鬼畜魔王ランス伝

   第31話 「風の如く、火の如く」

 その日は雪が降っていた。
 静かに降り積もる雪は、人々の視界を白く覆い隠していた。
 11月15日。
 この運命の日に番裏の砦Aに降ったのは雪だけではなかった。
 それ……17、8歳ぐらいに見える美少女は、乗ってきた紫色の物体から降りると、ナニかを呼んだ。虚空に向かって。
 呼び声に答え、虚空から降って来たモノたちがいる。全体的に丸っこいカラフルなモンスター達だ。その、どこか透明感のある……現実味の薄いモンスター達は、こう呼ばれていた。
 “幻獣”と。
 メガラスの手を借りて砦内に侵入したミルの呼び出した幻獣5千体は、ミリが率いる砦の守備兵3千人をあっさり撃破した。そして、混乱に乗じて正面から攻めた2万の魔物軍と協力して1兵も余さず捕縛したのであった。


 番裏の砦Bでは、降ったのは氷結魔法の雨霰であった。
 城壁の内側からの襲撃に混乱した守備隊が反撃の態勢を整える前に、砦の城門が破壊されてしまった。
 超長距離からナギが放った黒色破壊光線の一撃で。
 レリューコフ将軍とルーベランが率いる砦の守備兵……重装甲兵3千人と弩兵2千人は8万を超える魔物軍とサイゼルの率いる偽エンジェルナイト1万によって完膚無きまでに撃砕された。
 攻防に優れた力量を見せる名将レリューコフ。
 その彼が精鋭部隊を率いてさえ、砦の陥落を半日遅らせる事しか出来なかった。本来なら頼るべき城壁が空飛ぶ魔物とナギの魔法によって無効化され、有事に備えて用意されていたヒューバート率いる援護部隊1万3千とリーザス赤軍2万が来援途中でハウゼルが率いる偽エンジェルナイト部隊1万の襲撃を受けて足止めをされたがゆえの結果であった。
 もしも、凡庸な将が指揮していたならば1時間と持たなかったであろう。
 それでも、彼らの奮戦は人間側に魔王軍の急襲に対処する為に必要な時間的余裕を与える事になったのだった。


 翌16日。
 魔王軍はローレングラード郊外でヘルマン・リーザス連合軍と激突した。
 魔王軍の総大将は魔人アールコート。
 人類側の総大将はヘルマン皇帝パットン・ミスナルジ。
 魔王軍側の魔人はメナド、ナギ、サイゼル、ハウゼルの4名。
 人類側の将軍はハンティ、フリーク、ヒューバート、クリーム、リック、ラファリア、アスカ、メルフェイス、志津香、エレノア、カフェの11名。
 魔王軍の兵力は9万5千。
 人類側の兵力は8万。更に、オッズやデカントからなる魔物部隊が2万。
 戦力的にはほぼ互角であった。……そのハズだった。

 デカントに運ばせた分厚い鉄板を何枚も立てて堅固な防御陣地を築いた魔王軍は、偽エンジェルナイト部隊2万を遊撃部隊として守りの体勢に入った。しかも、ご丁寧に街道筋からちょっと離れた場所にある小高い丘の上に布陣するといった念の入れようだ。
 その上、アールコート魔法戦士団とナギ魔法兵団は魔王軍でも3本指に入る最強格の魔法部隊である。彼女ら魔法部隊3万は、最初に数に劣る人類軍の魔法部隊5千を壊滅させた後、射程に劣る人間側の弓兵部隊2万を一方的に撃砕した。ただでさえ下から射上げる事で効果が鈍っていた弓矢の攻撃が“盾”に阻まれて威力のほとんどを殺されてしまったゆえの結果であった。
 更に、防御陣地に突撃して来る人間側の魔物部隊に対して牙を剥く存在がいた。
 魔人メナドである。
 彼女は指揮者である“魔物使い”のみを標的に定め、抜群の突破力を発揮して彼らをことごとく打ち倒していった。
 必殺技「バイ・ラ・ウェイ」で以って。
 そして、指揮者の“魔物使い”を失った魔物たちは、魔人たちが自らの軍を統制する為に発揮し続けている支配力に捕われて魔王軍に寝返ってしまったのだ。
 いや、それだけでは済まなかった。その支配力が感染したかのように、未だ魔物使いがいる部隊ですらも魔王軍に寝返り始めてしまった。
 止めようとした魔物使いは殺された。
 逃げようとした魔物使いは捕まった。
 自分も寝返ろうと考えた魔物使いは縛り上げられた。
 魔物部隊に本軍を攻撃させる間に遊撃部隊を撃滅し、サイゼル・ハウゼル姉妹を敗退させた人類軍ではあったが、魔物部隊の予想外の寝返りの為に、結果的に戦力差が開くハメになってしまった。
 この時点で魔王軍8万に対し、人類軍5万。
 この現実に、ヘルマン軍総参謀長クリーム・ガノブレードはローレングラード内への退却と篭城戦の準備を指示した。
 沈んで行く夕日に急かされるように焦って退却を急ぐ人類軍。だが、魔王軍はそれを追撃してはこなかった。


「マズイわね。追って来てくれるとやり易かったんだけど……。やっぱり、ああいう陣地作れる相手じゃ引っかかってくれないか。」
 クリームは自軍司令部で溜息をついた。
 追撃して来た敵を罠にはめようとしたのだが、どうやら見抜かれたようだ。
 手堅く市街戦での防衛体勢を整える。勿論、反攻の為の決戦部隊の準備も怠りない。
 初日はこの時点で日没による休戦となった。
 損害は両軍とも3万余りであったが、魔物部隊1万5千の寝返りで戦力補充が出来た魔王軍の側が人数的にかなり有利になってしまった。
 緒戦は人間側の完敗であった。損害のほとんどが戦死ではなく、負傷や行方不明であるのは不幸中の幸いではあるが……。
 ラング・バウに負傷者を後送する。街の住民を避難させる。反攻部隊を編成する……で人類側は休憩時間を使い果たした……夜明けがやって来てしまったのだ。
 なお、指揮下の部隊が壊滅したフリーク、アスカ、メルフェイス、エレノアは負傷者と共に退却している。……ハンティと志津香は戦場に残ったのだが。


「痛〜。まさか聖刀使いがいるなんて思ってなかったわ。」
「姉さん落ち着いて。手当てが出来ないから。」
 傷口に膏薬を塗り込み、包帯を巻く。それだけでも傷の治る速度は大分上がるハズだ。
 だが、しかし、1日2日で治る傷でもない。
 ……良く見ると、2人とも身体のあちこちに包帯が巻かれており実に痛々しい。
「サイゼルさん。ハウゼルさん。」
「どうなさったのですか、アールコートさん。」
 ライオネットRに身を包んだアールコートがスーパーソードとフルシールドを手に現れた。これらの武具はかつてランスが闘神都市で手に入れたアイテムであり、ランスが実際に使っていた事もある一品である。ランスはこれらのアイテムを“俺様の女”に惜しげも無く与えていた。……もっとも、自分がそれらの装備のどれよりも性能の良い武具を使用しているので必要がないという事もあったのだが。
「あの……今回はここまでで結構です。御協力ありがとうございました。」
 ふかぶかとお辞儀をする。ハウゼルもつられてお辞儀を返す。
「よろしいのですか? 私達が引き上げても。」
「はい。最大の問題だった番裏の砦はクリアーできましたので、問題はありません。」
「そうですか。ありがとうございます。」
 正直、しばらく羽を休めたいところだったので、この申し出は本当にありがたい。ハウゼルが負っている傷も決して軽傷ではないのだ。
 負傷兵の後送と新規参入兵力の再編成が終わる頃には空が白み始めていた。


 17日の朝は睨み合いから始まった。
 丘から降りた魔王軍は街の眼前まで移動し、そこに陣を張った。
 勿論“盾”も移動させている。
 長射程攻撃のできる部隊を失った事によって、人類軍はそれに対処できなかった。
 いや、市街戦の方針を捨てて迎撃すればいいだけの事ではあるのだが、クリームは敵の指揮官の魂胆を見抜いていた。街から誘い出して撃滅する気だという事を。
 だが、クリームはまだ甘く見ていた。
 魔王軍の実力と……無茶苦茶さを。
 南西門の正面から堂々と接近したナギ魔法兵団1万5千は、市門を黒色破壊光線で粉々に壊した後、ゆっくりと街に突入して行った。
 ……行く手にある建造物をことごとく魔法で破壊しながら。
 この無茶苦茶さ極まる攻撃に対して、人類軍は抗する術を持たなかった。市街戦に持ち込んだ事で一度に投入出来る兵力が大きく制限されてしまった人類軍は、常に全兵力を投入できるナギの部隊を撃退できないのだ。それでも、クリームとカフェが1万の兵を率いて何とか戦線を市の中央部で支えていた。
 それは、最後の勝機に賭ける為。
 北門から出撃した人類軍の決戦部隊4万の為に。
 その内訳は、ヘルマン皇帝の親衛隊5千、ヒューバート部隊1万5千、リーザス赤軍2万。現在のヘルマン・リーザス連合に残された最強戦力である。
 その先頭を、今や人類軍の希望の星となった赤き騎士が駆ける。手に聖刀を携えて。
 黒き妖気を発する魔刀、不知火を携えて走る戦士がいる。
 大柄な男達の中でもひときわ目立つ雄偉な体格の格闘家もいる。
 赤き刃の光剣を振りかざして駆ける気の強そうな女性もいる。
 4万の勇士達は、一縷の望みに賭けて敵の本軍に突入して行く。
 目指すは敵の魔人のみ。
 魔人さえ倒せば敵は撃退できる。そう信じて。

 だが、敵本軍を目前にした決戦部隊は、後背からやって来た敵の攻撃を受けた。
 敵の数は2万。昨日のうちにイコマを陥落させたミルとメガラスの軍団だ。
 この非常事態に、ヒューバートは直属の兵5千のみを連れて強引に殿を引き受けた。
 このヒューバート部隊の行動によって後背の危険を一時抑えた人類軍は、迎撃体勢を整えて待ち構える敵……魔王軍に突入して行ったのだった。


 ローレングラードの市街を破壊しながら進む傍若無人なナギ魔法兵団を止めたのは、クリームの策略でもカフェの神魔法でもなく、1発の白色破壊光線だった。
 ナギを狙って正確に放たれたそれを右手の剣で切り捨てると、ナギは
「そこにいたか、魔想の娘。戦いたいなら相手になるぞ。」
 と言い放った。この前に決闘した時とは態度が巨大に違うが、魔人となる事で得た強力な魔力と、ランスに教えを乞うて身に付けた戦闘技術、更にはランスに選ばれた事による自信がその態度の根底にある。
 だが、当然の事ながら、彼女……魔想志津香にとっては異父妹が見せた余裕ある態度が気に障った。まるで、ランス本人に馬鹿にされているかの如くに。先日の城での事件、そして、今まで散々邪魔してくれたランスの事が走馬灯のように脳裏に甦る。
「ふざけんじゃないわよ! 戦うに決まってるじゃないの! ファイヤーレーザー!!」
 石造りの2階建て家屋の屋上から呪文を放つ志津香。
「こんなものか? 白冷激!」
 だが、ナギに1段階低位の呪文でいともあっさりと相殺される。
 ともかくもナギが志津香にかかりきりになった事で一息ついた人類軍は、この隙に脱出の準備を始めたのだった。
 ナギの放った“黒の波動”1発で倒壊する家屋を見て冷や汗を流しつつ。


「オラ! オラ! オラ! オラ! オラ! オラァ!!」
 気合と共に繰り出される拳はデカントやおかゆフィーバーなど、大型のモンスターを1発で吹き飛ばす。群がる敵、行く手を塞ぐ敵を薙ぎ倒し突き進む。鬼神の如き強さを見せるヘルマン皇帝パットンは、1万5千の配下と共に魔王軍本軍との乱戦に持ち込んだ。支援部隊が壊滅させられている人類側が互角以上の戦いをするには、とにかく乱戦に持ち込む以外に方法がないのだ。
 とにかく一歩でも先に。一体でも多く。
 死を覚悟した兵士達は持てる力を振り絞って魔物を殺し続けた。

 リーザス赤軍の任務はより単純だった。
 聖刀日光の騎士となったリック・アディスン……リーザス一の剣の天才を魔人の前に無傷で送り届ける事。
 ただそれだけの為に、赤副軍の将軍となったラファリア・ムスカは己の才能と大陸一の突破力を誇る赤軍の全戦闘能力を投入した。一直線に敵の本陣を目指す彼女の目には、この軍を指揮しているハズの“アイツ”の姿がハッキリと映っていた。
 自分を差し置いて選ばれたアイツ。
 完璧な罠にはめたハズが、逆襲されて痛い目に会わせられたアイツ。
 卓上模擬戦闘において自分が全く勝てなかったアイツ。
 ラファリアは、魔王軍の動きの癖から誰が全軍を指揮しているのかを正確に把握していた。そして、そいつさえ倒せば魔王軍の統率は乱れ、戦況を逆転出来る見込みが大きい事も充分理解していた。
 正確に行く手を塞ぐモンスターどもの急所を切り裂きながら、ラファリアは部下達をけしかけた。
「叩き潰せ!」
 と。


 志津香は途方に暮れていた。
 全ての攻撃が的確な迎撃で無効化されるだけでは無く、虎の子の魔封結界のための結界杭を仕掛けておいた家があっさりと破壊されてしまったからだ。
 切り札を失った志津香は、最早狩られる獲物に過ぎなかった。
 数度に渡るナギの攻撃を何とか凌いでいた彼女だったが、彼女の気力と体力の限界はもうすぐ訪れようとしていた。


 ようやく前衛軍を突破したラファリアは、離れた場所で再編成を終えた敵本陣を見て息を飲んだ。凹形に組み直された陣形から激しい魔法攻撃が飛んできたからだ。
 それでも、集中射撃で次々に脱落して行く味方の損害を無視して突撃を命じた。今更作戦の変更は不可能。仮に戻ったところで全滅は目に見えている。
 9千人まで減った赤軍に残された力の全てを、おそらく今回の戦いで最後になるだろう突撃に注ぎ込む。自分もまた悲鳴をあげている足を必死に動かして突撃する。
 憎いアイツの元へと。

 リックは前衛軍を突破する直前、懐かしい声に呼び止められた。
「リック将軍! 手合わせお願いしますっ!」 
 その元気な声に、リックは聖刀を構え直し、答えた。
「……いいだろう。メナド将軍……いや、魔人メナド。」


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 予定より魔王軍側が強いです。流石、筆者のお気に入りキャラ(笑)。クリームが(作戦面で)弱いように見えるのは、ひとえに“ちゃんとした戦術を展開できる魔物の軍隊”がどれほど凶悪かという事を見誤った結果です(笑)。
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