警告!
 
 
この物語には 不快な文章・表現が含まれています  
使用中気分を害された方は 直ちに使用を中止して下さい
 
 
今回もいろんな意味で、無駄にイタイ話です。
 
 

 
 
 
 
第三新東京市 郊外 碇家‥の台所兼食堂
 
 
 
碇家は 遷都も間近い第三新東京市の片隅に存在する平凡な一戸立て家屋である。
 
その台所では、碇家の世帯主である髭面の大男がフライパンを温めていた。
悪役レスラーになれば大成していたかもしれない、天井に支えそうな2メートル近い巨躯に『繁華街を歩いていたらヤクザが道を譲った』‥とゆう伝説ができる程の強面が乗っている。
 
それでいて着用しているエプロンは、フェルト布地のひよこさんが縫い付けられた 大変可愛らしい代物である。
これは何年か前に、彼の息子が彼の為に作ってくれた物であったりする。
 
 
髭男‥碇ゲンドウは冷蔵庫から玉子とバターを取り出した。
フライパンに入れたバターが融けたところに 玉子を割って入れる。
テフロン加工されたフライパンは焦げつく心配がない。
白身が固まり始めたあたりで、熱湯を少量フライパンの縁沿いに注入、同時に火を消える寸前まで弱めて、蓋をする。
あとは頃合いを見計らって蓋を取り、フライパンから出せば半熟目玉焼きの出来上がりだ。
 
皿に目玉焼きを乗せる髭男の背後から、軽めの足音が寄ってきた。
 
「おはよう父さん」
 
「起きたか」
 
眠そうな顔をした少年‥髭男の息子が二階から降りてきたのだ。
 
 
ゲンドウは息子が顔を洗っている間に茶碗に飯を盛り、椀に味噌汁を注いで卓上に置く。
 
「朝飯だ。食え」
 
「うん」
 
碇家では食事中にTV等を流さない。よって食卓は静かなものである。
もぎゅもぎゅと咀嚼する音が聞こえるだけだ。
 
 
「‥‥シンジ」
 
食卓の沈黙を破り、ゲンドウは息子に声をかける。 
 
「なに?」
 
「仮に の話だが‥ お前は妹が欲しくはないか」
 
息子は口中のものを飲みこみ、父の顔を見詰める。
 
「‥妹?」
 
「そうだ。 妹だ」
 
怪訝そうに尋ねる息子に、父は頷いてみせた。
 
 
「父さん‥再婚でもするの?」  
 
「‥ん いや、そうではなくてだな‥」
 
「僕は良いよ、別に反対とかしないから」
 
人の話を聞かんか と続けようとする父の向かい側に座っている息子は茶漬けを勢いよく胃袋目掛けて流し込み、席を立った。
 
「ごちそうさま。行ってきます」
 
学生鞄を手に玄関へ向かう息子の背に、何か言葉を掛けようとするゲンドウだが‥
結局は何も言えなかった。
 
 
「さて‥弱ったものだな」
 
どう説明すれば良いものやら、と 思案にくれるゲンドウだが、良案はなかなか思いつかない。簡単に話せる話題ならば、とうの昔に話せている。
 
 
 
 
碇家の電話機が鳴った。ゲンドウは受話器に手を伸ばす。
液晶モニタに表示されている電話番号は、彼が勤める研究所のものだ。
 
「私だ」
 
「所長、一大事です! 『実験体』が脱走しました!」
 
「何だと?」
 
「申し訳ありません、一瞬の隙を突かれました。現在、所員総出で捜索に当たっています」
 
ゲンドウの右耳から左耳へと、部下の言い訳じみた報告が通りすぎていく。
 
「‥そうか!」
 
「所長?」
 
「いや、行き先には心当たりがある。研究所周辺の捜査は中止しろ、道路封鎖も解いておけ」
 
「は? ‥しかし」
 
「もうそんな所にはいない、時間の無駄だ。直ぐにココまで迎えを寄越せ」
 
ゲンドウは研究所から自宅までヘリを呼び寄せた。
エプロンを外し、上着を羽織る。
 
 
ゲンドウが慌ただしく身支度していると、玄関の呼び鈴が鳴った。
研究所からの迎えにしては早すぎる。時間帯から考えて宅配便などではなく、近所の住人だろう。
 
「‥レイ」
 
だが 応対に玄関先まで出たゲンドウが見たものは、蒼銀の髪の少女だった。
亡き妻の面影が残る、細い顎と可憐な唇。妻のそれとは微妙に違う、大きめな目。その中心にある紅の瞳。
少女は、彼の息子が通う学校の女子用制服を身につけていた。
 
 
「‥シンジの学校に向かったと、思ったのだがな」
 
なにはともあれ無事で良かった と ゲンドウは実験体‥蒼銀の髪の娘を家に入れようとする。
 
だが肩に触れたところで、娘の様子に違和感を憶えた。
似てはいる 似てはいるが‥ 何かが違う。
 
 
「司令。とっとと起きるの」
 
蒼銀の髪の娘‥綾波レイはそう言って どこからともなく、長い二又の槍を取り出した。
 
ゲンドウは咄嗟に玄関先から屋内に逃れようと退いた。
似てはいるが、この娘はレイではない。別人だ。
 
ドアを閉めて鍵とチェーンロックを掛け、そのまま居間まで逃れる。
あとは数分間持ちこたえれば研究所から迎えが来る。それに食器棚の裏には銃が隠してあった筈だ。
おそらく通信は妨害されているだろう、無駄だとは思うが迎えに来る連中と連絡がつくか試してみなくては‥いや、警察に通報しても良いか?
 
無駄だった。
 
レイによく似た娘が無造作に繰り出す槍は、玄関のドアを容易く突き破り通り抜け伸び進み、その穂先は受話器を握るゲンドウの背中に突き刺さり、分厚い胸板から先端を覗かせた。
 
 
 
 
               ・・・・・
 
 
 
「ぶはぁっ」
 
碇ゲンドウは 赤い海の浅瀬で跳ね起きた。
何時の間にか潮が満ちていたらしく、彼が座る砂地は赤い液体がひたひたと押し寄せてきている。
 
ゲンドウの周りは、一面の赤い海だった。
 
 
それは LCLの海。
 
それは 生命の残滓。
 
それは 彼の罪の証。
 
 
 
「‥‥夢 か」
 
ゲンドウは 赤い海に半身を漬け込んだまま呆然と呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そうだ あれは夢だ。
 
私は息子と共に暮していた。
私は遺伝子工学研究所の所長だった。
私は亡き妻をこの世に蘇えらせようとしていた。
私はその為に 息子の遺伝子から人を作り出し育てていた。
私はいつしか、作られた人‥『実験体』を我が子と思うようになった。
 
私と息子と娘‥レイと名付けた『実験体』と三人一緒に暮らす計画を 立てていた。
 
 
 
 
すべて 夢だ。
 
 
 
ははははははははは
全ては夢だ。
そうだとも この私があんな風に生きれる訳がない。
息子と同じ屋根の下で暮らすことなど できはしない。
 
 
私には 無理だ。
 
無理だ。
 
現に何度もやり直して、その度に失敗しているではないか。
 
 
 
はははははははははははははははははは
 
無理だ。
 
 
 
 
 
赤い小波が寄せる砂地で 座りこんだまま哄笑を続ける髭面の大男。
その後頭部が 総金属槍の柄で小突かれる。
 
髭が振り向くと 其処には蒼銀の髪と真紅の瞳持つ少女‥の姿をした者が立っていた。
自分の背丈よりも長い、捻られた二又の金属槍を携えている。
 
「レイ‥」
 
綾波レイに良く似た‥髭男の夢に出てきた娘は髭男を見据え、浜辺のある方向を指差した。
 
「‥‥行くのよ、司令。爺さんが待っているの」
 
 
 
髭男は血の匂いに満ちた遠浅の海を歩いて、瓦礫の散乱する浜辺へと上がった。
波の下と砂浜には‥波の届く場所には瓦礫がない。
全て何年もの時間を掛け、波の力により磨り減らされ砂に戻っているのだ。
 
 
髭男が上がった浜辺では、紳士然とした初老の男が大きな古タイヤを椅子代わりにして座り、焚火に当たっていた。
老人が焚火にかざした串から肉の焼ける香ばしい匂いが立ち昇っている。程よく焼きあがった缶詰肉の串に、老人は美味そうに食いついた。
 
老人の足元に転がる空き缶を見た髭男は
 
「‥‥冬月、その減塩スパムは私が見つけたものなのだが」
 
と 険悪な声と表情で老人に告げる。
 
「うむ。美味いぞ」
 
髭男が楽しみに取っておいたものを焼いて食っていながら、老人の態度は平然そのものだ。
 
「‥言い残すことはそれだけか?」
 
ごつい拳を握り締め、息をふき掛ける髭男。老人は最後の肉片を美味そうに平らげる。
 
「お前は5回目の前に私の羊羹を食べただろう。これでアイコだ」
 
「あれは食い残しの、しかも賞味期限が2年も前の代物だろうが!」
 
紳士風老人の胸倉を掴んで強引に立たせ、喚く髭面の大男
 
「だが、まだ甘かったのだよ!!」
 
年甲斐もなく怒鳴り返す似非紳士
 
 
「‥‥はぁ」
 
互いの胸倉を掴んでの罵り合いから、本気の殴り合いへと展開した髭男と似非紳士の世にも見苦しい喧嘩を見て‥蒼銀の髪の娘は憂鬱そうに溜息を洩らした。
 
 
 
 
 
何故私は このような空しい務めを果さねばならぬのだろうか
 
何故私は こんな不毛な場所で、中年男と老人の不毛な漫才を見ていなければならないのだろうか。
 
実を言えば‥ 呪わしい限りだが、その答えはある。
 
ここは牢獄で、彼らは囚人。私は看守兼拷問吏だからだ。
いや、私も囚人であることには変わりない。
 
 
 
 
この『レイ』は かつてこの世界に生きた、綾波レイとゆう名の少女と瓜二つではあるが‥綾波レイ本人ではない。
 
サードインパクトにより超越者となった碇シンジの手で、姿かたちは言うまでもなく 霊肉の全てをモデルである『本物の綾波レイ』に似せて作られた、言わばオリジナルタイプの使徒だ。
 
この世界は 言わば墓場。
愚行の果てに世界は滅び‥
惑星一個分の生命と未来を食い潰した結果、産まれた超越者は墓守を残して何処へともなく去った。
 
墓守として作られた『レイ』。
 
その創造主が、この世界に管理者として置き去りにされる使徒へ 『罪人』 と 『看守の役目』 を与えたのは‥はたして慈悲と悪意のどちらなのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
そうこうしているうちに髭男と似非紳士の喧嘩は 遂に投石が飛び交い廃材で殴り合う段階まで達する。
娯楽らしい娯楽もないこの廃墟では『食べる』ことは それ自体が楽しみだ。
たかが肉缶詰一つとはいえ、食い物の恨みは恐ろしいのである。
 
 
極論すれば 喧嘩とは人の本能である。
いがみ合いが暴力の応酬によって解消される、一種のコミニケーション手段なのだ。
 
無論、それが常に正しいわけではない。
と言うより暴力に訴えるよりも、もっと合理的(建設的)な対処法は常に存在する。
‥‥まあ、手遅れになったとき以外の話だが。
 
猿は仲間同士で盛んに喧嘩を起こす。一方、狼は喧嘩らしい喧嘩を起こさない。
これは狼が猿よりも道徳的だから‥ ではない。
猿が猿を攻撃しても、猿が致命傷を負うことはまず無いが
狼が狼を攻撃すれば、その一撃は致命傷となり得るから‥ なのだ。
種の存続の為に、同族殺しが起きないように本能としてインプットされているだけのことだ。
 
本来猿の類である人類は、同種を攻撃しても致命傷を負わせることは難しい筈なのだが‥
道具の発明と技術の継承により、人類は容易く他者を殺せるようになってしまった。
 
この二人の場合は 更に厄介だ。
当たったコンクリート塊が砕ける程の勢いで投げつけても あるいは 鉄パイプがへし曲がる程激しく殴りつけても 
強力なATフィールドで支えられた髭男と似非紳士の肉体は 殆ど傷付かない。
さらに傷は高速で回復し、後遺症の怖れもない。
 
つまりは 相手に深刻な被害を与える心配がなく、当事者たちはそのことを深く理解している。
結果として半ばゲーム感覚で、好きなだけ殴り合うことになるのだ。
 
 
まあ、実をいうと彼女‥この世界の管理者である綾波レイのそっくりさん‥にもこの喧嘩について責任がある。
人相の悪い大男や萎びかけた半老人が塞ぎ込んでいると気が滅入る とゆう訳で、彼女は二人の脳にさり気なく刺激を与え、精神を軽い躁状態に誘導したから だ。
 
やり過ぎだった‥と、今は反省している。
 
 
 
「‥‥二人とも そのあたりにしておくの」
 
二又の総金属槍‥ロンギヌスの槍が唸る。
いつまでも続く殴り合いに苛立った『レイ』が槍で殴りつけると、流石に二人とも静かになった。
倒れたまま、起き上がらなくなる。
 
 
「‥‥しばらく其処で頭を冷やすの」
 
綾波レイによく似た娘は 砂浜に転がり痙攣している髭男と似非紳士を放置して、その場を去った。
 
寄せては返す赤い波が ひたひたと押し寄せて
倒れた二人の身体から流れ出る液体‥赤いのやら黄色いのやら‥を流し取っていく。 
 
やがて 満潮になった赤い水は倒れた二人と焚火を浸して‥
喧嘩の原因となった缶詰肉の空き缶は、優しい波に攫われて沖合いに流れ消えていくのであった。
 
 
 
これは この牢獄に囚われた罪人たち、碇ゲンドウと冬月コウゾウが新たな世界へと送り込まれる前の出来事‥
彼らの主観時間にして40時間程前のことである。
 
 
 
 
 
 
 
        新世紀エヴァンゲリオン パワーアップキット 第一部  
                   鋼鉄都市 第六章 後編
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2015年7月28日 午後3時50分
第三新東京市 市街地の外れ とある町道場
 
 
道場中央の板の間に立つ 黒いスウェット姿の男‥『虎』は退屈していた。
あくびを噛み殺すと、目の端に涙が滲む。
 
『虎』の足元には、この道場の師範が虫の息で転がっている。
人目につかぬように道場生がいない時間を狙って道場破りにやってきたのだが、どうやら外れのようだ。
『虎』から見れば、遅い・鈍い・脆いの三拍子揃ったエセ武道家である。
まだ病院で食った怪我人どもの方がマシなぐらいだ。伝統が聞いて呆れる。
 
『虎』は道場から出た。出るついでに道場の看板を外し、叩き割っておく。
 
そろそろ夕方が近いとはいえ、外の日差しはまだまだ強烈だ。
 
 
「くだらねえな‥」
 
こんな獲物では腹の足しにもならない。
第三新東京市で歯ごたえのある敵といえば『G』だが、SEELE側の戦力が揃うまで不用意に突っかけるなとライアーに釘を刺されているので、『G』のエージェントに手を出すわけにもいかない。
となれば美味そうな獲物は、SEELEがこの街に集結させている刺客ぐらいだ。
こちらについては特に言われてないので、一回だけなら殴りつけても誤打で済むかもしれない。
 
いつもなら適当なヤクザの事務所でも襲うところだが、この街にはヤクザはいない。いるのはNERVの息がかかった 業者 だけだ。
 
チンピラごろつき路上強盗、薬の売人から珍走団まで、気味が悪いまでに『反社会的分子』を排除した、見た目だけの巨大都市。 
それがこの街。
皮肉な話だが、一般的犯罪/人口比率が世界で最も低いのが第三新東京なのだ。
 
 
 
 
 
それから30分後。『虎』は第三新東京市の片隅にある、仮の隠れ家へと帰っていた。
最近の『虎』は、この半ば廃棄された小規模な集合住宅の一郭に住み着いているのである。
 
「ほらよ」
 
『虎』は土産のビニール袋を卓の上に置いた。中身は缶ビールの詰め合わせだ。
帰り道で自販機をこじ開けて取り出し、その辺に落ちていた買い物袋に詰めて持って帰ってきたものだ。
 
「アリガトウ」
 
怪しげな発音の日本語で応え、袋から缶を取り出したのは 逞しいと言うのも憚られる程に太すぎる腕の持ち主だ。
上腕部が並の成人男子の腿ほども太く、胴は逆三角形と言うよりはハート形を連想させる。
その太い血管の浮いた肌は黒光りするほど黒く滑らかで、張りがある。
内臓が健康なのだろう、肌に自然な艶がある。ステロイドを多用した薬漬けの肉体ではない。
 
目も鼻も口も大ぶりな、お世辞にも美男子とは言えない顔つきだが、決して醜くはない。
骨太い知性を感じさせる、ある種の魅力を持ちあわせた顔つきだ。
 
『虎』の前で美味そうに缶ビールを飲む、筋肉の塊のような黒人の中年男。
彼もライアーの手配により第三新東京へ集められた刺客の一人だ。『甲虫(beetle)』なるコードネームを与えられている。
 
 
「よくそんな犬の小便みてぇなものが飲めるな」
 
「ソウカ? ばどわいざーヨリ美味イゼ」
 
『甲虫』は朱雀の絵が画かれた空き缶をかざしてみせる。
 
「けっ 普段飲んでるのが犬の小便なら、そんなものでも美味く感じるだろうよ」
 
「ドウシタ? ズイブン荒レテイルジャナイカ」 
 
「どうしたもこうしたも有るか。ご馳走の山の前でお預けくらってる気分だぜ」
 
『虎』は不機嫌そうに座り、脚を組んだ。
葛城ミサトや大上マサヤといった魔人ども以外にも、NERVの保安部や情報部には美味そうな獲物がひしめいている。だが手が出せない。
それがもどかしいのだ。
 
『甲虫』は やれやれ とでも言いたげに肩を竦め、新しい缶を開けて口をつけた。
 
粗暴かつ傲慢な、思い付きと衝動にのみ従って行動している、無法を地で行く男。
それが『虎』。
当然ながら嫌われ者だ。
しかし世の中には奇特な人物も居るもので、『虎』にも友人に近い者がいる。それが『甲虫』とゆうわけだ。
 
『甲虫』は強い。
ライアーが集めている、塵のような他の刺客どもとは桁が違う。 
強いことは確かなのだが、『虎』の獲物としての価値は低い。
この筋肉の塊のような男は どんな強敵と相対しても、どのような窮地に追い込まれても冷静に振舞うだろう。
腕が千切れようと足が砕かれようと目が潰されようと、平然と闘い続けるだろう。
怯えも怖れも焦りも見せぬまま、最後の瞬間まで諦めずに。まるで昆虫のように淡々と。
少なくとも『虎』の見立てでは。
 
 
 
「マ、暇ナノモ今ノウチダケサ」
 
最後のビールを飲み干した『甲虫』は空き缶を纏めて手で潰し、丸め始めた。
 
「近イウチニ筑波方面デ攻勢ニ出ルラシイネ。私モ誘ワレタヨ」
 
「ん? おめぇも征くのか」
 
『虎』の問いかけに『甲虫』はアルミ玉と化した缶のなれの果てをゴミ箱へ投げこみ、答える。
 
「征クツモリダヨ」
 
 
「で、なんでまた筑波なんだ。日重の玩具以外、あそこに面白いものでも有るのかよ」
 
『虎』は思慮深いとは言えないキャラクターだが、完全な馬鹿ではない。できうる限り、情勢の把握には努めている。
 
「有ルンジャナクテ、来ルンダ。狙イハ赤木博士サ」
 
「‥‥きな臭せぇ話だな」
 
「アア。今ニモ爆発シソウナ程ニ、ナ」
 
日本重工業連盟がエヴァンゲリオンに対抗すべく建造した巨大ロボット兵器、ジェットアローンはほぼ完成状態にある。
近日中に完成記念式典としてお披露目会が開かれるのだが‥ その式典に列席する予定の赤木博士を襲う手筈となっているのだ。
 
SEELE側は戦力の拡充と集中を図っているが、第三新東京周辺では保持できる戦力に限りがある。一言で言えば隠れにくいのだ。
国情からして『G』寄りの地域なのだから、当然ではある。
 
より多くの戦力を第三新周辺に集めねばならないSEELE側だが‥数を集めすぎれば隠れ家の確保にも困るようになる。
となれば、質を揃えるしかない。
 
「私モ君モ、ぜーれニ取ッチャ所詮捨テ駒サ」
 
NERV幹部を襲撃して、迎撃に出てきた『G』の護衛を潰し、味方戦力のふるい落しと敵戦力の損耗を同時に図る。
それが筑波奇襲作戦の目的なのだ。
 
この作戦の長所は、『G』とSEELEが結んでいる不可侵協定に反しないとゆう点にある。
赤木リツコ博士は『G』のメンバーではない。むしろ、立場だけを言うならばSEELE側に近い。
そんな赤木博士の抹殺をSEELEが謀ったとしても、只の内部抗争でしかない。
 
逆に 『G』が赤木博士を守る為にSEELEの刺客を倒せば、それは不可侵協定への違反になるのだ。
 
 
殆ど有り得ない仮定だが‥ 『G』が赤木リツコを見捨てた場合、あるいは結果的に守りきれなかった場合は‥ それはそれで良い。
赤木博士は貴重な人材ではあるが、絶対に代替不可能な訳ではない。たとえSEELEが代役を用意できなくとも、『G』が代わりの技術部長と『綾波レイの制御装置』を用意するだろう。
 
 
 
 
「捨て駒、か。‥それでも、征くかよ」
 
「征クヨ。君ト違ッテ、私ハコノ国ジャ気軽ニ出歩ケナイカラナ。ちゃんすハ一度ダケダ」
 
『虎』は日本人に見えないこともないが、『甲虫』は無理だ。
いやそれ以前に体型が目立ち過ぎる。ビールを買いに出歩くことすら、気軽にはできない。
 
 
 
小一時間ほど話した後、『虎』は隠れ家を出て行った。
そろそろ日暮れが近い。退屈を紛らわすために夜にかけて物騒な散歩に出かけるのだろう。
 
「モウスグダ‥」
 
『甲虫』は握り締め、開いた手のひらを見詰める。
 
「モウスグダ‥ モウスグ会エルネ‥ ミサト」
 
 
 
               ・・・・・  
 
 
NERV本部 整備格納庫(旧第1ケイジ)
 
 
NERV本部職員にも色々な立場の者がいる。
一般事務員である洞木コダマのように 第三新東京市の住居から出勤し、定時に仕事を終えて帰る者もいれば
作戦部の幹部である日向マコトのように 本部内の仮眠室で寝起きしている者もいる。
 
そして整備班員の殆どは本部付近にある寮住まいである。
 
 
ここは特殊装甲に囲まれた縦横約400メートル、高さ約70メートルほどの空間。
元々は数機のエヴァンゲリオンを同時に整備できる大型ケイジとして造られたが、運用計画の見直し等の要因により現在は自走砲台や運搬荷台など、支援装備の格納庫兼整備所となっている場所だ。
 
整備格納庫の所々では、今も夜勤勤務の整備班員たちが機器の整備を行っている。
その夜勤班と交代した整備員たちは既に勤務を終えて退勤している。
 
退勤者たちの最後尾。格納庫の隅を歩いている三人組の若い整備班員たちの話題は、先ほど彼らに「差し入れ」にやってきた水色の髪の少女について、であった。
 
 
「はぁ〜 やっぱ可愛いよなぁ」
 
ちなみにレイが持って来たさし入れは前話で作っていた甘酒である。
好評ではあったが、僅かとはいえアルコールの入ったものを勤務前の人間に飲ませる訳にはいかなかった。飲酒勤務は服務規定違反だからだ。
 
これから夜勤勤務に入る者たちは飲めないことが問題になり‥‥。
結局は レイが翌朝もう一度同じものを作ってきて仕事明けの夜勤班に振舞うことで決着がついた。
 
 
「夜勤の奴らに飲ませるのは業腹だがな‥」
 
と言うのは 中背で長髪、眼鏡をかけた固太りの整備員である。
 
 
「良いんじゃないか? オレらは連中の分まで飲めたんだし」
 
これは 小柄で細身、髪を黄色く染めた整備員。
 
 
「いや、きっかり同じ分量作って持って来ると思うぞ、レイちゃんは律儀だからな。 
‥ま、そこがイイんだが」
 
これは 長身でやせぎすな体型、カーリーヘアの整備員。
彼ら三人にも名前はあるが、物語上特に書き記すべき理由はないので書かない。
 
 
 
「まったく、サードが嫌がられてることを自覚したのか大人しくなったのは良いが‥ これでまた俄ファンが増えちまうな」
 
長髪の整備員は忌々しげに呟いた。
 
 
「そうかぁ? レイちゃんはサードのこと、嫌ってはないみたいだぞ」
 
ひょろりとした体型の整備員が突っ込みを入れた。
赤木博士の指示によりシンジとの接触を避け続けていたレイだが、最近は接触禁止令も緩和されている。
 
「なんか、美男美女でお似合い って感じだしな」
 
小柄な整備員も同意する。
第二次直上会戦の前後から、レイのシンジに対する感情も和らいだものになっている。
無愛想だったり非常識だったりする部分はあるが、綾波レイは好意を寄せられた相手に悪意を抱ける程、捻くれた人格は持っていない。
 
 
「‥‥お前ら、それで良いのか?」
 
長髪の整備員は分厚いガラスの奥から、異様に熱い視線を二人に振り向けた。
 
 
「「何が?」」
 
「いいか!? 俺たちゃこの2年間、2年間ずぅ〜〜っとレイちゃんを見守ってきたんだぞ!?
今頃になってレイちゃんの写真を買い漁ってる奴らが根も葉もない噂を元に陰口を叩いていた頃からずぅ〜〜〜〜〜っと だ!!
それをなんだ、総司令の息子だかチルドレンだかエースパイロットだか知らんが、出会って二週間も経ってないトンビに横から攫われてたまるかよ!」
 
喚く眼鏡の整備員。
 
(攫うもなにも、元からお前の手が届く相手じゃないだろうが‥) 
とか 
(‥‥そーかー こいつ本物のアレだったのかー) 
とか 思わず引いてしまう二人だった。
 
 
 
 
 
さて、その頃。 熱量には個人差があるものの、大部分の整備班員から熱いもしくは温かい支持を受けているファースト・チャイルドは‥
 
夕暮れに染まる本部裏の公園で、鍋をかかえてベンチに座っていた。
その足元には 公園の主と化しつつある白い子犬がうろうろと纏わりついている。
 
レイの手についた甘い液体‥アルコール分が飛んだ甘酒を舐め尽くしてしまった子犬は もっとくれ と言いたげに尻尾を振り、白い指先は再び鍋の底に残る液体を拭い取る。
 
 
 
 
 
 
明日、碇君をご飯に誘ってみよう。 ついでに犬が嫌いかどうかも訊いてみよう。
 
そうだ 明日は碇君をご飯に誘おう 
一緒にご飯を食べよう
 
きっと 楽しいはずだ  
おいしいご飯は 幸せの印だから
 
きっと楽しいはず
 
 
 
甘い雫に濡れた指を白い毛玉の鼻先へと差し出しながら、レイはそう思った。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
 
 
僕は今日もここに寝そべっている。
 
身動きはできる。寝返りもうてる。
でも、起きることも歩くことも、ここから離れることもできない。
なんだかよく分からない 蔓草みたいなものが僕を縛っているんだ。
 
 
のそのそと、今日も『ケダモノ』がやって来た。
『ケダモノ』は、済まなさそうな顔をして僕の脇腹に食いついて 僕の肉を食い千切る。
 
 
がぶり ぐじぐじ ごきゅり    がぶり ぐじぐじ ごきゅり
 
 
 
『ケダモノ』は 今日も無言で僕の肉を食いちぎる。
済まなさそうに 食いちぎる。
 
昔は謝りながら僕を食べていたけど‥
毎日毎日 済まん とか 許してくれ とか謝られると鬱陶しいから、一々謝らないように頼んだんだ。
 
それからは、無言で僕を食べている。
 
がぶり ぐじぐじ ごきゅり    がぶり ぐじぐじ ごきゅり
 
 
 
 
 
いつからこうしているのか分からない。
多分、僕は物心つく前からここにいるんだと思う。
 
 
初めて食いつかれたときは、凄く痛かった  ‥ような気がする。
あまり憶えていない。
 
今は 痛みには慣れた。
 
 
 
『ケダモノ』が 脇腹の傷を舐めている。
丁寧に 丁寧に 血の一滴も零さないように 僕の傷を舐めている。
 
『ケダモノ』に舐められると傷が塞がる。血も止まる。
傷みも、だいぶマシになる。
 
傷を舐め終わった『ケダモノ』は、僕の肉をお腹に入れて仲間の所へ戻る。
 
『ケダモノ』は毎日毎日 僕の肉を食べにやってくる。
そうしないと 生きていけないから。
 
 
 
 
 
食べるものがいれば、当然食べられちゃう立場のものもいるわけで
身動きできない僕が 食べられてしまう立場なのは、ある意味しょうがないと思う。
 
それに、餌としての生活も悪いことばかりじゃない。
『ケダモノ』は僕の肉が食べられなくなると困るらしくて、僕が餓えたり渇いたりしないように気を使っている。
 
暇なときには話し相手にもなってくれる。
 
病気になったら、つきっきりで看病してくれる。
 
 
でも 『ケダモノ』が、あんまり僕にかまうから、『ケダモノ』の連れ合いは焼餅を焼くんだよね。
 
僕が『ケダモノ』の耳の後とかを掻いてあげると、『ケダモノ』は気持ち良くなるらしい。
掻いてあげると喜ぶんだ。
んでもってその次の日には『ケダモノ』の毛皮に所々禿ができてたりする。
 
 
いい気味だ。
 
僕は毎日毎日痛い目にあっているんだから、『ケダモノ』もそのくらいの目にはあって欲しい。
 
 
 
 
 
『ケダモノ』は今日も僕を齧る。
 
 
がぶり ぐじぐじ ごきゅり    がぶり ぐじぐじ ごきゅり
がぶり ぐじぐじ ごきゅり    がぶり ぐじぐじ ごきゅり
 
 
 
 
               ・・・・・
 
 
第三新東京地下 ジオフロント地表部
 
薄暗くなった巨大地下空洞にそびえる 黒い四角錐。
第三新東京要塞の本丸とでも言うべき存在が、NERV本部である。
 
そのピラミッド状の建物から北に5分ほども歩くと、第1地底湖なる趣きに欠ける名前を付けられた湖に出る。
そこから更に右手の方向に三分ほど歩くと、一軒のログハウス(丸太家屋)に辿り着く。
この野菜畑に囲まれた粗末な建物が、表向きは作戦部の将校として、実態としては『G』及びハート家の代理人としてNERV本部に居座っている人物、大上マサヤ一尉の住居なのだ。
 
その家主は、と言うと 只今電話中である。相手はエヴァチルドレン保護管理官、葛城ミサトニ尉だ。
 
「‥ああ、良く寝てる。 ‥寝顔見るか?(カメラ作動音)
今日はこのまま泊めようと思う。 明日の朝はここから本部に行かせるよ。
レイの訓練は ‥延期? 分かった」
 
携帯端末を切る大上の横で、話題に上っていた少年‥碇シンジは眠りについていた。
 
 
「ストレスが上がっているわ。処理に暫くかかりそう」
 
ちゃぶ台の傍らに座る痩身の女‥ 大徳寺ナナミはシンジの額に手を当て、呟いた。
 
意外なようだが、悪夢とは人の脳が無意識に行うストレス処理の副産物である。
悪夢自体は不快なものであっても、『夢見が悪い』とゆうことは精神衛生上悪いことではない。
 
ナナミのような魔術師ともなれば、寝ている者の脳に干渉して夢見を良くしたり悪くしたりすることなど容易いものである。
つまり今、シンジは彼女の手によってわざと悪夢を見せられているわけだ。
ただ、悪夢の内容は分からない。
彼女程の腕があれば少年の夢を覗くことも出来るが‥ 大徳寺ナナミは、それが出来るような人格を持っていない。
 
 
「そうか。掴みは上々だな」
 
大上は満足げに頷いた。レイとの関係がぎくしゃくしていることで、シンジの内面にはかなりの鬱屈が溜まっているようだ。
 
 
「‥‥私ら、地獄に落ちるわね」
 
ナナミは少年の額から手を離し、憂鬱そうに呟く。
子供を‥ 家族とも思い、見守ってきた少年を‥ 騙し、欺き、意のままに操り、利用する。それも親切面で だ。
 
 
「何を今更。現世は地獄だ」
 
ナナミとシンジを挟むように、ちゃぶ台の反対側に座っている男‥ 乙ハジメは湯のみの茶を啜りつつ、一刀のもとに断ずる。
 
言っていることは酷いが、乙は決してニヒリスト(虚無主義者)ではない。
この世が地獄ならば、地獄の地に鍬を入れ耕して楽土を造るのみ ‥とゆう 倣岸不遜なまでに前向きな思考回路の持ち主なのだ。
 
 
「より良い案が有るなら、採用するに吝かではないよ。有るなら躊躇う事無く出してくれたまえ」
 
「今からでも‥シンジに打ち明ける訳にはいかないの?」
 
使徒との戦いを含め、軍団は15年前から始まった危難を乗り切る為に様々な計画を立て、実行している。
それらの作戦・計画のなかには、シンジの立場から見れば裏切り行為としか思えないものも、存在する。
 
 
「無理だね。それは『シナリオ』に反する事になる」
 
失踪した『槍の王』が残した行動予定を基に、各派の超越者たちが駆け引きを繰り広げて造り上げた予定表。それが『シナリオ』だ。
妥協の産物なのだから、当然ながら内容的には無茶な代物だ。
 
 
「『シナリオ』の改変・破棄ができるのは槍の王と『シンジの自由意志』のみ、だからな。俺らがどうのこうの言えば、シンジの自由意志に干渉したことになる」
 
大上は立ちあがり、戸棚から新しい湯のみと花梨糖が盛られた皿を出した。卓上に置き、座りなおす。
 
「だから、シンジ君自ら気付かせるしかない」
 
ぼりぼり と花梨糖を齧る乙。
 
「まあ、結局は 放置することでシンジを虐待した とかなんとか難癖付けられるんだけどな」
 
湯飲みに熱い茶を注ぐ大上。乙と比べれば、この男はニヒリストと言えるかもしれない。
 
「『シナリオ』に逆らえば潰される、従っていてもいずれは潰される‥ どの道、この局面は詰んでいるのさ。今は時間稼ぎができれば、それで良い」
 
 
男供の断定に、ナナミは押し黙った。
これまで 数えきれぬ程繰り返された議題なのだ。
そして論議の末に選ばれた、最も生存性の高い作戦計画に従い、彼女は少年を騙し続ける。
昨日も、今日も、そして明日も。
 
ナナミにとって本当に恐ろしいのは、この二人は謀議の対象である少年に何一つ悪意を抱いていない点だ。
むしろ、対象への愛情はナナミよりも強いかもしれない。
 
彼らは情を捨て、非情に振舞うのではない。
溢れかえる程の情を動力源として、非道を成すのだ。
 
 
 
使徒に対して、鉄壁の防御を誇る第三新要塞。
人間サイズの侵入者に対しては穴だらけ‥ではあるが、現在その穴とゆう穴には『G』の戦力が張りついている。
SEELEの本拠地として機能しているアトラス要塞程ではないが、凄腕の番人たちと超コンピュータMAGI、そしてリリスのATフィールドに守られたジオフロントの防御力は、生半なものではない。
『G』のメンバーにとってジオフロントは庭も同然だ。だから『G』幹部による密談の舞台となる。
率直に言って、松代の統合幕僚本部よりも安全度は高いだろう。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
NERV本部 技術部の一室
 
 
さて、スポンサーの代理人とゆう立場を傘に着た一尉が傍若無人な行動力を発揮して建てた丸太家屋の中で、悪魔よりも質の悪い男とその猟犬共が謀議を巡らせていた頃。
 
 
 
「聞いてのとおり、レイの訓練は翌朝7:00時からに変更します」
 
「‥今から変更ですか?」
 
「佐渡先生には私から話をつけます。 9:15からの充電実験はシンジ君にやってもらうわ」
 
赤木リツコ博士は各部署と連絡を取りつつ、翌日の実験スケジュールを調整していた。
 
 
 
 
「どうしたの、マヤ?」
 
なにやら気がかりな事があるらしい伊吹ニ尉に、赤木博士は話を振ってみる。
 
 
「あのぅ、シンジ君なんですけど ‥本当に泊めちゃって良いんですか?」
 
「何か問題でもあるの?」
 
「危険かもしれません」
 
「今の本部に、彼ほど腕の立つ護衛はいないわ。‥もっとも、『G』がシンジ君に付けている護衛は大上一尉だけじゃないでしょうけど」
 
伊吹博士の危惧を、その上司は一笑に付した。
 
「そうゆう危険じゃありません。‥サツキが見たらしいんです。シンジ君と大上一尉が暗がりで抱き合ってるところを」
 
「‥同性で抱き合うことぐらい、普通にあるわ」
 
そんなことを言い出したら相撲とりはどうなるの  とリツコは片眉を上げる。
 
 
「抱き合うだけじゃなくって、二人がキスしていた所を見た人も居るんです。他にも、大上一尉がシンジ君の胸元はだけさせて鎖骨の辺り舐めてた とか色々‥」
 
「‥‥松本での監視記録及び第三新に来てからの言動を見る限り、シンジ君はヘテロ・セクシャル(異性愛者)よ」
 
「シンジ君はそうでも、大上一尉が同性愛者だったら危険なことに変りはないじゃないですか!」
 
なにやら一人でテンションを上げている伊吹博士だが‥
仮に大上が同性愛者だとしても、同性愛者=危険人物 扱いとゆうのも酷い話である。
いやまあ、一時は『欧州一危険な日本人』とまで呼ばれた男が危険人物でない訳がない。
リツコは、シンジにとって危険ではない と判断しているに過ぎない。
 
「いい加減にしなさい、マヤ」
 
リツコは食い下がるマヤを嗜めるが‥
自分が憧れの先輩と一つ屋根の下で一夜を過ごすなら、絶対何か起こるに違いない ‥とゆうか何が何でも起こしてみせる! と決意に満ちた妄想をしているマヤは自説に固執して一歩も引こうとしない。
 
 
やがて 技術部長と、その片腕の筈である才媛との間に険悪な空気が漂い始める。
他の職員たちはとばっちりを怖れ、とうの昔にアレコレと理由を付けてこの部屋から脱出済みだ。
 
と、そこへ半自動ドアをくぐって救世主が現れた。
 
「リツコ〜今夜は暇なんでしょ〜 美味しい薬膳の店見つけたから一緒に飲みに行きなさい」
 
その名は葛城ミサトと言う。
 
「‥‥何故命令形なの? 何故私が薬膳に行かなきゃならないの? と言うか薬膳は飲むものなの?    第一に、技術部は暇じゃないわ」
 
救世主かも と期待しつつ壁越しに聞き耳を立てる職員たちの望みとは裏腹に‥
場の空気が荒んでいる所へ現れて、勝手なお誘いを掛けてきた親友の能天気さに、リツコの機嫌は更に斜めへと傾くのであった。
 
 
 
               ・・・・・
 
第三新東京市 郊外
 
箱根地下の要塞の一室で NERV本部技術部長が『偶には休んでください』とゆう職員一同の懇願により、親友の誘いを受けることにした頃。
 
とっぷりと日の暮れた第三新東京の一郭で、美浜邸から自宅までの帰り道を歩く女子中学生(眼鏡っ娘)と 散歩を兼ねてその送迎について歩く美浜家の一人娘、そしてその飼い犬の姿があった。
 
そして、庭のトマトの育ち具合がどうの この前見た映画の続編がこうの ‥と他愛ない会話を交わしつつ夜道を歩く二人+一頭の背後を、物陰に隠れながら追跡する大型四足獣の姿も。
 
更に 足音を殺して歩く白黒毛皮の四足獣の姿をカメラに収める、ゴミ箱に車輪とマジックハンドを取り付けたような自律型ロボットの姿も‥あったりする。
 
 
 
第三新東京市 市街地 地下
 
 
要塞都市、第三新東京。その中心部である市街地は、実はほぼ無人地帯である。
第三新の中央部は各種兵装ビルを始めとする施設が密集している。
つまり市街地は自然と対使徒戦闘の中心となるわけで、そのような場所は平素から人口密度を下げておいた方が無難だからだ。
 
その市街地の地下。特殊装甲板の下にある、契約猟兵詰所の一つでは‥
 
 
「ほんの数日空けただけでこの有様とは‥泣けてくるぜよ」
 
電子の『悪魔』とゆう異名を持つ銀髪のクラッカー娘が、泣き言を洩らしつつ端末を操っていた。
 
彼女の席を囲む計17個のモニタは飾りのようなものだ。現在、『悪魔』の意識は半ば以上電脳空間にあり、それら画面が表示する情報を直接的に把握している。
『悪魔』の脳が電脳(コンピュータ)に合わせているのではなく、コンピュータ側が『悪魔』(ユーザー)に合わせているのだ。
MAGIと生体脳の共振性を利用したこのシステムは、碇ゲンドウらが使っているヴァーチャル通信システムの応用に当たる。
 
 
戦況を見取り綻びかけた戦線に増援を送ると同時に、攻性防壁の修復と改装。
内部機構の最適化を図りつつ、新たな攪乱プログラムを走らせる。
十種類以上の作業を同時進行したうえで軽口を叩けるあたり、流石はDrエルドリッジこと赤木ナオコ博士の直弟子だ。
 
彼女のいない僅か数日のうちに、第三新東京周辺における電子の戦線は『G』側不利に傾いてしまった。
敵方は余程の凄腕を雇い入れたらしく、苦戦が続いている。戦線を建て直すにも一苦労である。
 
 
第三新東京市及びその周辺には 各タイプ合わせて600台以上の自律型清掃ロボットが配置されており、日夜掃除とゴミ拾いに励んでいる。
 
実を言えば、市内を徘徊する清掃ロボットは只の『進化した掃除機』ではない。
超コンピュータMAGIを介して操られる無人の斥候隊であり、危険物処理班なのだ。
時と場所と状況によっては、警備ロボットとして使えないこともない。
 
マルグリットを始めとする『G』の電子情報戦要員たちは、既にMAGIを乗っ取っている。当然ながら『モク拾い』の通称で呼ばれる清掃ロボット群は『G』の手駒として市内を徘徊している。
 
そして敵の手駒を狙うのは戦いの常道。
かくして掃除ロボットを含む、第三新東京のありとあらゆる自律機械には各陣営の手によってコンピュータウイルスやワクチンプログラムが投入され、自爆装置やら他爆装置やら変形機能やらのギミックが取りつけられ、または取り外されるのだ。
 
 
「師匠が居らなんだら‥えらいことになっとったきに」
 
ぼやく『悪魔』に
 
「元はと言えば、お前が盗撮なんぞするからだろーが」
 
と 衝立越しに突っ込みが入る。
 
声の主は 彼女の同僚であるベテラン電子戦要員、Drバベンスキィだ。
確かに彼女の不在中 一時的に戦線は『G』側不利に傾いていたが、その事態を招いたのは彼女と『魔術師』の失態なのだ。
 
無言で入力端子を弄る 電子の『悪魔』。
 
 
 
 
 
猫のように静かに 小さな影が部屋へと入ってきた。
絹のように細く柔らかな黒髪をショートに刈った、少年のような褐色の小娘‥『魔術師』アルエットだ。
 
「‥ねぇ、マル」
 
「ん? 何ぜよ」
 
「ボクらじゃあ、ダメなのかなぁ‥」
 
いつも不必要なまでに元気な『魔術師』だが、今はいささか意気消沈気味だ。
 
「シンジは あの娘じゃないとダメなのかなぁ‥」
 
その理由は、と言うと‥ 今朝からシンジの護衛に就いていたアルエットは 
綾波レイの仕草や表情に一喜一憂、蕩けたり落ち込んだりしている義兄兼主人の姿を見てしまい‥
ライバルとゆう訳ではないにしろ、密かに敵愾心を抱いていた相手との差を思い知らされてしまったからだ。
 
それは 嫉妬心 ‥とゆうよりは焦りや不安の方が大きいだろう。
論理的な思考ではなく、直感で『勝てない』ことを悟ったが故の畏れだ。
何かが、言葉にできないものが、確実に違う。 それも絶対的に。
 
「‥あれは、違うきに」
 
と 『悪魔』は彼女にしては珍しく、慰める様な口調で従妹に声をかけた。
主に外回りの任務についていた『魔術師』と異なり、『悪魔』マルグリットはシンジが第三新東京に来てからずっと、その姿を見守っていた。
アルエットが感じている焦りにも似た感情は、彼女がついこのあいだまで感じていたものなのだ。
 
「‥違うのかなぁ」
 
理屈では解っている。あの二人の‥ 碇シンジと綾波レイの絆は途方も無く強いのだ。強靭無比と言ってよい程に。
 
いや、それ以前に彼我のスケール差が問題ではあるが。
 
 
綾波レイ  14歳
 
7月7日生まれ  血液型O型
マルドゥック機関の報告書によって選ばれた 最初の被験者
ファースト・チャイルド
エヴァンゲリオン試作零号機 専属操縦者
過去の経歴は白紙 すべて抹消済み
 
 
公開予定の資料には そう記されている。
 
 
 
その真の姿は 女神リリスの化身
 
『この世界』の人類は リリスから生まれた群体使徒の末裔である。
 
即ち、綾波レイとはあらゆる女性原理を内封した存在。
全てのヒトの母であり娘であり、姉であり妹であり、妻であり夫であり、そして恋人であると同時に本人自身でもある。
 
修飾抜きに 地上の女神 とでも言う他はない存在なのだ。
 
 
 
 
「もとより勝てる相手では無い‥ が、ペットにはペットの意地とゆう物があるぜよ」
 
「う、うん。 そだね」
 
従姉の心強い言葉に、『魔術師』の顔色も幾分か良くなる。
 
『悪魔』は 義兄兼主人である少年の全てを欲しているわけではない。
全てを得られる と思ったこともない。
 
ただ片隅に 愛しい少年の心の片隅に居ることができれば、それで良い。
ペットには それで充分だ。
 
勝利とは 敵を打ち倒すことによって得られるものではない。
自ら掲げる目的を達成することで得られるものなのだ。敵戦力の排除は手段か、あるいは目標でしかない。
ペット人間である『悪魔』が求める勝利の条件は、常人とはやや異なるのだった。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
北大西洋海上  特殊輸送艦アルカディア号 ‥の内部
 
 
 
In trutina mentis dubia 
fluctuant contraria 
lascivus amor et pudicitia
Sed eligo quod vibeo
collum iugo prebeo
ad iugum tamen suave transeo
 
 
 
アスカ専用の休憩室では ソプラノの独唱が響いていた。
据え付きの音響機器から クラッシック音楽がかなりの音量で流されているのだ。
 
「アスカ、いい加減にしてくれないか」
 
壁際の椅子に座った不精髭の男は、読みかけのファイルを ぱたん と閉じた。 
 
 
「あれ? 加持さんオルフ嫌いだった?」
 
と言いつつ 部屋の四分の一近くを占領している透明クッションの上に寝そべっている赤毛の美少女‥ 惣流アスカはリモコンを操り、音楽のボリュームを下げる。
 
「好きだよ。だが朝から晩まで聞いていたい曲じゃないな」
 
 
確かに オルフ作曲『カルミナ・ブラーナ』は名曲であるが、歌詞の内容的に‥特に睦言篇は 艶めかしいと言うかなんと言うか、真昼間から聴くには辛い部分が有る。
 
エヴァチルドレン保護管理官である加持としては アスカの傍から離れるのは望ましくない。 が、一日中同じ組曲を聴いていたくはない。
 
 
ドイツ育ちの恋する乙女、惣流アスカとしては 募る一方の恋心を音楽で癒したいだけなのだが。
 
「嗚呼、歌こそが魂を潤す雫‥音楽こそが独逸の心なのよ。加持さんも解かるでしょ?!」
 
「‥いや、俺日本人だし。アスカも頭の中身は殆ど日本製だろ」
 
実を言うと、アスカの思考フォーマットは日本語なのだ。
 
「失礼ね〜 日本生まれの独逸育ちよ」
 
似非ドイツ人呼ばわりされた赤毛の美少女は、クッションの上で不満そうに踏ん反りかえる。
 
 
さしあたり急ぐ訓練もなく、艦内の娯楽施設にも早々に飽きてしまったアスカはヒマを持て余していた。
彼女程の水準にまで鍛え上げられていると、無理な特訓などする必要はないのだ。
 
 
「ね〜 加持さぁ〜ん 何か面白いことなぁい?」
 
ごろごろうだうだ と透明クッションの上で転がる赤毛の少女。
 
「面白そう‥ と言うか危げなことで良ければ」
 
なになにわくわく と赤毛の少女は瞳を輝かせつつ透明クッションの上を転がってきて、加持の傍に降り立った。
 
 
「リっちゃんが危ない」
 
加持はアスカに事情を説明する。
SEELE幹部層に赤木博士を危険視する一派があること。ニル・ライアーが第三新東京付近に集まりつつあるSEELE戦力の整理を図っていること。『G』は表立って赤木博士を守れないこと ‥などといった事情を。
 
 
筑波強襲作戦=赤木博士暗殺計画の概要は既に『G』に漏れている。とゆうよりは、情報はわざと漏洩されたのだ。
SEELE側は作戦を秘匿する効果よりも、過度の警戒を招く危険性をより重視したのだ。
 
 
「‥‥ミサトが居るでしょ?」
 
「いくら葛城でも、今度ばかりは拙い」
 
加持が言うには 『G』が援護できない状況で、ニル・ライアーが集めた刺客どもの群れをあしらうのは‥いかに葛城ミサトでも荷が重過ぎる。
 
「ふぅ〜ん    ‥で、アタシに話すってことは何か腹案があるのよね?」
 
アスカは頼もしげに加持の横顔を見上げた。
 
無論、赤毛の少女が保護者に寄せる深い信頼が裏切られる事など ある訳が無いのだった。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
第三新東京市 市街地 薬膳料理店『西桃園』
 
 
さて、碇シンジが丸太家屋の板の間で爆睡を続け‥
鈴原トウジが悪友から借りた怪しいゲームに没頭し‥
綾波レイが自室で、煎餅を齧りつつ級友に借りた映画を観賞し‥
美浜チヨがパジャマに着替えて布団に入り、部屋の明かりを消した その頃。
 
 
 
NERV本部の重鎮、赤木リツコ博士は薬膳料理店の二階にある個室でくつろいでいた。
 
どのくらいくつろいでいるか と言えば、今のリツコは殆ど服を着ていない程 だ。
 
 
中国四千年の歴史‥それは多少の誇張を含んではいるが、まるきりの嘘ではない。
幾つかの分野においては、本当に数百年から千年単位の時間をかけて進化・発展・洗練されてきた技法が伝承されているのだ。
 
その中でも特に健康法‥ とりわけ若さを保つ、あるいは取り戻すことを目的とした 回春系の技法に対する執念の濃さは他民族の追随を許さない。
 
その執念の結晶と言うべき薬効もさることながら、この『西桃園』の料理は普通に美味しい点が素晴らしい。
薬膳料理は効果を追求するあまり、料理としての味わいを損ねてしまう事例が少なくないが、この店は違うのだ。
 
 
リツコをこの店を連れてきた葛城ミサトは‥とゆうと、リツコの傍らに同じような格好で中華風の寝台に寝そべっている。
 
古来、中華文明圏では飯店(料理店)とは宿屋を兼ねているものである。『西桃園』は正統派の飯店であり、当然ながら宿泊できる。
『ご休憩』だって有りなのだ。
 
 
この部屋には盗聴器も隠しカメラもない。だから気兼ねなく睦み合える。
二人の服と靴とバッグには計七個に及ぶ盗聴器と発信機らしきものが、いつの間にやら取り付けられていたが 既に全部見つけて潰してある。
 
ATフィールドに関するミサトの年季は優に十年を超える。
その年季を持ってすれば、己のATフィールドを探知機がわりに使うこともできるのだ。
ミサトは静かな環境でなら、精神を研ぎ澄ますことでフィールド内の電子の流れ・光子のゆらぎ・機械による振動・熱分布などの変化を感覚で知ることができる。
 
訓練されたソムリエがワインに混ぜられた一滴の不純物を言い当てるように、ATフィールドに精通したものはフィールド内の微細な変化を嗅ぎ当てることができるのだ。
 
 
 
 
久しぶりの逢瀬となった訳だが‥技術部長としての責任意識がリツコの心身に見えない鎖となって巻き付いていた。
 
「なんだか後ろめたいわ‥」
 
「どうかしら? 怖い上司が居ないほうが気が楽かもよ〜」
 
ミサトの軽口も、ジョークではあるが‥ジョークの常として一片の真実を含んでいる。
 
実際のところリツコのように上に立つものが、家にも帰らず休みも取らず、いつ寝ているのか分からないような生活を延々と続けていては困る。
本人は良くとも周囲の者はたまったものではない。
下のものは上に倣うのが常である、技術部の職員が不眠不休では他の部署にも影響が出てしまう。
時には休むことも、上に立つ者の義務なのだ。
 
 
「ま、私とリツコの関係はばれてないと思うけどね」
 
「勘のいい人は気づいてるかもしれないわよ‥ 副司令とか」
 
 
ミサトは上半身を擡げて寝台の縁に座った。
 
「何言ってんのよ、とっくの昔にばれてるわよ」
 
「気づかれてるのね‥やはり」
 
「そりゃそうよ。ATフィールドを使う相手には、誤魔化しきれないわ」
 
「使うのね‥二人とも」
 
「ええ。司令と副司令は別人よ、少なくとも中身はね」
 
強者は強者を知り、達人は達人を知る。
ミサトには分かるのだ。ゲンドウと冬月の二人がATフィールドを使いこなせることが。
そして、ATフィールドを使いこなせる人間などいない。
もし居るとしたら、そいつは厳密に言えば人間ではないのだ。
レイやミサトと同じように。
 
 
 
               ・・・・・
 
 
第三新東京市 市街地の地下
 
ほぼ同時刻。
 
「さて、皆さんは初顔合わせになりますね」
 
第三新東京地下の一室で 地味な灰色のスーツを着込んだ地味な印象の優男が、四人の男たちに講習口調で語っていた。
キール・ローレンツ直属のエージェント、謎の男ニル・ライアーだ。
 
聞く側はライアーとは違い、見るからに物騒な気配を漂わせている。
彼らは翌々日に予定されている「筑波作戦」の為に選抜された戦力だ。ライアーが世界中を廻って集めた刺客の一部である。
 
部屋の中央に立つ、革のツナギを着込んだ筋骨逞しい中年の白人男。
この男の名はダン・クゥィエール。アメリカ出身。
暗黒街から依頼を受けて標的を始末する‥いわゆる『殺し屋』だ。
 
その横にいる、体格に似合わぬ立派な髭を生やした東洋人の小男の名は 久渡ヒョウゴ。関西の極道なら知らぬ者はない と言われる武闘派ヤクザである。
 
その後ろにいる、中背で均整のとれた身体つきの若い白人男‥の名はハンス・ジーゲル。
某国の空挺部隊員だったが、些細ないざこざで同僚七名を殺害した為に極刑に処された男だ。
処刑される寸前にSEELEに拾われ、首輪がわりに頭蓋骨に爆弾を埋め込まれて そのまま刺客として飼われている。
 
三人と少し距離を置いて壁にもたれ掛かっている、一見すると少年のように見える童顔で細身の白人‥は ベック・モルグス。
SEELEの下部組織に所属している、欧州ではそれなりに知られた暗殺者だ。
全身黒ずくめで金物がふんだんに付いた、前衛楽団のステージ衣装のような奇抜な服を着込んでいる。
この男が 四人の中では最も格が高い‥つまり腕が立つ。
 
 
ライアーは四人の凶人を見渡し、言葉を続ける。
 
「貴方方四名は一つのグループとして目標へ潜入して貰います。
無論、チームプレイなど期待してはいません。中に入ってからは個別に行動して頂いて結構。ただし入るまでは一緒に行動して貰います。
 
貴方方を含めて五つのグループが標的を狙い、投入されます。
第一目標、赤木リツコ。
第二目標、葛城ミサト。
護衛の練度は大したものではありませんが、第二目標の戦闘能力は極めて高く、注意が必要です」
 
ライアーが なにか質問は と続けようとしたときに、ノックの音がした。
ごいんごいん とゆう感じの鉄扉を叩く音だ。 
そして 返事も待たずに地下室の扉を潜って、奇怪なまでに屈強な黒い巨躯が入ってきた。
『甲虫』だ。
 
「何用ですか?」
 
「悪イネ、コノ男ガ『ドウシテモ』ト言イ張ルンダ」
 
「邪魔するぜぃ」
 
恐縮する『甲虫』‥ただし目は笑っている‥を押しのけて、『虎』が入ってきた。
 
「‥で、何用ですか」
 
「一言で言えばだ。俺も連れてけ ってこった」
 
 
『虎』の申し出に ライアーは難色を示した。
 
「この作戦は篩い落しも兼ねているのですよ。貴方は篩に掛ける必要がありません」
 
「こいつは征くんだろう? それとも何か、こいつを篩に掛けて俺は掛けねぇのか?」
 
『虎』は親指で肩越しに背後の筋肉怪人を指差す。
 
 
「適材適所ですよ。貴方にはもっと相応しい出番があります」
 
「おいおい‥この屑どものどこが適材なんだ。囮にも使えねぇだろうが」
 
『虎』の露骨な嘲りを無視できない大男‥ダンが前に出た。『虎』も大柄な部類だが、向き合うとダンの方が一回りは大きい。
 
ダンはズボンのポケットから、小型のリボルバーを取り出した。S&W社の38口径5連発銃だ。
銃口を自分の顔‥頬に当て、引き金を引く。
 
五発の銃声が鳴り響く。狭い地下なので音が反響して、喧しいことおびただしい。
硝煙たなびく銃口を頬から離すと‥
銃弾は五発全てダンの頬に潰れて貼り付いていた。
 
ダンの顔‥いや全身に記号のような棒文字‥ルーンが浮き出ている。
鋼身護符と呼ばれる、皮膚に埋め込まれた魔術的防御。それがダンの防御力の秘密だ。
呪力を込められた武器以外はいかなる刃も弾も通さないこの護符は、金属探知機にもボディチェックにも引っかからない。
 
「これでも、私では力不足かな?」
 
拳銃をほうり捨てて、巨漢の殺し屋は不敵に笑う。笑み崩れる頬から、潰れた鉛弾が剥がれ落ちた。
 
 
「耳無し法一かお前ぇは」
 
この示威行為を目にした『虎』は、見世物小屋でつまらぬゲテモノを見せられた酔客のように毒づいた。
言葉の意味は解らずとも、馬鹿にされてることは誰でも分かる。ダンが更に一歩前に出ようとしたところで
 
「良いでしょう。筑波作戦への参加を認めます」
 
ライアーの硬質の声が地下室に響く。発音が良いのか、大きくもないのによく響く声だ。
 
「嬉しいねぇ‥」
 
「仕方ありません、今ここで四人とも潰されては困りますからね。‥ただし、次の出番はかなり遅くなりますよ。そのときになって文句を言わないで下さい」
 
「けっ そんな先のことが分かるかよ」
 
今日生きているからといって、明日も生きているとは限らない。あまり先のことは考えないのが『虎』の流儀だ。
 
 
 
「待て、今‥四人と言ったな」
 
壁際の男‥ベックが立ち去ろうとする『虎』と、ライアーに問い掛けた。
 
「言いましたが、何か?」
 
「この僕がコイツに劣ると言うのか」
 
「当然でしょう。貴方如きが何人束になろうと相手にもなりませんよ」
 
ライアーのきっぱりとした言い様に、『虎』は失笑する。
 
「そいつは言い過ぎってもんだぜ‥ 20人ぐらい集まりゃなんとかなるんじゃねぇか?」
 
『甲虫』は肩をすくめる。
 
「私ハ17人ト見タネ。夕食ヲ賭ケテモイイヨ」
 
「賭けるのは良いけどよ、茶と茶菓子は飯に入るのか?」
 
「別勘定ダヨ。当然ジャナイカ」
 
 
三人の侮辱とか言うレベルではない対応に、自己陶酔気質の強い暗殺者は理性を沸騰させた。
 
「舐めるな!」
 
ベックの腕と手首に仕込まれた無数のマイクロモーターが唸り、衣服のあちこちに隠された極細のワイヤーを引っ張る。
 
たちまちのうちに 『虎』の身体は四方八方から迫るワイヤーで絡め捕られた。
地下室の壁や床には、既に網のように彼のワイヤーが張り付かせてあったのだ。
 
「罠に自分から飛び込んで来るとは‥馬鹿な獣もいたもんだ。 さあどうする? 僕が指一本動かせば貴様の首は落ちるぞ」
 
黒衣の暗殺者が手首を捻ると、床に転がっていた小型拳銃‥ダンが捨てたチーフスペシャルだ‥が跳ね上げられ、真っ二つに切断される。特殊繊維にダイヤモンド粉末の刃を植え込んだこのワイヤーは、使い手の技量によっては鉄骨すら切り刻めるのだ。
 
「へっ やれるもんならやってみな」
 
『虎』は平然と嘯く。
 
「なら、死ね!」
 
再びマイクロモーターが微かな唸り声を上げ、切断ワイヤーを引き絞る。今更逃れようとしても、『甲虫』が助けようとしても間に合わない。
一秒もかからぬうちに『虎』は挽肉と化す ‥筈なのだが
 
血飛沫は上がらず 『虎』の身体に巻き付いていたワイヤーは、ぶつぶつと勝手に切れていく。
 
「なっ‥」
 
『虎』の着ているスウェットはワイヤーとの摩擦で所々綻びている。
その綻びた箇所から光る細いものが見えていた。『虎』の服には、ベックの使っているワイヤーよりも強靭な繊維が織り込まれているのだ。
 
縛めから放たれた『虎』は半呼吸‥いやその更に半分もかけずに標的の前に迫る。
 
「ひいぃっ」
 
ベックは床に張り巡らせてあったワイヤーを引き上げ、盾がわりに展開する。
 
しかし、『虎』にとっては笑止の限りである。
ワイヤーで網を張っていても、隙間が大きすぎる。網の目から突きを入れれば一撃で昏倒させれるのだ。しかし、それでは詰まらない。
服や靴、髪の毛の中などに仕込んでいる特殊繊維でワイヤーを切り刻み、己の無力を味合わせてやる方が 彼の好みだ。
 
 
だが、特殊繊維の網を切り裂こうとしたところで『虎』の背後から猛烈な気配が押し寄せる。『虎』は咄嗟に横っ飛びに跳んで逃れた。
その傍らを黒い巨体が砲弾と化して突っ切る。
『虎』は手首に仕込んだ刃物でワイヤーを切り、開いた網の隙間に転がり込んで巻き込まれぬように避けた。
 
鉄扉の前から突進してきた『甲虫』の繰り出す拳は、切断ワイヤーの網を易々と突き破りベックの腹にめり込んだ。
黒衣の暗殺者は、何の反応もできずに跳ね飛ばされ壁に叩きつけられた。
自動車に撥ねられた人体がコンクリート壁にぶつかったかのような、恐ろしげな音と地響きが起きる。
 
 
「おいおいbeetle‥横取りすんじゃねぇよ」
 
立ち上がり、埃を払いつつ近寄る『虎』に『甲虫』は
 
「済マナイネ。私ハ、黒クテ細イモノガ蠢イテルノガ嫌イデ、嫌イデ、嫌イデネェ‥ 我慢デキナインダ」
 
と 悪びれる風もなく応じた。
そのまま 何事も無かったかのように扉をくぐり地下室から立ち去る二人の背後で
壁に半ばめり込んでいたベックの体がずり落ち、床に突っ伏す。
 
 
 
「ご苦労でした。もう帰って構いませんよ」
 
刺客の纏め役であるライアーの許可‥とゆう形をとった命令を受けて、闖入者二名に続き残りの刺客三名も部屋を出る。
 
 
灰色服の優男は、半ば潰れて壁際の床に突っ伏したままの刺客に近寄り、屈みこんだ。
 
「まだ、息はあるようですね」
 
脊椎が完全に折れているうえに、砕けた肋骨が内臓に刺さっている。普通なら即死しているところだが‥ 虫の息とはいえ、まだ死んでないあたり流石はSEELE子飼いの刺客だ。
と、言ってもベックがまだ死んでない理由は 相手が『甲虫』だから なのだが。
 
傍迷惑な友人と違い、『甲虫』は社会人としての配慮とゆうものが出来る。
降りかかった火の粉を払っただけ ではあるが相手を殺してしまうのは流石に拙い。
いささか増長が過ぎるとはいえ、ワイヤー使いのベックはSEELEが少なくない資金を投資して作りあげた半サイボーグである。実戦に出しもしないうちに全損させるには、惜しい機材なのだ。
 
それ故に『甲虫』は『虎』から獲物を横取りして、手加減して殴ることにより 即死だけは避けさせたのである。
彼なりの気配りなのだ。
 
 
ライアーは懐から無痛注射器を取り出した。
注射器を首筋に押し当てて、淡いオレンジ色をした LCLによく似た液体を死にかけの刺客に注射する。
 
「‥‥死ぬか生きるか、二つに一つ」
 
咽喉の奥から漏れる、くぐもった笑い声。
人前では常に冷静さを保っている灰色服の優男が、今は僅かながら口元を歪ませていた。
 
「ベック・モルグス。貴方は強くなれますよ‥」
 
己の弱さを自覚した者だけが強くなれる。それが闘いの真理だ。
ベックの素質は決して悪くない。運良く生き延び驕りを捨てたならば、良い戦士となるだろう。
 
 
               ・・・・・
 
 
アメリカ合衆国 ミズーリ州 セントルイス・シティ 
‥の西方約130キロに存在する農園 (仮想現実空間)
 
 
 
大地を渡る風。
 
視界いっぱいの緑の波。
地平線の果てまで続く、緑の海。
 
それは 一面のトウモロコシ畑。
 
 
その畝のただ中に座る髭面の大男‥ 碇ゲンドウは焼きトウモロコシを齧っていた。
 
「‥美味い」
 
香ばしく、旨みの強いトウモロコシだ。焼き加減も絶妙である。ゲンドウがこれまで食べたどの焼きトウモロコシよりも美味い と断言できる。
 
「我が家のトウモロコシは世界一 ですの」
 
ゲンドウの横に座る金髪の少女‥と言えるか言えないか厳しいものがある娘さんが 自慢げに応じた。
『G』の米州代理人、ハート家当主 ラクウェルだ。
 
いつものドレス姿とは違い、今日はジーンズ地のジャンプスーツにコットンシャツと至ってラフな格好である。
 
 
トウモロコシを食べ終わったゲンドウは、畑に生えている 間もなく収穫期を迎えるであろうトウモロコシの根元に手を伸ばし、一つまみの土塊を手に取った。
程好い水分と粘り気を帯びた土塊は、ゲンドウが摘んだ指先に少しずつ力を込めると ほっこりと割れて崩れる。
 
「なるほど‥良い土だ」
 
「お解かりになります?」
 
「若い頃に、土いじりの真似事をしていた時期があってな‥」
 
人が嫌いだった‥ いや人が怖くて仕方なかったあの頃‥ 
ゲンドウは 今のラクウェルとほぼ同じ年頃の一時期、隠遁生活に憧れて山奥に引き篭り自給自足で生活していたことがある。
結局は、三年足らずで人恋しさに負けて挫折したのだが。
 
 
ゲンドウは指から土を払い落とし、辺りを見渡した。
 
「しかし、ここまでの規模とは思わなかったな」
 
 
信じ難いことに、この農地を含む周囲数百キロ四方の空間は仮想現実であり、電子信号によって造りだされた幻なのだ。
ただし、草一本虫一匹‥どころではなく、細菌レベルまで モデルとなった地域の全てが再現された幻だ。
例えば この農園の東方にはミズーリ河もセントルイス市も、寸分違わぬ精度で存在している。
 
設定範囲内ならば足が届く限り何処にでも行けるし、人がとり得る行動ならば殆ど全て行えるのだ。
 
 
「これもMAGIシリーズがあればこそ‥」
 
多次元交易組織である『G(玄星軍団)』の取引先は、別世界の住人たちだけではない。
軍団と同じように複数の次元界に跨って活動している組織とも、盛んに物資や情報のやり取りを交わしている。
また 取引先は組織だけではない。個人でも交易の意思と商品とを持ってさえいれば、軍団の顧客となる。
 
それらの交易組織や個人から手に入れた、MAGIを始めとする超コンピュータ群の演算能力こそが『G』の資金力を支えているのだ。
いつどこで誰が何を欲しているのか、そして自分には何がどれだけ有りいつまでに届けることができるのか。 それが分からねば商売などできる訳がない。
 
本体の性能による優越性だけでなく、MAGIとその発展型は エヴァンゲリオンが存在する次元界ならばほぼ確実に存在するとゆう確実性、環境・状況等が異なるそれぞれの世界で使われ続けたことによる多様性、それでいながら殆どのソフトウェアが共用できるとゆう汎用性を誇る 商用として理想的な管理コンピュータなのである。
 
軍団が蓄えた巨万の富も、MAGIが有ればこそなのだ。
 
 
軍団が手にいれた巨万の富を使い買い求めた、更なる進化を遂げたMAGIの親族に当たる超コンピュータ群が、この仮想現実空間を設定し、構築し、運用しているのである。
 
 
「『E計画』‥‥か」
 
品質過剰気味なまでに細かく造られた、このヴァーチャルな空間も‥
『G』が世界中に張り巡らせている仮想現実空間を介した通信システムも‥
リアル(現実)世界のミズーリに実在する農民の夢想を顕在化したような農園も‥
全ては、軍団が極秘裏に進めている大規模プロジェクト 『E計画』 実行の為の布石なのだ。
 
 
「しかし、どちらも同じ『E計画』では紛らわしいな」
 
SEELEが進めている『人類補完計画』の具体的手段もまた、『E計画』と呼ばれている。
 
「それが狙いですもの」
 
古来から使われる情報戦術として、似通った暗号名を同時に使う とゆうものがある。
上手くいけば敵が混乱する。欠点は味方まで撹乱されてしまう可能性があることだ。
 
 
更にややこしい話だが、軍団は複数の『E計画』を進めている。
ラクウェルが内容を把握している案だけでも、数十に及ぶE計画(頭文字にEが付く計画)が練られているのだ。
上で挙げた布石は、幾つものE計画の一つに含まれる 枝となる計画である。
 
 
 
「‥MAGIと言えば」
 
「赤木ナオコ博士なら、ご存命です。サラ・エルドリッジと名を変えてMIT(マサチューセッツ工科大学)に在籍されています」
 
やはりあれはナオコ先生の文だったか とゲンドウは呟いた。
以前見た、Drエルドリッジの名前で出された論文に、死んだはずの赤木ナオコ博士の文章の特徴を見出していたのだ。
 
同じ論文を読んでいるはずのリツコが、同じようにナオコ生存の可能性を考えない理由はとゆうと、彼女自ら検死に立会い 母の死を受け入れたこともあるが‥ 結局は人生経験の不足が原因だ。
リツコは根本的には象牙の塔の住人であり、ゲンドウのように悪い意味で濃い人生を送ってきた訳ではない。
 
 
 
「さてと‥そろそろ本題に入って頂こうか。貴女も婚約者との馴れ初めや『G』の遠大な宇宙開発について語る為に私を呼んだ訳ではあるまい」
 
ゲンドウは ハート家当主に話を促す。
 
 
「端的に言いましょう。『G』と組みませんか?」
 
「‥現状でも、協力に異存はないが」
 
「今までのように腹の探り合いをしながらでは、効率が悪すぎます。
ゼーレ如きを恐れはしませんが、使徒の侵攻と超越者の妨害が同時に来られては‥」
 
確かに今の体制では 第五使徒戦は苦戦となるだろう。
使徒を相手に苦戦するのはまだ良い。楽に勝てないことは分かりきっている。
だが、必死のせめぎ合いの最中に後ろから狙われてはたまらない。
 
 
「さて‥ではどうしたものかな。ホットラインは既に引いてあるが」
 
「より迅速な情報交換、より密接な連携行動を取るためには‥司令部の接近しかありません。それこそ密着レベルまでの接近が必要です」
 
「つまり、私に 『G』へ入れ と?」
 
「貴方がそれを望むのなら」
 
 
「知っているのだよ私は。 貴女がたがシンジにして来た事も、今している事も」
 
「でしょうね。彼らの耳は聡く、目は鋭く、腕は長い‥ 
全ての次元界において、歴史監理機構とその同調者の侵入を許していないと言い切れる場所は、決して多くありません」
 
軍団の仇敵である多次元組織、歴史監理機構。
平行世界群の歴史を一定の方向へと誘導することから、接触した当初は自称している通りタイムパトロール的組織と考えられていたが、その実態は根こそぎの搾取を旨とする巨大次元間略奪組織の一部である。
彼らが多次元界で行っている歴史の修正は、言わば農夫が菜園に鳥よけの網を張り農薬を撒いて雑草を枯らす作業と同様の行為だ。
望ましい収穫物を得る為の作業なのだ。
 
もっとも、彼ら歴史監理機構及びその同業者たちは農民と違い土地の再利用など考えてもいないが。
 
行方不明の『槍の王』や、軍団と同盟を組んでいる『瑞穂機関』を刺激しないように
直接的な手出しを控えている歴史監理機構だが、からめ手からの攻撃は絶えず行っている。
例えば、軍団が企画あるいは実行中の『非道な作戦』について得た情報をさりげなくゲンドウの情報網に置いておく‥ といった攻撃だ。
 
 
 
「貴女がたの遣り口は、控えめに言ってもえげつない。私が真っ当な父親であれば即刻息子を奪い返しているところだ」
 
「考えはした、が 結局はご子息の奪還を諦めた。 違いますか?」
 
「‥‥‥‥」
 
「理解できますわ。現時点ではそうせざるを得ませんものね」
 
 
ゲンドウと『G』、彼我の実力差は圧倒的と言うのも馬鹿馬鹿しい水準にある。
SEELEですら歯牙にも掛けぬ、ラクウェルの傲慢な態度は虚勢でも増長でもなく、実力に裏打ちされたものなのだ。
 
独力で敵わぬなら同盟者を募る手もあるが‥問題は軍団よりもゲンドウの評判の方が悪いことだ。
槍の王を始め、サードインパクトによって誕生したエヴァンゲリオン系の超越者たちにとって、碇ゲンドウは忌むべき存在だ。
ゲンドウの評判は 他の誰と比べても飛び抜けて悪い。より評判の悪い者が居るとすればSEELEの老人たちぐらいなものだ。
 
『G』に対抗できる勢力は有っても、ゲンドウにはそれを動かす手段がない。
 
 
 
しかし、解らない。何故ゆえにラクウェルが交渉人なのだろうか。
 
ラクウェルの交渉技術は、効果的ではあるかもしれないが巧みとは到底言えない。
戦略自衛隊の木戸陸将を始め、より適任である練達の交渉人ではなく、何故ラクウェルが出てきたのか‥
 
もしも 『G』が巧緻を極めた交渉術の応酬より拙粗な本音のぶつけ合いを望んでいるとしたら‥‥偶には正直に言ってみるのも良いかもしれない。
 
「私は貴方がたを完全に信用している訳ではない。ゼーレの干物どもや世界の存亡を娯楽にしている輩よりはマシだから歩調を合わせているに過ぎない。
レディ‥ いや、ラクウェル・ハートよ 貴様は何のために私を誘うのだ?
敵は売るほどいても、味方と呼べるものは何一つない罪人を引き入れて何になる?
私を引き入れるメリットよりもデメリットの方が大きい筈だ。理解しかねる。」
 
「御自分を過小評価しておいでですわね。碇ゲンドウ、私は貴方の政治手腕を高く評価しておりますのよ?」
 
「謙遜かな? ‥ハート家当主の辣腕ぶりは音に聞こえているが」
 
「大概の揉め事は金銭と暴力で片がつきますもの。でも今欲しいのは闘牛ではなく闘牛士ですの」
 
雄牛の突進は、直撃すれば獅子や熊ですらひとたまりもない恐ろしいものだ。
その恐ろしい突撃を華麗に避け、疲れ果てさせた上で仕留めるのが闘牛士である。
 
喩えるなら ラクウェルの交渉術は、突っ込んでくる雄牛の角を掴み押し止め怪力でねじ伏せてしまうようなものだ。
軍団の参謀総長である乙ハジメは‥とゆうと、突進してくる雄牛を大口径の猟銃で撃ち殺すような交渉術を得意としている。
 
効率はともかく、見せ物としては面白くも何ともない代物だ。
 
 
「私程度の人材なら、掃いて捨てる程居るだろう」
 
多次元通商組織である軍団=『G』は各方面から人材を募集できる。
そして有為有能の人材とは、探せば必ずいるものなのだ。
 
「能力だけでなら、居ないこともありません。肝心なのは貴方の立場ですの」
 
「立場? 私は「外道、鬼畜、親の風上にも置けぬろくでなし、永劫の罪人」 ‥‥ああ、そうだ。私は罪人だ、消えることの無い罪を背負う者だ」
 
「罪人ではあっても、世界の救済と御子息‥シンジ君の幸福を願う心に偽りはない。 ‥違いますか?」
 
「違うな。シンジだけではなく、レイやアスカ君も幸せにせねば意味が無い」
 
 
 
ラクウェルによれば その点が『G』の長期戦略上、重要なのだそうだ。
 
 
「我々『G』は、貴方と組むことで 『世界救済を志す者となら誰とでも組む』 決意を多元世界に喧伝できます」
 
「誰とでも?」
 
「誰とでも。 幸せになりたいと願う者、他者と幸福を分かちあいたい者となら‥誰とでも『G』は手を組みます。
それが我らの大義名分です。
過去の経緯や下らぬ人倫にこだわり碇ゲンドウの軍団参入を阻む者がいれば、即ちその者は 道義道徳とゆう、個人的嗜好の為に他者の全てを滅ぼさんとする世界破壊者!!
‥として糾弾されるでしょう」
 
詰まるところ、軍団は自軍論理の宣伝の為にゲンドウと同盟を組もうとしているのだ。
 
 
ゲンドウの軍団参入は、碇ゲンドウを憎む超越者たちから大いに反感を買うだろうが、それは覚悟の上である。
碇ゲンドウを憎み蔑む勢力は少なくないが、逆にゲンドウを擁護‥とまではいかなくとも
アンチゲンドウ派の超越者たちが幾多の次元界で行っている、その世界の碇ゲンドウへの虐待行為に眉をひそめている超越者も、数は少ないが確実に存在する。
 
「私は出汁か」
 
「有り体に言えばそのとおりです。『G』はこの後、至る所から物資人材を投入して使徒戦役に介入します。その時になって外野から要らぬ口出しされぬ為にも、良い『前例』を作っておく必要がありますの」
 
「それが通ると思うのか?」
 
「通らぬのなら 押し通すまで」
 
言葉の端々に滲む、自己の力への静かな自信と 追い詰められ逃げ場を無くした獣が放つ狂気の匂い。
まさにヒトの形をした魔物だ。
これに比べれば、あの欧州帰りの狂犬など子犬にも等しい。 ‥とゲンドウは思う。
 
 
 
架空の陽光が照りつけ、幻の風が緑の波を立てるトウモロコシ畑の中で‥ ラクウェルはにっこりと微笑んだ。
 
 
「蛮勇我にあり。 ですわ」
 
 
 
 
 
 
 
続く

 
あとがき のようなもの
 
 
どうも、峯田太郎であります。
 
今回も色々な意味で痛い話ですが、これから先は更に痛くなるものと思われます。ご了承ください。
いやもう、PKシンジの周りにいる連中‥皆揃いも揃って痛いキャラばかりですが‥ シンジ本人が痛い奴なのである意味仕方がありません。
 
 
え〜 ではここから言い訳コーナー‥とゆうか連載中発覚しましたミスについて
 
 
契約猟兵の島崎氏ですが‥ 五章冒頭では軍曹になってますが、本当の階級は一階級下の伍長です。 まあ、あのシーンは夢ですので、整合性はありませんです(汗)
 
あと、シンジが乗っていた戦車の重量がシーンごとに異なりますが、これは詰め込んでいる燃料・弾薬・備品・乗員・各種オプション装備の有無などによる違いです。
 
三章のあとがきコントで ロシアが中立云々言ってますが、あれは間違いです。
正確にはウラル山脈から西のヨーロッパ・ロシアが完全なゼーレ勢力圏で、ウラル以東のシベリア地域はゼーレの影響が強くはありますが、所によっては中立もしくは『G』寄りです。
ただしゼーレの中では、ロシアは『G』に対し最も融和的です。
 
 
 
この物語は USO氏 きのとはじめ氏 T.C様 【ラグナロック】様 1トン様 コロ介様 放浪の道化師様 難でも家様 戦艦大和様 の皆様にご支援ご協力を頂いて出来上がりました。ありがとうございます。


読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます

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