鬼畜魔王ランス伝


   第110話 「誰が為の誇り、誰が為の戦い」

 エクス軍学校の朝は早い。
「せいっ! てやぁっ!」
 その中でも一際朝の早い少女が一心に剣を振っていた。
 風を切る音が小気味良く辺りに響く。
「ほう。良い太刀筋だな。」
 背後からかけられた声のした方に少女が向き直りざま斬撃を送るが、目標の相手は思ったよりも遠くに居た。
 どうやら声の通りが良かったので近くにいると誤解してしまったらしい。
「ちょっと道を尋ねたいのだが、良いだろうか?」
「人にモノを尋ねる時はまず名乗るべきだろう!」
 その相手が真っ白い騎士鎧に実用本位の剣という装備をごく自然に身に付けている女騎士であった事が災いしたのか、少女の返事には刺が多分にあった。
「(私にもこのぐらいの些事で怒っている頃があったな)私はゼス国外人部隊第一歩兵団部隊長ハウレーン・プロヴァンスという。この辺に元リーザス白軍の将エクス・バンケット殿が設立なされた学校があると聞いて来たのだが、ここがそうなのだろうか。」
 ちなみに、ハウレーンがランスの事を思い出しただけで頭から湯気が出そうな程に血が昇るのは、この際あっちの棚の上に置いておく。
「エクス先生に何の用だ!」
「人に名を聞く時は、まず名乗るのが礼儀ではなかったのか?」
 少女の敵意を軽くいなしながら、ハウレーンは口元で微苦笑を浮かべる。
『もしかして……あの男は、こうやって私を挑発……いや、からかっていたのか?』
 自分がやってみて初めて分かる視点の変化だったが、
『だが、私の言っている事は間違っていないはずだ! だいたい、騎士を愚弄して楽しむなど不謹慎極まりない!』
 それでもハウレーンの真面目さではランスの態度は容認できなかったようだ。
「ボクはダラス国闘神都市探索隊第3騎士団長サーナキア・ドレルシュカフだ!」
 喧嘩腰ではあったが名乗ったサーナキアに、
「エクス将軍に良い話を持って来た。」
 ハウレーンも一応まともに応対する。
「良い話……良い話って何だ!」
「詳しい事はエクス将軍の前で話す。とにかくそこを通して貰おう。」
 あくまで喧嘩腰のサーナキアに、ハウレーンの態度も段々硬化していく。
「じゃあ、ここは通せない。」
 剣こそは鞘に納めたが、今やハッキリと身構えて先に進ませまいとするサーナキアの態度に、ハウレーンの堪忍袋の緒も次第に傷付いていく。
「ほほう。先生への使者の用向きを腕ずくで聞き出そうとするのがダラス国とやらの礼儀という訳か。」
「なんだとっ!」
 不毛な睨み合いで場は急速に荒れていき……
 遂に双方が帯剣を抜き放った所で、
「何をやってるんです、二人とも。」
 話題の焦点となっていた人物が騒ぎを聞きつけて慌てて駆け寄って来た。
「エクス将軍!」「エクス先生!」
 殺気立って向かい合う二人の間に割って入ったエクスは、バツが悪そうに剣を下ろした二人を見やって溜息をつきつつ言った。
「で、どうしてこういう事になったんですか? サーナキアさん、ハウレーン。」
「「それはコイツが……」」
 異口同音に相手を指差す二人を見て、エクスは事態を客観的に判断することが不可能だと理解した。
「どうやらこちらの方に落ち度があったようですね。すみませんハウレーン。」
 速やかに謝罪を述べるエクスの対応に
「いえ、こちらこそ大人気ない態度でした。」
 ハウレーンは頭も冷えてきたのか謝辞を返したが、サーナキアは憮然として押し黙ったままハウレーンを睨みつけ続けていた。
「サーナキアさん、あなたの方も……。」
「でもエクス先生……」
「そんなに礼法の授業……赤点が欲しいのですか、サーナキアさん。」
 食い下がろうとしたサーナキアは思い切り苦虫を噛み潰した。
 ここで赤点など取ろうものなら、後々の仕官にも影響が出るだろうし、何より騎士として大恥も良いところだ。
「失礼した。……これで良いんですか、エクス先生。」
 まあ、実際にはハウレーンが取次ぎを頼まずにすぐさま押し通ろうとしたのが事態がここまでこじれた最たる要因である。
 しかし、師が謝罪した事で何とか我を抑えたのだろう。
 あくまでエクスの顔を潰さぬ為にとはいえ、サーナキアも軽く頭を下げ謝辞らしきものを口にする。……苦労してるなぁ、エクス。
「ええ。ところで何の用です、ハウレーン。」
 エクスが来訪の理由を問うと、ハウレーンは今までのやり取りが冗談だったかのように場所柄も考えず熱心に勧誘を始めた。
「……そうですか。ゼス王が僕を将として招聘したがっているのですか。」
「はい。エクス将軍なら直ぐにでも全軍の作戦指揮を任される事でしょう。」
 サルベナオットが招聘しようとしている世界最高と言われる軍師 篠田源五郎の事はまるで眼中に無いとばかりに持ち上げようとするハウレーンであったが、エクスはそこまでお気楽には事態を見られなかった。
『部外者だった者……しかも、魔法使いで無い者が自由に作戦指揮をしようとすれば、恐らく様々な軋轢が生じて戦闘どころで無くなるはず。ゼスのその欠点は容易には変えられないでしょう。それに……』
 瞑目しつつ考え込むエクスの脳裏には、彼が二度目の出奔を行なう前日の光景が浮かんでいた。

「僕にリーザス軍を辞めろ……と言うのですか?」
 極秘裏にマリスに呼び出された部屋で待っていたランスに本題をいきなり切り出された時、エクスは流石に驚きを隠せなかった。
「がははは、そうだ。」
「わかりました。でも、何故です?」
 わずかに失望が混じる声で、自らの解雇の理由を問うエクス。
「それはな、俺様がお前に頼み事をしたいからだ。」
 だが、ランスの言葉を聞き、どうやら懲罰でも首切りでも無いと見て取ったエクスは、
「何をでしょうか、ランス王。」
 自身の興味からも先を続けるよう促した。
「近い将来、洒落にならない規模の戦争が起きるかもしれん。そこで、リーザス軍にいない……と言うか来そうもない連中の中から使えそうなヤツを選んで将軍として鍛えておいて欲しいんだが、やるか?」
「敵を育てる事になるかもしれませんよ。」
「まあ、その時はその時だ。お前も俺様が間違ってると思ったら何時でも敵に回っていいぞ。……まあ、今度反乱起こしたら叩き潰して殺すがな。がはははは。」
「わかりました。この話受けさせて頂きます。」
「必要な金と人手は用意してやる。そこらへんはマリスと相談しとけ。」
 ちなみに選ばれたのが何故エクスなのかと言うと……必要な能力のある将軍で、リーザスを出奔しても傍目から見ておかしくない上に、ランスがしばらく顔を見なくても惜しくない将軍がエクスだけだったと言う理由があったりするのだが。
 そこまでは言わぬが花だろう。

「エクス将軍、御決断を!」
 決起をうながすハウレーンの大きな声に意識を考え事から引き戻されたエクスは、何時の間にか周囲に人垣を作って心配そうに見守る生徒達に薄く微笑みかけてから。
「この話、お断りします。」
 きっぱりと言い切った。
「何故です!?」
「今の僕には、ここにいる皆……ここに来てくれるみんなにモノを教える方が大事なんですよ。」
「エクス将軍ほどの人がこんなとこで使えそうも無い二流の連中と遊んでいるなんて才能の無駄遣いです! ゼスに来て、一緒にあの馬鹿魔王と戦って人類を守りましょう!」
 周囲の敵意が一気に膨らむが、ハウレーンはそれを柳に風と受け流す。
「ハウレーン、それは幾ら何でも失礼ですよ。」
「事実を指摘したまでです!」
 再び頭に血が上ったのか、ハウレーンの語気は荒く激しくなっていく。
「先生の客だと思って黙っていれば、さっきから失礼な……そんなに言うなら勝負だ!」
「サーナキアさん。まだあなたではハウレーンには勝てません。」
「ほら見ろ。所詮二流止まりの癖に話に割り込むんじゃない!」
「ハウレーンもいい加減にして下さい!」
 エクスも珍しく語気を荒げて仲裁に入るが、
「なんだと! 剣を抜け! 勝負だ!」
「よかろう!」
 二人の女騎士の間に飛び散る火花は一向に衰えない。
 いや、寧ろ強まっている雰囲気すらある。
「もう止めませんから、せめて鍛錬場で模擬剣を使って試合って下さい。」
 溜息混じりに仲裁を諦めたエクスの声には拭い切れない疲れが滲み出ていたが、その原因となった二人はそれを全く察しようとしなかったのだった。


 鍛錬場
 普段は試合や組み手などを行うちょっとした広場で
 対峙する二人の女騎士
 片方はリーザスを出奔したにも関わらず、未だその軍装に身を包む騎士、ハウレーン。
 片や遥か昔に滅び去った国の軍装に身を包み、騎士たらんと望む少女サーナキア。
 二人の技量の差は、周囲で息を飲んで見つめる観客の半分、
 そして、何より対峙している本人たちが良く分かっていた。
 すなわち……
 奇跡でも起こるか、ハウレーンが焦って無理な攻めをして隙でも見せない限りはハウレーンの勝利が動く事は無い……と。
 両者共に攻防の双方に重点を置いたバランス型と同タイプの騎士である上に、装備の選択も似通っている。
 更には、双方ともに基本的には正面からやりあうタイプで、奇襲や外法が使われるとは考え難い……とあっては、10レベルもあるレベル差が致命的な壁となってのしかかってしまうのだ。
 ちなみに……身長と体重もほぼ一緒なので、体格差(主にリーチの長さ)を利用する戦法も使えなかったりする。
 しかも、
「どうした、来ないのか? 臆病者め。」
「言われなくても行ってやるっ! どりゃああ!!」
 乗らなくても良い挑発に乗ってしまえば……

 キンッ! ドス! ベキ! バキ! ブスッ! ブシャァァア!

 勝負は自ずから明らかと言えよう。
「ハウレーン! やり過ぎです!」
 剣を弾き飛ばし、鎧の数箇所に凹みを作り、刃を潰した剣でもできる殺傷技…突き…をサーナキアの太ももに見舞った上、更に止めまで刺そうと首筋に向かって剣を振り上げたハウレーンと倒れて動かないサーナキアの間に割って入るエクス。
 ……誰がどう見ても完全無欠にやり過ぎである。
「早く、サーナキアさんを医務室へ。」
「ハッ!」
 観客の中に混じっていた訓練教官2名が、負傷者が出た時の為に常備してある担架にサーナキアを乗せて運び出していく。
「何故、あそこまでやったんです?」
「ありもしない国の騎士を騙るなんて真似、許せなかっただけです。」
 ハウレーンはリーザス国の将軍として、現在大陸にあるほぼ全ての国家を知っていた。
 しかし、残念ながら彼女は歴史家ではなかった。
 かつて、大陸にはダラス国という国家が存在した事をハウレーンは知らなかった。
 また、サーナキアは数奇な運命で最近まで石にされて200年の長きを冬眠していたダラス国の騎士であると言う事をハウレーンは知らなかった。
『おの…れ……身体さえ動けば……』
 無教養な自分の言葉が朦朧とした意識で運ばれていく少女に強烈な憎悪を掻き立てた事など、ハウレーンは気付いてはいなかった。
「ハウレーン。二度と勝手にこの学校の敷居を跨がないで下さい。」
 そして、そういうハウレーンの態度が招いたものは……
 エクスの手酷い拒絶であった。
「な! エクス将軍!」
 驚くハウレーンに、
「今のあなたと一緒に戦う気も、今のあなたを容認するゼスに行く気も、僕にはありません。」
 きっぱりとした言葉を浴びせかけ、エクスはこの場を立ち去った。
 呆然とするハウレーンを残して……。


 サーナキアとハウレーンの立会いから3日。
 早期に施した治癒魔法の効果もあって負傷がほぼ完治したサーナキアは、今日も元気に鍛錬に勤しんでいた。
 ただ、太刀筋は敗戦の痛手もあってか少々鈍ってはいたのだが……
 そんな彼女に声をかけてくる人物がいた。
 先日とは違って、今回は正面から……
「ところでサーナキアさん。貴方は剣と鎧をもっと軽くて扱い易いものに替える気はありませんか?」
 今日も今日とて修練に勤しむサーナキアに声をかけたエクスの台詞は
「な、なんです急に。」
 彼女に戸惑いを起こさせた。
「今のままでは、貴方の強さは現状で頭打ちになる……と言っているのですよ。」
「そ、それはボクが女だからか!」
「いえ、純粋に腕力の問題です。その武装で普通に切り合いをするには、サーナキアさんの体力では難しいと言っているのです。」
 実際には才能限界うんぬんの問題もあるのだが、それはこの際置いておく。
「あのハウレーンとかいうヤツは使いこなしていたじゃないか!」
「彼女はあなたよりレベルが高いですからね。今のままなら、魔王に一太刀浴びせるどころか彼女にだって勝つのは無理です。」
「この剣と鎧は騎士の誇りだ! 絶対に替えたりするものか!」
 過去……今はもう遥か昔に滅びたダラス国で何があったか知る者は、今ではサーナキア本人しかいない。その時の経験がさせるのであろうか、彼女は非常に頑なだった。
「では、戦い方を変えるしかありませんね。」
 しかし、それを見越していたのか、エクスの方が何枚も上手だった。
「えっ!?」
「その重い剣と鎧を有効に活用する戦術を身に着ければ、サーナキアさんは今よりもっと強くなりますよ。」
「本当ですか、エクス先生!?」
「ええ、本当です。ここでは狭いですから、鍛錬場の方でお教えしましょう。」


「まずは肩に担ぐように剣を構えます。そして、まっすぐ駆け込んで切り下ろします。」
「それだけ……ですか?」
「ええ、それだけです。」
「ふざけないで下さい! それだけで強くなれる訳が無いでしょう!」
「弱い攻撃や浅い打撃は鎧で弾き、ただ単純に思いきり剣を振るう事に集中するのは、実は誰にでもできる事ではありません。」
 シンプル故の強さ。
 単純で簡潔明快な方法論が導き出す一つの回答。
 それが、エクスが熟慮の末にサーナキアに向いていると判断した戦術であった。
 ちなみに、この方法論はあまり魔物などの相手をするのに向いていない事も付記しておかねばならないが……。
「それに最初の一撃がかわされたらどうするんですか!?」
「その後の戦術もありますが、まずは初太刀で勝負を決めるつもりで全力を込められるようになるのが先決です。」
 二手目以降の技を知ってしまうと、それに繋げようとして無意識に手加減を覚える危険がある。エクスはそれを恐れて教えないのだ。
「そうですか、わかりました。」
 いささか腑に落ちない点はあるものの、サーナキアはそこら辺は棚上げして言われた通りにやってみる事にした。
 実際の剣腕では勝っている筈なのに不思議と勝てない師の言う事であるなら、そこに何かの意味があるのではないかと信じて……。
「それに、その詰め物で着られるように誤魔化してる鎧も、ちゃんとサーナキアさんに合わせて調整した方が良いですね。」
 実際には、鎧を着ているとそれだけで踏み込みの邪魔になるのだが、本人に鎧を変える気が無い以上は、せめて少しでも動きを阻害しないようにするしかない。
 エクスの提案は、実は妥協に満ちた次善の回答であった。
「誤魔化してるだと!」
「ええ。関節部の継目や稼動範囲をあなたに合わせて手直しする必要があるのですが、全く手がつけられていないんです。」
 リーザス軍は娘子軍である親衛隊は言うに及ばず、一般の騎士にも女性は少なくない。その為、デザインそのものは男女であまり変わらないアーマーも存在するのだ。
 そんな軍隊にいたエクスの目で見ると、今のサーナキアが着ている鎧は、悲しいまでに間に合わせの急造品に過ぎなかった。
「わかりました。任せます、エクス先生。」
 真剣な睨み合いにエクスの騎士としての誠意を見たサーナキアは、彼女にとって命にも等しい価値のある鎧の改造を委ねる事にした。

 2週間後、サーナキアの鎧は動き易さと前面の防御力を増して生まれ変わった。
 勿論、ハウレーンにやられた損傷も綺麗に直されていたのだが、最も大きいのは一時的に鎧を軽量化する魔法が組み込まれた鎧下がセットで製作された事であろう。
 しかし、この新装備を使いこなせるほどにサーナキアが成長するには、それなりの修行期間を必要とするであろう事は確実だったのであった……。


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 今回の110話は、サーナキアの回っす。
 今回の見直し協力は皇王院さん、きのと はじめさん、峯田 太郎さんの三人です。わざわざどうも有難うございました。
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