鬼畜魔王ランス伝

   第21話 「新体制発足」

 LP3年11月。元号はRCへと改められ、魔人界と呼ばれていた地域は正式に“魔王領”と呼称される事に決定した。新魔王の威光は魔王領の隅々まで届き、今まで帰順していなかった連中もこぞって忠誠を誓う為に魔王城を訪れていた。
 また、人間界侵攻作戦の打ち合せのため、魔王領各地に散っていた魔人たちも魔王城に召集された。もっとも、カラーの森守護を任務とし、今回の侵攻作戦においては不参加の旨を既に魔王じきじきに受け取っているケッセルリンクを別として……だが。

 その魔王城の豪奢な謁見の間、そこに新生魔王軍の重鎮たるべき幹部……魔人たちが勢揃いしていた。そして、その筆頭たる位置にはサテラが、末席にはようやく参陣したハニーの魔人ますぞえが並んでいたのであった。
「がははは。ご苦労、諸君。」
 ランスは一同を見回すと、ある一点に視線を固定した。視線上にはますぞえがいた。
「良く来たな。今まで、何処に行っていた。……探したぞ。」
 聞きようによっては、優しくも聞こえる口調。だが、ランスと付き合いの長い女性陣…特にシィル…は、その声の奥に押し殺した怒りが秘められているのに気が付いた。
「遅参したから、さっそく働いてもらう。という訳で、ゼス攻めはますぞえとレッドアイとガルティアの3名だ。兵は好きなだけ連れてけ。」
「はにほー」
「ミーに任せれば、人間なんてオールでキル・あなた。ベリーグッドね。」
「おいっす。」
「ただし、開戦から3ヶ月以内にゼス王宮を落とせなければ殺す。」
 その宣言に3人……いや、謁見の間全体が凍り付いた。
「ヘルマン攻めはアールコート、メナド、ナギ、ミルの4名。兵は10万だ。」
「……頑張ります。」
「はい、王様。」
「わかった。」
「うん。」
「ヘルマン攻めの総指揮はアールコートお前が取れ。」
「はい。」
「後詰としてサイゼル、ハウゼル、メガラス、ガング、カイトの5名が12万を持って待機。前線の状況に対応して動け。」
「はっ。」
「あと、ゼス組が請求した兵力は新規に調達してやれ。」
「はい。で、後の者は……」
「魔王城で待機だ。他に質問は?」
 シンと静まりかえる謁見の間を見渡したランスは、ここで話を締めくくった。
「なければ解散だ、がははは。進軍は3週間後だ。忘れるなよ。」


 その2週間前、見当かなみは新たな任務を拝命した。
「ダーリンに会いたいから連れて来て!」
というものである。誰がどう聞いても無茶な任務にかなみは1人涙した。
 相手が相手なので、力ずくで拉致する訳にもいかず、さりとて説得できる自信もない。
 ともかく、かなみとて世界でも最高峰の技量を持つ忍者の一人である。潜入して話だけでも聞いてもらおう。そう方針を決めると、忍の技を駆使して魔王城に潜入した。
 ……それが10日前の事。一向に到着しないランスに内心いらつきながらも魔王城の間取りの調査にいそしむ。慌しく働く魔物達がやたらと増えたせいで、警備体制に穴が出来た事も手伝ってかなみの潜入は長い事気付かれなかった。
 そして、謁見の間の天井裏で……
『なるほど。そういう陣容に……マリス様に連絡しなくちゃ。でもでも、今の任務を放棄する訳にもいかないし……』
 悩んでいる間にランスが謁見の間から退出して行く。それを見送る結果となったかなみは慌ててランスの追跡を開始した。天井裏からではあるが。


 魔王の執務室にて、ホーネットは魔王の側近……早い話が行政事務の責任者……を拝命した。なお、サテラ、マリア、キサラ、シルキィの4人は新兵器の開発などを命じられ、新設される研究施設の設計に取りかかっている。
「ゼス組が明らかに冷遇されてますが、何かお考えでも?」
「俺様は日和見や馬鹿は嫌いだ。だから……この上無能なら始末する。……まあ、それだけのこった。」
「そうですか。」
「まあ、馬鹿でなけりゃ勝てる算段は整えてから行くだろうし、力があれば罠も食い破れる。……無謀でなけりゃ致命的になる前に増援を頼むだろうしな。おっと、今の事は言うなよ、ホーネット。ヒントになる。」
「はい、魔王様」
『意外と深く物事を考えてらっしゃる……いえ、本能的に本質を捉えていらっしゃる。そうであれば、私が口を出す筋合いではないですね。』
 ホーネットはランスの考えを聞いて抗議の言葉を引っ込めた。考えてみれば3ヶ月の猶予があるのだ。それほど無理な注文という訳でもない。
「ところで、いるんだろかなみ。出て来い。」
 突然の指名にちょっとの間おたおたするが、結局かなみは観念して出て行く事にした。天井板の一つを外して下りると、ランスがなにやら腕を振りかぶっていた。何だか知らないが、どうやら間に合ったらしい。
「な、いつの間に!?」
 ホーネットがかなみを見て驚く。それはそうだろう。唯の人間が魔王城でも警備の厳しい最重要部まで潜入していた上に、武芸と魔法の双方に通じた自分の知覚からも隠れおおせていたのだ。これで驚かない方がどうかしている。
「それより、どうして分かるのよランス! ちゃんと気配だって殺してたのに。」
「まあ、懐かしい感じがしてたからな。」
「え、懐かしい……って?」
「リーザス城にいた時、天井裏にお前が控えていた時と同じような感じがな。」
「ランス……」
 自分がいるかどうかが気配で分かっていた。その事実にかなみは驚き、どう反応しようか困ってしまった。
「で、何の用だ? かなみ。ここにお前がいるという事は、リアかマリスの差し金なんだろうが。」
 この台詞を聞いて、かなみはここに来た本来の任務を思い出した。
「実は……リア様が会いたがっているので、いっしょに来てもらいたいんだけど。」
「嫌だ。面倒臭い。」
 予想通りの答えだ。寸分の違いもなく。だが、それでは自分が困る。
「そんな事いわずに、お願いします。」
「かなみさんでしたか、魔王様は嫌だとおっしゃってます。ここはお引取りを。」
 いざとなれば、力尽くで何とかする自信はあるが、相手は自分に気配すら掴ませなかった手だれ。どんな奥の手を隠し持っているか判らない以上、穏便に済むのならばそれにこした事はない。
「まあ、待てホーネット。面白い事を思い付いた。」
「「えっ!」」
 期せずして二人の声がハモる。
「俺様がリアと会う代わりに、かなみが俺様のものになる。こういう条件でどうだ?」
「う……」
「魔王様っ!!」
「ホーネットは黙ってろ。まあ、かなみが嫌ならこの案はボツだが。」
「わ……わかっ…」
 苦渋に満ちた表情で承諾しようとしたかなみの言葉を断ち切るように、ランスが言葉を被せる。
「本当にか? お前が本当に俺様のものになるのが嫌なら、そう言え。」
「で、でも……それじゃリア様が……」
「ええい! リアもマリスも関係ない! お前の素直な気持ちを聞かせろってんだ!」
 ランスの剣幕にかなみは黙り込む。口を差し挟む余地がなさそうなのを悟ってホーネットも沈黙する。
『ランスの事は嫌じゃない。時折無茶な命令も出すけど……でも、本当に嫌だって言ったら勘弁してはくれてた。だから、コードを……。そっか、私、自分だけ好きになってくれたかもしれない人、殺しちゃったんだ。ランスのために……。でもでも……』
 混乱するかなみがやっと出せた一言は、
「わ、わかんない……」
 だった。それを聞いたランスは大笑いした。
「がはははははははは。そうか、そういう答えか。」
「もう、何でそんなに大笑いするのよ。こっちは真剣に悩んでるってのに。」
「気にするな。おい、ホーネット。ちょっとリーザス城まで行って来る。」
「「ええっ!!」」
「ちょ、ちょっとランス。私まだランスのものになるなんて……」
「魔王様。人間界侵攻を控えたこの時期に人間の王国の主城に赴くなど……」
「俺様は無敵だから問題ない。それとかなみ、それはそれ、これはこれだ。」
「はあ?」
「“保留”って答えで、行くだけは行ってやる。有難く思え。」
「え、ええっ! ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、また何かたくらんでるんじゃ。」
「別に、俺様が行かなくて困るのはお前じゃないのか? そんな事言うなら、行くのやめちまおうかな。」
 反射的にうかつな事をつい口走ってしまったかなみは、ランスの言葉を聞いてまともに顔色を変えた。
「そ、それは…。取り消すからっ! お願い。」
「ん、誠意が足りないな。」
 意地の悪そうなにやにや笑いで、小さくなったかなみを見下ろす。かなみは泣きそうな顔で小柄な躰を更に小さくして謝る。
「ごめんなさい。お願い、許して。」
 久しぶりにかなみを苛めて気分が良くなったランスは、この辺で放免する事にした。
「まあ、いいだろう。じゃあ、行くぞ。」
「へっ。あ、ちょっと何するのよ。」
 かなみはランスに抱き抱えられてしまっていた。その場にいた人間の虚を突いて。
「俺様が運んだ方が速いからな。文句言うなら行くのやめるぞ。」
「う……」
 所詮、現在のかなみの立場ではランスに逆らえるはずもなかった。予想よりも遥かにマシな結果ではあるので、この程度の事で目くじらを立てる訳にもいかない。
「ホーネット、留守を頼むぞ。」
「はい、魔王様。お気をつけて。」
 ……それに、正直言って心地好かった。どさくさまぎれに躰のあちこちをペタペタ触られていなければ……の話ではあったが。もっとも、そういう態度がなければ、対応が妙に親切過ぎて不安だ。何せ、相手はあのランスなんだ。そう自分に言い聞かせる自分と、このまま身を委ねてしまいたい自分の間で、かなみは迷い続けていた。


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 今回の苦労は題名と構成ですね。かなみの再登場は予定通り(笑)でしたが、色々と迷いました。
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