鬼畜魔王ランス伝

   第1話 「魔王ランス誕生」

 LP3年8月。ランスは人類圏全体に戦争を仕掛けていた。
 自由都市群やJAPANやヘルマンのほとんどは既に征服されたが、ゼス王国が強固な抵抗を続けていた。イタリアまでは攻め込んだものの、サイアスの軍団を除くゼス軍の主戦力の大半は温存されていた。
 そんなある日のこと。突然シィル・プラインがリーザス城から姿を消した。ランスは当然だが徹底的な捜索を命じたが、その行方は杳として知れなかった。
 そんな中、ランスはサテラと会う為に彼女の部屋を訪れていた。
「ランス……最強になりたくない…?」
「もちろん。まあ、俺様はすでに最強だが…」
「違う。本当の意味の最強、魔王よ。ランスは、魔王がふさわしい。」
「サテラ、お前…?」
「今の魔王はふさわしくないわ。だから、ランスがなるべきよ。今なら出来るはず。リトルプリンセスが覚醒していない今なら……」
「どういう事だ…?」
「リトルプリンセスを殺すの。そしてその血を飲んだ者が、次の魔王になれるの。」
「……殺す、あの子を…美樹ちゃんを? そんな事…」
「やるのよ。ランスが魔王になる為…」
「…………わかった……やってやる。」
「うん、それでこそランスよ。じゃあ、今夜さっそく実行ね。」
 その時、ランスの頭に何かが閃いた。あまり気乗りしない顔だったランスの顔が、いつもの不敵な笑みをたたえる。
「いや、俺様にも準備が要る。実行は1週間後だ。」
「えっ……どんな準備?」
「がははは。まあ、俺様にまかせておけ。何せ、俺様は天才だからな。……お前にも準備は手伝ってもらうぞ、サテラ。」
「うん、わかった。サテラは何をすればいい?」
「それはな……」


 その1週間後、リーザス城にある美樹の部屋の前にランスとサテラは集合していた。
 最も邪魔な健太郎はゼス攻略に出撃させたため、最低でも3日は帰ってこれない。天井裏で待機している忍者の見当かなみは、亀甲縛りで拘束して寝室に転がしてある。
 後は、メガラスの動向にさえ気を付ければ、邪魔者はまずいないと言っても良い。
「ランス、それじゃいくわよ。……まず、私が全力でリトルプリンセスを止めるわ。前もって魔力封じの指輪も付けさせてあるから大丈夫なはず…。後は、ランスがそのカオスを使って殴り殺すのよ。」
「……わかった。例のものは?」
「ちゃんと用意できてるわ。では、……行くわよ。」
 3時間後……魔王を殺すのにそれだけかかったのだ……美樹の血を飲んだランスは、人でなくなり魔王となった。
「おおおおおおおおおっ! ……クゥゥゥゥ。ふう。まあ、こんなものか。」
「で、ランス。“石化の杖”なんて何に使うの?」
「がははは。石にするに決まってる……美樹ちゃんの躰をな。」
 美樹の躰……遺体は石化の杖の魔力によって石に変えられた。更に、魂を肉体に止めるための簡易封印を施す……長時間は持たない術だが。なお、これらの魔術にはサテラに予め用意させた使い捨てのマジックアイテムを使用している。
「さて、サテラ。メガラスを呼べ。」
 サテラに石化させた美樹の遺体をシーツで包みながら、ランスは言った。
「うん、わかった。」
 そう返事するとサテラは魔術師の念話で呼びかけた。
「メガラス、来て!」
 念を飛ばしてから3分。メガラスは圧縮魔力をまとって音速飛行する必殺技“ハイスピード”で窓を突き破って部屋に飛び込んで来るなり、そのままランスに襲いかかった。
 だが、ランスはメガラスの体当たりを右手一本で楽々止め、こう言い放った。……掌からプスプスと煙が上がってたりするが、それはこのさいは細かい事である。
「いいから手を貸せ。急がないと手遅れになる。」
「……」
「聖女の迷宮に行く。俺様は飛ぶのは初めてだから、最短距離を先導しろ。」
 その言葉には魔王としての強制力が込められていたらしく、メガラスは踵を返して窓から飛び出した。それに美樹の遺体を両手に抱えたランスが続く。
「サテラ。とりあえず身を隠しとけ。」
 言い捨てて、猛スピードで飛び出す。そのスピードはメガラスにも負けていない。魔力で石化させた美樹の遺体は痛みにくくなっているとはいえ、急がなければならない。
 1時間で聖女の迷宮に辿り着き、エレベータを用いて33階に急行する。
「でてこいウェンリーナー」
「あ、ランスおにいちゃんだぁ。」
 ウェンリーナーはランスの姿を認めると、走ってランスに飛びつ……こうとしたが、ランスの手にある美樹の遺体を見ると手前で足を止めた。
「そのおねえちゃんが…」
「そう、俺様が相談した子だ。」
「ひとつ聞きたいんだけど、そのおねえちゃんっておにいちゃんの恋人?」
「いや、そうじゃないんだが。手助けをするって約束しててな。」
「うん、わかった。……これなら何とかできるよ。生き返らせたらふつうの人間になるけど……いい?」
「好都合だ。頼む。」
 石化を解除され、床に横たえられた美樹に手をかざしてウェンリーナーがつぶやく。
「☆よ☆み☆が☆え☆れ☆……ふ☆っ☆か☆つ☆し☆て」
 ウェンリーナーの手がきらきらと輝き、美樹に背中から光を降り注いだ。
「ん……きゃあ! 助けて! 助けて健太郎君!」
 蘇生した途端、這って逃げ出す美樹。そこにランスが声をかける。
「落ち着け。もう怪我してないだろ。」
「怖い…助けて…痛……えっ…」
 慌てて躰のあちこちを確かめる美樹。だが、血だらけになっている以外に攻撃された痕跡は残っていない。
「かなりの荒療治だったが、これで美樹ちゃんは人間に戻れたはずだ。」
「えっ……えっ……」
「おにいちゃん、お休み。これで、また1年ぐらい会えないね。」
「俺様の生命力を分けてやるから、もうちょっと短くならんか?」
「いいの……?」
「まあ、死ぬ訳じゃないんだろ。」
「うん。いっしょに1週間ねんねするぐらい。」
 ……もっとも、ランスが人間のままだったら、一年どころか十年以上は昏睡状態でいなければならなかっただろうが。
「じゃあ、やってくれ。メガラスは警護を頼むぞ……ぐぅ」
「ちょ…ちょっと王様……(くらっ)」
 美樹は、あまりの状況の変化と魔王から人間に戻った影響と蘇生直後ということで体調がついてゆかずに立ち眩みを起こして倒れ込み、そのまま気絶してしまう。それを優しく抱き止め、何故か用意してあった寝具に、濡れタオルで血を丁寧に拭ってから寝かしつけたのはメガラスであった。……バレたら健太郎に殺されるぞ、メガラス。
 ちなみに、この時点でランスが汗と血で凄い臭いをさせており、起きるまで放置されていたのを付記しておこう。……ウェンリーナーの前で良かったな、メガラス。


「で、何故なんにも言ってくれなかったの王様。」
 1週間もたって幾分かは気が落ち着いたのか、美樹がランスに質問してきた。何も言わないもののウェンリーナーとメガラスも興味津々で耳をそばだてている。
「ん……何だ。成功の見込みはあるし、他に魔王を人間に戻す手段もなさそうだったからやったんだが…失敗するかも知れなかったからな。失敗したら、失敗したと非難されるより悪者にされた方が気が楽だし……」
 美樹は、珍しく真剣な顔で丁寧な説明を行うランスをきょとんとした顔で見た。
「それに、美樹ちゃんに説明したら健太郎に相談するだろ。あいつがこんな方法認める訳ないからな。」
 美樹は納得したという顔で、小さくうなずく。言われてみれば肯ける。こんな結果オーライの上、美樹の生命を危険にさらす方法を健太郎が許す訳がない。かなり痛くて怖かったが、念願の人間に戻れたことで今回の行為を許せる気分になっていた。
 そんな美樹にランスが更に言葉を続ける。
「あと3ヶ月ぐらいはウェンリーナーに診てもらって、躰を慣らした方がいいぞ。無理に覚醒しないでいたから人間に戻れたけど、その分あちこちに負担がかかってて完治が長引くみたいだからな。」
「えっ。」
「当面の面倒は……メガラス、お前に任せる。」
 無言で肯くメガラス。なにか嬉しそうだ。
「また来る。元気でな。」
「うん、バイバイおにいちゃん。」
 エレベータに向かうランスに向かって美樹が問いを投げかける。
「どうして助けてくれたの、王様。」
 それに振りかえらずに答えて
「かわいこちゃんは見捨てない。俺様の主義だ。それに約束したからな。」
 言い捨ててエレベータに滑り込む。照れた顔を見せたくないのか急ぎ足で…。
 エレベータが動き出してから、ランスは独り呟いた。
「ふん。それに、美樹ちゃんを殺されたと思い込んだ健太郎の野郎がどれだけ手強くなって俺様に向かってくるか楽しみだしな。」


 一方、その頃。血溜りと化した美樹の部屋の真ん中で、健太郎は悲嘆のどん底にいた。
「く! ……くっそぉぉぉぉぉ!! 誰が! 誰が、こんな事を!」
 犯人であるランスとサテラも、被害者である美樹も、おそらくは関係者であろうメガラスもリーザス城から消えているため、誰も事件の全容を把握できてはいないのだ。
 だが、その疑問はランスが帰城するとともに晴れる事になる。


 リーザス城、謁見の間。ここに主だった武将の全員が集まり、今後の対策を検討していた。勿論、議題はランスの失踪についてである。
「これ以上、王の不在をごまかす事はできませんね。病没した事にしてゼスと講和するのが良いと思いますが……」
「しかし、エクス。キングが死んだとは思えない。もし、キングが戻ってこられたら、どう言い訳する気だ?」
「そうよ! ダーリンが死ぬ訳ないわ。」
「僕達は今ゼスと戦っている。要となる人物……ランス王がいなければゼスに勝つ事は難しく、損害も馬鹿にできない。だから……」
 エクスがそこまで言ったところで、天井近くにある窓を蹴破った人物がその言葉を遮るように登場する……ランスだ。
「ふ〜ん、面白そうな話をしてるじゃねえか。ちょっと、俺様も混ぜろ。」
「ダーリン!」「キング!」「ランス王!」
 ランスはリアの隣に着地すると、すかさずリアを左腕1本で乱暴に抱き抱えた。
「王!」
「おっと、マリス動くな。」
 反射的に攻撃態勢を取ろうとしたマリスを制するランス。諸将もランスの闘気…いや、殺気に圧倒されて下手に動く事ができない。
「俺様は魔王になった。そこで、人類に宣戦布告してやる。人類圏に攻め込むまで3ヶ月の猶予をやろう。有難く思え、がはははは。」
「キング! 悪ふざけにしても度が過ぎますぞ!」
「じじい、黙れ。これが悪ふざけなんかじゃない事は健太郎が良く知ってる。」
 その言葉が口に出されると、今まで呆然としていて現実から逃避していた健太郎がバレスを押し退けてランスの前に立つ。
「そうか……ランス王が……お前が…美樹ちゃんを……」
「そうだ。」
「貴様っ! よくも、よくも美樹ちゃんを!」
 健太郎は、聖刀日光を抜き打ちざまに……いや、剣を抜く動作そのものが斬撃動作の一部である攻撃……居合でランスに切りかかった。だが、日光の刃はランスの右手の親指と人差し指で挟まれ、あっさり止められてしまった。 
「3ヶ月後といわず、今死ぬか?」
 冷たく言い捨てるランスの言葉に背筋が凍る思いの健太郎。緊張と恐怖と憤怒で躰が固まって動かなくなった健太郎の腹に蹴りを一発入れて吹き飛ばす。
「弱過ぎる。次までにもちっと鍛え直せ。俺様が面白くない。」
 床の上で動けなくなった健太郎に向かって吐き捨てた後、ランスはマリスの方に向き直って要求を並べたてた。
「リアは人質だ。で、お前らに要求がある。
 一、この城にある魔血魂3個とリッチのメアリーの墓に眠る魔血魂1個を持って来い。
 一、1000万Goldを金塊で寄越せ。
 一、以上の要求物が揃うまでは、俺様は俺様の寝室を使う。そこで、俺様がいる王の寝室を含む一帯に俺様の許可なく立ち入る事を禁止する。
 一、俺様が滞在中の食料や水はリーザス側が差し入れるものとする……だ。
 万一、これらの条件がすみやかに満たされない場合は判ってるな。」
「う……」
 重苦しい雰囲気に包まれる謁見の間。だが、ひとりだけ明るい人物がいた。
「わーい。人質、人質。」
 そう、人質のリア女王当人である。
「…………あのな。」
「人質って、監禁されたり、拷問されたり、色々な事されるんでしょ……」
 その声はどう聞いても喜んでいるようにしか聞こえない。
「リア様……嬉しそう……」
 マリスも暖かく見守るモードになっている。……当然だが、他の武将は何をすればいいのか判断しかねて動きが固まっている。人質が嬉々として捕まっている。魔王に対して攻撃しても通用しない。唯一の頼り…戦力になる存在…は床の上で気絶している。
 結局、ランスがリアを抱えて謁見の間を出るまで、そこにいた人物が動く事はなかったのであった。


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 とある事情により、こちらのサイトに掲載していただける事になりました。
 量と話数だけは立派な拙作を快く引き受けて下さった【ラグナロック】さんと、以前に別のサイトに掲載していただいていた時からの読者さん、どうも有難うございます。
 そして、新たにこの物話を読んでいただいた人に、これから宜しくお願いします。
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