鬼畜魔王ランス伝

   第61話 「白光に消えるイブ」

 ランスはチューリップ4号ヴィントの前で、集まった9人に指示を与えていた。
 その9人の内訳は、神風の使徒である弓美、髪長姫の使徒である香魅奈、まじしゃんの使徒であるスティア、キャプテンばにらの使徒であるヒルデ、とっこーちゃんの使徒である綾、元人間の使徒であるメリムと風華、魔人の娘である香姫、そして唯一人だけのただの人間で捕虜のセルであった。
 なお、ムサシボウは五十六の配下として居残り、魔人かなみは情報収集も兼ねて徒歩で帰還する事になった為、ここにはいない。
「メリム。魔王城の書庫に持ち帰る文献の収集は終わったか?」
「はい、取り敢えずは。でも、本格的に収集するには時間が足りな過ぎますけど……。」
「あっちの方の文献の調査も終わってないのに、こっちの方に専念されても困る。取り敢えず必要なものが揃ったんならいいだろ。」
 このやり取りから判る様に、メリムが今回のJAPAN行きに同行した理由は、魔王城の地下で発見された大量の古書の調査の為の資料集めであったのだ。勿論、新たな文献資料の収集も目的に入ってはいるが。
「はい。そうなんですけど……」
「まあ、JAPANに来るのが今回だけとは限らないんだ。後の楽しみに取っておけ。」
「はいっ。」
 そうランスに言われてやっと無念そうな顔を晴らすメリム。どうやら、ようやく気持ちの切り替えに成功したようだ。
「ヒルデ、スティア。お前らはセルさんをヘルマンに案内してやれ。できれば最近までAL教が制圧していた地域の方が良いが、どうだ?」
 次に、ランスはヒルデとスティアに、未だに頑なにAL教の教えを信じAL教を絶対視して魔王ランスを邪悪の権化と決めつけているセルのお目付け役としてヘルマン行きに同行するよう依頼した。
「「はい、魔王様!」」
 魔物にとっては、魔王の命令は絶対である。更に、ランスの命令で創設された魔王軍の中でも最高のエリート部隊(もっとも、その性格上男は絶無の部隊だが…)である魔王親衛隊に所属する彼女らにとっては、魔王ランスの依頼は命令と同じ……いや、命令よりも強い意味を持っていた。そういう訳でランスの依頼は二つ返事で喜んで承諾された。
「どういう事ですか!? 魔王ランス!」
 しかし、その指示に異を唱える者もいる。
 言わずとも分かるだろうが、当の神官セルのことだ。
「がはははは、なに。お前らAL教が何をしたか見せてやるだけだ。こいつらを護衛に付けるのは、そうしないとセルさんがヤバイからだ。その尼僧服を脱ぐ気はないんだろ?」
「当たり前です!」
「なら、決まりだな。俺様の女を危険な地域に行かせるのは気が進まんが、そうでもしないと納得しそうにないからな。俺様の方で用意した証拠なんぞ信用する気もないだろ?」「何を企んでるのですか、魔王。」
 猜疑心丸出しで睨みつけるセルの視線をさらっと受け流し、それに答える。
「なに、セルさんが中々素直になってくれないから、俺様がどんな事をしているか教えてやろうと思っただけだ。それとも、魔王のやる事はどんな事でも正しくないし、法王のやる事はどんな事でも正しいとでも言う気か?」
 多少は呆れが入っている台詞にもいささかも揺るがず、セルは真っ直ぐランスの目を見返してキッパリと言い返した。
「魔王が邪悪なのは、論じる余地もありません。そして、法王様のなされる事には、ヒラの神官に過ぎない私などには計り知る事ができない深い意味があるに違いありません。」
 その返答を聞いたランスは渋い顔になった。予想以上にセルが宗教にハマっている人間特有の思考停止状態に陥っていたからだ。
「予定変更だ。セルさんは魔王城に招待する。城外にさえ出なければ行動は自由って事にしとけ。ヒルデとスティアはセルさんの監視と世話を担当してくれ。」
 見込み違いに思わず漏れた溜息とともに変更した指示を伝える。
「「はいっ!」」
 ランスとしては、川中島のAL教本部に対抗する為にセルを法王に祭り上げる気だったのだが、どうやらそれは無理そうだと分かってしまった。
 と、なればAL教対策をどうすれば良いかとなると……地道に暴動を鎮圧するぐらいしか打てる手がないのが実情である。溜息が漏れるのも当然と言えよう。
 こうして、レッドの教会を襲撃したランスの目的はセルの身柄を確保しただけという中途半端な成果にひとまず落ち着くのであった。
「ところで、何故こんなに細かい指示を出すんですか?」
「がはははは。それはな、俺様はちょっと寄るとこがあるからだ。という訳で、お前らは先に帰ってろ。」
 もっともと言えばもっともなメリムの質問にいつもの豪快な高笑いで答えると、ランスは一人西の空へと飛び立った。


 ゼス国東部の荒野にある聖女の迷宮。
 この迷宮の魔物を根絶やしにするべく送り込まれたゼス国の軍団は、地下30階で傍若無人な侵攻を完全に止められた。
 魔物の抵抗が頑強で、その攻勢を支えられる部隊が今のゼス王国にはいないというのもあるが、それ以上に“ある存在”が魔物たちに力を貸しているのが侵攻が止められている大きな理由であった。
 それは、ウェンリーナーである。
 子供だろうが何だろうが集団でなぶり殺しにしたり、巣に火を放ったりと好き放題な事を行うゼス軍に、遂に彼女も黙って見ていられなくなったのだ。
 命の聖女モンスターの助力を得た魔物達は、その圧倒的な回復力を背景に迷宮の各所でゼス軍を……奴隷将軍が指揮している奴隷兵部隊だけでなく、ハウレーン隊やラファリア隊、志津香隊などの亡命兵部隊をも3日がかりで撃ち破り、侵攻を阻止するどころか何とか地上にまで追い返す事に成功した。
 だが、その勝利は、軍による無差別な殺戮以上の災厄を招き寄せる引金となってしまうのであった。


 12月24日、クリスマス・イブ。
 今日の日の為に魔王城ではパーティーの準備が進められていた。
 パーティーの発案者は元リーザス女王リア・パラパラ・リーザスである。
 だが、リア自身にパーティーの用意の手配などは無理であるため(まして魔王城で開催されるとあっては)、準備の手間は主にホーネットとハウゼルが引き受けていた。
 ホワイトクリスマスを実現するため、確実に雪を降らせる事ができるフローズン100体が各地に待機していた。
 クリスマスツリーに使うモミの木を用意する事になった旧魔人領緑化責任者エレナは、ヘルマンから根を残したままのモミの木を輸入させ、荷車でなければ運べないほどの重量がある大きな植木鉢に移植した。
 そのツリーの電飾関係は主にマリアが担当した。……シルキィがツリーをキメラ化しようとしたり、植木鉢をガーディアンにしてわきゃわきゃ動き回れるようにするアイディアも出た事は出たのだが、即座に没になっている。
 クリスマスケーキは城にいるおかし女が総出で協力した巨大なものが作られ、何十匹何百匹ものこかとりすが丸焼きにされ、出席者に供される事になっていた。
 来賓の方も、
 無理矢理時間を強引に作り、伝令用のホルスの背に乗ってまでやって来た魔人マリス・アマリリス。
 リーザス親衛隊からリックの配下への異動が決定したレイラ・グレクニー元親衛隊長。
 新たな親衛隊長として(リアの頼みで)マリスの使徒になったジュリア・リンダム。
 異世界からやって来た怪獣王子と怪獣王女。
 などという面々の出席が決まっていたが、世界の王という格式からするとそれでもたいした規模のパーティーではなかった。
 それは、ランス配下の主要なメンバーを集めると国境の警備などに問題が出る事や、戦時下で無駄な出費をしたくない(闘神都市の艤装や新兵器の配備、民衆への対策などで国庫にあんまり余裕がないのだ)事などが原因である。
 それでも関係者の努力によって壮麗なパーティーを開催する準備は整った。
 しかし、その夜会の主役たるべき人物はいっこうに登場しなかった。
 その人物がJAPANから帰還する予定は、既に超過していたにも関らず。


 その頃、アイス上空を単独飛行中のランスは少々よたついていた。
 原因はこのところのハードワークである。
 オロチ退治はまあ良いとして、その後にオロチの魂から生け贄にされた娘たちの魂を分離した事や京姫を無事に封印から助ける為に長時間の儀式魔法を行使せざるを得なかったために無理がかかっていた事などが、かなりな負担となっていた。それは、途中で魔王城の様子を見に単独で戻ったりしていない事などからも察する事ができる。
 オロチから吸収した力の分も実は結構な負担になっていたが、こちらの方は積極的に使徒をこしらえた事で負担にならない程度まで減らしたので問題化する前に片付いていた。
 そんな訳で、また倒れたり、ヒラミレモンの世話になるのは情け無くて嫌なので、ランスはもう少し穏当な手段で自分の体調の調整を図ろうとしていた。
 命の聖女モンスターであるウェンリーナーの治療で何とかならないかとの試みである。
 もし、何とかならないとしても、ウェンリーナーの所に遊びに行く事自体にもそれなりの意味があるので全く問題はない。
 しかし、その10分後、聖女の迷宮の上空に着いたランスが見たものは、当初立てていた予定など問題にしないほどの凶悪さを放っていた。
 それは、聖女の迷宮上空に浮かぶ闘神都市の下部に設置された魔導砲がエネルギーの充填を開始している光景であった。
 魔導砲が発射されるまでに闘神都市自体を破壊するのが不可能な事を悟ったランスは素早く下部に廻り込み、魔剣シィルに闘気を集中する。
「ラーーーンス…」
 しかし、ランスの攻撃が届く前に魔導砲は発射されてしまった。だが、そこで諦めて止まる事無く溜めた莫大な闘気の塊を剣を通して眼前の凶器へと解き放つ。
「アタッーーーク!!」
 あまりの光量に視界を白く染めるほどのビームを発射してる最中にも構わず、その光芒の中に突撃して横合いから放たれた強烈な攻撃により、闘神都市の主砲たる魔導砲は基部から爆発し、下部に大穴が開いてしまった。
 だが、しかし、ランスの方も魔導砲の爆発に至近距離で巻き込まれ、地上に叩きつけられるように墜落してしまうのだった。
 たったの一撃で26階層も撃ち抜かれた大穴の中へと。


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 クリスマス・イベント〜。のハズが、我ながら何て殺伐とした話の切り方(笑)。
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