鬼畜魔王ランス伝


   第105話 「鎮火される叛旗」

 ゴゴゴ……
 新年二日目の払暁、リーザス城の上空を暗く覆い隠すが如く大きな戦艦が飛来した。
 舷側に大きくチューリップのマークが描かれた白い戦艦が。
「がははははは、到着だ。」
 その戦艦チューリップ5号の艦橋、通常ならマリアが座るはずの艦長席に座っているランスが高笑いをすると、
「……や、駄目……ちょっと、ランス……これじゃ指揮できないじゃない……」
 ランスの膝の上という特等席に座らされていたマリアが泣き言を漏らす。
 両腕とハイパー兵器で後ろからしっかりと固定された状態なので、大きな声を出そうとしただけでも甘い疼きが下腹部に湧き起こるのだ。
 とても指揮に専念するどころの騒ぎではない。
「なんだ、この特別席が気に入らないとでも言うのか?」
 ランスとのつきあいが浅ければ不思議そうな声に間違えないとも限らない意地悪な囁きが耳打ちされると、
「やっぱりランスの顔が見えた方がいいかな……って違うでしょ!」
 つい口を滑らせて脱線しかけるが、気合いで持ち直す。
「がはははは。じゃあ、どけてやるから自分で降りろ。」
 が、そう言われてしまうと
「う……意地悪ぅ……」
 口を尖らせてすねてしまう。
 何せ、既に足腰に力が入らないので自力で腰を動かす事すらおぼつかないのだ。
 こんな状態で立つ事などできる訳も無い。
「がはははは。冗談だ。俺様もそろそろ下に降りるつもりだからな。」
 そう言って立ち上がると、両腕でマリアの身体からハイパー兵器を引っこ抜く。
「あああ……」
 と、その刺激でマリアは全身を痙攣させながらピンと伸ばし……次の瞬間にはぐったりと脱力してランスの腕に全身を預けてしまった。
「ちっ、起きろマリア。」
 マリアを艦長席に座らせて頬を軽くペシペシと叩くと、マリアは気だるげながらも何とか正気づいた。
「ん……なに、ランス……」
「お前は俺様が戻って来るまで上空で待機だ。」
「ん……わかった……」
 寝惚けた声での返事を確認すると、ズボンのベルトを締め終えたランスは艦橋を後にした。
 そして、ここまで連れて来ていたセルとスティアとヒルデの3人を抱えて自力でリーザス城へと降下するのだった。

「ランス王、よくぞおいで頂きました。」
 リーザス城の中庭に降下して来たランス達を、リーザスの影の宰相とも言われる実力者魔人マリスが出迎えに現れた。
「がははは。出迎えご苦労。で、リアは部屋か?」
 ランスに捕まっていたカタチの二人の使徒が離れると、その彼女達にランスは腕に抱えていたセルを手渡しながら聞くと、
「はい。ほどなく御出でになられると存じます、ランス王。」
 淀みない答えが返って来た。
 が、
「そうか。じゃ、先に地下牢に行くぞ。」
 と、ランスが気まぐれを働かせるとマリスは一瞬だけ動きが止まった。
「ん? どうした?」
 使徒達を先導して城内にスタスタ歩いて行くと、
「どうして地下牢などに行かれるのですか、ランス王。」
 並んで歩くマリスから質問が飛ぶ。
「俺様がこっちに滞在する間、セルさんを牢に預かって貰おうと思ってな。」
「それでしたらこちらでやっておきますから、ランス王はその間に全世界に向けて政見放送を行なってはいただけないでしょうか?」
 眉一筋動かさずにのたまうマリスであったが、その態度からランスの勘が何かを隠しているだろう雰囲気を感じ取った。
「いや、俺様は地下牢が見たい気分なんだ。放送なんて後だ、後。」
 この場はささっと済ませて早く次の用事に移りたいランスは、マリスの提案を1ミリ秒で却下して、ズカズカと早足で地下牢に向けて歩き出した。
 だが、歩きと言っても実際は並みの人間が走るより余程早い速度であり、セルと言うお荷物を持ったままの二人の使徒は勿論のこと、マリスですらも引き離してランスはズンズン進んで行き、遂には見えなくなってしまった。
『くっ…美人のニュースキャスターを用意したとか、王が気に入ったら後で相手して貰えるよう交渉済みとか、カードを切る前に行ってしまわれては……』
 ランスの足止めに失敗したマリスは、心密かに涙したのであった。

 粘つき澱んで腐った空気の据えた匂いがただよう地下空間。
 鉄格子で仕切られた殺風景な個室の間をランスはてくてく歩いていた。
「ここらへんは俺様が前に来た時と変わってないな。……ん?」
 突如聞こえて来たかすかな音に耳を澄ますと、それは……
「女の声だな。間違い無い。それも、これは美女の声に違いない。」
 一部ジャンル限定の地獄耳が聞き当てた情報に
「ランス様、何故おわかりになられるのですか?」
 腰に提げた愛剣シィルが不思議そうにツッコミを入れるが、
「それは俺様が天才だからだ。」
 ランスは答えにならない答えを返して音源の場所へと急行した。
「ここかっ!」
 様子を見るなんてまだるっこしい行動を取らず、正面から速やかに扉を開けたランスの眼前に広がった光景は……
 急いで革ボンテージを純白のドレスに着替えている途中のリアと、
 コンクリ打ちっぱなしの壁に鋼鉄の鎖で繋がれているエリザベート・デスであった。
「あ、ダーリン……」
 赤く腫れたムチ打ちの跡も痛々しいエリザベートの柔肌を見られて、ちょっとだけ気まずい微笑みを浮かべて視線を逸らすリア。
「どういう訳だ、リア。」
 低く声音をゆっくりと噛み締めるように言う台詞と雰囲気に押されて、我知らず後ずさるリア。
「え、えっとね。ダーリンを危ない目に遭わせた一味、それに彼女が関係してるらしいからリアが尋問してるの。」
 口ではそう言うが、合せようとしない視線がリアの内心を無言で物語っている。
 適当な口実が見つかったので、長らくやってなかった趣味のSM調教で虐めて遊んでいただけであるのだと。
 もっとも、到着した早々、いきなり地下牢に出向くなんてランスの予想外な行動がなければこの事件は発覚しなかったかもしれないが……。
 何せ、リーザス王時代のハーレム解体後にそこに居た女の子たちの勤め先や身の振り方を手配したのはマリスであるから、そのウチの一人の行方などどうにでも誤魔化せる。
 それに、エリザベートはランスがAL教の法王ムーララルーから貰ってきたと言う経歴を持つ筋金入りのAL教信者である。幾らランスが魔王になったせいでAL教団に帰り難くなったとは言え、リーザス城に居続けるのは何らかの訳があると見る向きもあり、この時点でいなくなっても納得される人選ではあるのだ。
 その辺の計算は置いといて、ランスが
「じゃあ、後は俺様が調べるから引き渡して貰えるか?」
 と要求すると、
「うん、わかった。」
 渋々だと言うのをありありと顔に出して、リアはテーブルの上に置いておいた手枷と足枷の鍵をランスに手渡す。
「がははははは、良し。俺様は午前中に今日の分の用事を終わらせておくから、午後から開けとけよ。」
「すぐ相手してくれるんじゃないの、ダーリン。」
 膨れっ面を見せるリアに、
「面倒な事をやる連中ばっかりいるから俺様が忙しいんだ。文句なら反乱起こした連中に言いやがれ。」
 苦笑を返したランスは、シィルに命じて気絶しているエリザベートに回復呪文をかけさせると、そのまま抱きかかえて尋問室を出たのだった。


 Mランドを占拠していたレッド軍は、その司令部要員の全員…つまり、軍を指揮できる上級士官の全員…が何者かの手によって急死を遂げており、組織的に動けるような状況ではなくなっていた。
 軍隊としては、とっくに壊滅していると言っても過言ではない。
 ランスが密かに配置していた凄腕の忍者、月光の活躍による成果である。
 この後、政務に復帰したMランド都市長運河さよりの説得によって、自分達の生命と安全の保証と引き換えにレッド市民軍2400はリーザスに降伏したのだった。


 セルとエリザベートを地下牢に抑留し、ヒルダとスティアを監視役として残したランスは、マリスに連れられて政見放送の収録スタジオと化した一室へと案内された。
「がははははは、良く聞け!」
 カメラ役の魔法使いの横に座る美人のニュースキャスターに向かって、ランスは不必要に胸を反らして傲然と言い放った。
「俺様がちょっくら留守にしただけで色々やりくさった連中! いい加減にせんと生まれてきた事を後悔させてやるぞ!」
 半分以上は演技ではあるのだが、それでもキャスターの腰は引けてきている。
「だが、さっさと武器を置いてごめんなさいすれば今回だけは見逃してやる。」
 ニヤリとした不敵な笑みを口の端に浮かべたランスが、
「さて、強情を張って俺様に成敗される連中はどこかな? がははははは。」
 思い切り高笑いしたところで容姿最優先で抜擢された新人の美人ニュースキャスターの意識はプツンと途切れた。
 彼女の意識が戻った時、彼女の上下の口からはよだれが垂れ、喘ぎが漏れていた。
 知らず受け入れさせられていた圧倒的な質量感を持つハイパー兵器の威力を身体に刻み込まれてしまって、すぐに底無しの快楽の沼へと堕ちて気絶してしまったのだが……。
 その後、ランスのハイパー兵器無しでは生きていけないほどにすっかり手懐けられてしまった彼女を魔王城勤務の報道官として採用する事となるのであるが、まあそれは余談であろう。
 ただ、現在の技術水準では魔法ビジョン(テレビに相当する家庭用魔法機器で、TVと略される)の放送はリアルタイムでの放送しかできない為、この放送は魔王ランスが今現在リーザス城にいるという事を大陸全土に向かって証明した事にもなった。
 そして、その事の政治的意味は決して小さくはなかったのだった。


 その頃、ロックアースは混乱していた。
 ラジール軍1200とアイス軍1200が援軍に来てくれたのは良いのだが、肝心の自分達の軍が無謀にもリーザス軍に正面からぶつかって壊滅状態になっていた上に、裏で支援していたAL教が全面的に手を引いてしまった為に腰砕けになってしまっていた。
 援軍の2都市軍の方でも、最低でも半分は残っていると思っていたロックアース軍2400が、昨日の敗戦によってせいぜい300もいれば良い方ってな兵数にまで減っているのを目の当たりにして士気が急降下していた。
 まあ、兵数が二千人以上減ったと言っても、損害の大部分は散り散りに敗走したせいで戻って来れていないかリーザス軍の捕虜にされてしまったせいなので、死者数そのものはたいした事は無いのだが……。
 そこに、ランスのこの放送である。
 既に消火された現場にのこのこ現れた火事場泥棒の心境とでも言おうか、大半の人間からは狂熱が去り、戦意が見る見るウチに更に低下していった。
 それでもなお戦おうと周囲を説得して回っていた者達も、ミリ部隊2000余が整然とロックアースに進撃して来るに至って、諦めて武器を置いたのであった。
 こうして、ロックアース、アイス、ラジールの3都市は、至極あっさりとリーザスの版図へと復帰したのである。


 ランスがゲットした“おみやげ”を持って楽屋裏からチューリップ5号に向かおうとしたら、TVスタッフの戸惑った声がかけられる。
 が、しかし……
「がはははは。今度、魔王城の方にも常駐のTVスタッフを置く事にしてな。良ければお前らも来るか?」
 と言われて、スタッフの目の色が変わった。
 何せ、上手くやれば大陸最大の権力者“魔王”の声を自分達が独占的に放送できるようになるかもしれないチャンスなのだ。
 その利益は計り知るのも困難である。
 また、人間が入り込むのが困難な地域や実情を取材するチャンスでもあった。
 点火されたマスコミ業界人魂は、あっさりと新人キャスターを見捨てて実を取る方向に燃え広がったのであるが、
 わずかな時間で既に身も心も調教済みにされてしまった彼女にとっては、むしろ望むところの結果となったのであった……。
 なお、ランスが他のTVスタッフに向かって
「じゃあ、話は通しとくから後で魔王城に自力で向かってくれ。可愛い女の子のスタッフが来るなら大歓迎だ。がはははは。」
 と言ったのは、他にめぼしい女の子がいなかったので、わざわざチューリップ5号に乗せてまで運ぶ必要を認めなかった事によるのだが……
 この台詞を真に受けたTV局の上層部が女性スタッフの比率を大幅に増やして魔王城にTVクルーを派遣し、ランスを大いに喜ばせる事となったのだが、それもまた余談であろう……。
 ともかく“おみやげ”を両手で抱えてチューリップ5号に乗船したランスは、マリアにチューリップ5号の進路をジオの街へと向けるように命じたのだった。


 オークスの街へと続く街道上に布陣していたハンナ市民軍3800名は、今難しい決断を迫られていた。
 ランスの政見放送を見たバレスが独断で降伏勧告の使者を派遣して来ていたのだ。
 陣中と言う事もあり魔法ビジョン放送を見ていなかったハンナ軍の幹部達は、バレス軍の使者からもたらされた“魔王ランスの降伏勧告”の真贋に頭を痛めていた。
 これが真なら即座に降伏せねば生命が危ないし、さりとて別方面の救援に赴く為にハンナ軍を騙す作戦でないとも限らない……と、疑心暗鬼に捕われていたのだ。
「それで、篠田殿はどう思われる?」
 ハンナ市民軍を率いる英雄将軍の一人が水を向けると、戦場ですらアメフトの格好を愛用している暑苦しいおっさんは、
「敵将の性格から言って、こういうフェイントをかけて来るとはとうてい考えられませんな。罠ではないとは思いますが……」
 とだけ言って沈黙した。
 彼は作戦を提言するのが仕事であり、戦場での機微はともかく純軍事的なこと以外での戦略面の見識には少々疎かったのだ。
 つまりは……
 彼だけが今の時点でハンナ軍を安全に降伏させえたのにも関らず、自説を述べるだけでリーダーシップを発揮しなかったのだ。
 無益な小田原評定は、ハンナから早うまがバレスの使者がもたらした情報と同じ内容の情報を持って来た事で終わりを告げ、降伏に決した。
 しかし、この事件は現在時点での篠田の将軍としての限界をも露呈したのだった。


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 何かいきなりジオが孤立してますね〜。ところで、自由都市の皆様がこんなにあっさり降伏しちゃって良かったと思いますか? 何かあっさりし過ぎているような気も微妙にするので……(汗)。
 あ、後、今回見直しに協力して下さった辛秋さんときのとはじめさん、どうもありがとうございました。
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