警告!
 
 
この物語には 読んだ人を不快にさせる要素が含まれています
 
使用中に気分を害された方は、すぐに使用を中止してください
 
 
 
今回も そこはかとなく痛いです。とゆうか、あらゆる方向に喧嘩売ってます。
ご注意ください。
 
この物語に登場するものは全て架空の存在であり、現実とは何も関係ありません
 
なお、この物語は T.C様 USO氏 きのとはじめ氏 の作品と世界観及び登場人物の一部を共有しております
 
 

 
 
 
2000年8月16日 午前4時06分 南極
 
 
 
葛城ミサトは極寒の大陸某所に造られた基地の氷上で、暴風に弄ばれていた。
 
 
基地の数箇所で起きた火災は、出火当初はごく小さなものだった。
だが 色鮮やかな防寒具を着込んだ14歳の少女が氷の上を走る僅か数十秒のうちに、小火は火事になり火事は業火となった。
発生から3分たった今は、地上数百メートルに達する炎の柱となって 基地周辺を照らし溶かし吸い込み焼き尽くしている。
 
極地における火災被害の激しさは、想像を絶するものがある。
温帯や熱帯とは段違いの極低温の大気が、火災による熱気との温度差により猛烈な上昇気流を巻き起し、上昇気流は周囲の冷たい空気を吸い寄せ、吸い寄せられた空気は更なる暴風となって火災を煽り立てるのだ。
 
もはや体重の軽い中学生が立っていられる風速ではない。そして氷上で一度転んでしまえば、後は炎の柱に吸い寄せられるしかない。
必死で基地の凍りついた路面に爪を立てようとするミサトだが、指が引っかかる突起すらない。
悲鳴を上げることもできぬまま、炎の柱へと吸い寄せられていく。
 
吹雪のなか、炎の柱に吸い寄せられていくミサトだが‥
力強い腕に抱きとめられ、凍結した路面に押さえつけられた。
誰か、大人が助けに来てくれたのだ。
 
不意に現れた救い主はしがみつくミサトを左腕で抱きしめ、右手に持ったピッケルを凍りついた路面に突き立てた。
手を離すな と怒鳴る救い主の身体に、ミサトは必死ですがり付く。
 
そのまま、二人は突き立てたピッケルを頼りに吹雪に耐える。
 
 
救い主に押さえつけられる形となったミサトの視界に聳える炎の柱が、唐突に閃光と共に飛散した。
一泊遅れて爆音と衝撃、そして大小の破片が飛来する。
 
暴風の元の一つが消えたために、伏せている二人の周りでは吹雪が幾分か弱くなった。
 
「‥お父さん」
 
ミサトは 自分を抱き抱えている救い主が父親であることに、この時初めて気付いた。
いや、無理もないかもしれない。彼女が物心ついてから、父が声を荒げたことなど一度もなかったのだから。
 
 
 
 
それは 父の肩越しに見えた。
 
 
基地には 計四本の炎の柱が立っていた。
 
南極の夜空を眩く照らし出す炎の柱。
柱と柱の間に それは立ち上がった。
 
吹雪の中に立つ、身の丈40メートルの 光の巨人。
巨人は全身に青白い燐光を帯びていた。
一歩ごとに地響きを立て 吹雪の中を進む巨人。
歩むごとに その進路にある全てのものが砕かれ潰されていく。
 
それは 恐怖そのものだった。
 
 
 
 
 
 
2015年7月29日午前5時16分
第三新東京市郊外 赤木邸
 
 
葛城ミサトは短い悲鳴と共に目覚めた。
冷汗にまみれた胸に手を当て、鼓動が落ち着くまで待つ。
 
「‥夢 か」
 
ミサトは隣で寝ている女を起さないようにベッドから降りて、跳ね除けたシーツを拾った。
時刻を確認。寝直す余裕はないとみて浴室へと向かう。
 
 
実を言うと、ミサトはセカンドインパクトが起きたあの日の記憶が定かではない。
吹雪の中を歩む巨人を見てから、基地の地下に逃れて父に頬を張られるまでの記憶がない。
 
鮮明に覚えている箇所と、霧がかかったかのように曖昧な箇所が混在している。
時折見る悪夢の中では全てが明瞭なのだが、目が覚めると夢の記憶は溶けて消えてしまう。
 
 
 
「‥嘘つき」
 
シャワーを浴びるミサトの双眸から、湯よりも熱いものが毀れ‥湯に混じり流れ落ちる。
 
 
あれを止める方法が、たった一つだけある  と
 
ただ、その方法ではミサトも父さんも、まず助からない  と
 
だが、あれをここで止めることができれば、母さんたちは助かるかもしれん  と
 
その為にはミサトが必要なんだ  と
 
 
父は嘘をついた。
 
 
嘘を真に受けた私は死んだ。父と共に。
嘘を真に受けた私だけが生き残った。全ての罪を背負って。
 
確かに必要な嘘だったのだろう。
全てが死に絶えるよりは、半分だけでも生き残った方が良いに決まっている。
 
だが 許しはしない。
嘘でも、嘘をついた父でもなく、父を欺き破滅の淵へと追い詰めた者どもを‥
セカンドインパクトの黒幕‥SEELEの生きた干物どもを 許さない。
 
 
復讐は空しい?
普通の人間にはそうかもしれない。
私は違う。
 
私は災厄の日に死に、同じ日に生まれた。
 
私は人間ではない。厳密な意味では。
だからヒトと同じ道を歩む必要も ない。
 
 
 
 
 
 
 
 
          新世紀エヴァンゲリオン パワーアップキット 第一部
                     鋼鉄都市 第七章 前編
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2015年7月29日 午前5時21分
NERV本部 ターミナル・ドグマ付近
 
 
埃まみれの、廃棄された研究施設区画を歩く人影が二つ。
 
「いったい何なんですか? ‥こんな時間に」
 
一人は碇シンジ。この物語の主人公である。
早起きの習慣が身についている少年だが、朝の稽古を中断させられたので機嫌が悪い。
 
「ん‥ まぁ、再確認の為 だな」
 
もう一人は大上マサヤ。謎の組織『G』の一員であり、シンジの兄貴的立場にある男だ。 ‥もっとも最近は自業自得の積み重ねにより、かなり株が下がっていたりする。
 
 
「再確認?」
 
「そうだ。お前とレイの関係を再確認して欲しくてな」
 
 
 
 
「シンジ‥ 鹿島トシアキとゆう男を知っているか?」
 
「いいえ。聞いたことのない名前ですね」
 
「やはり聞いてないか。ま、俺も直接会ったことは無いんだがな‥」
 
 
鹿島トシアキとゆう保護管理官がいた。
一般大学出の予備士官であり 若く経験も浅かったが、保父や教師に必要な才能をふんだんに持った有為の人材だった。
NERV本部に配属された鹿島三尉は 葛城ミサトと共に綾波レイの保護管理を担当して、期待以上の成果を上げた。
 
 
「成果?」
 
「レイが懐いたのさ。 小学校に上がった子供が教師に懐くだろ。アレだ」
 
 
両親が全ての基準であった子供が、就学して教師とゆう別の基準を得るように‥
それまで 赤木博士(と葛城二尉)がレイにとって価値判断の基準だったが、そこに鹿島三尉とゆう新しい軸が加わったのだ。
レイが鹿島三尉に寄せる信頼は、それほどに大きかった。
 
 
「その人は‥ 今何処に居るんです?」
 
「入院中だ。鉄格子付きの病院にな」
 
 
 
悲劇は偶然の連続とゆう形をとって やって来た。
 
 
レイがNERVカードを置き忘れる とゆう偶然
 
置き忘れたカードを届けに来た鹿島三尉が、レイを追って本部奥まで侵入する とゆう偶然
 
いかにカードの通行権限が最高ランクであるとはいえ、鹿島三尉が何の咎めも受けず 最高機密の詰ったターミナル・ドグマまで到達した とゆう偶然
 
ターミナル・ドグマの手前で、鹿島三尉がレイを見失う とゆう偶然
 
迷子になった鹿島三尉が、レイの素体培養槽前にたどり着く とゆう偶然
 
 
 
「つまり、その人は見てしまったんですね。コレを」
 
シンジたちは 素体培養槽の前に立っていた。非常灯の薄明かりが辺りをぼんやりと照らしている
 
LCLの羊水の中で くすくす笑いながら泳ぐ、綾波レイと同じ姿かたちを持つモノたち。
シンジは水槽のガラスに手のひらをぺたりとつけた。
何体かの レイ が水族館の魚のようにシンジの手に近寄ってくる。
 
「そして、壊れた」
 
「ああ。不幸な事故だった」
 
 
水、及び水生生物への恐怖症。記憶喪失。退行。軽度の分裂症。 ‥その他もろもろの症状により鹿島三尉はNERV直営の精神病院に入院することになった。
 
 
 
「でも、そんなに怖いですかねえ?」
 
むしろ可愛いと思うんですけど‥  とシンジはガラスに指先を付けては離す。
 
 
「‥突っ付くなよ。 分からんさ、お前にはな」
 
「僕には?」
 
「正直言えば俺にも分からん。魂の規格が違うからな」
 
大上を始め、『G』のメンバーの殆どはエヴァンゲリオンが存在しない世界に生まれた 異次元人 である。
つまりは、その魂はリリスの魂から分化したものではない。
製造元が違うのだから規格も違う。故に、大上の魂はレイと共振しないのだ。
 
「そうでしたね‥」
 
「俺は違い過ぎる、お前は近すぎる。レイとの接触で壊れる心配はないが、他者の感覚が分からんのは同じだな」
 
日本語の カミ(神) とは本来 恐ろしいもの の意である。
女神リリスの化身であるレイの中に秘められた神性は、ある者には類を見ない魅力としてはたらき、ある者には近寄り難い空気として感じられ、そしてある者には恐怖そのものとして‥
受け取られる。
 
 
 
「‥‥綾波は、そのことを知ってしまったんですね」
 
「レイが見付けたんだよ、ここで。壊れている鹿島三尉をな」
 
 
 
               ・・・・・
 
 
 
午前7時18分 ジオフロント地表部
 
 
ジオフロント内の森と草地の境界に掘られた塹壕線を、一個小隊規模の歩兵部隊が慎重に進んでいく。
NERV本部が何者かから襲撃されている‥のではなく、ジオフロント内の空き地を使って地上戦の演習を行っているのだ。
 
二機のパワードスーツ(74式PS改)を先頭に、塹壕を乗り越えあるいはその内に入って部隊の前進は続く。
壕内に敵兵はいない。彼らの頭上に滞空する超小型観測機も、数分前にグレネードランチャーで打ち込んだ集音マイクも、半径300メートル以内に人間がいないことを保証している。
怖いのは地雷や仕掛け罠(ブービートラップ)の類だが、74式改の一機が抱え持つ10式複合探知機が斥候の苦労を大きく緩和してくれる。
 
様々な爆発物や機械類を、数メートルの土壌越しでも探知できる複合探知機は高性能ではあるが余りにも重たいため、歩兵が持ち歩くことは難しい。
かといって車両や台車に乗せると、今度は機動力が制限される。だから、歩兵について歩けるパワードスーツに持たせるのだ。
 
もう一機の74式改は、対物ライフルを持って僚機と歩兵の護衛に就いている。
両機とも、光学迷彩は使っていない。
消費電力も馬鹿にならないうえに、野外の土埃にまみれた機体表面は迷彩効率を大きく落している。
そもそも光学迷彩を装備していない歩兵の直協任務に、光学迷彩を使う利点は少ない。
 
 
「止まれ」
 
探知機を抱えた74式改と共に動いている兵たちが、下士官の一言で動きを止める。
 
「どうしました? 班長」
 
「見られてる ‥ような気がする」
 
土の匂い、青臭い草の匂い、遠くから聞こえるセミの声。辺りに人の気配はない。
だが、誰かに見られている感触が、背後から誰かに無言で見つめられているような、居心地の悪さがあるのだ。
 
「李、周りに何か妙なものはないか。隠しカメラとか」
 
と、班長は傍らのパワードスーツに訊いてみる。
 
「センサーには反応なし。近くに居るのは友軍だけです」
 
「そうか」
 
少なくとも、複合探知機から受け取ったデータには何もない。
 
 
 
 
前進を続けようとした瞬間、不意に複合探知機を抱え持つ74式改の装甲へ数発の弾丸が叩きつけられた。
直撃を受けたメインカメラが着色ワックスで塗り潰され、赤と青と緑の着色ワックスの飛沫がとび散る。
 
周りの兵士たちは 模擬弾より遅れて届く小銃の発砲音が聞こえる前に、地に伏せた。
対物ライフルを持ったほうの74式改は倒れた僚機を放置して、塹壕に飛び込んだ。
隠れる余裕のある歩兵達も、塹壕や近くの物陰に飛び込む。
 
パワードスーツは、所詮『丈夫な歩兵』に過ぎない。
重火器の直撃に耐えられないのは勿論だが、対人用の軽火器でも当たり所が悪ければ一撃で戦闘力を失ってしまうこともある。
無論、模擬弾で破損はしない。演習モードに設定された74式改の戦術コンピュータが行動不能と判定しただけのことだ。
班長始め、ワックス弾の直撃を浴びた数名の兵も地に倒れ伏している。審判を受けるまでもなく死亡扱いである。
 
 
 
「畜生、どこに隠れてやがる」
 
歩兵の一人は塹壕から鏡を出して様子を伺うが、狙撃兵は上手く偽装しているらしく何処に潜んでいるのか見当がつかない。
言うまでもないことだが、空から見張っていた筈の無人偵察機は真っ先に落されている。
 
 
「‥とりあえず撃たせてみるか」
 
歩兵は手鏡を仕舞い、ヘルメットを脱いで折りたたみスコップの柄に括り付けて、塹壕からそろそろと持ち上げていく。
同時に生き残りの74式改は光学迷彩を使って透明化する。泥の飛沫やなにやらで透明化できるのは上半身のさらに半分ほどだが、それで充分だ。用は塹壕からはみ出る部分が透明ならいいのだ。
 
狙撃兵にヘルメットを囮として撃たせて、居場所を探る。
昔から使われてきた手だが、仕留める役が透明化できるあたりが21世紀の軍隊だ。
 
そろりそろりと稜線を越えて上がっていくヘルメット。
スコップの柄を持った手が、強烈な衝撃を受ける。
ほぼ同時に、透明化しつつ塹壕から機体を乗り出していた74式改の上半身に二発のワックス弾が命中する。
 
「赤外線センサーか!」
 
更に数発のワックス弾を浴びた74式改が、戦闘続行不可能と判定され、塹壕の縁に手をついて機能停止した。
 
 
狙撃兵に足止めされた小隊が迫撃砲(から発射された発煙筒)の集中打を受け、抗戦能力を失ったとみなされ敗北したのは それから70秒後のことだった。
 
 
 
 
 
 
兵隊には、男の方が向いている。
平均すれば女兵士よりも男兵士の方が使える。女の兵隊は男の兵隊に比べれば弱い。
これは生物学的な意味でも社会学的な意味でも、証明済みの事実だ。
 
しかし、例外はある。
狙撃兵だ。
 
あるときは密林の木陰に、あるときは廃墟の瓦礫に隠れ、好機を捕らえ必殺の魔弾を送り込む狙撃兵(スナイパー)は 兵隊としての優劣がもろに出る筈の歩兵部隊において、女が男と互角に渡り合える数少ない兵種の一つである。
 
 
 
綾波レイは朝露に濡れたジオフロントの地上に寝そべり、小銃(ライフル)の上に載せられているスコープを覗いていた。
地面に二脚を立てて据え付けられたライフルの銃口から、薄い煙がたなびいている。
二機の74式改を仕留めた数発のワックス弾のうち、青い弾はレイが放ったものなのだ。
 
銃の方は64式自動小銃を狙撃用に改造したものである。狙撃専用に作られた狙撃銃ではないが、64式の性能は決して悪くはない。
狙いさえ正確ならば、250メートル先の人体に全弾命中できる精度を持っている。
 
だが、狙った的に当てることができれば それで良いとゆうものでもない。
 
射撃の巧い兵隊は幾らでもいる。しかし優秀な狙撃兵はそう多くない。
狙撃兵に要求される素質は、銃の巧さだけではないからだ。
 
標的を選ぶ観察力と判断力。
好機を待ち続ける集中力と忍耐力。
ただ独り隠れ潜み続けることができる隠密性と生存能力。
これらは一流の兵隊なら持っていて当然の能力だが、一流の狙撃兵にはさらに加えて必要な才能がある。
 
共感性だ。
 
一流の狙撃兵は、スコープから覗く標的に己を投射する。
何を考え、何を思い、何を行動に移すのか。標的になりきり、同一化して、そして自分自身とも思えるようになってから、銃弾を叩き込む。
 
狙撃兵は共感性と冷酷性とゆう、相反する要素を同時に働かせなければならない。一流の狙撃手が少ない理由が解ろうとゆうものだ。
 
 
 
 
一方、敗者となった戦自の小隊は‥ 撤収作業の最中だ。
 
「やっぱ74式じゃ駄目だな」
 
「新型の配備は当分先ですかねえ」
 
パワードスーツとしてやや旧式な74式改は、最新式の熱光学迷彩を搭載していない。
つまりは赤外線センサーに対して隠密性が低い。
元々防御側が圧倒的に有利な状況に設定された演習である、負けても別に恥ではない。
恥ではないが、やはり負けは悔しい。
その悔しさが、半ば八つ当たりとして旧式装備へと向けられている。
言いがかりに近いが、負けは負けだ。責任‥とゆうか敗因は、装備にもある筈だ。
 
 
 
トライデント03‥ムサシは愛用の蟹眼鏡を出して、塹壕越しに撤収作業中の狙撃班を覗いてみる。
教官や保安要員らしき大人達に囲まれた、細身の少女の姿がちらりと見えた。
学生服ではなく森林迷彩模様の野戦服姿だが、間違いない。
護衛任務の際に散々見た水色の髪‥ファーストチャイルドだ。
 
「どうしたの、ムサシ?」
 
「‥いや、なんでもない」
 
気のせいだったか と口の中で呟きながら、少年兵は双眼鏡を畳み演習場から引き上げる。
確かに、マナの気配を感じたんだが ‥と訝りながら。
 
彼‥ムサシ・リー・ストラスバーグは誤認している。
ムサシが感じた気配は霧島マナのものではなく、『女性原理』。女の‥と言うか女の子の気配なのだ。
レイのATフィールドと接触した‥ 女神リリスの化身に心の壁を触れられた彼は、彼にとって最も近しい女性である、幼馴染の少女が弾道の向こうにいる ‥と錯覚したのだ。
 
 
 
レイには元々射撃の才能がある。
そして射撃だけではなく、狙撃についても恐ろしいほどの勢いで上達しつつあった。
余人にはない、独特の才能によって。
 
 
               ・・・・・
 
 
ジオフロント NERV本部裏 流水庭園
 
綾波レイが目標の人形や装甲倍力服へ黙々とワックス弾を送り込んでいた頃。
 
碇シンジはNERV本部裏の公園で朝の稽古中だった。
普段なら朝の稽古は終わっている時間なのだが、今日は途中で地下に潜っていたりしたので、未だに終わっていない。
 
 
この物語において、これまでレイやレイに懐いている子犬の憩いの場として描かれてきた流水庭園は、水路や池だけでなく各種の噴水や流水階段が組み合わされた、『光と水』を主題に設計された近代風の庭園である。
造園技術はなかなかの水準にあるのだが、不思議と利用客は少ない。
 
湿度が高いとか、利用規定が厳しいとか、大きな出入り口が無く通行が不便だとか、不人気の理由は色々あるが それだけでは余りにも少ない利用者を説明しきれない。
職員アンケートによれば、流水庭園を利用しない理由に『妙な居心地の悪さを感じる』と書く職員が多いようだ。
 
と、まあ何故か不人気な流水庭園ではあるが、NERV関係者は大勢いるので なかにはまったく居心地の悪さを感じない者もいる。
エヴァンゲリオン初号機の正操縦者、サードチャイルドこと碇シンジもその一人 とゆうわけだ。
 
 
型稽古を終えたシンジは、呼吸を整えつつ傍らの川に入った。
川底の砂利を踏みしめる素足に川魚が触れ、離れていく。
生暖かい水に脛まで浸かりながら、少年は苔の生えた丸石を踏まないよう避けて川の中ほどまで歩き、上流を向く。
 
 
「破っ!」
 
シンジが気合と共に拳を突き出すと、水に浸かった足元から波紋が起きた。
突き出す拳の勢いそのままに、水面に小波が走りながら広がっていく。まるでシンジの拳から目に見えない何かが放たれ、宙を飛んでいったかのように。
 
偶然でも錯覚でもない。確かに『何か』がシンジの右拳から放たれ、飛んでいったのだ。
素手であるにも関わらず、目に見えない一撃を届く筈もない標的に打ち出すこの技は『遠当て』と呼ばれている。
その効果については、いずれ改めて語りたい。
 
 
シンジは時間をかけて昂ぶった身体から『気』を抜き、呼吸を落ち着かせる。
一分もすると、彼の足元には元通り若鮎が泳ぐようになった。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
ジオフロント地表部 第一地底湖付近 
 
 
さて、碇シンジが本部裏の公園で四匹目の鮎を捕まえていた頃。
1キロほど離れた地底湖近くの野菜畑では‥
 
 
「ん〜〜 おいしいぃ〜♪」
 
褐色の魔法少女が取れたてのトマトにかぶりついていた。
赤い果汁の一滴が、白い水兵服に滴り落ちる。
 
「‥でもやっぱり乙総長の所には負けるかな?」
 
もぐもぐと咀嚼し飲み込んでから小首をかしげる魔法少女に
 
「まあ、向こうは本職じゃきに」
 
相棒である、銀髪のクラッカー娘がキュウリを摘みつつ応じる。
偽ブランドもののトレーナーは普段と同じだが、地下に篭っているときは違い左耳に小さな飾り物を付けている。無論只の装飾品ではなく、紫外線防御力場発生装置が組み込まれたUV対策用品だ。
 
玄星軍団参謀総長である乙ハジメが経営する日本農園は、農学の粋を集めた至高の農地である。所詮は素人の大上が敵う相手ではない。
 
 
ペット人間二人組みが収穫を終えて野菜畑から出ると、大きなドラム缶を片手に持った赤毛の娘‥紅堂サキが入れ替わりに畑に入った。
只の赤毛ではない。宝石の糸のように透明で、鮮やかな紅色なのだ。三つ編みに纏められた髪は陽光を浴びて綺羅綺羅と輝いている。
 
 
サキは畑の真ん中にドラム缶を据え、大き目の柄杓で水を汲む。
 
夏の暑い日に、畑の作物に水を与えるときはちょっとした注意が必要だ。
ジョウロなどで野菜の上から雨を降らすように水を掛けることは、実はあまり良くない。
直射日光に炙られて熱くなった葉に触れた水は、場合によっては熱湯と化す。
風呂の湯よりも熱くなった水は野菜の根や茎や葉や実を痛めるだけでなく、細菌類から昆虫類まで、地表および地中の生物を少なくない割合で煮殺してしまう。
ゆえに、日が高くなる前に地面へ直接、一度にたっぷりと与えることが望ましい。
 
サキはATFを水に浴びせて粘度を調節し、柄杓に山盛りで汲み上げる。
粘土のようになった水は腕の一振りで放り投げられ、畑の隅まで飛んでいく。
野球漫画の魔球並みに鋭い角度で茄子の根元へと落ちた水塊は、地面に触れる直前で粘度と速度を失い、穏やかに地表を潤した。
 
汲む 投げる 汲む 投げる 汲む 投げる 汲む 投げる 汲む
 
最初はゆっくりと、そして徐々に勢いを増して水を撒き続けるサキ。200リットル缶が空になる頃には放水車の如き勢いになっている。
この水芸は、紅堂サキが持つ使徒能力の一端である。
 
 
紅堂サキ。公称年齢14歳。
鮮やかな赤毛と紅の瞳持つ、峻烈な気配を纏う戦士。
好んで男物の衣装に身を包む、シンジとは逆の意味で中性的な魅力の持ち主。
 
彼女‥サキは『G』のなかでも、とびっきりの変わり種だ。
なにしろ 元は使徒なのだ。
 
 
八部衆を始め、『G』(玄星軍団)構成員の大部分は此処とは違う他所の世界‥平行次元から来た者だ。
 
サキは 既に使徒戦争が終結した世界 から来たのだ。
『その世界』で、サキは使徒戦役の最中に 第三使徒サキエル ‥の再生体として生を受けたのである。
言わば前世であるサキエルのコアのカケラから ヒトの姿形を持つ使徒 として生まれたのだ。
 
そして、サキを生み出した逆行者‥サキが親とも思う人物と共に、その人物の作った組織の一員として使徒戦役を戦い、勝ち残った。
勝利した後は組織の仲間たちと共に異世界を渡り歩いていたサキだが、紆余曲折を経て現在は契約猟兵としてGユニットに所属している。
その組織『瑞穂機関』と玄星軍団(G)が友好関係にあるからこそ可能なことだが。
 
ちなみに、サキを生み出した技術の応用によって第二使徒(とゆうことになっている存在)のコアの破片から巨大異種知性『プロメテウス』が創造されたのである。
 
 
さて、一口に使徒‥使徒能力者あるいは使徒っ娘とも言う‥と言っても色々だ。
当然ながら、その能力には強弱もあれば得手不得手もある。
 
サキが得意とするのは物質の慣性制御であり、ブラウン運動の制御ではない。
例を挙げるなら サキは飛んでくる銃弾を、それが対ATF弾ででもない限り簡単に受け止めることができる。
だが、受け止めた弾で火傷しないように冷やすことは‥ 出来ないこともないが苦手なのだ。
 
 
 
水汲みを済ませたサキは丸太家屋の台所へと入り、取れたての野菜を使って朝食を作り始めた。
 
 
さくさくとんとん
 
瑞々しい野菜が切れる爽やかな音と、包丁がまな板を叩く小気味よい音。
サキの料理は、音からして楽しげだ。
生魚の切り身が包丁捌き一つで至高の一品となるように、只の生野菜であっても切り方次第で立派な料理となる。
これにATフィールドの効果が加わるのだから堪らない。
サキが作れば、モロキュウですら世界最高水準の和食の惣菜となる。
 
料理の腕において、サキは親衛隊随一だ。
潰れた目玉焼きしか作れない『魔術師』アルエットや、料理を完全に放棄している『悪魔』マルグリットなど比べようもない程の差があるのだ。
 
 
 
「なんか、今日のサキは気合入ってるね」
 
「まあな‥負ける気はしないが、手は抜かん」
 
午後に控えた勝負に備え、サキは水遣りや朝食の準備を通じて『機』を練っていた。
イメージトレーニングの一種と言ってよい。
座禅ならぬ動禅。サキは身体を動かすことで精神統一を図ることができるのだ。
 
 
 
 
古代の哲学者が喝破した如く、人間は物事の『本質』に触れることができない。
目や耳や皮膚といった感覚器から得られる情報は、所詮は粒子や波動や実体物の反射を受け止めて、神経電流によって脳髄へと媒介されるだけの代物に過ぎない。
影や反射であって、『本質』ではないのだ。
 
だが、使徒は違う。使徒の感覚はATフィールドによって成り立つからだ。
ATフィールド、それは心の壁。いや、心そのものと言える。
使徒はATフィールドによって、事象の本質に直接触れることができるのだ。
 
しかし、使徒にも限界がある。使徒の知性は大きく制限されているからだ。
『知恵の実』を齧らなかったアダムの末裔は、本能に逆らえない。
 
人間と使徒の能力には限界がある。
両者の知恵と力を併せ持つ、使徒能力者のみが『本質』を掴み、活用できる。
 
即ち使徒能力者こそ、使徒とヒトを超えた進化の階梯にあるものなのだ ‥と嘯く紅堂サキを『悪魔』マルグリットは一瞥して
 
「言うたら悪いが、お前は負けるぜよ。賭けてもええきに」
 
と、言った。
 
 
「なんだと?」
 
勝負に関して絶対の自信を持つ使徒能力者は、銀髪のクラッカー娘へ振り向く。
 
「ボクも『サキの負け』に一口乗った〜♪」
 
褐色の魔法少女も賭けに便乗してきた。
 
「面白い。受けて立つぞ」
 
 
賭けるに値するチップは有るのか、と人化使徒は不敵な笑みを浮かべる。
銀髪のペット人間は、肩越しに親指で背後を指し示す。
その指の先では、彼女の義兄兼主人が十匹程の鮎を手に上機嫌でやってきたところだった。
 
 
               ・・・・・
 
 
NERV本部 医療部
 
 
NERV医療部の責任者である佐渡コウジ医療部長(中佐待遇)は、生涯を医学に捧げた根っからの医師だ。
多くの本部職員から名医として、そしてほぼ全ての本部職員から仁医として敬われている。
 
 
「ほれ。そろそろ時間じゃぞ」
 
医療部長‥小柄で小太りで頭頂部が禿げ上がった医師は、合成皮革のソファーに座り込んで眠りながら点滴を受けていた長髪のオペレーターを揺り起こした。
揺り起こされた長髪の作戦部職員‥青葉シゲル二尉は腕の静脈に刺された安全注射針を抜き、消毒テープを貼り付けて傷を塞ぐ。
 
二日酔いには点滴が良く効く。点滴は脱水症状と低血糖の治療に最適なのだ。
やむを得ぬ理由により、二日酔いの身で重要な作業や困難な任務に赴かねばならない時には、病院で点滴を受けてみるのも良いかもしれない。
 
まあ、医師によっては不謹慎だとか、忙しい所に二日酔いなんぞで来るなとか、翌日に残るまで飲むのは酒に対する冒涜だ、とか叱られる事になるかもしれないので 無理にお勧めはしない。
 
 
「‥確かお主、今日は非番ではなかったか?」
 
禿頭の医療部長はカルテへの書き込みを止め、青葉に背を向けて座ったまま訊ねる。
 
「何処も人手不足ですからね。無理が利くもんが無理するしかないっすよ」
 
人間は半年程度なら、点滴だけでも生きていける。何の問題もなく、とはいかないが。
青葉はソファーの背に掛けておいた上着を羽織った。点滴用の器具と空になったパックを通りがかった看護婦さんに頼んで持っていって貰う。
 
「そうゆう勤務姿勢は感心せんのー。若さは有限なんじゃからな」
 
青葉としても無理に休暇を返上して出勤したいわけではないが、仕方がない。
作戦部以上に技術部はオーバーワークを続けている。ここらあたりで休ませねばならない。
早い話が 同じ二日酔い患者でも伊吹二尉は倒れる前に休ませた方が良いが、青葉は倒れる寸前までこき使う方がNERV本部全体からみれば効率的なのだ。
 
酷い扱いではあるが 青葉の表の顔‥作戦部連絡将校としては容認せねばならぬ理屈であり、裏の顔‥NERV首脳直属の諜報員としても甘受しなくてはならぬ事実だった。
 
諜報とは、地味で影の薄い者が、目立たず地道に行うべき職務なのだから。
 
 
               ・・・・・
 
 
第三新東京市 第一中学校校舎 屋上
 
 
こんにちは 碇シンジです。
 
退屈な授業も一段落ついて、今は楽しい楽しいランチタイム♪
校舎屋上の一番良い場所に皆で車座になって、弁当を広げている所。
 
どのへんが良いかって言うと、上に日よけのカマボコ屋根が付いてて、風通しが良くて、柵越しに山の緑が見えること。
トウジが番長特権で占有してる優良物件なんだ♪
 
ん? さっきからやたらと楽しそうだけど、なにがそんなに楽しいのかって? 
 
ふふん、それはねぇ‥
これを見よ! 今日のお昼ご飯は、なんと綾波の手作りなんだ!!
 
ふぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜はっはっはっはっはっ!!
 
シンちゃん感激ーーーー!!!
 
 
‥と、意味もなく箱根山目掛けて叫びたくなるぐらい嬉しい。
実際にはやんないけど。
今、僕の脳をモニタしたらリツコさんが寄ってくるくらい脳内麻薬出てると思う。それも覚醒系のヤツが。
 
第四使徒迎撃戦からこっち、綾波に避けられてると思ってたけど‥どうやら誤解だったらしい。
少なくとも嫌われているわけじゃなさそうだ。
いくら料理の練習用に今朝がた焼いたホットケーキでも、嫌いな奴に手料理持ってくる女の子はいやしない。
毒とか妙な薬とか仕込まれてるんじゃないか って、僕に陰ながら付いている護衛が調べてたけどね。
 
でもちっとも腹が立たないのさっ♪ 
ま、護衛の人たちも悪気があってやってる訳じゃないし。
 
 
とゆうわけでホットケーキ温めるから加熱器具を出しなさい、其処の軍事ヲタク。
何? Cレーション付属の加熱パックは一人寂しく携帯行糧を使う兵隊の心身を暖めるために開発された物であって 、一人で勝手にラブコメ形態になっちゃった色ボケにくれてやる義理はない とな?
 
そんなこと言う奴を自分の肖像権に関わらせるわけにはいかないな。君らが売りさばいている写真のモデルになるの、キャンセルさせて貰お〜ぅっと♪
いやー大変だねぇ、結構予約入ってるんだって? 印刷代入れたら損害、1万行くんじゃないかなぁ〜♪
うんうん、解ってくれれば良いのさ。僕らトモダチじゃないか♪
 
 
‥‥それはそうとして、なんで君ら戦自放出品のCレーションなんか食べてる訳?
ふんふん、トウジが妹さん‥ハルナちゃんだっけ?‥を兄妹喧嘩の末に怒らせちゃったから弁当作って貰えなくなって‥ 
そのことを怒らせた人が昼休みになるまで話さなかったから、分かった時には購買部のパンも食券も売り切れてた と。
 
なるほどねぇ‥ 兄のついでに弁当作って貰ってた誰かさんの妬みだったのか。
ゴメンな相田君。見せびらかすような真似して。
え? 羨ましくなんてない って? 
そうか、なら君には分けてあげなくて良いね♪
 
え? 分けろなんて言わないから好きなだけ食えよ って?
一人で月まで舞い上がっとれ って?
ふ〜〜 負け犬どもの遠吠えが耳に心地良いね。
 
 
‥て  あれ? 綾波さんいったい何をしてらっしゃるんですか?!
 
 
               ・・・・・
 
 
初めて会ってから半月ほど過ぎたが、綾波レイにとって碇シンジは未だに不可解な人物だった。
表に出ている『碇シンジ』の心象が虚像であることは解る。人間は誰でも内面を隠しているものだ。
問題はその虚像が何種類も有り、その場その場でとっかえひっかえて使われていることなのだ。
 
行動自体にも矛盾がある。
自分と‥綾波レイと仲良くしたいのならば、何故に自分の友達と仲良くしないのだろうか?
目標と親しい人物を刺激して、得られるものはない筈だ。
彼の戦闘者としての経験は、自分より遥かに上だ。
堅城は外堀から埋めていく ぐらいの戦術が理解できない訳がない。
なのに、彼の行動は不合理そのものだ。
 
分からない。やはり時間をかけて観察する必要がある。
 
 
 
 
 
 
「‥‥あげる。嫌いじゃなければ食べて」
 
「お、おう。すまんのう、綾波」
 
レイが差し出したホットケーキの切れ端を、トウジはどもりながら受け取る。
硬派気取りの年中ジャージ少年も、女の子が嫌いな訳ではない。
いかに風変わりとはいえ、とびきりの美少女から好意を示されれば嬉しく感じるものだ。
 
出会った当初から、鈴原トウジにとって綾波レイは心に秘めた欲望を刺激する存在だった。
そう、トウジは 食べ物を分け与えるぐらいしか好意を表す方法を知らない、不器用なクラスメイトに欲望を感じていたのだ。保護欲とゆう名の欲望を。
長年の間、彼の強烈な保護欲の対象は妹だった。
妹が成長し手がかからなくなった為に持て余していた保護欲が、格好の捌け口を見つけ迸り出ようとしていたのだった。
 
なんともあさましい限りではあるが、欲望によって動かされた少年の心情と行動はそれ故に熱く、純粋で、誠実なものだった。
もしもレイが生身の人間であり、ヒトとしての生涯が許される存在であったのならば‥
少年の欲望はやがて愛情として昇華され、愛情は時間とともに少女に受け入れられ、二人は今ごろ誰もが羨みつつも祝福の笑みをもって見るであろう仲睦まじい恋人になっていたかもしれない。
 
だが、レイはトウジの保護を受け入れ、友人としての付き合いを持ちはしたが、それ以上の接近を許さなかった。
二人の間に聳える、なんとも言いがたい目に見えぬ壁の存在を感じたトウジは、それ以上レイの心に踏み込むことを止め‥ 外から、陰ながら、友として守り続けることに徹した。
 
一見無神経に見えるが、トウジは決して鈍くはない。
ただ、興味のないことは目に入らないだけなのだ。反対に興味の対象については恐ろしく鋭くなる。
その鋭さが、レイの心‥ 心から溢れんばかりの闇に気付かせ、同時にそれが自分をある線から寄せ付けぬ理由であることも理解させていた。
 
それが何かはわからない。
だが、レイに近づくには己の全てを差し出す程の覚悟と、覚悟ではどうにもならぬ現実を捩じ伏せる程の力が必要なのだ と
その秘密に触れれば、自分は焚き火に飛び込む羽虫のごとく破滅する。それゆえにレイは自分を‥他人を近づけようとしないのだ と
 
残酷なまでに鋭く、そして鈍い彼の知性は悟ったのだった。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
2015年7月29日 午後1時27分
在日米軍駐屯地 新横田基地
 
 
戦略自衛隊なる物騒な組織が存在するこの世界では、2015年現在『日米安全保障条約』は失効している。
日米は相変わらず同盟関係にあるが、日本が戦争を仕掛けられた場合必ずアメリカが参戦する義務は無くなっているのだ。
 
もっとも日米安保が有った頃の仮想敵国は、ことごとくメイド・イン・ジャパンのN2兵器と札束と商品によって焦土と化している。
歴史上のあらゆる条約と同じく、必要が無くなったから破棄されただけのことだ。
 
さて、多少変わったとはいえ両国が同盟関係にあることは変わりないわけで‥ 
なにしろ日本人の大半は、勝てるとしても二度とアメリカと戦争などしたくないわけであるからして‥
海洋国家の宿命として、敵対する気が無ければ協調するに他は無く‥
かくしてこの2015年の常夏日本にも、在日米軍は存在するのである。
 
 
その日 新横田基地に勤務する何人かの大佐の一人、ケイン・ソードマン連隊長は不機嫌だった。
いや、ここ数日‥新横田基地に赴任して以来、程度の差を無視すれば常にソードマン大佐の機嫌は悪かった。
彼は暑い地域が嫌いだったし、湿度の高い地域も嫌いだったし、様々な事情により日本人も日本語の響きも日本文化も大嫌いだったからだ。
更に言うと、そんな大嫌いな国と同盟を組み彼を大嫌いな国へ島流しした軍もその更に上層部も嫌いだった。
 
 
 
 
 
 
 
何故だ? 何故ゆえに世界最大の軍事力を持ち、工業力でも食料生産でも世界の三分の一を占める祖国が日本なんぞの風下に立たねばならんのだ?
 
<陰謀だ>
 
陰謀? そうだ陰謀だ そんなことは解っている 合衆国ははめられたんだ。
 
<日本人の陰謀だ>
 
日本人の陰謀だ。 考えてみろ、NERV本部は日本にある。総司令も副司令も日本人だ。
 
<日本人は陰謀を廻らせて世界を変えたのだ>
 
そうだ そもそもセカンドインパクトは、南極で起きた爆発は何だったのだ? あの天変地異で利益を得たのは誰だ?
 
<日本人がセカンドインパクトを起したのだ>
 
そうだ そうに違いない!  なにが古代文明の兵器だ 
 
<使徒は日本人が操っているのだ>
 
そうだ!
 
<日本人は悪魔と手を組んだのだ>
 
悪魔?
 
<獣の姿をした悪魔だ>
 
悪魔か!
 
<悪魔の手から祖国を取り返すのだ>
 
祖国を取り返すのだ
 
<兵士よ、今こそ義務を果たすべき時だ>
 
そうだ 義務を果たさねば
 
<義務だ>
 
そうだ、義務なくして権利なし。
栄えある合衆国の市民であるとゆう名誉は、合衆国の為に血を流した者にのみ与えられるべきなのだ。
 
 
 
 
 
同時刻 旧首都圏 有明地区 海上
 
 
半ば水没した廃墟を望む、東京湾の奥に浮かぶ一機の飛行艇。
大きなフロート(浮き)に乗っかる機体は当世流行のイオノクラフトではなく、プロペラ推進の旧型である。
 
「他愛もない。歴史も伝統も無いが故に、常に敵と相対せねば自分の存在意義すら見失うか‥ 植民地人の操り易いことよ」
 
機内では灰色服の優男‥ニル・ライアーが携帯端末片手に嘲りの笑みを浮かべていた。
彼が持つ携帯端末の液晶画面には、在日米陸軍特殊部隊の連隊長が部下を呼び寄せ、即時出撃できる部隊を掌握しようとしている姿が映っている。
 
元から不満があっただけに、ソードマン大佐への洗脳は容易いものだった。いや、SEELEの施した下ごしらえが完璧だったとも言える。
ソードマン大佐は新横田基地に着任する遥か前から、半ば洗脳されていたのだ。
ライアーが携帯端末を通して送った念波は ソードマン大佐の思考回路を歪め、心の奥底に潜めてあった攻撃衝動を開放しただけだ。
後は簡単な意識誘導で、何ものも恐れぬ狂信者の出来上がり。
 
SEELEは米軍だけでなく、世界のありとあらゆる場所に触手を伸ばしている。
役所の実直な事務員 や 街角の可憐な花売り娘 や ガソリンスタンドの今ひとつやる気がない店員 が、ちょっとしたメモを読んだりアナウンスを聞いたり電波を送られたりすると、狂信的な工作員に早変わりする。
 
無論のこと、『G』も似たような対抗策を取っている。
誰が洗脳されているか分からないからこそ、SEELE幹部は姿を隠し、あるいは外界から隔離された地下要塞に立て篭もっているのだ。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
衛星軌道上 地上1000キロメートル
 
 
第三新東京で中学生たちが五時限目の授業を受け‥
旧有明の海上で、灰色服の優男を乗せたコンソリデーテッド社製飛行艇がエンジンを唸らせつつ離水し‥
練馬区の半ば潮に浸かった町の空き地で、作務衣姿の男たちが真っ二つに千切れてもまだ生きている怪生物を担架に載せて運び出そうとしていた頃。
 
その遥か上空、地上1000キロの衛星軌道に浮ぶ一隻の小型宇宙艇の船室では、数人の男女による密談が行われていたりする。
 
 
ゲルマン系かサクソン系か、北方コーカソイドならではの異様なまでに分厚い体躯を迷彩服で包んだ男が四人、女が二人。
どちらも男同士、女同士でそっくりな容貌だ。
双子とゆうよりは同じ鋳型から作られた鉛の兵隊のような、非人間的な印象を受けてしまう程良く似ている。
 
彼らは『この世界』の住人ではない。
幾多の次元界を渡り歩き、各世界で破壊と略奪とその前準備としての歴史干渉を縦にしてきた勢力、『歴史監理機構』の末端構成員なのだ。
 
 
 
「『MONKEY MAGIC』作戦は失敗か」
 
「だな。あっさり見破られた」
 
回収と勧誘を主とする『G』と異なり、干渉と略奪が主ではあるが『歴史監理機構』もまた次元間組織である。
彼らもまた、幾多の世界から戦力となる者達を集めている。
碇シンジとすり替わろうとして、胴体千切られるわ滅多打ちにされるわ頭踏み潰されるわと散々な目にあった上に捕獲されてしまった猿型のクリーチャーも、彼らが別世界から連れて来た手駒なのだ。
 
折角連れて来た手駒だが、投入した途端に潰されてしまった。
薄情とゆうか過剰なまでに合理的な『歴史監理機構』構成員たちの興味は、既に猿型クリーチャーからメイド服姿の下僕へと移っている。
 
 
「動きから見て、正式な訓練を受けてはいないな。素人だ」
 
メイド服姿の下僕は、兵隊とゆうよりはギャング的な戦闘スタイルの持ち主だ。
 
「だが強い。相当な場数を踏んでいると見た」
 
男の呟きを、女の一人が咎める。
 
「まさか 殺れない とでも言うの?」
 
「いいや。3‥いや6人で行けば必ず殺れる」
 
一人でも、おそらくは勝てる。だが絶対とは言い切れない。
二人なら、間違いなく勝てる。だが逃げられる可能性はある。
三人なら、万に一つも逃すことはない。
予想外の事態に備え、予備戦力に三人加えて 計六人。
 
数の暴力こそ、必勝の方程式。
常に物量の優越を保ち、過剰なまでに必要戦力を見積もり、質と量の両方で圧倒するのが彼らの流儀だった。
 
 
               ・・・・・
 
 
ジオフロント地下 契約猟兵隊 電子戦要員詰所
 
 
暗い地下の一室で、白衣姿の科学の魔女がシミュレーションモデルらしき立体映像を眺めつつ、入力端子を操りプログラムに微修正を加えている。
その背後に、小柄な影が足音も立てず近寄っていく。
 
 
「師匠、差し入れですきに」
 
「あら。気が利いてるわね」
 
赤木ナオコ博士は椅子に座ったまま振り向き、差し入れの水羊羹と麦茶を受け取った。
猫毛の魔女は、差し入れを持ってきた弟子と一緒に暖かい麦茶を啜る。
 
 
「ソフィが遅れるようですきに」
 
「あらあら、困ったわね。『お掃除』頼もうと思ってたのに」
 
「大雑把な出来で良ければ、アルにやらせばええぜよ」
 
 
シンジ直属の護衛部隊、通称シンちゃん親衛隊のまとめ役である『女司祭』のソフィーティアは現在軍団本拠地で尋問を受けている。
昼過ぎのことだが、ソフィーティアはシンジそっくりに化けて接触してきた偽者の正体を一目で見破り、捕獲したのだ。(外伝『拾われしもの −僕−』を参照されたし)
 
問題は、その見破られた偽物の変化術は これまで見破られた例が殆どない とゆう極めて高度なものだ、とゆうことなのだ。
それ故にソフィーティアは、何故見破ることができたのか説明を求められ‥
軍団本拠地の取調室で、調査官を相手に噛み合わない問答を繰り広げているのである。
 
単独行動中のソフィーティアの所へ、偽シンジが現れた理由は単純である。
マルグリットにとっては悔しい事だが、ことシンジに関して真贋を問えばソフィーティアの右に出るものは殆どいない。
つまり、ソフィーティアを騙せるなら、軍団構成員の殆ど全てを騙せるわけだ。
 
 
 
「‥‥まさかとは思ったけど、噂は本当のようね」
 
「まったく、『歴史監理機構』に内通する者が出るとは、世も末ぜよ‥」
 
シンジに化けたクリーチャーを送り込んできた勢力は、軍団の仇敵である『歴史監理機構』であるらしい。
実を言うと、前々から噂にはなっていたのだ。軍団内部に敵と内通している者が居る と。
 
これまでは只の噂だった。
だが、マルグリットの疑念は確信に近い段階まで上がっている。
内通者がいる とでも考えないと、偽物が現れたタイミングが良過ぎるのだ。
 
 
 
ただの偶然かもしれない。
あるいは、敵の策略かもしれない。内通者が居ると思わせることは謀略の基礎だ。
 
だから 軍団は事の真相を調べねばならない。
前々から、噂が流れ始めたころから軍団の各諜報組織は動いている。
内通者を燻り出すために、策を講じているのだ。
 
 
 
「サキさんの勝負も、そうゆう文脈なのかしら?」
 
「負けが決まった試合をあえて組む‥ ちゅうことは、そうゆうことですきに」
 
 
使徒能力者は強力無比の存在だが、全能でも無謬でもない。
時と場合によっては負けることも有り得る。
マルグリットの見立てでは、紅堂サキは葛城ミサトに負けるだろう。確実にだ。
 
負け自体はそう悪いことではない。
勝負がどうなろうと所詮は試合、一時の座興に過ぎない。別に世界の命運が掛かっているわけではないのだ。
むしろ、サキの敗北は‥いや勝利した場合でも、試験紙となる。
 
サキの敗北に喜ぶ者もいるだろう。
いかに強大な力を誇る者でも時には敗れるとゆう事実は、超越ならざる者にとって希望となりえる。
サキの敗北に案ずる者もいるだろう。
頼もしい筈の超戦士が、決して無敵ではないと証明されてしまうのだから。
 
だが、それらの希望と憂いの裏に隠された真意があるのなら‥必ず何らかの兆候が見えてくる筈だ。
 
 
軍団は決して一枚岩ではない。
今現在の多数派ではないが、軍団構成員の中には次元間交易を廃止または大幅に縮小して昔の経営方式に戻そうと主張する一派すら存在する。
 
様々な派閥のなかには、サキを生み出した多次元武装組織『瑞穂機関』との同盟を屈辱と感じ、同盟破棄を目論む者たちが居る。
次元間交易を拡大する原因となった超越者『槍の王』と、その申し子とでも言うべき『この世界の碇シンジ』を疫病神と考える者たちも居る。
 
おそらくは、それらのうちの誰かが内部情報を敵に流しているのだ。
 
故に今日の勝負、その勝敗を利用して、誰が裏切り者なのか見極める。
それが諜報担当者の狙いだ。
無論、見極めるための揺さぶり行為は他の場所と時間でも、手を変え品を変えて行われている。サキの挑戦はあくまで一例に過ぎない。
 
 
 
 
「で、どう? 貴女の方の進み具合は」
 
科学の魔女は話題を変え、弟子に作業の進み具合を尋ねる。
 
「‥いま一つぜよ」
 
マルグリットは携帯コンピュータである愛用の電子ゴーグルを操り、加工中の記録画像を呼び出してみせる。
大まかな改変は済んだのだが、どうも表情が気に入らない。リアリティに欠けるのだ。
 
画像修正作業の遅延は、主に精神的な理由によるものだ。
銀髪の電子戦要員、『悪魔』マルグリットは練達のクラッカーだ。陰謀も工作も彼女にとっては水や空気のようなもの。‥しかし、この作業は辛い。辛すぎる。
ある意味で、裏切りなのだから。
 
だが、マルグリットはこの仕事を投げ出すつもりはない。
裏切り行為だからこそ、他人に任せるわけにはいかないのだ。
 
 
「まだ時間はあるわ。じっくりと仕上げて頂戴」
 
師の言葉に、弟子は無言で頷く。
赤い電子眼に映る問題の映像は、彼女の義兄兼主人が薄暗がりのなかで大型LCL槽の前に立った所で止まっていた。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
ジオフロント内部 地表部分
 
 
太陽灯の光も幾分か和らぐ午後。
 
第三新東京の地下、ジオフロント内部には森がある。
植林された森ではないので、所々樹木の生えぐあいに疎らな所がある。
その森の隙間を縫うように作られた小道を、一台のバギータイプ車輛が走行していた。
乗っているのは 三人の人物。
浅からぬ因縁‥もとい絆で結ばれた 使徒戦役を戦う者達である。
 
              
「それにしても立派な森ですね」
 
と、その車輛の助手席に座る少女、『太陽』のカードを持つ少女、ヒナこと天上ヒナコは言う。
今は変身前なので涼しげなサマードレス姿だ。
 
「原生林だからね〜 2キロも歩けば熊が出るよ」
 
運転席で98式軽指揮車のハンドルを握るのは碇シンジ。こちらも涼しそうと言えば涼しそうな半袖の夏用制服姿だ。
ジオフロント内部の森は公道ではないので、14歳の少年でも運転できる。車は航空支援班からの借り物だ。
 
「ええっ 熊がいるですかこの森!?」
 
驚くヒナ。
 
「居るよ。積極的には人を襲わないけどね。森の奥には入らない方が良いと思うよ」
 
「熊か‥ 一度手合わせしてみたいと思っていた」
 
開け放した天蓋から上半身を出して腕組みしているのが『戦車』紅堂サキ。
三つ編みにした赤毛を風になびかせ、一回り大きいサイズの自衛隊作業服を腕まくりして着込んでいる。
 
「‥‥言っとくけど月の輪熊だよ。それにどれも小さい個体ばかりだし〜 『島の法則』ならぬ『穴ぼこの法則』が適応されるからね〜 サキの相手には不足だよ」
 
サキの不穏な言葉に、シンジはそれとなく思いとどまるよう言ってみる。
熊が可哀想だからだ。
 
 
 
ジオフロントの一画に、巨大な天幕が設営されている。
その手前へ停まる98式軽指揮車。
三人は車を降りて天幕の入り口へと向かう。警備役の戦自隊員(無論『G』のシンパである)の敬礼に答礼し、天幕に入る。
天幕の中に有る物 それは使徒の死骸であった。
 
 
「ひぃにゃぁ〜 これが使徒ですかぁ〜」
 
敷き詰められた防水シートの上に置かれた第三使徒の死体‥切断して運送した為にサイズを無視すれば医学用の験体か、はたまた猟奇殺人事件の被害者のような在様だ‥を見て、ヒナは感慨深げである。
 
「そう言えば、ヒナは本物の使徒を見るの初めてだったっけ?」
 
と、シンジ。
 
「俺は本物だぞ」
 
第三使徒の死骸胴体部に飛び上がり、コア周辺を調べていたサキが反論する。
 
ヒナの呟きも、彼女にはしっかり聞こえている。
彼女‥『戦車』紅堂サキの聴覚は途方もなく鋭い。
碇シンジ護衛部隊の中でも最高クラス、シンジが猫並と評する『魔術師』アルエットの上をいくのだ。
現に今、天幕の外の暇な戦自隊員たちの会話が、さっきの赤毛の娘と黒髪の娘どっちが好みかで盛り上がっているのも聞こえている。
 
 
「こりゃまた失敬」 
 
『本物』とゆう言い方が拙かったか‥と、シンジは肩をすくめた。
聞き様によっては サキを綾波レイや渚カヲルのクローンボディを使った半使徒や、人体にアダム因子を無理矢理適合させた強化人間などの『偽物の使徒』と一緒くたに扱っているようにも聞こえるからだ。
悪気はないにしても、不用意な発言ではある。これが『野生の』とか『野良の』使徒と言っていたのなら、何も問題は無かったのだが。
 
 
 
「‥で、どう? 残り具合は」
 
「本来の分しか転生していないな。残りのマテリアルは拡散中だ」
 
本来なら使徒の死骸にエンジェル・マテリアルは殆ど残らないはずなのだが、謎のマテリアル増大による異常吸収の結果、使徒の魂が転生した後も死骸には余ったマテリアルが大量に残留しているのだ。
 
「そう‥ 割れコアに残る分だけでも回収しといてよ」
 
事前に計測されてはいるが、改めて駄目を押された形だ。
 
 
 
 
シンジと初号機がこれまでに倒した使徒、サキエルとシャムシエルの死体は人目を避ける為もあってジオフロント内部に保管されている。
使徒の死体は細菌等に侵されることがない。故に腐敗しない。つまり悪臭や有毒ガスが発生する心配はない。
 
使徒の死骸は急速に風化する。肉体のほとんどの部分が気化蒸発して、コアを始め気化しない一部分のみが残ることになる。
現在までのペースで気化し続ければ1300トンを優に越えるシャムシエルの巨体が消滅するまで 三カ月とかからないのだ。 
 
「使徒って‥地球に優しいですねえ」
 
「‥‥人類には厳しいけどね」
 
感心するヒナに、シンジは突っ込みを入れる。
 
 
ここで『G』のシナリオには無い、ある問題が発生した。
使徒の肉体が風化して元々の構成要素‥窒素・酸素・二酸化炭素・水‥などにに分解して拡散する際に、体内に残留しているアダム因子が放出されてしまうことだ。
このまま倒した使徒をことごとくジオフロント内に収納すればジオフロント内部のアダム因子濃度は際限無く高まり、最終的にはジオフロント内で使徒が発生しかねない。
 
そこで、サキの出番となる。
人型使徒であるサキは、ATフィールドを始めとする使徒としての能力を有している。
その能力の中にはアダム因子(エンジェルマテリアル)の吸収能力も含まれているのだ。現状では吸収する容量の限界が小さいので、それを補う機材や能力者の支援が必要だが。
 
「‥‥詰まり俺は掃除屋か?」
 
「掃除ができる人なら清掃業が勤まる、と決まったもんじゃないけどね〜 大丈夫だよ。‥サキは生粋の戦士だもの。乙さんも忘れてちゃいないよ」
 
戦力としてよりもマテリアル吸収機として評価されているのではないか‥ とゆう懸念から苛立ちを覚えているサキを、シンジは煽っているような口調で宥める。
 
妹分たちや下僕が相手なら、もう少し口の利き方に気を配るかもしれない。
男女の間に友情が成立するとしたならば、シンジがサキとヒナに感じているものは友情に極めて近い。
それが正しいかどうかは別として‥ 人としての『地』の部分で付き合える者こそが友なのだと、少年は信じている。
 
 
 
そんなシンジの背後で、白く柔らかい光が泉のごとく湧き上がる。ヒナの周りで空気が乱反射を起こしているのだ。
光に包まれた一瞬のうちに、サマードレス姿の少女は白い軽鎧に身を固めた人造の天使へと早変わりした。肩で輝く二基の大型擬似コアが、薄暗いテントの中を赤く照らし出す。
 
偽天使スタイルに変身したヒナは、目の前に壁となって聳える使徒の死体に手を触れた。
目を閉じて、指先に神経を集中する。
 
だが気合とは裏腹に、何も起こらない。
ヒナの額に、一筋の汗が流れ落ちる。
 
 
ATフィールドは万能である。
ただし擬似コアは必ずしも万能ではない。コアによっては得意とする能力と不得手な能力がはっきり分かれる傾向がある。
今ヒナが装備しているコアは、マテリアルの吸収には向いていないのだ。
 
「ヒナ‥」
 
しばらくの間、吸収を試みていたヒナだったが‥ 肩の大型コアが怪しい振動と音を立て始めた時点で諦めた。
 
 
「うぅ〜ん、やっぱり無理っぽいですぅ」
 
「納得行ったか? なら上がって来い」
 
ばっさ ばっさ と 肩のコアから生えた光の翼を羽ばたかせて、ヒナは第三使徒のコア付近まで飛んでいき、サキの傍へと着地した。
 
「じゃ、いくですよ〜」
 
サキの背中‥心臓近くに位置するアナーハタ・チャクラの上にヒナの両手が置かれる。
ヒナの両腕を覆う篭手に装着された『光22型』コアが青く光り始めた。
真っ二つに叩き割られ、サンプル採取の為にあちこちが削られた第三使徒のコアから霧のように微細な光の粒子がサキの身体へと流れ込んでいく。
この光る粒子状のものこそがアダム因子。またの名をエンジェル・マテリアルと呼ばれる奇跡の力の源だ。 
 
ヒナの両肩で輝く大型擬似コアはマテリアルを直接吸収する能力は無いが、篭手の小型コアがサキから受け取ったマテリアルを大量に貯蔵する能力を持っている。
篭手と脛当てに装着された小型コアはマテリアルの通路としては使えるが、それ自体にマテリアルを扱う能力はない。
 
 
 
 
 
「こんなに大きなものが消えて無くなってしまうですか‥なんだかもったいないですね」
擬似コアが満タンになるまでマテリアルを吸収してから三人は隣のテントに移動して、今度はシャムシエルの死骸を眺めていた。
第四使徒の死骸は初号機を使って丸ごと搬入した為、魚河岸に転がる冷凍マグロのようだ。‥‥波止場に置かれた大王烏賊の死体かもしれない。
 
 
「劣化さえ防げれば保存食として期待できるんだけどね〜 リツコさんの推論ではATフィールドが関係しているらしいけど、未だ立証されてないんだ」
 
「た‥食べるですか 使徒を?!」
 
「烏賊海老もどき使徒は美味しくなかったよ。‥何てゆうか大味なんだよね。
第三使徒の方は食べてないよ、さすがに人型の生き物は食べるのに抵抗があるからね。
‥僕がブラジルで部隊の仲間食べたときの話、したっけ?」
 
と、聞くシンジにヒナは首を振る。ぶんぶんと、心底嫌そうに。
 
「‥手足をばらして少しずつ食べるのだろう」
サキは さらりと答える。
 
「そうそう。血抜きのとき不気味だったよ〜」
 
消化吸収された使徒の肉が劣化しないのは人間の持つATフィールドに同化するからではないか とかなんとか使徒の食料としての可能性について語り合う サキとシンジの会話をヒナは両耳を塞いで、聞かないことにした。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
 
擬似コアの調整とデータ取りのためにヒナはテントに残り、訓練の予定が入っているシンジは本部へと向かう。
サキはとゆうと 大きなクーラーバッグを担いで、シンジの横を歩いている。
 
「サキも本部に用事があるの?」
 
「ああ。本部にではないが、用事がある」
 
「どんな用事?」
 
「すぐに分かる。 ‥丁度用事がやって来た」
 
サキの目線を辿った少年が見たものは、現在NERV本部にたった一人しかいない保護管理官だった。
 
 
 
 
「エヴァチルドレン保護管理官、葛城ミサトだな?」
 
「ええ、私が葛城ミサトよ。貴女は?」
 
「俺の名はサキ。貴様に決闘を申し込む」
 
「決闘?」
 
「コイツが随分と世話になった ‥と聞いたのでな」
 
謎の少女の示す先に立っている少年に、ミサトは猫撫で声で訊ねる。
 
「‥シンちゃん。この子紹介してくれる?」
 
 
シンジの話によると、少女の名は紅堂サキ。取引先の社長令嬢らしい。
なるほど、ハート家の取引先の社長令嬢か とミサトは納得する。
確かに目の前の少女の高飛車そうな物腰は、お嬢様系と言えないこともない。
 
どうやら勝負を受けた方が良さそうだ。この手のタイプは正々堂々とした手段で叩きのめせば、当分は仕掛けてこないだろう。
 
 
「‥確か決闘は、申し込まれた側が得物を決めれるんじゃなかった?」
 
「無論だ。好きな方を選べ」
 
ミサトはサキが示したクーラーボックスを覗き込み、中に入っている二匹の鯛のうち一匹を取り出す。
 
「こっちにするわ」
 
「なるほど‥良い眼力だな」
 
思ったよりも歯応えがありそうだ。と赤毛の少女は不敵に笑う。
 
 
 
ジオフロント地表部 野外特設調理場
 
 
「え〜 急遽執り行われることになりました料理勝負、司会はこの青葉シゲルが務めさせて頂きます!」
 
舞台の上で、長髪を翻しつつマイクにがなるオペレーター。
 
 
「選手紹介です!  赤コーナー‥エヴァチルドレン保護管理官、葛城ミサト二尉ぃ〜!」
 
声援と口笛とブーイングが5:2:1ぐらいの割合で混ざった盛大な歓声を浴びつつ、ミサトは壇上に上った。
上着はNERVジャケット、ネルシャツにチノパンツに軍靴 と普段よりも更にラフな、動きやすい格好だ。
 
「葛城選手は学生時代から名手として知られ、再修業に追い込んだ料理人とその結果として営業停止に陥った料理店は既に二桁に達しているとか!? その勇名は今も高まる一方であります!」
 
「青葉君‥後で憶えてなさい」
 
ミサトは 喧嘩売ってるのかしら と額に青筋立てながら、マイク片手にノリまくってるロンゲを睨む。
 
急遽とは聞いて呆れる。いくらNERV本部でも、三十分やそこらで野外調理場や6tトラック一杯分の新鮮な食材が揃うわけがない。
遅くとも昨日の今頃には、この見世物興行は決定していたのだろう。
 
 
「青コーナー 紅堂サキ選手〜!」
 
軍用作業服を着込んだ細身の少女が、壇上に上がってきた。
 
「紅堂選手については詳しいデータがありません。一説によると戦略自衛隊特殊部隊の秘蔵っ子だそうですが、定かではありません」
 
挑戦者が年端もいかぬ‥とまではいかないが、若すぎることには違いない小娘であると知った観衆は 不安げにざわめく。
彼らは勝負を見たいのであって、虐殺じみた一方的展開を見たいわけではない。
場の空気を読んだ青葉は、サキにマイクを向けてみる。
 
「紅堂選手、勝算は?」
 
「愚問だな。勝ちが見えるからこそ戦うのだ」
 
「おぉ〜凄い自信だ。‥でも相手は手強いよ? 本当に大丈夫?」
 
「俺は勝つ。勝ってシンジを取り戻す!」
 
『男のハートは胃袋で掴め』とゆう諺がイタリアにはあるが、サードチャイルドこと碇シンジの食欲中枢が葛城ミサトにがっちりホールドされているのは紛れも無い事実である。
 
 
「この意気込みはただ事ではありません! 紅堂選手とシンジ君の間にどんな因縁があるかは分かりませんが、女の意地が激突する好勝負が期待できそうだぁ〜!」
 
とびっきりの美少女兵士、しかもNERVのエースとなにやら因縁があるらしい‥とゆうことで、判官贔屓なのかサキへの声援が大きくなった。
 
 
ミサトの見立てでは、シンジにもこの料理勝負は初耳だったようだ。
おそらく、『G』にとって大きな意味を持つイベントではないのだろう。少なくとも勝敗に世界の運命が掛かっている‥などとゆう事態はあるまい。
ならば、遠慮なく腕を振るうのみだ。
 
ちなみにシンジは現在ここには居ない、本部施設で訓練中だ。
本人は 料理勝負を見物したい、とゆうか審査員やらせろ! ‥と熱烈に主張していたのだが、リツコに襟首掴まれてシミュレーション室へと引きずられていってしまったのだ。
 
 
で、その審査員は とゆうと‥
 
 
「続いて審査員の方々をご紹介致します」
 
青葉は背後の席に座る五人の審査員たちを一人一人紹介する。
一人目の審査員は、長身で豊満なスラヴ系の金髪美女だ。
 
「食と健康に関しては一家言有り! 医療部から、モーリン・雪風婦長〜!」
 
LCL美容による若返り効果なのか実年齢より十歳は若く見える、医療部影の実力者は席を立ち両選手と観客に向けて笑顔を振り撒く。
審査員を快く引き受けたものの、時間の都合がつかなかった医療部長は代役として、最も信頼できる部下を送り込んできたのだ。
 
 
続いて紹介される審査員は、油染み一つ無い新品の作業服を着た整備員だ。カーリーヘアを無理矢理安全帽の下に納めている。
 
「料理は舌だけで味わうものに非ず! 整備班から、白井コウスケ整備士〜!」
 
面倒臭ぇ誰か適当に行ってこい との整備班長の命により、公平にくじ引きで決まった整備班代表の審査員は帽子を取って観衆に礼をする。
 
 
三人目の審査員は、物憂げとゆうか血圧低そうなエステシャンである。
 
「顔なくしてなにが中身かっ 華は散るからこそ!料理は食べられるからこそ美しい! 広報部から、辻アヤ特別顧問〜!」
 
第三新東京一のエステ職人であるからして美人なのは当然だが、雪風婦長と違うのは奇抜ながらも高水準で調和が取れている美のセンスだ。やはりプロは違う。
ウェストをベルト付きコルセットで絞った風変わりなドレス姿が、この上なく良く似合っている。
とゆうか他の人間では、どんな絶世の美女であってもここまで着こなせない。彼女の為だけに設えられた衣装だからだ。
 
 
四人目は、燻し銀の魅力が光る初老の紳士‥似非紳士との陰口も叩かれているが‥だ。
 
「懐石の本場、京都で過ごした半世紀は伊達じゃない! まさかの大物が来てくれた、冬月副司令〜!!」
 
貧乏舌で大概のものが美味く感じるゲンドウと違い、冬月の味覚はかなりの水準まで洗練されている。
元々素養が高い冬月だが、NERV副司令として接待やらなにやらに与っているうちにその舌は自然と磨かれてきた。審査員の資格は充分に有る。
 
 
「やはり一人くらいは本職も! ゲスト審査員は料理評論家、有栖リョウ氏だぁ〜!」
 
最後の審査員は大兵肥満、無精髭も暑苦しい若手料理評論家だ。
普段は温厚だが、不味い料理に出くわすと凄まじい形相になる‥とゆう芸風を持ち、ファンからは『大魔神』と称されている。
濃いキャラクターが受けたかなかなかの人気者だ。
今日は偶々NERV関連の番組について相談するために本部に来ていた所を、兵站部が審査員に推挙したらしい。
 
 
「五人の審査員が割り振れる得点は計19点。引き分けは決して起こりません!」
 
 
審査員紹介の間に、ミサトは上着を脱いで割烹着を着込み、三角巾で頭を被い、手を洗う。サキも同じく身支度を整える。
 
 
調理時間は60分。一本勝負。
主題となる食材は鯛。助手は無し。
試合開始を告げる銅鑼の音と共に、二人の料理人は動き出す。
 
 
「両者、鮮やかな包丁捌きです!」
 
鯛を三枚におろすところまでは一緒だが、それからが違う。
サキは鯛の頭を俎板の上に置き、唇の先端に包丁を当てて静かに刃を降ろした。
それだけで、鯛の頭は真っ二つに両断される。
 
一方、ミサトは指ほどの長さの包丁を使い、鯛の頭を分解して頬骨や目玉の周りの肉を削り取っていく。
両者の一歩も引かぬ競り合いに、観客も大興奮だ。
 
だが一般人には理解できぬ水準で、技に優劣がある。
 
(所詮この程度か、やはり俺の敵ではない)
 
使徒能力者は、ATフィールドを使って『物事の本質』を掴むことができる。
人間と違い、解釈や推量の必要が無いのだ。
使徒能力者は、見たもの全てを理解出来る。
そして理解したものを再現出来る。
名人・達人の神業をそっくりそのまま、いや時間さえ掛ければ、各人の技を融合洗練させて、更に高度な技術として現すことすら出来るのだ。
 
ヒトとヒトでない者の差はここにある。
人間である限り、この優越を覆すことは出来ない。
 
 
 
 
そして、一時間があっとゆう間に過ぎた。
 
「それまで!」
 
完成した料理はサキが 鯛の潮汁・鯛の刺身松皮造り・鯛の塩焼き・鯛の兜焼き。
ミサトは 鯛の目玉と頬肉の酒蒸・鯛の刺身・鯛のすり身団子椀仕立て・鯛の天麩羅・骨酒。
 
 
鯛の頭半分と中骨からさっぱりとした出汁をとった潮汁。
皮の旨みを味わうために皮に熱湯を浴びせた後冷水に浸し、皮ごと食べれるようにした松皮造り。
味覚の基本、塩のみを使って香ばしく焼き上げた鯛の身。
酒と醤油、各種香辛料・香草を使い旨みたっぷりに焼いた兜焼き。
 
サキの料理はシンプルながらも、素材の味をとことんまで引き出している。
 
 
昔から珍味とされる部位を切り取り集め、紹興酒と調味料を使い蒸し上げた酒蒸。
鮮やかな切り口をみせる刺身。
すり身を軽く蒸し、汁に仕立てた椀もの。
麻の実油を使いからりと揚げた天麩羅。
炭火でカリカリに焼いた中骨を酒に浸した骨酒。
 
対するミサトはやや技巧に走った内容かもしれない。
 
 
早速審査が始まる。
解説や感想を交えながら、あるいはただ黙々と料理を食べる審査員達。
匂いを嗅がされている観客席から、『俺も食いたい』とゆう怨念じみた想いを含んだざわめきが起こる。
 
 
「それでは、結果発表です!」
 
五人の審査員が、配られた用紙に持ち点を割り振って書き込む。
 
得点 13対6 勝者、葛城ミサト。
 
 
「皆さん、勝者に盛大な拍手を!」
 
万雷の拍手に、ミサトは賞品を持った右手を天に突き上げて応える。
ダブルスコアの得点差で快勝したミサトに、審査委員長の冬月から金のスプーンと賞状が渡された。
 
 
 
一方サキはとゆうと、蒼白な顔のまま舞台の上で屈辱に身を震わせていた。
この敗北は八百長でも買収でもなく、実力によるものなのだ。
 
五人の審査員は皆、サキの料理よりもミサトの料理を喜んでいる。
人は口でなら、言葉でなら嘘が言える。
だが心は、ATフィールドは欺けない。
ATフィールドを自在に操るサキには、自分の敗北が誰よりも確かに解るのだ。
 
 
 
 
悄然とその場を立ち去るサキを、ペット人間二人組みはカメラ越しに見守っていた。
 
「‥放っておいていいのかな?」
 
「偶にはええ薬ぜよ」
 
この敗北は、『悪魔』マルグリットにとっては当然の出来事だった。
 
傲慢とか油断とか、そういった心構えの問題ではない。
虎が油断したからといって、兎に蹴り殺されるだろうか?
否。
油断などで埋まるような差ではない。
 
サキは 料理とは喰った者が価値を決める物 だとゆう基本的了解が出来ていなかったが故に、敗北したのだ。
 
一品一品の料理なら、サキの方が美味かっただろう。
サキの料理が10とすれば、ミサトの料理は精々7か8程度。しかし、料理全体を通して見れば評価は逆転する。
 
鯛の旨みを最大限に引き出した潮汁。それ自体は良い。
だが、その潮汁を飲んだ後に‥ 同じく鯛の旨みを最大限に引き出した松皮造りを食べれば、両者の美味さが衝突してしまうのだ。
なまじ一品一品が美味いだけに 食べれば食べる程、味わいが落ちていく。
 
対するミサトの料理は一品一品の美味さでは劣るものの、食べ進むにつれて食材の美味さを理解できる組み立てになっている。
それ故に 最後の一品を食べ終わった時点で、審査員たちの評価はミサトが10とすればサキの料理は精々5か6程度にまで落ちていたのである。
 
 
以上、サキの敗因について長々と述べたが、これは一言で表現することも出来る。
早い話が経験不足だ。
もしも、サキにコース料理を作り人に振る舞った経験があれば、このような無様な敗北は有り得なかっただろう。 
 
使徒能力者は、使徒と人の長所を併せ持つ。
だがそれは同時に使徒と人、両者の弱点をも併せ持つことでもあるのだ。
長所は即ち短所でもあるのだから。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
NERV本部 技術部エリア
 
 
綾波レイが本部裏の庭園で子犬を撫でつつ、昼間シンジに犬が好きかどうか聞きそびれたことを悔やみ‥
 
料理勝負に敗れた使徒能力者がいつの日かの再戦を誓い、ジオフロント地下の隠れ家で特訓に励み‥ 
 
軍団本拠地から帰還した暴力人外メイドが、ジオフロントの地表でロン毛のNERV職員と密談し‥
 
作戦部作戦主任が、ロン毛のNERV職員の好意で届けられた鯛料理に涙を流しながら舌鼓を打っていた頃。
 
 
技術部は盆と正月が一度に来たような騒ぎとなっていた。
 
 
 
 
「何故今の時期に一気に?」
 
「さあな(向こうも本腰を入れたと言う事か)」
 
「せめて一月前に送ってくりゃー あんな苦労せずに済んだのにな」
 
「使徒戦が終わってから来るよりマシだよ」
 
「しかし‥なんて量のデータなんだ」
 
 
2000年11月12日、セカンドインパクトの混乱未だ収まらぬ宇都宮に現れた『第二使徒』。
宇都宮の市街ごとN2兵器により焼却された巨神の死骸は解体され、日本・米国・国連軍が三等分して回収した。
半ば炭化したとはいえ『第二使徒』の残骸は超文明の結晶。、いや、神の肉体を模した、存在そのものが奇跡とゆう他はない代物だった。
『第二使徒』の残骸を研究した結果、生み出されたものが超兵器エヴァンゲリオンであり、超コンピュータ『プロメテウス』なのだ。
 
多少時間がかかるのが難だが、投げかけた疑問に答えてくれる、お伽話のコンピュータ。
人類が有史以来初めて出会った『知恵の神』。
いや、厳密に言えば計算機ではないプロメテウスを、果たしてコンピュータと呼んで良いものかどうか。
『G』内部でも意見が分かれる所だ。
 
 
そのプロメテウスからNERV本部へ、疑問や課題に対する返答が一度に送りつけられてきたのだ。
数年かけて溜め込まれた疑問の回答が、一度に。
 
攻撃的なものではないが、何分量が多すぎる。ファイルの選別だけでも一苦労だ。
送る側に悪意がないとしても、ウィルスやワーム類のような余計なプログラムが何処かで知らないうちに付いているかもしれない。絶対安全とは言い切れない。
 
 
 
「おい、恋占い混ぜたのは誰だ?」
 
「古今東西の格闘動作‥なんて本当かねぇ。口伝すら残ってない流派まであるぞ」
 
「熟達度合いによる戦闘力評価推測プログラム‥なんだこりゃ?」
 
「使徒戦での戦闘試算用と訓練指導用ですね」
 
「これは‥まさか」
 
「‥S2機関の概念図だ」
 
「対使徒用通常兵器‥第3新付近でのみ有効。なんだこりゃ?」
 
「こんなものまで‥」
 
「『槍』の遺伝子地図なんてものにお目にかかれるとはな。コピーのものとはいえ」
 
 
回答には重要機密も含まれている。外部の者や機密ランクの低い職員に触れさせるわけにはいかない。
尉官以上の技術部員かそれに準ずる者でなくては、リストの閲覧すらさせられない。
 
「こりゃ今夜は帰れそうもないわね」
 
つまり、ミサトはしばらく技術部の手伝いで本部に泊り込むことが決定したわけだ。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
 
第三新東京市 郊外 ジオフロント物資搬入口
 
 
主に保安上の都合により、第三新に来た物資が直接ジオフロントへと送り込まれることは原則的にありえない。
一旦物資置き場に降ろされ、厳重な臨検を受けた後に専用の船舶もしくは貨車に載せかえてジオフロントへと送り込まれるのだ。
当然ながら、全ての貨物が到着と同時に検査を受けて運び込まれるわけではない。
重要度と緊急度の低い貨物は後回しにされる。物によっては物資置き場の片隅に積んだまま、数週間から数ヶ月もの間放置されることもある。
 
そんな貨物の一つから、何体かの異形の者どもが這い出そうとしていた。
 
 
 
「ふぁ〜〜〜 よく寝た」
 
最初の一人は 古風な吊りズボンに麻シャツ‥と至ってラフな姿の細身の少年だ。大きく背伸びする。
 
 
「若様、帽子をお忘れでございます」
 
無骨なコンテナには不釣合いな、黒い古風なドレスを着た背の高い婦人が降りてきた。
顔は黒いレース地の日傘とヴェールで隠されて見えないが、優雅な物腰は正に貴婦人のもの。
少年は黒い貴婦人から野球帽を受け取り、頭にかぶる。
 
 
「むぁ‥もう日本でヤンスか?」
 
貴婦人とは対照的な野卑なだみ声と共に 貨物の中から身体のあちこちを掻きながら出てくる、薄汚れた船乗り風夏用セーター姿のずんぐりとした体格の中年男。泥棒ひげが暑苦しい。
 
 
「‥‥‥‥」
 
最後に無口そうな、まだ若い顔色の悪い男が出てくる。二メートル半近くある、極端な巨体を黒い神父服で包んでいる。十字架も聖書も持ってはいないが。
 
 
 
「お久しぶりです。秦大人(たいじん)」
 
四体の異形の前に、いつの間にやら地味なスーツに身を固め地味な顔に曖昧な微笑を浮かべた優男が立っていた。
 
「久しいな、ライアー」
 
大人‥中華圏の敬称‥と呼ばれた野球帽の少年が、夕日の眩しさに目を細めながら優男‥ライアーに応じる。
 
「二年ぶり。‥ですからね」
 
貨物に紛れて第三新にやって来た四体の異形ども。その頭は野球帽をかぶった少年であるらしい。
 
「やれやれ‥ 仮にもエルダー(古参)が、今やローレンツの小僧に顎で使われる身か。年は取りたくないな」
 
「キール議長の誘いを受けたのは、大人の判断でしょう?」
 
「墓所に篭っていても良いが、騒ぎに乗り遅れるのも何だと思ってな」
 
野球帽の少年たちはSEELEに与する闇の者共。『G』に対抗すべく集められた刺客なのだ。
 
「‥聞いた話だが、小僧どもが勝てば全ての生類が涅槃に行けるそうじゃないか。俺達のような呪われた不死者すら」
 
「ええ。その点は保証しますよ」
 
 
資材置き場から市街へ向けて、夕日の中を話しながら去っていく五体の異形。だがその足元から伸びる影は一つだけだ。
貨物に紛れてやって来た四体の異形からは、影が伸びていない。
 
影無き者。不死の呪いを受けた、黄昏の世界の住人。
鋼鉄の都市に来たSEELEの新たなる刺客。彼らは古きもの(エルダー)の称号を持つ吸血鬼とその下僕であった。
 
 
 
 
 
続く
 

 
あとがき のようなもの
 
 
え〜七章前編であります。
今回の話は、別伝六.一章及びメイドさん主役の外伝と時間軸を共有しております。同じ七月二十九日の話です。
 
 
PKシリーズ第一部も、そろそろ折り返し地点を過ぎる所まで来ました。
 
七章は 溜めの要素が強かった五章六章と異なり、アクションと陰謀が渦を巻くパートとなる筈です。
それと平行して、これまで扱いが悪かった正規ヒロイン候補たちにも徐々にスポットを当てていく所存であります。ご期待ください。
 
 
この物語は USO氏 きのとはじめ氏 T.C様 【ラグナロック】様 難でも家様 戦艦大和様 のご支援ご協力を受けて完成致しました。感謝致します。

読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます

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