鬼畜魔王ランス伝

   第50話 「オロチ」

 迷宮探索という事でメリム・ツェールを。そして、メリムと風華の護衛として神風、まじしゃん、キャプテンばにらを加えたランスと風華は、大蛇の穴の前に来ていた。セルさんの見張りを後の二人と長崎駐留の兵達に任せて。
「ここか、風華ちゃん。」
「はい、そうです。」
 一行の足元を照らす明かりは月明かり……ではなく、まじしゃんが唱えた“見える見える”というミニ太陽を作る魔法による照明だった。
 その光に照らし出されている洞穴は、現地の人間に“大蛇の穴”と呼ばれ、恐れられている地下迷宮である。その気になれば軍隊すら中で展開できそうな大穴に、ランス一行は神獣オロチを始末するべく潜って行くのだった。


 一方、こちらは旧魔人界はモスの迷宮。ここでは今……
「はーっはっはっはっ、死ね死ね死ね死ねぇ!!」
 狂暴な殺戮者による死出の旅、強制無料招待キャンペーンの真っ最中であった。
 魔剣カオスが一閃する毎、不幸な乗客たちが2〜3体まとめて三途の川の渡し舟に押し込められ、送り出された。
「ホーリービーム!」
 エンジェルナイトのニアが剣を掲げると、その剣先から放たれた輝かしき光線が魔物たちをまとめて焼き焦がしていく。この辺の魔物ならば、多くても2回も放てば全滅するほどの威力がある光輝魔法だ。……いや、むしろ神術と言った方が良いかもしれない。
 しかも……
「回復!」
 ニアの声が辺りに響くと、多くの命を代償にしてやっとの事で健太郎に負わせたかすり傷が見る見るうちに全快した。
 ボスモンスターの“SHI MO−JOE”も、宝箱の中に入っていた愛らしい“ベベター変異種”も、自分達の生活空間である迷宮を守ろうとする者たちも、あまりの相手の強さに逃げ惑う者達も……ひとしなみに同じ運命を与えられた。
 それは「死」である。
 健太郎が通った後に骸となって転がる者達の顔には、誰一人として安らいだ表情のものはなかった。それは、何故かニアに焼き殺されたモノたちも同様だった。


「ちっ、意外に手間取る。」
 ランス一行は、何故か襲いかかって来るモンスターの群れに閉口していた。
 使徒や女の子モンスター、更には気配を抑えているとはいえ魔王だっているのにだ。やはり、これもオロチの影響なのだろうか。
 とはいえ、魔王ランス相手に軍曹ハニーが率いる事ができる程度の強さの魔物の群れなど全くと言って良いほど通用しない。メリムや風華たちと離れ過ぎないように気をつけていれば、護衛役も連れて来てる事だし別段問題はない。さくさくっと最下層まで行くつもりだったランスの思惑からすれば時間はかかってはいるが、普通の散歩とあんまり変わらないペースで一行は進んで行く。
 そして、わずか49分で12階層まで突破したランス一行は、そこで僧兵姿をした大柄なモンスターと遭遇したのだった。
「ググ……御主ノソノ剣、置イテ行ッテ貰オウ。」
「断る。これは、俺様のだ。」
『ランス様……』
 即答で断ったランスの返事に、シィルは何となく嬉しくなった。……例え、得体の知れない男の要求を聞くのが嫌だという理由だとしても。
「ナラバ、腕ヅクデ貰イ受ケル!」
 左腕に持っていた錫杖を予備動作無しで横に振り抜く。文字通り人間離れした剛力と凄まじいまでの技量のなせる技だが、ランスは頭部を狙ったその豪速の一撃をシィルで上に弾いた。間髪入れずに弾かれた杖を上方から振り下ろすムサシボウ。だが、その杖の中ほどを横薙ぎに払われたシィルがすっぱりと両断した。そのまま折り返しの一閃を見舞おうとした所で、両腕の棒…杖の残骸…を投げ付けて来たのを切って落とす。その隙に後ろに飛び退って後ろの籠から木槌を持ち出すムサシボウ。
 魔王としての気をかなり抑えているとはいえ、ランスは、自分ほどの戦士と競り合いができる相手がいた事に嬉しくなった。
「がははははは、久しぶりに楽しめそうだな。行くぞ! ランスアタック!」
「ヌオォォォォォ!」
 ランスの闘気を込めた一撃は、ムサシボウが思い切り振り下ろした木槌と真っ向からぶつかり、それを爆散させた。まともに食らえば魔人ですら一撃で葬り去る気の爆発にさらされたムサシボウは、10m向こうの壁まで吹き飛ばされながらも何とか持ち堪えた。壁と激突したショックで背の七つ道具の全てを失ったが、それでもしっかりと両の脚で立ち上がった。ランスも技の反動で崩れかけた態勢を立て直す。
 全身ボロボロになりながらも、無手…素手での闘術…での構えを見せるムサシボウにランスの笑みは深くなった。それと呼応するかのように、ムサシボウの目にも笑みの気配が見受けられる。
 目と目を見合わせた次の瞬間、二人は真正面からぶつかった。
<ドスッ>
 ムサシボウは、ランスの右手にある剣…シィル…がわずかな動きを見せた瞬間に懐に飛び込み、体当たりをかます! としたかったのだが、シィルの動きに気を取られたのが災いし、ランスの本命の攻撃に気付けなかった。剣を囮とした左拳での胴打ちを。短いストロークながらも腰の入った拳撃は、相手の突進の勢いも借りてムサシボウを昏倒させた。
「どれ……」
 手加減抜きだった上、打撃が当たる個所も適当なボディブローを打ったからには、死んでいても当然なムサシボウだったが、幸運にも……あるいは、しぶとくも生きていた。
「殺すには……ちょっぴり惜しいかな。」
 ランスは止めを刺そうとしてシィルを構えた手を止めた。
 だが、自然に目覚めるまでの時間は流石に惜しいので、活を入れて起こす。
「ググッ…」
「起きたか。」
「ググッ……何故ダ、何故止メヲ刺サン……」
「その力、俺様の為に振るってみる気はないか?」
「ナンダト!」
「がはははは。中々見所がありそうだから使ってやろうというのだ、どうだ。」
「ヌヌ……」
 考え込むムサシボウだったが、大蛇の穴にうっすらと漂う神気に覆い隠されていたランスの魔気を察知すると態度がガラリと変わった。
「コレハ…気付カヌトハイエ申シ訳ノシヨウモナイ事ヲ……」
 知らぬとはいえ、下っ端の魔物に過ぎない自分が魔物の王たる者に刃向かったのだ。いかような処分をされても文句は言えない。
「まあ、いい。俺様も楽しかったしな。」
 だが、ランスは久しぶりに戦ったという実感がする戦いができたので機嫌が良かった。
「ハハッ。」
 平伏して畏まるムサシボウに、改めて確認をする。
「それで、どうだ。」
「ハハッ、ソレガシナドデ宜シケレバ。」
 こうして、ランスの配下にモンスター・ムサシボウが加わった。


 ゼス王国、聖女の迷宮上空。
 未完成だった為に完成間近で封印されていた闘神都市Φ(ファイ)は戦力整備の為にここにやって来ていた。
 ゼス国内でも最強の魔物が巣食うこの迷宮では、魔物討伐のために派遣された部隊の戦闘でたくさんの戦死者が出ていた。激戦地ゆえの事ではあるが、それらの新鮮な死体は簡単な防腐処理を施されて地上…そして、闘神都市へと後送される。そこで、魔法で一応の修復をされた上で“メタルマミー”の魔法をかけられて金属質のミイラに変えられ、更に金属の外皮と布の筋肉を着けられて生まれ変わる。
 鋼鉄の肉体を持つ兵。闘神都市の主力兵器たる闘将へと。
 こうして、ゼス国内の魔狩りと並行して、ゼス=AL教=聖魔教団の三国同盟は、着々と戦力整備を進めていくのだった。
 また、豊富な労働力に物を言わせた闘神都市の修復作業も急ピッチで進められていた。
 いつ勃発するか分からない魔王軍の侵攻に備えて。


 ムサシボウの道先案内によって格段にスピードを増したランス一行は、わずか6分間で一気に最下層である38階層に到達した。
「がはははは、俺様天才!」
 ランスがそう豪語するのも無理はない。ムサシボウが昇降機を動かさなければ、更に数時間は歩き尽くめになりかねなかったからだ。それでは、他のメンバーはともかく風華の身が持たない。
「で、メリム。隠し扉かなんかあるか?」
「はい、ちょっと待って下さいね、ランスさん。」
 メリムは辺りを念入りに調べ始めた。どうやらその辺には無いと見極めると、移動してまた探す。その様な事を10度ほど繰り返しして、メリムはようやく隠し通路の存在を暴き出した。
「ここです、ランスさん。」
「おう、ご苦労だったメリム。開けろ。」
「はい。え……っと。ここがああなって、そうだから……」
 見ている方がいらつくほど慎重に仕掛けを探っていたかと思うと、突然手にしていた金槌で仕掛けを叩いたりする事もあるメリムの作業は見ている方の心臓に悪い。
「えっと……えいっ!」
<カコォォォン!>
 という一撃と共に、どこからともなく轟音が鳴り響いた。
 すると、今まで単なる壁としか思えなかった場所が音をたててずれて、一行の前には奥へと向かう通路が現れた。奥から流れて来る生暖かく生臭い風が、怖気のする気配……神気を微妙に強めて行く。まだ、常人には感知できない程度のレベルではあるが。
 それでも気付いている者もいる。ランスとシィル、そして……風華だった。
「ランス様……」
「ああ、近いな。」
「宜シケレバ、ソレガシが先陣ツカマツリマスが。」
「ちょっと待て、その前に話がある。……風華ちゃん。」
「はい。」
「オロチを倒したら、その後で風華ちゃんは俺様のものになれ。それが約束出来るなら俺様がオロチを倒してやる。」
「ラ、ランスさん。」
 ここまで来て四の五の言い出したランスに、小躍りを止めてオズオズと声をかけるメリムではあったが……
「メリムは黙ってろ。」
「……はい。」
 ランスの一言でメリムの助け舟は、大きな石が当たった笹舟の如くあっさりと撃沈されてしまった。まあ、メリムはランスが徹底的に酷い事をするとは思っていないので、あんまり強く出ようとはしなかった。もとより、この程度の事でシィルが口出ししようハズも無い。……さすがに本気で帰りだそうとしたら別だろうが。
「ここで『うん』と言えば、風華ちゃんが俺様のモノになるだけで、犠牲者はこれ以上増えない。どうだ?」
 この意地悪な設問は、風華を的確に追い詰めた。元々、JAPANの民や好きだった町を救う為に生け贄になる覚悟を持つほど優しい心根の娘である。答えは最初から決まっているようなものだ。
「わかりました。お願いします、ランス様。」
 風華の返答を聞いたランスは、上機嫌で先頭を歩いて行った。
 オロチがいるハズの通路の奥へと向かって。


<ズシーーン>
 奥へ奥へと進む一行の前方から、大きな地響きにも似た音が聞こえてきた。
 段々と音は近付いて来る。
「おい、メリム、風華ちゃん、ムサシボウ。少し下がっとけ。」
「承知。」
 ムサシボウはそれに応じ、自分の背に他の娘達を庇う態勢を取る。
「お前らも手は出すなよ。自分と俺様以外の身だけ守れ。」
「はいっ。」
 その指示で、女の子モンスター達も一歩下がった場所に移動した。
 そして、一人進んだランスの眼前に巨大な物体が現れた。
「人間どもよ、生け贄の約束の日にはいささか早いようだが、何の用だ。」
 それは、異様に下顎が発達した8匹の大蛇らしきモノが、尻尾の代わりに他の首の胴体と繋がっているような化け物だった。
「そうか、無謀にもこの私と戦おうというのか……愚かな。なんと、愚かな。」
 武装しているランスを見て、蛇どもの中心部に腰掛けている裸の美女が野太い男の声で吼え立てた。
「千漣姉様!」
 その美女の顔を見た風華は、思わず大声を上げた。髪の色などは違うものの、確かに4年前に生け贄になった姉と瓜二つだったからだ。
「千漣……ああ、この躰の持ち主だった人間の名前か。」
「お願いです、ランス様。千漣姉様を助けて下さい。」
 風華の願いを耳にしたランスは相手を探るが……
「駄目だ、風華ちゃん。アレはヤツに操られているに過ぎん。いくら俺様でも既に死んでる人間は助けられん(今んとこは、まだ生命だけはあるようだが……ヤツを殺したらそのまま死んじまいそうだな)。」
「ぐっぐっぐっ、少しは智恵の回る奴がおるか。だが、私と戦おうというからには、そやつの智恵も知れたものよ。」
「姉様……」
 風華が泣き崩れそうになるが、すんでで踏み止まる。双眸から流れる涙は隠しようがないが。
「てな訳で、行くぞ化けもん!!」
「よかろう、ならば死ぬがよい。そして大地の糧となれ。」
 シィルを高らかに構えて突っ込んだランスと、鎌首を持ち上げたオロチは、
 同時に攻撃を開始した。
 ランスは手近な首の一つに、
 オロチは手始めに首一つが牙を剥いて、
 襲いかかった。
 次の瞬間、その首は縦に両断されて胴からぶら下がった。
「グォォォォォォ!」
 苦悶の悲鳴を上げ、のたうちながら攻撃を繰り出すオロチの牙を、かわし、捌き、逆に斬り落とす。その激しい動きにブチンと鈍い音がして千漣の肢体が落下し、蛇の胴体の下敷きとなってすり潰される。
「姉様!」
 そんな風華の叫びも虚しく、千漣はどろどろとした血餅……ただの死体に変わる。
 もはや、オロチに人の声を話す術は無く、また、ランスにも聞く耳は無い。
 切っても、切っても、切っても、起き上がってくる異形の大蛇の首をひたすらに斬り裂き、斬り砕き、斬り伏せる。ただそれだけの時間が数時間……あるいは数秒、過ぎた。
 突如、何を思ったか首をいっぱいに伸ばして狙うは、後方に固まる人間達。
 そんなオロチの首は、
「ランスアタック!」
 横殴りに突き上げるシィルの一撃により、弾け飛んだ。
 そして、中心部……全ての胴が交わる個所……を両断した時、オロチは小刻みに痙攣しながら全ての首が、胴が、地面へと落下した。地響きを立てて。
 そうして、段々動かなくなって行く。
 もう、誰の目にもオロチの死相は明らかだった。
 それでも、ランスはオロチへの攻撃を止めない。
「こんなものがJAPANを滅ぼすだと? あのじじいめ……」
 遂に動かなくなり、ぐったりと地面に転がる死骸。ランスはそれをじっと睨みつける。
「こいつが今までに何人もの女の子を生け贄に……このクソがああっ!」
 睨んでいるうちに怒りが増したのか、ランスは滅茶苦茶に剣を振るった。オロチの躰はどんどん小さく刻まれていった。
「はあ…はあ…はあ…みじん切りにしてもまだ飽きたらんわいっ!」
 ランスの剣に切り刻まれ、細切れの肉片と化したオロチ。だが、神獣オロチに与えられた真の致命傷は、実は物理的な傷ではなかった。
 一太刀ごとに剣から吸い取られた生命力こそが、真にオロチを追い詰めた手傷である。
 そうして、魂の一欠片も残さぬほど徹底的に、オロチはこの世から消えた。
 JAPANを滅ぼすとまで言われた伝説と共に。


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 この話、当初の予定では38階まで素直に降りれるハズだったんですが……某人物のSSのおかげでムサシボウの扱いが格段に良くなっています(笑)。
 ようやっと50話です。……でも、特別な事は何も無しです(笑)。
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