鬼畜魔王ランス伝

   第56話 「曙光、差す前に」

 ランスが本陣から一歩を踏み出した時、戦場の空気は変わった。
 奇襲の勢いを借りて敵陣内を荒らし回っていた天志教軍の雑兵達は、ランスがまとう莫大な闘気に圧倒されて足を鈍らせ、逆に先日の戦いでランスの戦いぶりを知っている山本家の武士達は急速に落ち着きを取り戻していった。
「シィル、明かりだ。」
「はい、見える見える。」
 頭上に出現したミニ太陽が、煌々たる光でランスを照らし出す。
 右も左もJAPAN風の軍装を身に付けている中で、独り大陸風の緑の甲冑をまとい、夜目にも鮮やかな桃色の魔剣を構える戦士……ランス……の姿は、嫌と言うほどに良く目立った。
「がははははは、命のいらんヤツからかかって来い!」
 豪語しつつ、足を前に踏み出す。
 ただ、それだけの事で、天志教軍を襲うプレッシャーは倍にも増えた。
 そして、それに気圧された瞬間が、攻守逆転の転機となった。
 動きの鈍った天志教軍の足軽達を、統制を取り戻した山本家の武士達が次々と切り捨てていく。なまじ敵陣深く斬り込んでいたため、彼等は逆に半包囲されてしまって容易には脱出できなくなってしまったのだ。
 その上、天志教軍の兵は農民兵の足軽、山本家軍の兵は職業軍人の武者である。元々の兵の地力が全然違う。二対一や三対一ぐらいの兵力差があるならともかく、同数以下の兵力で正面からぶつかってしまっては、とても勝てるものではない。
 と、なれば再逆転の方法は一つしかない。
「あの男を討ち取れっ!」
 言い出しざまに駆け出す真朱。それに続く籠目とミオ。
 明々と照らす魔法の明かりの下で、草でも刈るかの如く無造作に首を刈る敵将の元へと向かって。行く手を遮る敵兵は、ミオの術が動きを縛り、真朱の刀が鎧ごと断ち割り、篭目の腕力で吹き飛ばされた。そんな三人を止められる兵はなく、彼女らはほどなく目的の人物の前に到着した。
「がはははは、またかわいこちゃんか。つくづくJAPANっては美女が多いな。」
 その人物が開口一番発した台詞は、戦場にはおよそ似つかわしいものではなかった。
「何だと!」
「七緒といい、お前らといい。大漁ってもんだ、がはははは。」
 しかし、台詞にこそ緊張感が欠如してはいたが、周囲を圧する迫力は衰える気配すらなかった。ともすればずり下がりそうな足を気合いで捻じ伏せ、真朱は緑の鎧の戦士に食ってかかった。
「七緒……おい、お前! 七緒をどうした!」
「もちろん、美味しく頂いたに決まってるだろ、がはははは。」
「お、おのれ外道!」
 七緒と真朱は幼馴染の親友である。ランスの返答は、そんな真朱の逆鱗に触れた。
 刀を大上段に構えて突っ込む。
 そして、目にも止まらぬ迅さで振り下ろす。
 その、鍛鉄の塊ですら両断できる一閃でさえ、魔王であるよりも先に超高レベルの戦士であるランスには通用しなかった。
 あわやという瞬間に体を開き、刀に空を切らせた直後、その刀の峰を踏みしめ右手のシィルを短く閃かせた。目標は相手の手首、いわゆる小手打ちというヤツである。
 刀を踏まれて一瞬対応が遅れた真朱は手首を剣の平で打たれて刀を取り落としたが、何とか追い討ちが来る前に飛び離れる。
 それと入れ替わるように、ミオの術の支援を受けて防御力を増した篭目が頭から体当たりを仕掛けるが、ランスを微動だにさせる事ができなかった。
 それでも、足が止まったところに脇差を抜いて攻撃する真朱と術を仕掛けるミオ。しかし、ランスは左手一本で篭目を抑えたままシィルで脇差を弾き飛ばしてしまった。もとよりミオ一人の術でランスの周囲にシィルとフェリスが常時展開している複合魔法防御を破る事などできようハズもない。
 逆に、ランスの魔眼で一睨みされるだけで全身に鉛の重しを付けたほどの重圧をかけられてしまった。全く身動きできないほどではないが、戦闘など最早望むべくもない。
「がはははは、まだ動けるとは流石に中々やるな。」
「くっ……」
 にやにや笑うランスが歩み寄って来るのを睨み据えながらも、足元に武器が落ちていないかを探す真朱であったが、その努力が実を結ぶ前に鳩尾に鈍い衝撃が走った。
 ランスが本陣を出てから百を数える間も無く、真朱の率いる夜襲部隊千人あまりは壊滅した。


 一方その頃、大阪の街にある山本家の屯所では……
 潜入工作に来た愛が、一角にある建物に目を付けていた。
『まったく、このは様ったら。』
 そうは思うが、ここだけやけにガードが固い。
 忍者は他の建物と同じく下忍程度の連中が何人かいるだけだが、妙に戦闘要員が多いみたいだし、何やら術法による結界の気配すらする。
 愛の卓越した幻惑の技と妖艶な容姿をフルに活用した結果、この建物以外の場所の捜索と、この建物に入る方法の観察に成功してはいた。だが、それは愛が自身で潜入する事が不可能に近い事を意味してもいたのだ。
『また、やっかいな場所に捕われる事におなりで……』
 出入りする者は、自分が出入りする一瞬だけ結界の一部分を術で中和していたのだ。
 ある一定以上の魔力を備える呪術士であれば結界の解除も出来るであろうが、クノイチの自分では巻物に書き記された術を発動するのがせいぜいだ。とても高度な結界の解除にまでは手が届かない。……彼女でも建物に火をかければ結界を破れるだろうが、それでは囚われていると思われるこのは様の身がかなり危険だ。内部の様子もわからずに火をかけるのは救出成功の確率が低過ぎる。
 愛は、そこまで突き止めたところで、この場を脱出した。
 少なくとも、自分だけでは潜入は難しいと悟ったが故の行動であった。
 しかし、彼女は自分以外の仲間全員が既にランスに捕えられている事を未だ知らない。


 夜の闇の中で人血に興奮した魔物の集団を統制する事は難しい。
 特に、それがロクな訓練も受けていない連中ならば特に……だ。
 旧ヘルマン帝国のモンスター部隊や、魔王直轄の軍団では夜間の戦闘にも堪える部隊が育ち始めてはいるが、ここにいる現地調達の魔物の群れではそれは望むべくもない。
 血に興奮してざわめく部下達の手綱を引き締めつつ、ムサシボウは魔人かなみからの情報を待った。
「待たせたわね。敵はあっちにいるわ。」
 簡単な一言と共に指差した方へと、ムサシボウは兵を動かした。
「出陣! 叩キ潰セ!」
 重低音な号令は二千の魔物の軍団全てに響き渡り、地を揺るがして進軍を始めた。
 夜という事もあり、まごうことなき百鬼夜行だ。
 その目標になったのは、原家の本隊二千。
 別働隊が敵本陣を急襲する事で陣形が乱れた山本家軍を衝くべく軍を動かしてきていた彼らではあったが、魔物の集団が自分達に向かって来るのを見て応戦の態勢を整えた。槍衾が敷かれ、弓隊がさかんに矢を飛ばす。
 しかし、魔物たちの突進は止まらないどころか、益々その勢いを増していった。味方が流す血に興奮してしまったのだ。
 その鬼気迫る様子に、天志教軍本隊は恐怖を覚えた。
 彼らの中には、先の戦いで魔物軍と騎兵隊に挟撃されて、命からがら逃げ出して来た者も多かったのだ。
 槍を握る腕が流れる冷や汗で滑った者がどれほどいただろうか。
 ともかく、槍衾は完璧でないにしろかなり大きな成果を上げた。
 しかし、槍に貫かれたハズの魔物が未だ生きていて暴れたり、槍が手から弾かれた者が魔物の群れの中に埋没していき、何か濡れた音がそこかしこで聞こえるようになった時、天志教軍の統制は崩れた。
 遮二無二攻撃する者、背を向けて逃げ出す者、近くにいる同僚を盾にする者……と、無秩序になってしまった人間達の“群れ”は、先に統制を失っていた魔物の“群れ”と正面からぶつかり合った。
 曙光が差し染めた時、生き残っていたのは身体的に頑強な魔物が三百あまり。それだけであった。
 原家総大将の安藤進右衛門は、身体のあちこちを魔物にかじられて絶命していた。彼の遺体の周囲には彼が斬り捨てた沢山の魔物の死体が転がっていたが、その奮闘も虚しいものとなった。何せ、彼が率いていた本隊の生存者は、彼自身を含めて0だったのだから。


「おう、見つかったか。」
 戦闘終了後、敵将安藤進右衛門を探させていたランスは死体となった敵を見下ろしていた。普通なら首だけ切り落として持って来るところであるのだが、今回は特に命令して死体がある場所に案内させた。京姫を封じた宝珠をゲットする為だ。
「どれどれ……おっ、これか。」 
 死体の懐を探ると、大人の握り拳ほどもある大きさの水晶球が入っていた。中に美女が封じられているところからこれで間違いないであろう。
 しげしげと宝珠を観察して、手の込んだ封印をされている事を確認するとランスは宝珠を付いて来ていた七緒に渡した。
「おい、こいつは預けておくぞ。封印を解くには少々準備が要りそうだ。」
「はい、ランス殿。」
 なお、七緒たち“ランスの女”になった者達には、既に武装が返却されている。そのため、彼女も軍装を整えてはいるのだが、この場にて斬りかかるつもりは毛頭なかった。
 その気になってみれば斬りかかる隙はあるのだが、それで倒せるとは限らないし、仮に倒せたとしても京姫を助けるのが絶望的になるだけだ。
 宝珠を両手で受け取った七緒の唇が不意に奪われた時、彼女はそういう理性的な理由とは別にランスに馴染み始めている躰に気がついた。
「今は忙しいから、続きは後にしてやる。がははははは。」
 などと言って彼女から離れて行くランスを見て、残念だと思う気持ちが芽生えてきている事に、彼女は驚きと……納得を覚えていた。


 本陣に戻ったランスは、急いで出立の準備をさせた。
「急げ! やつらが小細工したり逃げ出したりする前に到着するぞ! 負傷兵は置いて行け! 死体処理や捕虜の面倒は五百ほど残してそいつらにさせろ! とにかく急ぐぞ!」
 小一時間ほど出発を遅らせていたのはランスの都合であったのだが、それはこの際は関係無い。
 負傷兵を抜いた残りの戦力八百余りは、天志教の総本山へと向けて進軍を再開した。
 敵軍が塞いでいた最短経路を全力で駆け抜けるランス軍の行く手を阻む者は、もはや何もない。


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 いや〜、進右衛門さん死んじゃいましたね〜。当初の予定では生き残るはずだったんだけど(笑)。
 さて、いよいよ富士の天志教総本山の予定です。天志教の総本山が富士山麓にあるっていうのは私めのオリジナル設定なんで、あんまり信用しないで下さいね(笑)。
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