鬼畜魔王ランス伝

   第37話 「転機到来」

「王様……良かった。」
 魔王城に帰りついたランスを迎えたのは、何故か慌てた様子のすずめだった。
「どうした。何かあったのか?」
 珍しく息せき切って走って来たすずめに、その理由を問う。
「美樹様の容態が……」
 それを聞いただけでも充分。皆まで言う前に走り出す。魔王城に設けられた美樹の部屋に向かって。
「ランス殿……」
 何事かと日光が問うが、ランスの歩みは一瞬たりとも止まらない。
「ええい、話は後だ。一刻も早く美樹ちゃんの所へ行くぞ!」
 走りながら答えると、ランスは魔王城の広い廊下をメイドさんやちょーちんなどの立ち働いているモンスターたちに多大な迷惑を撒き散らしつつ爆走した。
 その速さは、懸命に追いかける日光ですら何度もランスを見失いそうになったぐらいに速かった。
 当然だが、使徒とはいえメイドのすずめが追いつけるものではなかった。

 急いで飛び込んだ部屋のベットに横たわっていたのは、青い顔色で起き上がれなくなってしまっている前魔王、来水美樹であった。
 体温は低下して冷たくなり始めているし、意識は既になくなっている。しかし、未だかすかながら息をしている。
 それだけの事をざっと見て取ると、ランスは鎧の隠しから例の丸薬を取り出した。世色癌ではない。以前にウェンリーナーから貰った薬だ。ランスはそれを1粒だけ口に含むと美樹の口に流し込んだ。
 口移しで。
 その場面を直視した日光がなにか言おうとするよりも早く、美樹の顔に血色が戻り、呼吸も安定する。見た目にも具合が良くなった事が分かったが、疑問点を一応問い質しておく事にした。
「ランス殿、その薬は?」
「うむ。美樹ちゃんの身体が急に人間に戻った事で起こる発作を抑える薬だ。」
 一応は納得できる……いや、期待以上の回答だ。それでも足りない面を追及する。ここにいない……いられない誰かの為に。
「その薬はそういう使い方をするものなのですか?」
 鋭い視線を投げつけるが、ランスはそれに平然と答えた。
「がははははは、そうだ。」
 返答に嘘の気配はない。より詳しく事情を聞いたところ、身体が“魔王の血”の依存症を起こしているので、魔王の波動で禁断症状を沈静化しなくてはならないらしい。そこでアレとなる訳だが……日光の心境は複雑だった。健太郎の佩剣として、また、旅の仲間として健太郎と美樹という初々しい関係を長い間見守ってきた彼女としては。
『あの方はキスもまだだったハズ……おいたわしや。』
 同情はするが、もはや日光にはどうする事もできない。健太郎が彼女の忠告をまるで聞かずに、自主的に彼女を放り出していったからには。
『気は……ほとんど並みの人間と一緒。魔王だった頃の気と比べ物にもならないけど、確かにあの頃の気配と共通するものを感じる……おそらく本人に間違いがない。』
 日光は離れた場所から美樹の“気”を探る。
 それは人形のものでも、偽装のものでも、偽者のものでもない。
 おそらくは、目の前で眠るこの娘が異世界から連れてこられた少女「来水美樹」の本来の…ガイによって魔王にされる前の…姿なのだろう。
 それは理解できたが、分からないのは美樹を元に戻した方法だ。自分達が世界中を3年かけて探し歩いて見つからなかった方法が、気が付いたら実現されていたのだ。
 気にならない訳がない。
 その疑問を目の前の男に向かって素直にぶつける。
「いったいどのような方法で美樹様を人間に戻したのです? ランス殿。」
 それに対する回答は、危うく日光の逆鱗に触れそうになった。
「美樹ちゃんを殺して俺様が魔王を継承した。」
 空気がピリピリとした殺気に満ちるが、日光は今一歩のところで自制した。
「その後、ウェンリーナーに頼んで美樹ちゃんを生き返らせてもらった。」
 わずかに優しい口調になるランス。だが、日光にとってはランスの口調よりも話の内容の方がはるかに気になった。
「ウェンリーナー! まさか…あの……命の聖女モンスター?」
「おう。流石に物知りだな日光さん。」
 これまでの全部の事態が頭の中で繋がった。思いもしなかった方法ではあるが、言われてみれば成功の確率は充分ある方法に聞こえる。いや、こうして美樹が生きているということは、実際に成功したのだろう。
 それに、こういう方法を採ったのであれば、ランス王が「美樹ちゃんを殺した」事を否定しなかった事も頷ける。しかし、それなら最初からそう言ってくれれば健太郎様が余計な行動に出なかったのでは、との疑念も当然ながら生まれる。
「ランス王、何故それを最初に教えて下さらなかったのですか?」
 それに関するランスの答えは簡潔で明快だった。
「決まってる。あいつが聞かなかったからだ。美樹ちゃんの消息を。」
「う……」
 確かに、健太郎は皆まで聞かずに独り合点してランスに斬りかかっている。
 一度そうなってしまえば、この男なら、余程に自分が不利な状況にならない限りは自分から真相を話す事はしないだろう。
 日光は事情を理解して溜息をついた。
 健太郎のために
 美樹のために
 そして……あの時、自分がランス王に美樹様の事を質問するという事を思いつけなかった自分のために。

「さて、美樹ちゃんとの対面も果たした訳だが、これからどうする? 勿論、約束通りお礼の一発はもらうがな。がははははは。」
 その時、ベッドで美樹の手が動いた。虚空にある何かを探すように……探るように手を動かす。そんな手をランスはそっと握ってやる。いつもならここで唇を奪ったり身体のあちこちを触ったりするとこだが、そこまでは流石に日光の目が怖くてできない。
「おう…さ…ま……」
 ランスの手を握り返して安らいだ表情で眠る美樹の寝顔を見て、日光は複雑な心情を抱かざるを得なかった。かつて、魔王を討つ武器でありながら、魔王から人間に戻る術を探す彼女に同行する事を同意した時のように。
 しっかと手を握り返されたランスが、美樹が起きるまで移動できなかった事は言うまでもない。


 ヘルマン帝国の首都ラング・バウ。
 世界でも有数の人口を誇る大都市は、暗く沈んだ空気に包まれていた。
 乾坤一擲の覚悟で出征したヘルマン・リーザス連合軍が敗退し、人間が魔人を倒す手段である聖刀日光が失われた事がその原因である。
 ゼス戦役でガンジー王が魔人ますぞえを討った事が盛んに喧伝されてはいたが、上がそうすればそうするほど下の方の士気は下がっていった。
 遠くゼスにいる他国の王の力を当てにしなければならないほど、今の状況が切羽詰まっているという事を明言してるも同然なのだから。
 実働兵力が市民兵を含めても2万そこそこ、主要な将軍たちは半数以上が加療中か捕虜になっている。兵の士気はどん底。味方兵力の5倍近い敵が包囲網を着々と完成しつつある……という状況に、ヘルマン・リーザス連合軍のトップ達は頭を抱えた。
 ラング・バウに向けて3万の魔物が進撃を再開した……との知らせも頭痛のタネのひとつである事は言うまでもないが。


「日光さんが俺様の剣になる代わりに人間と講和しろ……と。」
 魔王城の魔王の部屋、その豪華な寝台の前でなされた提案にランスは渋い顔をした。
「そうです。」
 日光の言葉は凛として隙が無い。妥協の余地が無いのを表すかのように。
「あいかわらず日光さんのお願いはやっかいなのが多いな。」
 苦々しい口調だが、どこか面白がる雰囲気があるランスの返答に、日光は脈ありだと見て取った。すかさず言葉を重ねる。
「重々承知。」
 日光の真剣な目を覗き込んだランスはしばらく思案していた。が、突然口元にニヤリとしたいつもの不敵な笑みを浮かべたかと思うと、こういう風に返答した。
「まあいい。連中……リーザス、ヘルマン、ゼスの3国に降伏勧告はするし、連中がそれに応じなくてもこっちからは攻め込まない。それでどうだ?」
「わかりました。……仕方ありません。」
 日光は少々不満げではあったが、これ以上の条件は渋々諦める事にした。その気になれば一ヶ月もあれば人間世界を灰燼に帰す事ができる魔王が、実質的な人間界不干渉に近い条件を承知してくれたのだ。
「向こうから攻めてきた時には反撃するぞ。それでもいいな。」
 この条件にも首肯せざるを得ない。ここでこの条件を断れば、交渉相手がこの男でなくても決裂するだろう。
 だが、改めてこんな当然の案件を持ち出して来たランスに、日光は多少の不安を覚えずにはいられなかったのだった。


 一方その頃、ゼス王国では……
「どういう事!? いつ魔王軍が攻めて来るか分からない時期にリーザス軍が引き上げるなんて。」
 リーザス黒軍、白軍、青軍の3軍がアダムの砦方面……つまり、北東へと引き上げていくのを横目で見ながら、女学生のような服装の気の強そうな少女は、見た目にもゴツイ筋肉達磨の中年親父に食ってかかった。
「落ち着けマジック。それにリーザスから派遣された全軍が引き上げた訳ではないぞ。」
 とは言ってもゼスに残ってたのが傭兵部隊にAL教のテンプルナイト部隊では説得力に欠ける。リーザス国の正規兵は全てが引き上げた事になるからだ。
「ちょっと馬鹿親父! まさかとは思うけど、怪我で肝心な脳味噌が働いてないんじゃないでしょうね! それとも元々馬鹿なの?!」
 酷い言い草であるが、マジックが実の親父を馬鹿呼ばわりするのは珍しくない。もっとも、いつもは安全弁の役目をするウィチタやアレックスが任務で不在なのも語気が荒くなるのを手伝ってはいるのだが。
「ヘルマンが陥落寸前なんだそうだ。」
 馬鹿の連呼に疲れたマジックが一息ついたタイミングを狙って放たれたガンジーの一言はマジックの動きを止めた。
「わしもゼス国王でなかったら……ゼスを狙う魔物どもが国境近くにたむろしているのでさえなければ救援に向かっているものをっ! 口惜しいぞっ!!」
「ちょ、ちょ、ちょっと! まだあの時の傷も治ってない癖に何言ってるのよ!」
 事情が理解できたのでリーザス軍に対する反発は下火になった。それと同時に、ある事に思い当たって親父を止めにかかる。親父……ガンジーの性格からいって、放っておけば魔人ますぞえを倒すために受けた怪我も癒えないうちに飛び出していきかねない。うかつな事を口走ると本当にヘルマンまで行きかねないので、自然と常識的なレベルにまで言動がクールダウンする。
 そんな親娘の不毛な争いに水を指したのは、千鶴子が持って来た来客の知らせだった。
「AL教から使者の方がいらっしゃってますが、お会いになられますか、ガンジー様。」
「うむ、AL教の使者の方であれば会わぬ訳にはいかん。」
 重々しく肯くガンジー。
「では、お通しします。」
「ちょっと千鶴子。まさか、その格好で使者の方を迎えに行く訳じゃないでしょうね。」
「そうよ。」
 千鶴子の格好は極彩色のビラビラとした奇抜な服である。
「そんな格好で行ったらゼスの恥よ。分かってる?」
「あーら、この魔法服のセンスの良さが分からないなんて、かわいそうな娘。」
「そんな小さい胸を強調するぐらいしか取り柄がない、目がチカチカする服のどこがいいのか理解に苦しむわね。」
「な、なんですってぇぇぇぇ!!」
「はーっはっはっはっ。マジック、千鶴子、それぐらいにしときなさい。使者どのがお待ちかねですぞ。」
 結局、使者は千鶴子が迎えに行った。

「お久しぶりです、ガンジー王。」
 ガンジーとマジックが口喧嘩をしていた場所……ゼス王宮の謁見の間に、AL教団からの使者サルベナオットは通された。
「うむ。サルベナオット殿、今回はどのようなご用件かな。」
 ガンジーの良く通る大音声はサルベナオットの鼓膜に少なからぬダメージを与えたが、常に被っている仮面のおかげもあって面に出さずに話しを続ける事ができた。
「本日お目通りを願ったのは、ガンジー王にお伝えする事がある為でございます。」
「ほう、それは何を?」
 ガンジーの返答の声はあいかわらずでかい。
「その前に、お人払いをお願いします。重大な用件でございますので。」
「他人には聞かせられぬ話というと……、何か後ろ暗い事ではあるまいな!」
 眼光鋭く睨みつけるガンジーの迫力に内心ビビリまくりながらも、サルベナオットは用意してきた返答を述べる。ガンジー王の気質は元より承知だからだ。
「今回の聖戦……魔物との戦いに関する情報でございますゆえ、ご勘弁を。」
「壁に耳有り障子に目有りとも言うからな。はっはっはっ。マジック、千鶴子。」
「はいっ」
「何、親父。」
 流石に、使者の前では“馬鹿親父”呼ばわりはしないようである。
「我らの周りに結界を張りなさい。」
「わかりました、ガンジー様。」
「まあ、しょうがないか。その代わり私も話を聞かせてもらうわよ。」
「それでよろしいか、サルベナオット殿。」
「わかりました。」
 ガンジーとサルベナオットを中心に結界が張られる。例え凄腕の忍者が相手だったとしても、これで中の話が外に漏れるような事はなくなった。
「さあ、これで外には話は漏れぬぞ。」
 ガンジーが促すと、サルベナオットは話し始めた。
「我らが法王様がおっしゃられる事には、はるか北の地に魔物どもと戦うための“力”が眠っていると……」
 法王ムーララルーから伝えられたある事柄を。

        
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  色々と難航しましたが、何とか出来ました。
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