鬼畜魔王ランス伝

   第67話 「拡充要員募集」

 ゼス王国を外界と隔てる境。
 その中でも東と西の国境線では、魔王軍との緊張感に満ちた対峙が続いていた。
 幾千もの兵、幾千もの翼が、遊弋し、哨戒し、警戒する。
 幾万もの兵、幾多の兵器が、一朝事あらばと待機し、不測の事態に備えている。
 敵軍の僅かな兆しさえも見逃すまいと、目を皿のように血走らせた兵が駆け回る。
 今現在の国境とは、そんな場所だった。
 ゼス王国を魔物の侵攻から守っていた難攻不落の要塞防衛線“魔路埜要塞”は、魔王軍の猛攻と破壊活動によって破壊されて再建の目処も立たないが、リーザスとの国境を守るアダムの砦の方は取り戻してから改修に改修を重ねた甲斐もあって更に堅固な大要塞となっていた。
 その上、駐留している軍団が1個軍5000から3個軍15000へと大幅に強化されていた。これは、炎の魔法軍1個軍だけが駐留していた当時、リーザス軍の攻撃に耐え切れず陥落させられた事を教訓とした措置であった。ゼスが知る限りでは、東方のリーザス方面や自由都市方面からまとまった数の軍隊を送るにはアダムの砦の防衛圏内を通らねばならないため、まあまあ妥当な処置といえるだろう。
 翻って西方国境の戦備に目を向ければ、いかにも急ごしらえですと主張せんばかりの木造の砦が魔の森との境の近くに計3個所設置され、そこに監視と警備を担当する魔法兵が100と防衛戦専用の魔法生物ウォールが2000ずつ配備されているだけだった。始めから時間稼ぎしか考えてないような感じであるが、魔路埜要塞が破壊されている事もあって正面から魔王軍を押し止められるほどの数の兵がゼスにはいないのだから仕方ないともいえる。敵をできるだけ足止めして闘神都市で迎撃する態勢と見れば、そんなに悪くない作戦であろう。……捨て石にされた兵はまず間違い無く死ぬだろうが。
 そこまでを見て取った忍者……魔人見当かなみは、比較的警戒の薄いと思われるゼス北部の森林地帯へと足を向けた。
 ゼスがカラーの森へと兵力を差し向けているかどうかを確かめる為に。


 魔王ランスがJAPANで作った新たな使徒。
 彼女等についての情報は、魔王軍の士気を高めるのに大きく貢献していた。
 魔王様に気に入られれば、自分も使徒になれるかもしれない。
 古来から不変な女性の夢のひとつ“永遠に若く美しく”が実現するのだ。
 魔人の席はあと一つしか残っていないが、使徒でも不老には違いがない。現実的なチャンスを考えれば、使徒を目指す方が圧倒的に有利で現実的だった。
 しかも、その可能性は高かった。
 既に人間・女の子モンスターを合わせて30人以上の使徒がランスの手によって誕生していたのである。
 正確には、ランスの手にある魔剣……魔人シィルの使徒であるのだが、使徒にする決定も使徒に力を分け与えるのもランスがしているのだから、ランスの手によってと評しても間違いはない。
 また、男の子モンスターにとっても人事ではなくなった。
 今までは『どうせ女しか選ばないのなら、頑張っても仕方ない』と諦める連中が多かったのだが、魔人リックや魔人フリークの誕生が彼等に微かな期待を抱かせていた。
 そして、遂に男の子モンスター初の使徒が誕生したというのだ。
『ムサシボウ』
 彼の名は、ここ魔王城では希望の象徴とみなされた。
 彼等みたいな男の子モンスターでも、魔王様に認められる程の“力”さえあれば、使徒になれると云う事の、それは証明であった。
 この事実が伝えられた時、魔王軍の戦力は倍にも膨れ上がった。
 魔王軍の主力となっている男の子モンスター達のやる気が燃え上がるように高まり、向上心も旺盛になったのだ。
 より強く………強く……強く!…強く!!
 より速く………速く……速く!…速く!!
 より賢く………賢く……賢く!…賢く!!
 日々の鍛錬にも気合いが入るようになり、部隊単位でもまとまりが出てきて、体力任せで突撃を繰り返すぐらいしか能がなかった魔物の集団は、段々と鍛えられた軍隊へと変わっていった。
 また、命令をこなすだけではなく積極的に何かをしようとする連中が増えた。
 このように、ムサシボウを使徒にした事はランスにとって大きなプラスとなった。本人にそういう意図があったのかどうかは不明であるが……。


 一方、こちらはヘルマンの元首都であったラング・バウ。
 この地でも闘神都市が行った爆撃の爪痕は未だに残っていた。
 特に酷かったのはヘルマン王宮と呼ばれる巨大な城塞で、その大方がただの瓦礫と化してしまっていた。元ヘルマン王女のシーラが奇跡的にも無事でアールコートに救出されたのは不幸中の幸いとでも言うべきであろう。
 アールコートは事態が落ちついたらランスの指示を仰ごうと決め、シーラを自分の保護下に置く事にした。
 そして、遂にアールコートが待っていたモノがホルスの伝令の手によって彼女の元へと届けられたのである。
 すなわち、魔王城への帰還命令が。
 受け取った直後は、その命令が自分を更迭する意味なんじゃないかと考えてビクビクしてしまったけど、ヘルマン地域の暴徒の蠢動も一段落した上、リーザス地域にいるメナド将軍や自由都市地域に派遣されているキサラさんまで呼び戻す事になっているとあれば、どうやら更迭ではなさそうだ。
 パラパラ砦に派遣されている残りの二人……ナギさんとミルさんも後で呼び戻す手筈になっていると聞いた時には驚いたけれども、不思議には思わなかった。
 何故なら、ランスは彼女でも思い付けなかった戦略を幾つも見せてくれた“英雄”なのだから。
 アールコートは、久々に明るい顔になって急いで帰還の準備を整えた。
 その彼女を天井裏から見つめ続ける相手に気付かないままに……


「人員募集……ですか?」
 魔王城の謁見の間。見るものに威厳を感じさせる荘厳なたたずまいと、見えない恐怖を孕んだ微妙な空気が同居する場。
 その中心たる場所である玉座に座る男こそが、名実ともにそれを統べていた。
 魔王ランスである。
 しかし、その右手で膝の上ですやすや眠る可愛い女の子の頭をなでなでしている事で、自らが発散する威圧感を木っ端微塵に台無しにしていた。
「そうだホーネット。良いアイディアだろう。」
 口調には有無を言わせぬ勢いがあるが、どこか面白がる雰囲気を含んでいた。
「人手は充分に足りてる筈ですが、どこか手抜かりがあったでしょうか。」
 ホーネットは、真面目で端整な表情をいささかも崩さず、ランスの膝上で眠る二人の少女……ワーグとウェンリーナー……をちらと見てから答えた。よくよく聞くと、微妙な恨みがましさが声に混じってたりしている辺り、マリスに比べて修行が足りないとも可愛らしいとも受け取れる。
「がはははは、ズバリ女の子が足りない。」
 ランスの答えは、本人にしてみれば真剣なのだろうが、ふざけているとしか思えないものであった。
「そうですか。では、女の子モンスターの各部族に魔王城で働く人員を増やすよう要請致しましょう。」
 にもかかわらず、ホーネットはいささかも驚かずに対応策を淀み無く返した。そういう性格だと予め承知しているからだ。
「いや、増やすのは主に人間だ。各部族には、女の子モンスターのレアな娘が生まれたら員数割り当ての枠外でも送るように言っとけ(同じ顔で同じ服装の娘が幾ら増えたって、そんなに嬉しくないしな。実感も湧かんだろうし)。」
「はい、魔王様。」
 ランスのそんな内心など知らないかのように、ホーネットの返事には迷いがない。表情が僅かに固いのは、話の内容が内容だからだろうか。
「それで、人狩りには誰を派遣致しますか?」
 せっかく人心も安定してきたのに、ここで人狩りなんぞ行っては評判がガタ落ちになるだろうが、魔王様の命令だから仕方ない。そんな心情が窺える沈んだ声であった。
「なに言ってるんだホーネット。人狩りなんてする訳ないだろ、そんな面倒臭い事。」
 しかし、ランスは心底不思議そうにホーネットを見た。確かに昔は兵士たちに半ば以上無理矢理に連れて来させた事もあったが、今はそうするまでもないと言う事が彼には良く解っていたのだ。
「では、どのようにしたら宜しいのでしょうか魔王様。」
「それはな……」

 翌日、ランス統治下の人間領では、ある募集広告が貼り出されたり、魔法ビジョンでCMが大々的に流されたりした。
 その内容は……
 魔王ランスの日常の世話を担当する『魔王御側役』と、
 魔王ランスの警護を担当する『魔王親衛隊』の公募であった。
 美女限定、原則住み込みという条件と雇用主が“あの”ランスという事で色々な憶測(そのほとんどが正鵠を突いていたが……)が乱れ飛んだ。
 しかし、並みの成人男性の3倍近い高給は魅力であるし、ランスに気に入られれば永遠の若さも手に入るかもしれないという噂も密かに流れていた事もあって、かなりの応募者が殺到した。
 軍を派遣して美女狩りなんかをやっていた昔が懐かしく思えるほどだ。
 ランスは、勿論応募者のほとんど(たまに身の程をわきまえない人間が混じっているので全員ではない)を採用したがったが、それでは予算も城の居住スペースも足りない。
 よって、書類審査による選考の後にランス自らがオーディションを開催するという事になってしまった。
 マリスであれば、こうなる前にランスを巧みに誘導できたであろうが、ホーネットでは役者が違った。段取りのほとんどにランスが口出しできる時点で敗北しているという事に気付くべきである……ホーネット本人にランスを止める気がないのが最大の問題かもしれないが。
 さてさて、読者諸氏には、魔王軍が支出を余儀無くされている膨大な軍事予算の負担があるというのに、大掛かりなオーディションをやらかす予算をどこから持って来るか疑問であるかもしれない。
 しかし、解決策は意外に簡単な所に潜んでいた。
 ラング資金。
 ステッセルが持ち逃げしたこの金塊の山は、実は悪の塔の奥深くに所蔵されていた。
 資金の捻出に頭を悩ませていたランスが金塊を持ち逃げした野郎の足取りが魔の森で絶えた事を思い出してワーグに質問したところ、この金塊が再び日の目を見る事になったのだった。
 ランスは、この冗談みたいに莫大な金塊の山をワーグとかくれんぼで争ってまんまと勝ち取る事に成功した。
 その金の一部を使って今回の計画を動かす事にしたのだ。
 予算の都合さえつけば、計画の下支えをする破目になったマリスにしても文句はない。ただ、もう少し建設的な事に使って欲しいとは思ってはいるだろうが。

 書類提出の期限は1月末必着、1次審査に通った人間に2次審査の詳しい日時と場所を連絡するという内容のポスターを見て、静かに溜息をついた女の子がいた。
 それでは間に合わないかもしれない、と。
 ランスが手配させた復興支援は広範で分け隔てがなかったが、それだけに爆撃とAL教徒の暴虐によって重傷を負い入院生活を送っている両親の治療費にはほど遠い援助しか得られなかった。両親が完治するのに必要な金額は900万GOLD。少女では少々いかがわしい職業についたとしても払えるかどうか分らないほど高額な金額であったが、オーディションに1位で受かれば契約金で1000万GOLDが支払われると聞いた為、食い入るようにポスターを読んでいたのだ。
 しかし、その内気そうな女の子は隅の方に小さく書かれた記述を見つけた。
『個人の事情による相談に応じます。詳しくは各町の魔王城勤務者募集担当へ。』
 これだ。
 彼女、メルシィ・アーチャは、小さく頷くと藁にもすがる気分で役場へと足を向けた。
 ここで上手く行かなければ、両親を助けられるだけのお金を調達するには文字通り身売りする以外に方法がない。
 しかし、思い詰めて視野狭窄に陥っている彼女は気付いていなかった。
 自分から魔王に身売りしようとしている事に。

 その頃、別の街では……
 同じ内容のポスターの前で女学生風の女の子が首を捻っていた。
『これは……魔王城に忍び込むチャンス! でも……』
 内心の逡巡を口に出しさえしなければ大して問題にならない光景である。現に彼女が立ち止まって見入る前にも、6人ほどの女性がしばらく立ち止まって見ていたぐらいだ。
 しかし、ヘルマン地域の現状を調査中の忍者である彼女、ウィチタ・スケートにとっては人々の注目を集めるというのは気が気でない気分にさせるのに充分であった。
 足早にその場を離れながら、克明に記憶したポスターの一字一句まで検討を重ね、新たな魔王の謀略である可能性に行き当たった。……当人に聞いたら大笑いされそうなネタではあるが、ウィチタはあくまで真剣だった。
 そうでなくても、魔王城への潜入工作の方法として十分に使えそうだ。
 これらの事柄を頭の中でレポートにまとめると、ヘルマン全土の被害と復興状況と共に頭の片隅に整理しておいた。
 彼女がガンジーへの報告の後、偽造戸籍を取得して自由都市のひとつから応募するという任務に志願するのは、彼女が街角でポスターを見た日から数えて1週間後のことになる。


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 何の拡充なんだか(笑)。
 ま、言わないでも分るでしょうが(笑)。
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