鬼畜魔王ランス伝

   第3話 「魔人転生」

 リーザス城に襲撃してきたのは、偽エンジェルナイト500体を率いた氷の魔人ラ・サイゼルであった。警備の兵士に魔道ライフルからスノーレーザーを連射しながら攻めてくる彼女に向かって無造作に近寄る人間がいた。
「はっ。人間の王じきじきのお出ましとはね。いつのまに飛べるようになったか知らないけど、ご自慢の軍隊も連れずに勝てると思ってるの? それとも、とうとうリトルプリンセスを渡す気になったか?」
「がははははは! あいかわらず、可愛いが生意気な奴だ。おまけに頭も悪いらしい。」
「きー! 何ですって!」
 出来の良い妹のハウゼルに対する反発でケイブリス軍にいるサイゼルにとっては、気に障る発言だったらしい。ランスに向かって魔道ライフルを向け、スノーレーザーを乱射する。だが、ランスはそのことごとくを回避する。どうしても避け切れない魔法は、手にした剣……シィルで切り落としている。
「がははははは! 行くぞシィル!」
「はい! ランス様。」
 数十mの間合いを一瞬で無にして、ランスがサイゼルに突撃した。不幸にしてランスとサイゼルの間にいた偽エンジェルナイトは残らず瞬時に切り伏せられる。ただし、サイゼル自身は、墜落の危険を冒して急降下する事でランスの攻撃から逃れることに成功した。
「なにアイツ。ムチャクチャ強くなってるじゃない。でも、450体にひとりで勝てる訳ない!」
「がははははは! 俺様は無敵だ! それに、ひとりじゃないふたりだ!」
『……ランス様(ポッ)』
 ランスの攻撃は偽エンジェルナイトをどんどん撃墜するが、偽エンジェルナイトの攻撃は全てかわされるかシィルで防がれた。
「ふむ。普通に使ってる時の具合は中々だな。後は全力を出した時にどうなるか…か。」
「はいぃ…頑張りますぅ」
「うおおおお!」
 高密度の気が躰の奥から呼び覚まされ、剣に収束する。闘気は青白く光り、抑えきれない荒ぶる気が、莫大な闘気を込められた刀身から小刻みな放電を繰り返す。
「鬼畜アタック!!」
 莫大な気が不幸な偽エンジェルナイトに叩き付けられ、炸裂する。その圧倒的な気の爆発はサイゼルを……偽エンジェルナイトを吹き飛ばす。見ている人間の視界を黒く塗りつぶすかのような蒼き閃光。そう、それは人間であった時には、その反動で自分の命すら危なかった超必殺技。それが、魔王の血と体力によって完成された瞬間であった。
 閃光と爆風……そして、それが巻き起こした土煙がおさまり、人々が視覚を取り戻した時には、空には何もいなかった。

「ふぅぅぅ…。きつかったです。」
「まあ、上等だ。がはははは。で、どうだ。アレを何発ぐらい耐えられる?」
「連打でなければ大丈夫です、ランス様。」
「そうか、おい馬鹿剣。」
「なんじゃ、馬鹿とは酷いのう。」
「お前はリーザスに置いてく。」
「そうか……。まぁ、仕方ないかもしれんの。シィル嬢ちゃんじゃし。」
 珍しくしんみりした会話。だが、ランスはそういう雰囲気が苦手だった。
「じゃあ、カオスとの手切れ記念に今夜は特別室の女の子たちと乱交パーティだ!」
「ぬぅー、ずるいぞい。」
「がははははは。ん、そういえば。」
 ランスは、吹き飛ばされて気を失っているサイゼルを見た。
「う……ん……」
「おう、気が付いたか。」
「ここは……。! 人間の王! ……いつつっ。」
 半ば無理矢理に躰を起こそうとするが、躰が云う事をきかない。
「ほう、あれでも死なないとはな。いくら爆心地から外して撃ったからってな。お前もいいかげん丈夫だな、見直したぞ。」
「よ…余計なお世話だ……。」
 ふらふらの躰に鞭打ち、魔道ライフルの残骸で躰を支えて立ち上がるサイゼル。それを見たランスの顔は、心底から感心したような表情になった。
「ほぅ、気に入った。……よし、お前俺様の部下になれ。」
「な……何であたしが…人間なんかの部下に……」
 そこで、サイゼルは何かに気付いたかのようにハッと目を見開いた。
「ま……まさか………あんた、魔王。」
「ようやく気付いたか。そうだ。俺様が魔王、ランス様だ。」
 この一言にだけは魔王としての威圧感を込める。
「そ、そうか…」
「で、どうする。俺様の部下になるか?」
「えっ……だって魔人は魔王に絶対服従のはずじゃ…」
「それじゃ面白くない。そんなもん人形と同じだ。だから、自由に決めさせてやる。」
 サイゼルは少し考え込んだ後で、こう言った。
「わかった。部下になる。あたしに勝ったんだし、魔王だし。」
「そうか……良し。じゃあ、やらせろ。」
「えっ……ちょっと勘弁。全身痛いし、ハウゼルも心配だし……」
「傷の方は分かるが、何でハウゼルってのが関係ある?」 
「えっと、ハウゼルはあたしの双子の妹で……強い刺激や痛覚とかは共有するの。……だから、してる最中に向こうが戦闘中だったりするとマズイの。」
「なに、じゃあ、今回のもまずいんじゃ?」
「え……あ……そーだった。どーしよー。」
「まあいい。とりあえず、不味い状況になったら向こうに行かせたサテラから連絡が入る事になってる。安心しろ。」
「そーなんだ。……ほっ。」
「おう、そうだ。お前らが使ってたアジトの場所がどこか知りたい。教えろ。」
「う〜ん。名前は知んないけど、おっきな山脈の中腹にある山荘。案内はできるけど、説明するのは無理。」
「そうか。」
「今から?」
「いや、後でいい。」
 ランスは傷付いたサイゼルをリーザスの自室に抱き抱えて連れ帰り、シィルに治癒魔法で手当てさせて休ませ、自分は再度外出した。……どう見ても、人質取ってる誘拐犯の行動じゃないな、ホント。


 さて、何をしようかと思案しながら城内を歩き回っていたランスは、謁見の間にいるマリスを見つけた。そこで、これは丁度良い機会だとばかりに話しかける事にした。
「お〜い、マリス。」
「何ですか、ランス王。」
「お前らに素敵なプレゼントをやろう。」
 といいながら、カオスを謁見の間の隅の石床に刺す。
「このままにしとけ。ただし、こいつを抜ける奴がいたらそいつにくれてやれ。」 
「はい、ではそのように。」
「カオスもいいな。」
「床に刺す前に、若い娘のアソコに刺して欲しかったぞい。」
「やかましい、馬鹿剣。そんなに折って欲しいのか?」
「ひぇぇ。それは勘弁。」


「さて、新顔だけってのも味気ないからな……俺様の女を何人か連れてくか。」
 ランスは、まず古馴染みの一人であるマリア・カスタードに声をかける事に決め、マリアの部屋へと赴いた。
「おう、マリア入るぞ。」
「きゃあ、だ…誰……あ、ランス……。」
 声をかけると同時にドアを開けるランスに、文字通り飛び上がって驚くマリア。
「何の用なのランス。」
 言葉は若干きついが、彼女が主に気にしているのは研究続きで手入れが行き届かずボサボサになった髪の毛や徹夜明けでくまができてるかもしれない目元だったりする。
『もう、用があるなら先に言ってくれれば化粧くらい出来たのに……。』
「がははははは。まあ、俺様も魔王になった訳だが、馴染みのいい女が側にいるのも捨て難くてな……。で、誘いに来たんだがどうだ?」
「どうだって、そんな簡単に……。それって私に魔人になれってこと?」
「いや、無理に魔人になる必要はないが……人間のままだと寿命とか色々問題があるからな……。まあ、俺様は寛大だからな、魔人は魔王に絶対服従ってのはなしにしてるし。」
「それ、どういうこと?」
「決まってる。俺様が面白いからだ。で、答えの方はどうだ。」
「その前にひとつ聞かせて。その話をしたのって私で何人目?」
「この話をした人間は、マリアが最初だ。」
「それって…それにリア様は…シィルちゃ……ごめんなさい。」
 途中、何かに気付いて言葉を濁すマリア。だが、ランスは全然気にせずに答えた。
「……リアは……国のことがあるからな。まあ、後で話をするつもりだが。あと、何か勘違いしてるようだから言っとくが、シィルはここだ。」
 ランスは腰に差してある剣を指差した。
「そうなんです……実は……ごめんなさい。」
「いや…シィルちゃんにあやまられても……これ、どういうこと?」
「いやまあ、シィルは呪いでうしにされててな。魔人化で人間の姿に戻そうとして失敗した……。えーい、言い難い事ばっか言わすんじゃない!」
「ご、ごめんなさい。」
「それで、答えはどうなんだ。マリア。」
 唾を飲み込み、軽く深呼吸して気を落ち着け、既に心の中で決まっている答えを口にした。
「わかった。連れていって……魔人にして……ランス。」
 “魔人にして”という所だけ声が小さくなったが、マリアの目は新たな決意に満ちていた。その彼女の首筋にランスの“牙”が突き立てられ“血”が流し込まれる。
「かはっ…あ…ああっ…」
「俺様の部屋に運ぶ。生き延びろよマリア。」
 一応は疲労しているマリアに多少の体力の補充はしておいたが、魔人化の過程が始まってしまえば、魔王といえど手は出せないのだ。そう、決して。
 マリアを自分のベッドに横たえたランスは、更なる獲物を目指して再び城内巡りへと繰り出すのだった……。


 次の訪問先のドアはノックする前に開いた。
「どうぞ、王様。」
「しかし、あいかわらず反応が早いな。」
「私の部屋を訪ねてくれるのって、王様だけですから……。」
「そうか……ん、それ…相変わらず大事にしてくれてるのか?」
 ランスが指したのは、かつてアールコートが着任した時に渡した穴の開いた貝である。
「はい……私の宝物ですから。」
「そうか……。」
「…………お願いです。私を連れてって下さい。王様がいないと私…私……。」
「人間をやめることになっても……そして、今まで良くしてくれた人たちを裏切る事になってもか?」
「はい。」
「魔人化の儀式に必要な魔王の血は人間には毒だ。それに耐えきれずに死ぬ可能性があってもか?」
「はい。王様のそばにいれなくなる事に比べれば……なんてことないです。耐えればいいんですよね。」
「おい、ずいぶん強気だな。」
「はい、だって私は王様の…英雄の部下だから大丈夫なんですっ。」
 その顔はランスへの信頼と愛情でしとやかに輝いていた。
「ああっ!!」
 ランスの“牙”は、そんな彼女の首筋に突き立てられた。彼女を自分の眷属、自分と同じ領域に属するモノに変えるため。
「ふう。俺様の部屋も狭くなるな。アールコートまで連れてくと。」
 まあ、実際は健太郎などの襲撃に備えてガーディアンを配置してある自室以外に魔人が安心して休める場がないだけだが。それでも、仕方ないので自室に連れてくとサイゼルがやっと起き出してきた。
「ふわっ、ランスおはよう……ぐぅ。」
「そうか、眠いか……」
 アールコートをベッドに横たえると、自分もその隣に倒れこんだ。
 そんな時だ。ランスがその念波を受け取ったのは。
 それは、ラガールが究極魔法の材料にするための30レベル以上の魔法使いを入手するべく、宿敵である魔想の娘を呼び出すために、はるかゼス中央部のナギの塔から飛ばした念波であった。そのメッセージは、以下の内容である。
「我が名はラガール。私を追う娘よ、決着をつけたし。3日後、パラパラ砦北の平原にて待つ。」
 このメッセージは、リーザス城にいる高レベルの魔法使いの全員が受け取った。だが、大部分の者にとって意味がない内容だった。そう、魔想志津香を除いては。
「……間違いない……ラガール、父の仇……遂に私の前に現れた……!」
 志津香は一人、決戦の予感に身を震わせた…。
 その頃、ランスの部屋……
「ランス様……これ、志津香さんが言っていた仇なんじゃ……」
「ほう、そうか。じゃ、暇なら行ってみよう。面白そうだ。」
 シィルもランス同様にメッセージを受け取っていた1人(1本)なので、それが何なのか理解できた。まあ、寝てるマリアも起きてれば判ったのだろうが……。
「まあいい。俺様ももう寝る…ぐう。」
 キングサイズの巨大ベッドでなかったら、4人の女の子と一緒に寝るなどという事は不可能だっただろうが……ランスは性癖からそういうベッドを用意させて愛用していた。まあ、今回はそれが幸いした。
 様々な波乱含みではあるものの、平和なリーザスの夜はこうして過ぎて行くのだった。
「必ず仇は討つ。殺してやる! ラガール!」
 ……波乱含みではあるが……。


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 筆者のお気に入りキャラが魔人化するのは魔王エンド系SSとしては当然の展開です。
 ゆえに、筆頭格のお二人に参入してもらいました。五十六は好きなキャラだけど立場が微妙なんで…。
 ちなみに、この時期にアールコートを配下にするために既存の建物を買収して女子士官学校を立ち上げるといった事(無茶ともいう)をしています。
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