鬼畜魔王ランス伝
第１１６話 「美樹の選択」 「どちらに行かれるのですか、美樹様。」 日光は、先行している美樹が公園の手前で来た時とは明らかに違う道へと方向転換したのを見て質問を投げかけた。 ランスとの約束の刻限である日没まで、もうそんなに時間は残されていない。余計な回り道をしているヒマはもうないのだ。 「え？ ……あれ？ どこに行くんだっけ……。」 だが、美樹の反応は日光の予期していたものでは無かった。 いや、予期しておいて然るべきものであったかもしれない。 「結界ですか……」 異世界の天使と魔王ランスが戦う場に余計なモノが近付かない様にする結界が張り巡らされている事は。 ただ、人の心を惑わして近付けまいとする結界の効果は、人の姿形はしていても人間ではない存在……聖刀日光には通用しない。 よくよく目を凝らして見てみれば、日光の目には道を塞ぐ……いや、目的地の公園を包むように張り巡らされている薄い繭のようなモノが浮かび上がってきた。 「……たしか、王様に会いに行くんだったよね。」 日光に指摘されて、そういえばとばかりに手をポンと叩いた美樹が公園の方に再び足を向けるが、またまた結界に惑わされて明後日の方向に歩き去ろうとしてしまう。 「……これでは埒が開きませんね。」 正面からまともに行っては結界に歯が立たないと見て、日光は一計を案じた。 「美樹様、しっかり捕まっていて下さい。」 日光が差し出す手を美樹が握ったのを確かめてから、今度は日光が先導する。 人ではない自分ならば結界に惑わされることなく進めるだろうし、美樹の手さえしっかり握っていればはぐれる心配も無い……という作戦である。 ……唯一心配なのは、この状態だと戦闘力がかなり削がれる事ぐらいであるが、今はそんな事を言っている場合ではない。 見えない薄い膜を抜け、白く濁った深い霧を駆け抜けると、其処は朝とはまるで違う有様へと変わり果てていた……。 天使と魔王との間で繰り広げられた戦いが、緑豊かな公園を廃墟どころか穴ぼこだらけの荒野へと変えてしまっていたのだ。 「がはははは。もうちょっと遅くても良かったが、良く戻って来てくれたな。」 呆れるほど巨大な天使を真っ向から唐竹割りに処して、ランスは豪快な笑顔を見せる。 が、すぐに怪訝な表情へと変わる。 美樹が泣いてるのに気付いたからだ。 「どうした美樹ちゃん。なにかあったのか？」 心配しつつも、その手の魔剣で最下級の雑魚天使をまとめて薙ぎ払っている。 「お父さんも……お母さんも……健太郎君が…………」 やっとの事でそこまで言った美樹が泣き崩れる刹那、 「手前ら、邪魔だ！！」 ランスの…いや、異世界の魔王が放つ手加減抜きの攻撃が、ここに集まった天使軍を全滅させた。……天使達のホームグラウンドとも言うべき欧米諸国であれば、こうも易々とは壊滅させられなかっただろうが、それは今更言っても仕方が無い。 それから、ゆっくりと美樹に近付き、深々と頭を下げる。 「すまん、美樹ちゃん。」 ただの一言。 言い訳しようと思えば幾らでもできるかもしれないが、ランスはただ一言だけ謝った。 この場合は、そうするのが一番だと感じたのだ。 この場にいるのは美樹と日光だから、下手に言い訳しない方が良いという判断である。 「お父さんを……お母さんを返して。返してよ……。」 よろよろと立ち上がり、倒れ込むように胸に縋りついてきて泣きじゃくる美樹に、 「すまん……。」 ランスはただただ謝るより無かった。 『くそっ、健太郎の野郎め。せっかくの俺様の温情をよくも無にしやがったな。今度顔見たら完璧にぶち殺してやる。』 内心で呪詛をぶつけた相手が既に鬼籍入りしているとは知らないままで。 その頃、回収された健太郎の遺体は…… 宇宙人の死体や何かと並んでアメリカの某基地に研究資料として厳重に封印された。 クラスター爆弾の直撃や焼夷弾でのローストや劣化ウラン弾の直撃にもめげず原形をほとんど留めている肉体は、確かに宇宙人やなにかに改造された生体兵器だと言われても納得できるほどの説得力を備えていたのが、他の凡百の死体とは違う特別扱いをされた理由である。 ……されて嬉しい特別扱いだとは、とても思えないが。 二人と一振りの刀を西日が赤く染める頃、 ランスは腕の中で泣き続けている美樹に問う。 「で、美樹ちゃんのこれからだが……どうする？ ここに残るか？ それとも俺様と来るか？」 自分が元居た世界とランスの世界、二つの世界のどちらで生きていきたいかと。 「王様……」 ある意味残酷な問い。 二者択一。 どちらも大切なものを、どちらか捨てなくてはならない選択。 「王様、一つ訊いても良い？」 「がはははは、何だ？」 「こっちに一緒に残ってって言ったら、残ってくれる？」 真剣な目。 ジッと見詰めるその視線に、ランスはこれ以上無いほど真面目に答えた。 「ああ、美樹ちゃんがそう言うならな。」 そしたら、それを理由にウッシッシな事をあれやこれや……更には、こっちにも可愛い女の子はたくさんいるだろうからウハウハやりまくってヤるぜ……とまで考えてるとは露知らず、美樹は涙を眦に張りつかせたまま笑顔になる。 「……王様と一緒に生きます（私は王様と日光さん以外何にもなくなっちゃったけど、王様には向こうの世界にいっぱい帰りを待ってる人がいるんだもん。私が向こうに行く方がいいよね。）。」 逃げるのではなく選び取った道だという誇りが、美樹の可愛らしい顔を大人びて見させて、ランスをドキリとさせる。 「そうか。……じゃ、もう一つだけ訊きたい事があるんだが。」 だからこそ、ランスはある質問をする気になった。 「なに、王様？」 「俺様の魔人になる気は無いか？」 その質問がもたらした沈黙は、とても…とても重かった。 「ランス王！ 何ゆえそのような事をっ！」 日光の舌鋒は激しく鋭い。 せっかく魔王から人間に戻れたのに、それでは元の木阿弥では無いかと激しい剣幕で責め立てる。 しかし、当の美樹の追求はそこまで鋭くは無かった。 「どうして…どうしてそんな事言うの、王様……。」 だが、ようやく泣き止んだ涙を再び溢れさせつつ訥々と問いかけられるのは、ランスにとっては却って心臓に悪い。 「まあ、一番大きい理由は美樹ちゃんにずっといて欲しいって事なんだが、他にも理由は幾つかある。」 そこで、ランスは帰り道の門を維持できる時間の残りを気にしつつ、真摯な回答というやつを始めることにした。 「まず、今回突っかかってきた馬鹿どもを退治したおかげで経験値が貯まり過ぎて、このまま帰ると俺様がちょいと困ること。次に、美樹ちゃんが魔人になってくれればクソクジラやプランナーとか何かと戦う時にかなり俺様が助かるだろうこと。後は……」 ランスはその後の言葉を濁そうとしたが、美樹の視線に負けて結局白状させられる。 「後は、理屈抜きで美樹ちゃんが欲しいって事だ。」 言い切って美樹を抱き締めると、おずおずと…しかしハッキリ美樹も抱き返してくる。 「うん。王様がそこまで言ってくれるなら……私、魔人になってもいい。」 複雑な心境の日光が見守る中、ランスの牙が美樹の柔らかな首筋に突き立てられる。 人を魔の眷属とする魔性の血液を注ぎ込むため。 そして、ドラゴンの魔人ガングが転生のために初期化されたので空位となった２４人目の魔人を誕生させる為に……。 手持ちの経験値のうち整理済みのほとんどと幾つかの技能を美樹に注ぎ込み、余った未整理の経験値…魂の欠片…と霊力をまとめて魔剣シィル…正確に言うと、魔剣につけてある宝珠の中に棲んでいるウィリスとミカン…に預けると、 「日光さん！ そろそろ戻るぞ！」 魔人化儀式直後で自力で動けない美樹をお姫様抱っこしたランスは、日光に有無を言わせず門に入るよう促す。 素直に先行した日光に続いてランスも次元の門を潜ると、公園だった場所にポッカリと開いていた空間の穴は跡形もなく消滅した。 まるで、そこには始めから何も無かったかのように……。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ こんな感じになりました〜。これで次元３Ｅ２編（地球編）は終わりです〜。 実は美樹ちゃん魔人化は１話からの予定通り（爆）。 さて、今回の見直し協力はきのとはじめさんと【ラグナロック】さんでした。お二方とも毎度御協力ありがとうございました。 |
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