う事なく、ふたつの民の間に入って、和平を取り持つ力だってつくと思います。私は人間もカラーも…この世に生きる全ての生き物が、不必要に争う事など無く、平和に暮らせる日を夢見ているんです。」
 夢見る乙女の瞳をキラキラ輝かせるソミータに、ランスは更なる質問をする。
「で、そういう力は身についたのか?」
 ある意味、残酷な質問を。
 神……特に、上位にいるであろう神の事を嫌というほど知っているが故に、どういう答えが返ってくるか、おおよそ予測がつく質問を。
「いえ、全然。……まだまだ修業不足なんだと思います。」
 ソミータの答えは、やはりランスの予測の範囲を超えなかった。
「そうか。で、もう一回聞くが、俺様のところで働く気は無いか?」
「お気持ちはありがたいんですけど…」
 ハッキリ断ろうとするソミータを制して、
「俺様のところでなら、今すぐにでも異種族融和の為に働けるぞ。」
 ランスがさらっと告げる。
「あ!」
 既に人間族、カラー族、モンスター族、怪獣族、ホルス族がランスの統治下で暮らしており、ドラゴン族やハニー族などとの関係も悪くない。ランスに反抗する連中もいるにはいるが、そいつらに対しても徹底的な殲滅は避け、反省の機会を与えている。
 ……言われて気付いたのだが、ある意味、現在のランスの統治はソミータの理想を体現していると言っても良い状態であった。
 それはホーネットとランスが交した約束の為なのだが、それは今はどうでも良い。
「平和とか治安とかは維持する方が何かと面倒なんでな。手伝ってくれると助かる。」
 まさに本音である。
 できれば、そういう面倒臭い仕事は人任せにできるようにしたいと心の底から思っているだけに、ランスの言葉はとても真摯に響いた。
 よって……
「分かりました。私の力で良ければ喜んでお貸し致します。」
 ソミータは遂に自分の真の名をランスに教えてしまい、主従の契約を結んでしまったのだった。
 大きな夢を実現する為の、戻り道の無い道程の第一歩として……。



「何の用だ。」
 清潔な白いシーツの上に寝かされていた全裸の女が、近くに寄って来る複数の気配に気付いて底冷えのする口調で問う。
「その前に助けられた礼ぐらいは言うべきだと思うがな。」
「何だと。」
 男の声に身体を起こそうとする女を、
「いいから寝てろって。今無理すると取り返しがつかなくなるぜ。」
 別の男の声がなだめる。
 しばしの沈黙の後、女の口から出てきたのは
「今はどんな状況だ?」
 礼の言葉などではなく、現状を問う言葉であった。
「今、お前は俺達の客……という扱いになっている。それ以上になるかどうかはお前次第だな。」
 なだめようとした声の主が獣人ぽい外見をしているのを薄目を開けて確かめると、女は他の連中にも視線を向けた。
 ……3体とも見事なまでの異形揃いだった。
「悪魔が私に何の用だ。魂の取り立てに来たとでも言うつもりか。」
 それだけではなく、その実力も一人一人が自分以上だと気付いて女はぞっとした。
 自分以上の実力を持つ悪魔という時点で、有象無象の雑魚悪魔ではありえない。
「我が父、悪魔王ラサウムの御言葉を伝える。」
 返答したのは、頭の半分が女の半身である悪魔だった。
「汝がある事を契約するなら、その身を縛るカオスの呪縛を解いてやろう。」
「その『ある事』とは、何だ。」
 女は、激しく心惹かれながらも冷静に問う。
「当代の魔王…ランスの魂を我等に捧げる事だ。」
 女……魔王ジルは見る者の背筋を薄ら寒くするほどの凄みのある微笑みを満面に浮かべて即答した。
「良かろう。」
 ジルの答えと殺気を目の当たりにしても、3体の悪魔は動じる事無く事務的に続ける。
「解呪には時間がかかるし、その怪我を治すだけでも数ヶ月では済むまい。しばらくは静養しているが良い。」
 そう言い残すと、3体の悪魔は部屋の中から消え去った。
 無粋な邪魔者どもが本当に立ち去ったのを気配で確かめてから、ジルは自らの体調を魔力で探り、慎重に自己分析した。
 その結果、折れかけている背骨が魔力で仮止めされているだけで、今の時点で無理をすると腰か…首か…酷ければその両方の個所で折れてしまいかねないと知り、仕方なく柔らかなベッドに我が身を委ねて療養に徹する事にした。
 再び地上を席捲する日を心待ちにして。


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 ちょっとしたで済まない騒動はありましたが、何とか新たな話をお届けできました。
 今回は、ゼスとランス側と悪魔側という三つの勢力の勧誘に関してのお話が主題です。
 なお、今回の見直し協力はきのとはじめさん、峯田太郎さん、【ラグナロック】さんです。いつも御協力有難うございます。

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